第194話 最初の願い1
海堂、燕、アンドレアの三人は、クレーターの中心で失意に項垂れた。
海堂と燕の二人はひたすら涙し、アンドレアは絶望に苛まれた。
この光もこの巨大な地下空間も、自分達の敵う相手ではない気しかしなかった。
「…帰ろう。」
「な!?」 「…アンドレア。」
「我々だけでも、…帰ろう。」
その言葉は重すぎた。
いくら形が凜であれ、ルークであれ…、もうその体に血が通っていないのは明らかだ。
皆残酷にも、美しく、死んだ。
その事実は変えようが無かった。
「今帰って何になるんですか!!」
「……じゃあ、どうするって言うんだ。」
「この光を…光る石を調べるんですよ!?」
「…燕。」
「調べたら…何かが分かったら!
もしかしたら皆を元に戻せるかもしれないじゃないですか!!」
「燕。」
「何もせずに帰って…何になるんですか!!」
「燕!!」
海堂は燕を制し、首を振った。
アンドレアは結婚したばかり。帰りたい気持ちは充分に理解できたし、何よりも凜の予知夢が現実と化してしまったのだろうこの事態に、調査続行は厳しいと判断したのだ。
「っ、…しかし!?」
「諦めるなんて言ってないよ。」
「…!」
「送るよアンドレア。せめて君だけでも家族の元に帰ってくれ。」
「!!」 「!、…海堂。」
「こんな事態の中、帰るななんて言わないよ。
…それに、帰ってこの事態を伝えてほしいんだ。
世界にね。」
「…っ、…すまない!」
「いいんです。私は彼と喧嘩してまで …っ、」
凜の変わり果てた姿に一気に咽び泣いたが、すぐに海堂は涙を拭い必死に笑顔を取り繕った。
燕もアンドレアも、そんな涙に泣いた。
「世界に…伝えて!
例え揉み消されたとしても…、それでも、もしかしたら誰かが助力を送ってくれるかもっ…しれないから。」
「…っ、約束する。必ず伝える。」
三人は来た道を戻った。
なるべく暗くならぬよう、必死に努めながら。
「…ルーク、オリビア。…エミリー。
すまない。…すまない!」
「恨み言なんて誰も言いませんよ?」
「そうですよ。…伝えなかったら呪い殺す。」
「こら燕!」
燕のギャグに笑った直後だった。
突然前を歩いていた燕が止まり、海堂はその背に顔からぶつかっしまった。
「いた!、…ちょっと燕。」
「…………」 「…………」
気が付けばアンドレアも停止していた。
海堂は自分より背の高い二人に邪魔をされ洞窟の先が見えず、眉を寄せヒョコッと横に顔を出した。
「つ…!?、…な!!、藤堂!?」
そして二人が停止した理由を知ったのだ。
藤堂が暗闇の中立っていて、二人は驚き停止したのだ。
海堂も驚いたが、騒いだ。
なんて心強い味方が居てくれたものかと。
「そうか。…凜に付いて来てくれたのか!
ありがとう御座います藤堂さん!!」
「……また…なのか…?」
「と、藤堂…さん。」
意気を上げた海堂だったが、燕とアンドレアはランタンを持つ手を震わせた。
その揺れる光の中、海堂は藤堂に駆け寄り…
「!? …な…!!」
絶句した。
藤堂はピクリとも動かず、瞬きすらせず…。
全身灰色の石となり、硬直していたのだ。
海堂は激しく息を飲みながら何歩も下がり、震えながら口を押さえた。
「石…、…石に…なっ…て!?」
「…光ってない。」
「これは、…洞窟の石とも違う。
今までのキラキラとした…宝石のような石とも違う。
…まるで、普通の石だ。」
燕とアンドレアは肩で呼吸しながらランタンを藤堂に向けた。
やはり近くで照らしてみても、彼は藤堂であり、石だった。
「なんで彼は、…こんな、……」
「宝石に見える皆とは明らかに違う。
…いや、分からない。成分を調べてみなければ」
「止めて下さい二人共!!!」
「…!」 「!」
海堂は藤堂と本当に仲が良かった。
小さい頃から慕い、憧れ、尊敬していた。
燕は実は藤堂とは縁遠く、仲間だが余り接点が多くなかった。当然アンドレアは初見だ。
故に、海堂の傷を抉ってしまった。
二人は慌てて海堂に謝り、気遣った。
海堂は呼吸を荒らしつつも、自分も謝った。
「すみません、取り乱しました。」
「…いえ。悪いのは我々です。…立てますか?」
「ええ勿論。…大丈…夫。」
三人はもう多くは語らず、出口を目指した。
海堂は藤堂の横を通り過ぎる時、彼の背中に手を当て額を突け、お別れをした。
「そんな…藤堂さんまで…!」
オルカもまた絶句し、項垂れた。
海堂の視界の滲みがまた涙を誘った。
『彼らは無事に洞窟を抜け出口に辿り着きました
この後 アンドレアを送り届け 海堂と燕の二名で調査を開始する予定でした』
「…海堂さん。燕さん。」
『けれど三人は 洞窟を抜け 更に絶句しました』
「!」
「な!」
「……嘘だ。」
「…ここがオーストラリアなのか!?」
洞窟を出た三人は心の底から絶望した。
辺り一面が濃い霧に覆われ、太陽の光すら存在しない世界が広がっていたのだ。
それに足元は土だった筈なのに、妙にザラついた。
「何も見えないぞ!」
「…待って。ライトを。」
「…駄目ですね見えない。……いや、違う!
