第120話 美味しい食卓で

 ヤマトは涙が治まった後、まるで茫然自失してしまったかのようにボーっとしてしまった。

 オルカは約束の時間をゆうに越してしまったのに気付いてはいたが、ヤマトを優先した。


 いつの間にか日が落ちた世界で、二人は家の裏に座り、ただ同じ空気を分かち合った。



「……お帰り。」


「…!」


「…マジ、久しぶり。」



 ふとヤマトが口を開いた。

膝を折り、片腕に頭を乗せ笑顔を向けてきた彼に、オルカも妙に自分の成長を実感した。

と同時に、不思議な疲労感を感じた。

今までずっと無視してきた、自分の根っこの疲労を感じたような感覚だった。



「うん。…」


「……」


「話したいことが山程あるよ。」


「……うん。」


「…でも始めに、一ついい?」


「なに。」



『おめでとう』。

 この言葉にヤマトは何の事かと首を傾げたが、オルカが自分の服を指差し、やっと思い出した。



「ああ、制服ね(笑)?」


「凄いね。それ、政府の制服じゃないの?」


「うん、そう。」


「あれからたった三年なのに。……

凄いな。僕は結局大学には行かなかったのに。」


「……俺よりお前だろ?」


「ん?」


「三年も何処に居たんだよ。

…なんか、お前は光になって消えただの。

…なんかスゲー話になってたんだぜ?」


「光??」


「実際はどうやって消えたん?」



 オルカは『この説明をあと何度繰り返すのだろう』と思いつつ、笑った。

『何度だって胸を張って説明できる』と。



「あの日石林で、僕はギルトに会って。」


「知ってる。」


「え?」


「お前に浮石で浮かされた時に見えたんだ。

だから俺はマスターに…お前を助けてもらおうと思って。」


「そうだったんだね。…僕は彼と喧嘩というか、…僕からは敵意を剥き出しで。」


「へぇ?」


「だけど……」



 ヤマトはオルカの心中を、三年前のあの日のオルカの動きを全て聞いた。

その目は微かに鋭く、心は読めなかった。




「……で、その門松さんの家に間借りすることになって。

柳さんは正直おっかなかったかな(笑)

もう…牙の剥き出し方があからさまで。」


「…じゃあマジでそこが、お前の違和感の正体?

…数ある謎の全ての答えがあったっての…?」


「そうなんだよ。…でも、恐かったよ。

『ああ僕の違和感の正体の答えは、ここなんだ。』

『ここが本当の世界なんだ。』って漠然と感動したけど、背筋が冷たくなった。

『じゃあカファロベアロってなんなんだ?』って。」


「…!」


「その後も本当に色々あった。

あっちはこっちより余程広くて…なんというか、お堅いというか。

僕はあっちからすれば異世界の人で、普通なら生まれた時に発生する籍も無いわけでしょ?」


「ああ、…ああそうかそうだよな!?」


「そうそう。…でも門松さんがさ?」



 本当の世界の話になると、ヤマトの表情はコロコロと動いた。

これは彼の素の顔だ。

今では家族の前ですら殆ど出さない顔だった。

だがオルカはそれに気付けなかった。

彼からすれば、こうやって素直に顔を動かす彼こそがヤマトなのだから。



「…それで、凜さんと柳さんと洞窟の奥にクレーターを見付けて。」


「うっわ!!」


「そう。凜さんの夢と同じ。

…もう、あん時の僕の気持ち、分かるでしょ?」


「サイアクの一文字じゃん。」


「そうそれ。」




 モエは続々と完成する料理をテーブルに並べながらふと時計を見つめ、顔を曇らせた。

本当にヤマトが帰ってきてくれるのか、今さらだが不安になってきたのだ。

 海堂もまた時計を見つめ、そろそろかな?と口角を上げた。



「…ヤマト、忘れてないかな?」


「大丈夫ですよモエ。」


「でも、もうすぐ約束の6時だよ…?

