第135話 仏の怒り

コンコン… ス。



 窓から滑り込んできた小さな紙を手に取り開いた海堂。

開いてみると地図に丸いマークが付けられていて、裏には『RES』『BGR』の文字が。

それを見た海堂は目を細め、そっとテーブルに指先を突けた。



「…へえ。…意外とやるじゃないの。」



『けど?』と海堂は口角を上げた。



「僕の目を欺けると思うなよ。若造君…?」






 ヤマトとモエは大急ぎで家に帰り、ドアを開けるなり『ゴメン!?』と叫んだ。

だが特に返事はなく、急ぎ朝食を済ませるためリビングに入った。



ガチャン!



「おやお帰り。長い朝の散歩だったね?」


「マジでごめん!」


「わあオミソシルだっ!私大好き!」


「うんうん美味しいよねお味噌汁。

オルカ君も作れるそうだし、僕の血はやはり日本人なんだろうねぇ~?」



 ヤマトは急ぎ座り、朝から呑気にうんうんと頷く海堂に笑った。

モエは緊張が解けたのか余計に空腹を感じ、味噌汁を美味しそうに飲んだ。



「オルカ王に聞いた話では、僕ら三人は皆ジャポーネのネーミングだそうですよ?、うーん!」


「なーに朝から沁々してんのパパ。」


「いやぁ最近良い事尽くしでしょう?

昨日も楽しい話が聞けたし、今日も面白いんじゃない?

オルカ王に昨日の記憶があるのか。

オルカ王は酒にトライするか、拒否するか。

うーん実に興味深い。」


「あははっ!、お父さんオルカさんの話ばっか!」


「そりゃ貴重な友人ですから!

友人は大切にしないとバチが当たりますよ~?

兄弟とは違うからね、友人というのは。」


「…バチってなに?、なんで衝突すんの?」


「神様からのゲンコツの事だよ?」



 にっこり笑った海堂。

『ふーん?』と、オルカ程ではないが時折こうして謎の言葉を並べる海堂に首を傾げたヤマト。

朝から元気に唐揚げを食べるモエ。


そんな二人に海堂は微笑んだまま話した。



「神様ってね?、いつだって僕らを見てるんですよ?、そして道を誤ると、『コラ!!』と叱ってくれる有難い存在なんです。」


「……親じゃんね(笑)?」


「あははっ!」


「そうね、それが近いのかもね?

…けど神様は時折ね、人を介して人を叱るんですよ?」


「ふーん?」


「例えば!、…兄弟が朝から長い散歩に出て仕事と学校に遅れそうになっていたりするのを?

養父を介してお説教なされたり?」


「ふふっ!」「悪かったってば💧」


「『兄弟だから』と言って悪事を許容する者を?、妹を介して止めたり…?」


「…!」 「!」



…ピタ。



「最悪は、…兄弟のレジスタンスギャングに加担した政府の人間の始末を、…養父に託したり。」



…ス。



 二人は固まり、海堂がテーブルに置いた紙を見つめた。丸いマークの付けられた場所は間違いなく兄弟の根城の場所だった。



「………」 「……」


「しかもその上、レジスタンスギャングの質は相当悪く、まるで僕の敵対していたバグラーを模したような組織で。」


「………」 「…え?」


「長官にも学校にも伝達を出しました。

…ので、時間ならたっぷりあります。

急いで食べる必要はないよ?

…どうぞゆっくり食べなさい。」



 食べられる筈もなかった。

二人とも胃が信じられない程重く、むしろ吐いてしまいたい程だ。



「あー、…パパ、聞いて。」


「はいどうしました?」


「…あの、……何処から説明すればいい?」



 海堂は腕を組みながら『お好きに?』と眉を上げた。


 ヤマトは『変だと思ったんだよ!!』と思いつつ、朝の事を思い出した。

彼がモエを追いかけたのは、ガラスに石が当たったからなのだ。

 コツンコツンと連続で窓が鳴り『なんだ?』と窓に歩み寄ったヤマトは足早に路地に入るモエを見つけ、おかしいと急ぎ外に出たのだ。



(ツバメさんか誰かが念のために俺をモエに付けたのか。…あー。…やられた。)