暗いんじゃなく、霧が濃すぎるんです!
だからライトをいくら照らそうが視界は無い!」
「そんな!!」
アンドレアは、どうやって帰れば、本当に帰れるのか?…と焦り、探るように歩いた。
だが海堂はすぐにアンドレアを止めた。
自分の影すら存在しない世界で無闇に歩けば、もう二度と戻っては来られないだろう。
「今ロープを入り口に結びますから!」
「俺は…帰らなきゃいけないんだ!!」
「アンドレア!」
「空港はきっと機能している筈だ!!
なあそうだろ!?」
「落ち着けアンドレア!!」
絶望はアンドレアを追い込んだ。
『きっと帰れる』と、強く希望を抱いていたのだろう。
だからこそこの霧の世界が余りにショックだったのだ。
だが海堂は冷静だった。
今の彼にとっては、アンドレアを救う事こそが最大の目標なのだから。
「海堂さん!、ロープ繋ぎました!」
「よし。皆ベルトにロープを。
少し進み新たにロープを張り…と、進んでいきます。
とにかくここを離れる事を目標にしましょう。
幸いにも気温も湿度も体力を奪われない適性値。
…きっと大丈夫だよアンドレア。」
海堂の笑顔にどうにかアンドレアも冷静を取り戻した。
こうしてロープに繋がれる旅を開始した一行だったが、直後にはまた絶望させられた。
「……これ…は。」
「…まさか、……骨…?」
「こんな物、洞窟に入る時には無かったよな…?」
少し歩いたらそれらは出現した。
動物の骨とおぼしき物がそこら中に溢れていたのだ。
「…!」
『そうです オルカ王』
「…化…石。……まさか、何かによって…あの!、生きていた動物達が…皆!?」
それはオルカが触れ合った動物達だったのだ。
しかも人とは違い形のまま固まったのではなく、肉の欠片も残らず骨だけが化石になり、固まっていた。
衝撃に吹き飛ばされた訳ではないのか、立ったままの化石も山程あった。
「…ワニの骨格。」
「……これはカンガルーですね。」
海堂達もその憶測に行き着いた。
彼らもまた、動物達が群がるエアーズロックを怪しみ、あの穴を見付けたのだから。
視界を奪う濃い霧に、動物達の化石化。
もう本当に何がなんだか分からなかった。
長い悪夢を見ているとしか思えなかった。
それでも三人は進んだが結局視界が晴れる事は無く、ロープも底を突き体力も限界となり、二日後に洞窟に戻ることになった。
「…マズイですね。」
「ええ。」
そして三人は現実的な問題に直面した。
食料も水も、もう無いのだ。
節約して食べ飲んだが元々ストックが多くなく、クレーター内に石となってしまった全員を運んだら、もう体力が限界に達してしまった。
「…海堂さん。」
「ん?」
「今何が食べたいですか?」
「お前ねえ~💧?」
海堂は呆れたが、項垂れ続けていたアンドレアは燕の言葉に不意に顔を上げた。
「肉一択だろ!」
「ですよね~!」
「…私は味噌汁が飲みたいよ。
あと最高級の漬物で白米をかき込みたい。」
「うわ地味!」
「ツケモノってなんだ?」
「日本のピクルスみたいな物ですよ?