…いつも約束守ってくれる時は、結構早く帰ってるのに。」



 海堂はクスクスと笑い、『きっとお土産付きで帰ってくるよ?』と皿を並べた。

キッチンの奥ではツバメもまたクスクスと笑っていた。




「…そっか。大変だったんだなオルカ。」


「大変…だったね。

でも、僕は楽しかったよ。」


「そっか。」



 ヤマトは立ち上がり、オルカに手を差し出した。

オルカはその手を取り立ち上がり、すっかり暗くなったが気持ちのいい風が吹く世界を感じた。



「…俺達、叶えたな?」


「!」


「なんだかんだ、二人で夢叶えたなっ?」



 突然ヤマトがニカッと少年のような笑顔を向けてきて、最高に嬉しい言葉をくれて、オルカは堪らずに照れ笑いを浮かべた。



「そうだねヤマト。」



 ヤマトはオルカの笑顔に満足そうに笑うと、『そういえば?』と首を傾げた。

何故ここにオルカが居たのかと、今更ながら気になったのだ。



「…そういやお前、なんでここに?」


「…あれ?、そういうヤマトこそ。」


「………」


「………」



 ヤマトは『んー?』と宙を眺め、まあいいやとオルカと共にドアを開けた。



「おやお帰り二人とも。」


「!」 「!」


「…時間が足りなかっただろうけど、パーティーの後に好きなだけ時間はあるんだから、今はほら?」



 含んだ海堂の言葉に、『ああそういうことね』と苦笑いのヤマトと可笑しくてクスクス笑ってしまったオルカ。

玄関前のバッティングの仕込み役の判明だ。




 モエは驚きつつも大喜びでオルカを迎えてくれた。

 そしてオルカは懐かしい郷土料理を食べる事となった。



「すっごく美味しいよモエちゃん。

料理上手になったね?」


「ありがとオルカさんっ!」


「…ニホンじゃ食わねえのかミートパイ。

こっちじゃ家庭料理なのに。…変な感じ。」


「ケーキもね、ショートケーキっていうのが定番だったんだ?」


「それってどんな物なんですかっ?」


「えーっとね。…もっとスポンジを…ケーキの地を柔らかくして、生クリームを塗って苺を乗せたケーキだよ?」


「…イチゴ?」


「フルーツ。」



 食卓は食の違いや文化の違いで盛り上がった。

これには海堂が興味津々だった。



「実に興味深いですね。魚文化。

スシだの…想像するだけで身震いがしてとても興味があります。」


「いやそれ褒めてねーじゃんよ。」


「だって魚ですよ…?

僕らにとってすれば魚は保存食か火を通す物。

…それを、…生で。………

ワオ。…ジャパニーズクレイジーね!」


「プッアハハハハハハッ!!!」



 オルカは大爆笑だがその他はハテナ顔だ。

海堂は『日本人が使うようなアメリカンジョーク』まで既に会得しているのだ。

なんという順応能力の高さだろう。



「ってかさ!、そこには動物も虫もいたんだろ?