「…モエに何かあってはと思い君を誘導したのは恐らくツバメです。…悪しからず?」


「イエ別に何も申してオリマセン!」



 恐ろしい程に心が読まれている。

 本気モードの海堂相手に平常心を保てる者など、殆ど居ない。

それ程までに海堂は箔があるのだ。

ヤマトも今、冷静にと努めているのに、海堂がそこで自分を見ているというだけで無駄に焦ってしまっていた。

だがヤマトだって政府入りする程の実力者。

どうにか深呼吸をしている内に落ち着いてきて、頭を整理する余裕が生まれてきた。



(……へえ。もう冷静になってきたか。)



 それさえバレバレだったが。



「…あの、……」


「はい?」


「っ、……俺は確かに、レジスタンスの一員です。

でもモエは違う。…モエは」


「ヤマト!?」


「モエは俺を思って無理に付き合ってくれただけ。

だから、全部の責任は俺に」


「ち…違うのお父さん!!ヤマトは」


「自分の行動の責任は本来自分にしかありません。」


「っ、」


「今モエを守ることに意味はありません。

君がすべき事は他にあるのではありませんか。」


「……」



 とりつく島もない。…とも感じるが、そうではない。

海堂はちゃんとヤマトが話すのを待っていた。


 ヤマトは顔を伏せ、もう一度深呼吸した。



「……政府に入ってすぐだった。

王都を出たとこで、…トルコっていう俺とオルカの一個下の奴が、話しかけてきて。」




『あれ?、…ヤマト!?』


『? …… …え。…トルコか!?』




「お互いに久しぶりって。

…オルカは毎週孤児院通ってたけど、俺は行ってなかったから。…本当に久しぶりで。」


(『トルコ』。…手配書に記載は無かったが、確かバグラーの手下からその名が出ていたか…?)


「二人でスゲー盛り上がって話して。

…そしたらトルコが『皆に会わないか』って。」




『俺ら皆で家を借りててさ?、そこでよく集まってんだ。』


『…なんで集まるのに家なんか借りてんの。』


『誰もがみーんな綺麗に定職。…とはさ?』


『!』


『なんつーかさ?、今は平和でいい時代だよ。

でも俺達って大変な世代だったじゃん?

…そう。丁度俺の年までさ。』


『………』


『だから皆で拠り所…つーの?

そういうの作って支え合ってんだ。

…皆、ヤマトとオルカを心配してた。

顔見たらゼッテー喜ぶよ!』




 ヤマトはこの時こう思った。

『俺は自分の事ばっかだったのにスゲーな』と。

快く同行を決め案内されたのが、今日行った青い扉の家だったらしい。


そこでヤマトは下の兄弟と再会を果たした。



「チビは居なかった。

居たのは俺の三個下まで。」


「…つまり、現在彼らは15才から17才。」


「そう。でも今は更に下が増えて14才のも居る。」


「……」


「…俺は冗談抜きに凄いと思った。

戸建て借りるなんて生半可じゃないから。

…でもその理由を聞いて、……」


「……」


「…本当に、ちょっと、……引いた。」




『大変だろこんな家借りんの。』


『いやーそうでもないぜ?

ほら人数が多いし一人頭は安く済むんだよ。』


『…へえ。俺も少しカンパする(笑)?』


『いいや大丈夫。今は余裕で稼げてる。』


『…へえ。そりゃ朗報。

因みに何やってんの?、…儲かってるなら商人?』


『…裏のな?』


『……は、…裏?…て。』


『お前のパパの海堂。』


『…!』


『その海堂とアンゲラ統治を争った…バグラー。

あいつんとこに一時世話になっててさ?、俺。』


『…………』


『楽なもんさ。…時折4エリアと5エリアからこっちに荷を運ぶ際に強盗に。…なんての聞かねえ?』


『…まさか、…お前!?』


『それらを他地区の奴に売るだけ。たったこれだけ。

実際誰か傷付いたか?いいや答えはNOだ。

俺らは強盗に殺人を認可しない!、実に平和思考で物だけ頂く。

…この三地区は海堂がやたらキレ者で日陰者は少ない。…が、そんなのは他に行きゃ覆る。

五地区なんてなかなかいい客だぜ?