塩やヌカと呼ばれるもので漬けるんです。
まあ美味しいですけどねっ?、こんな時に食べたくなるモンじゃないですね!」
「ウルサイよ燕。お前は知らないんだよ最高級の漬物のあの最高な旨味を。」
オルカの顔は自然と弛んだ。
今の海堂とツバメと、まるで同じ空気で喋っているのだから。
「……始まりは、こんなに残酷だったんだね。」
『はい 救助が来るのは絶望的 更には食料の枯渇 生存は絶望的なのに 何故彼等は笑っているのでしょうか』
「人は楽しいから笑う訳じゃない。」
『………』
「人はね、……強いんだ。」
それからまた二日、何も出来ずに時が流れた。
この頃にはもう誰も動かず、ただ空腹とダルさに堪えていた。
『きっとこのままここで死ぬのだろう』『何一つ出来なかった』。そんな無力感と、早く楽になってしまいたい気持ちが葛藤した。
「……凜。」
海堂は寝転がりながら凜を見つめた。
一際輝く無色透明な宝石は、クレーターの中心の石の輝きより何倍も美しく見えた。
(…この方は、誰なんだろうか。)
海堂は凜と向かい合う男性をじっと見つめた。
記憶をどれ程漁っても、彼に覚えはなかった。
こんな所まで来るような専門家ならきっと自分は知っている筈だし、身内でもないし。
彼の存在は石になってしまった者の中で、唯一の疑問だった。
…ググ!
海堂は体力がもう残り少ないのに、立った。
そして柳の体に触れ、そっと胸に手を当てた。
「何処の誰かは存じませんが、きっとここまで凜を力強く後押ししてくれたのでしょう…?」
燕は目を開け、ダルそうに海堂を探した。
案の定海堂は凜の傍に居た。
「…貴方の名前すら、私達は、………」
「よ…と!」
「…燕。」
「私もまだお礼を言ってなかったですから。
…初めまして。うちの当主が大変お世話になりました。」
アンドレアは寝転がりながら、微笑みやり取りを聞いていた。
日本人は本当に情緒的だなと思いながら。
「…綺麗な顔してますね彼。
ほんと、なんでこんなトコに来たんだか。」
「本当にね?、…御当主が一般人を引っ張ってくるとは思えないし、本当に謎だよ。」
海堂は沁々と柳を眺めると、そっと凜に触れた。
彫刻のように静かに佇む主人は、見た目もさながら神様のように見えた。
「…ふふ!、神々しい方だとは思っていたけれど、ここまで光ってると眩しくて鬱陶しいね。」
「あの世に行ったらまず怒られろ。」
「ハハ!、…怒られる前に逃げてやるよ。
そして家族に会って、ごめんねって言うんだ。」
「…… …枕元に立つなんて不気味ですよ?」
「お前だって立つでしょう?」
「自分は、……どうかなあ。
…枕元には立たずに、…ベッドに潜り込む!」
「今すぐ御当主に会いに行け。」
「… …… …それどういう意味です💢!?
流石に不謹慎なんじゃないですか!?」
「お前だってあの世に行けとか言ってたでしょ。」
「そこまでは言ってないですよ💢!?」
ブラックジョークを言い合えるのが幸せだった。それこそ生きている証なのだから。
アンドレアも凹むどころか笑ってしまった。
「日本のHeavenには川があるというのは本当か?」
「ええ本当ですよ?」
(…平然と言い切ったよこの人。)
「いいじゃないか!、死んだら寄生虫も何もないんだ!、川の水を気が済むまで飲めばいい!」
「アッハッハッハ!、いいですねそれ!」
「俺は焼きたてのスコーンを食べながらレモンティーを飲むけどなっ!」
「あれおかしいですね。もうイギリスの紳士は日本の忍者のように絶滅した筈なんですが。
なんで急にロイヤル気取っちゃったんですか?」
「シット!、……ニンジャはまだ存在してる。」
「でたよ外国人あるある。勝手に深読みして忍者は居るって信じてる奴。
あとアンタはイタリア人でしょ?、なんでピザって言わないのさ。」
「海堂さん(笑)!」
海堂は『呆れた!』っと手を振り、凜に触れたまま声高らかに笑った。
『忍者なんかとっくに絶滅してるよ!』『奴等でさえ川の水は飲まなかったろうねっ?』…と。
アンドレアはムッとし、燕は苦笑いし。
海堂はそんな中、ふと本音を溢した。
「……でもほんと、…水、飲みたいなぁ。」
ゴボ!
「……え?」
「…は?」
「……今、…」
突然、水の音とおぼしき音が。
三人は目を合わせ眉を寄せ、音がする場所を探した。
「何処だ!?」
「雨水決壊でここ水攻めされたらどどどうしますかイドウさん!?」
「え?。飲むけど。」
その時だった。
ゴボゴポ…!!