なんかこう…似た物無いの?、カフェに。」


「フッ(笑)!」



 だがヤマトも負けていない。

既に自国をカフェ呼ばわりだ。

なんだかんだ彼はとても楽しんでいたのだ。

…むしろ、こんなに楽しい誕生日は三年ぶりだった。



「うーん。…動物は、牛だよ?」


「……うん!?」 「え?」


「なんというか、分類が違うんだ。

あっちでは家畜も動物に分類されてて。

細かく愛玩動物とか野生動物とかって呼び分けても、結局はみーんな動物ってくくりなんだよね。」


「…ああ成る程。御しました。」


「ギョシっちゃったよ。」


「では恐らく、我々が今食べている料理の原料も、あちらでは大きく『植物』に分類されると。」


「そう!そうです海堂さん。」


「…へーえ。……変なの。」


「だよね僕も少し首を捻った。」



 だが恐らく、ヤマトが欲しいのはそういう事ではないだろう。

きっと家畜とかではない可愛い愛玩動物の話を聞きたいのだろう。

何か良い手はないかと思考したオルカは、ハッと目から鱗を落とした。



「そうだスマホ!!」


「?」 「…すまお?」


「ちょっと待ってね!?」



 慌て鞄を漁りだしたオルカに、『次は何が飛び出してくるのやら?』とニヤリの海堂。

対してツバメは温かく食卓を見守った。



「あった。…見て!」


「…なんだソレ。」



 オルカはスマホの画面を皆に見せた。

最初は写真という存在すら知らないので皆首を傾げていたが、目の前で皆の写真を撮って見せると途端に理解し、爆発するように騒いだ。



「なっんだコレすっっご!?」


「キャー!!、本当に…絵よりもすごくなった!」


「これがシャシン!!、ちょっとコレ…コレはきたキタコレキターーーーー!!!」


「海堂さんウルサイですよ!!」



 スマホはちゃんと使用できた。

常に圏外だったが、ギャラリーを見たり新しく写真を撮ったりは普通に出来た。


 皆に三年間の写真を見せて、最後のオーストラリアの動物の写真を見せていると…、凜の姿が。

海堂はハッと目を大きくし、凜に釘付けとなった。



「…この方…が。」


「はい。凜紫守さんです。」


「ああ!、この人か~。

じゃあこっちがヤナギ?」


「…うん。」



 コアラを抱っこ。ワラビーを抱っこ。

カンガルーとツーショット。ワニとの引き吊り笑いツーショット。

タスマニアンデビルの二頭抱き。

…今見直してみると、凜はやはりガンガンアタックするタイプなのだろう。

オルカでさえ抱っこは出来なかったというのに。



(…しとけばよかった。)


「…こいつらが、あの化石の生前だっての?

なんか全然形違くて…変なの。」


「可愛い~💓!」


「…私はコアラが好きです。海堂さんは?」


「僕はワニが気になるね~。

…化石も高いしねワニ。」


「あ、分かります海堂さん。

…全身完璧に残っていたら、一頭1000万は下らないですよね。」


「第二地区の統治者が化石ファンでね。

…彼女なら上手くやれば2500万くらいはいけると思うよ。」


「それは凄いですね。…ですが僕的に、穴はこのタスマニアンデビルかと。

…なんせ化石で殆ど残っていないですから。

もし完全体が発掘されたら、……」


「史実上のトップに躍り出る…か。

…うん。流石だねオルカ君。」


「いえそんな海堂さんこそ。」



 …いまいち分からん。

ヤマトは『似てんなこの二人💧』と苦笑いしてケーキを食べた。



「……美味しいよモエ。ありがとな?」


「っ!、…う、うん!」


「!」



 一瞬の、この小さな会話の一瞬でオルカはピーンときた。

モエが料理上手になったのも、今日のご馳走がどれも美味しいのも、全てはヤマトが好きだからなのかと。



(……うー…~ん。)



 だがヤマトはどちらかというと、モエにはお兄ちゃんの顔をしている気がした。

だが時折ふと信じられない程優しく笑う顔は、兄にしては愛情深く感じた。



(うーん。…なんともな距離感。)


「…あ。ねえパパそういえばさ?」


(…ん!?)


「だからそのパパってのヤメロって言ってるでしょ。」


「でもパパはパパだよっ?

私からすれば本当のパパみたいだし。」


「モエならまだ分かりますよ。

…お前ね、同僚の前でパパと呼んでごらん?

途端にドン引きされますからね。」


「いいよ別に。」



『パパあああっ!?』…と響いたオルカの声。

 ヤマトも海堂もキョトンと瞬きをした。

『まだ言ってなかったの?』と、二人で瞬きをし合った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る