土地に恵まれすぎて採掘場だけは山程あるから常に人手不足で過重労働。

金はあるのに金の使い道も使う時間も無いときた。

そんな奴らに煙草をチラつかせてみ?

こっちの十倍平気で出すぞ!』



 ヤマトは激しい憤りを感じ、目を吊り上げた。

制服を着た身として、彼を、後ろで大きく頷く弟達を止めねばと思った。

 だがそれを敏感に察したのか、トルコは悲しそうに笑った。



『全部全部、あいつが悪いんだ。』


『…誰の所為にするってんだよ今更。』


『政府長官。』


『…!』


『…なんで俺がバグラーんとこ行ったと思う。』


『……』


『なんでわざわざ…こんな家が必要になったと。』


『…っ、』


『親さえ生きてたなら。

あんな政策が実行さえされなければ。

…エリコが体を売る必要もなかったんだ。』


『ツ…!!』




「……憎しみが、…共鳴した。」


「………」


「俺がこいつらを導いてやんないとって。

…俺が、…俺くらいしか、こいつらの気持ち、分かってやれないって。」


「…何故です。

政府に属しておきながら、何故そのような捻れた復讐に加担など。」


「…加担はしてない。」


「同じことだ痴れ者。」


「っ、……」



 ヤマトは口をキュッと結び、意を決して口を開いた。

もうオルカに、ギルトに会えなくなる事を覚悟し、口を開いた。



「俺が長官の命を狙っていたから。」


「…! ………」


「…あいつに近付いて、…殺したかった…から。」



 海堂はハッと目を大きくした。

昨日焼肉の席で聞いた言葉を思い出し、全てが繋がったのだ。



「…まさかヤマト。…お前は、……」


「……ごめんなさい。」


「……」


「っ、…紙の上だけでいいのに。

ちゃんと家族っぽく…接してくれたのに。」


「……」


「俺がパパに声をかけたのは…、復讐の為だったんです!」



 ヤマトはその場で立ち上がり、深く頭を下げた。

床にポタポタとヤマトの涙が落ちた。


海堂はじっとヤマトの頭を見つめ、何も言わなかった。…いや、言えなかった。



「モエは…俺の愚痴を聞いてくれて!

俺の気持ちをずっと前から知っていたから!

だから俺があいつらと手を組むって言った時、自分が俺とあいつらの伝令役になるって…!」


「……」


「だからこいつは…無罪なんです!!

全部全部…俺の責任なんです!!」



 モエはこんなヤマトに、腹の底からやっと息が出来た気がした。

彼女は、ヤマトが海堂に対し罪悪感を抱いているのに気付いていたのだ。

今、あっという間に罪を告白し、全てを堰を切ったように話したのが、その証拠だった。


ヤマトはもう海堂を裏切り続ける事に疲れ、止めようと決意したのだ。

それこそ、彼の心がほどけてきた証拠だった。

オルカとジルと、そしてギルトによってほどかれてきた、何よりの証拠だった。



「ヤマ…ト!」


「ごめんなさい海堂さん!!」


「っ、…お父さん、ヤマトね?

さっき…決別するって…約束してくれたの。」


「モエ!!」


「だって事実じゃない!!

…お父さん、ヤマトはトルコ達と協力関係にはなったけど、彼らの助力はしてない。…本当よ?

ヤマトは制服としては…お父さんが思うまんま。

…人から強盗なんて、絶対にしない。

物流の情報を流したりもしてない。

…ヤマトはお父さんを利用したって言うけど、ヤマトは純粋に制服を着たくて、夢を叶えたくてお父さんに頼ったの。…私、分かるの。」


「モエ…いいから!!」


「私はお父さんがヤマトを勘違いするのなんて見たくないの…!!!」


「っ、」


「それが一番っ、…嫌なの…!!!」



 モエが上擦り顔を押さえ。

ヤマトは未だ頭を下げたまま。


 海堂はそんな二人をじっと見据え、眉間にシワを寄せながら目を閉じた。



(…辛かったね。)


「…概要は理解しました。

全ての状況、心境を照らし合わせれば、お前達が嘘を吐いている可能性は極めて低い、と僕は判断します。」


(茂殿とギルト長官が相見えた…その場に君が居たというのは僕も聞いていた。

…だが『血を飲んだ』ということは、茂殿の胸に刃が刺さるのを目撃し、尚且つそこから血を飲んだということ。

…茂殿はきっと、半ば無理矢理命令した筈だ。

『お前を逃がしたい』だのと、…きっと優しく。)


「…それで、決別とは一体どういう事なのですか?