「!」 「…!」 「!!」
ザアアアア…!!
突然地面から水が溢れ出た。
三人はただ驚愕し、窪みに溜まっていく水を見つめた。
「…あ!、アンドレア!?」
「おっとしまった!!」
バチャ!
アンドレアは慌てて荷物の入った鞄を水から引き上げた。
三人は高台に登ると、30センチ程の水嵩で止まった水をじっと眺めた。
「……早く。アンドレア!」
「待て今やってる!」
アンドレアは機器に水を入れた。
そしてじっと待ち、ピーっという音が鳴るなり画面を凝視した。
「…飲める!!」
「ウッソー!?」
「はは!、ハハハ!、本当だよ燕!!、海堂!!
あの水は飲めるぞ!!」
このアンドレアの声を合図に三人は水に飛び込んだ。
そして手で掬い、何度も水を飲んだ。
「プッハー!、おいしい~!!」
「適度な温度でいいですね!
…あ。飲みすぎるんじゃないよ燕。中毒症状出るよ。」
「言うの遅くないですかあ!?」
プンスカと燕は怒ったが、これでとにかく渇きは癒された。
喉が潤った途端、三人とも肩の力が抜けたように水の中に座り込んでしまった。
冷たくも熱くもない水は三人を本当に癒してくれた。
「…お?」
「どうしたアンドレア~?
体洗いたいのは分かるけどさー?」
「…案外可能…かもしれないぞ?」
「ええ~?」
「何故です?」
「見てみろここ。」
アンドレアに促され見てみると、水底の石がフワフワと舞っていた。
つまりこの水は今でも湧き続けているという事だ。
「…しかし、このサラサラな土にどうやって湧いているんだか。」
「本当ですね。けれど他には滲んでいない。
…この程度の量なら周りにみーんな吸収されちゃいそうなもんですけど。」
「……案外、神頼みが効いたのかもしれんぞ?」
アンドレアは凜を指差した。
海堂は可笑しそうに腹を抱えて笑うと、『では次は食料ですねっ?』と凜に触れた。
「ハイ食べたい物言ってって!」
「焼き肉!!」
「ステーキ!!」
「ユッケ刺し!!」
三人は声を上げて笑った。
燕の焼き肉とアンドレアのステーキは分かるが、生肉はないだろうと。
「日本人は何でも生で食べすぎだ!
いつか寄生虫で死ぬぞ!!」
「は?、いや年に数人は普通に死んでますよ。」
「空腹に生肉…とか(笑)!、キッモ!!」
「お前ね燕。空腹に生肉食うとフェロモンかなんかに良いんですよ?」
「焼けば良いじゃないか!
ほら俺はコンロだって持ってるぞっ?、焼け!!」
「ハア!、今そんなモンあっても宝の持ち腐れですねぇ?」
モォォォ…! ぴたっ!!
三人は驚愕し、ピタッと停止した。
今確かに、牛の鳴き声が聞こえたよな?…と。
まさかと思いクレーターを登ってみると、さっきまで絶対に、絶対に居なかった牛が、普通に歩いていた。
「………」「………」「………」
三人は全員自分の目を疑ったが、心は一つだった。
このチャンスを逃せばきっともう、自分達は助からないだろう。
「……やりますよ。」
「…マジで、マジでやんですか!?」
「知るか!!肉だ肉!!!」
「「おい待てよバカ!?」」
……三人は本当に焼き肉が食べられた。
かなり苦労したしメンタルダメージも大きかったが、肉の焼ける匂いがしてくるともう堪らなかった。
一番ダメージを受けた燕も、両手をパンと合わせ勢いよく肉にがっついた。
「プッハー生き返ったあ!!」
三人は命を繋いだ。
水場で体も洗えたし、満腹だし…、やっと生きた心地がした。
「……に、しても。」
「なんで突然牛が?…ですよね。」
「…本当に、神頼みが通じたとしか思えないタイミングでしたよね。」
三人は寝転がりながら話した。
たっぷりと体を休めながら、神頼みについて話した。
「最初は水。…海堂さんが言った直後でしたよ?
それに三人が食べたい物言いましたよね?、全員牛を食べたかったわけでしょ?
…そして突然、牛が現れた。」
「…なんか不思議なパワー持っちゃったのかな僕。」
「試してみろよ!」
オルカも首を傾げた。
確かにそんなタイミングに見えたからだ。
「湧き水は奇跡のような偶然としても、牛…って。」
『彼等はそれを立証すべく検証を開始しました
そして判明したのが 凜こそがその奇跡の源であるという事でした』
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