お前は責任は自分にと言いましたが、それはどんな形での責任ですか。

…ただ『復讐したくて養子になりました』で終わりですか?、それの何処が今回の責任に結び付くんです。」


(…辛かったねヤマト。

君は直情的でハートフルで、…いい子だもの。

目的の為とはいえ僕を利用することに…散々、散々心を痛めていたんだろうね…?)


「大切なのは行動です。

…お前の行動プランを明確に提示なさい。

そのプランによっては、今、すぐ、政府に使いの者を放ちます。」


(辛かったね?、苦しかったね…?

…分かっているから。君が本気で、純粋に、制服を着る夢を叶えようと奮い立ったこと。)



 海堂は顎を上げ、鋭くヤマトを見下ろした。

ヤマトは口をぐっと結び、拳を握った。



「僕の第三地区に、影など不要。」


「…っ、」


「……よく、影の在処を突き止めてくれました。」


「…!?」



 バッとヤマトは顔を上げた。

大きく大きくなった目に、海堂は苦笑した。



(…はぁ、僕らしくない。

南無三の海堂も…年を食ったのかなあ?)


「よくやりましたねヤマト?」


「……パパ。」


「お…お父さん!!」


「勘違いするんじゃないよ二人とも。

お前達の沈黙という名の罪が消えた訳じゃない。

…ただ、統治者として……」



 海堂は目を細めニタ…と笑った。

ヤマトとモエは『!!』…と、その笑みに立った鳥肌に堪えた。



「ただ僕は統治者として、今までどうしても掴めなかった影の尻尾の情報をもたらしてくれたお前達に感謝はしています。

…どうせレジスタンスとは言っても、大してそれっぽい行動も根回しもしていないんでしょうし。

…だよねえヤマト?」


「はいしてません。…俺が先ずは長官の一番の側近になって。全てはそっからって話で。

少なくとも俺はトルコから具体的なプランは聞いてません。」


「宜しい。」



よくも、体のいい事を並べ…この子を拐かしてくれたな。

…ツラツラと舌ばかりが育った痴れ者が。

ガキだからと容赦すると思うなよ。



 海堂の怒りは凄まじかった。

初めからトルコがヤマトを調べ上げ声をかけてきたのは明白だ。

挙句の果てには『兄弟だろ?』と情で相手を縛る卑怯者ときた。


 今まで彼は影なる組織を幾つとなく葬ってきた。

…彼は潔癖なのだろう。

人を惑わせ悪の道に誘うような組織が、一番嫌いなのだ。


そしてヤマトがその標的に選ばれた事が。

わざとらしく声をかけ心の隙に突け込み、暗闇に引き摺り利用しようとした事が、何より許せなかった。



(礼参りは死ぃ覚悟しとけよクソガキ共。)


「……あの、」


「なんですかヤマト。」


「俺の処罰…は。」


「……は?」


「…え?」



『忘れてた』…とは言えず、海堂は頭をフル回転させ自分が言った言葉を洗った。

そしてしれっと腕を組み、顎を上げた。



「それはお前の働き次第だと、先の言葉で理解出来ませんでした?」


「!!」


「お前がいつも口にする通りです。

…責任を取りなさい。

ただ僕は、知ってしまった以上影を放置など出来ません。

…プラン提出の期限は今夜。

それ以上は待ちません。…胆に命じなさい。」



 海堂はそれだけ言うと鞄を持ち、『じゃあ行ってきます?』と、行ってしまった。


 モエは『よかった!!』とヤマトに飛び付き、ヤマトは半ば放心しながらモエの背をポンポンした。


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