第195話 最初の願い2

 海堂、燕、アンドレアは不思議な原則を発見した。

それは『凜に触れて願えば、それが叶う』というものだった。


しかしその奇跡の発動には幾つか条件があった。


1、触れるのは誰でも良いが、触れた状態で願いを口にしなければならない。


2、『サンドイッチが食べたい』『ミートパイが食べたい』など、加工品を願っても手に入らない。

だがその原料ならば、願えば何処かしらに生えてくる。


3、しかしその原料も絶対ではない。



「多分…ですけど、お米が無理だったのは、単純に種籾が存在しなかったからではないかと。」


「オーストラリアに一粒の米も存在しないって、逆に違和感なんですけどね?

日本人だって住んでたじゃないですか。

全員が全員現地の胃にはなれなくないですか?」


「…しかし燕、動物でさえあんな姿になってしまったんだ。

それにお前らは地表の草を見たか?」


「!」 「…無かった。」


「そうだ。…つまり植物にも石化?の影響があったのではと推測される。

…だから手に入る原料とそうでない物があるのかもしれない。」


「流石に、0から生み出す事は不可能…か。

それか単純に、何処かには生えたかもしれないが、見付けられなかったか。」



4、ガスコンロやライターなど、人工物は作り出せない。

これは恐らくだが、加工品の食べ物が作り出せないのと同じ理由ではないかと推測された。


 以上が検証で得た結果だった。

牛や生物に関しては、恐らくだが骨があれば作り出せるのでは?という憶測に。



「毎日肉でも文句なんか言いませんとも!!」


「こらこら燕。体臭濃くなるよ?」


「なあ海堂。…なんで凜じゃなきゃ駄目なんだと思う?」


「…僕が聞きたいよ。」



 色の違う全ての石に触れて試したが、奇跡が起きたのは凜だけだった。

更に謎は深まったが、とにかく三人は命を繋いでいけそうだ。

クレーター内は明るく、温度も快適だし。

寝るのに暗い所に行きたいなら少し洞窟内に入ればいい。



「…家欲しいなあ。」


「あー分かりますアンドレア。」


「まずトイレじゃないです?

いい加減埋めるのとか、ちょっと。」


「「分かる。」」



『自在に壁や砂を操れたらいいのにな?』

 …この言葉に、海堂はニヤニヤと凜に触れた。

実はこれが今の三人のマイブームなのだ。

もうここからは自分達の常識を捨て、なんでも試してみる事こそが、この絶望を突破する唯一の道なのだ。



「何て言おうか。…トイレよ現れよ!」


「…海堂さん。これライター作れなかったのと同じ原理なんじゃ。」


「ああそっか!、…じゃあ。」



 凜は間取りをイメージした。

実に簡易的でシンプルな家の間取りだ。

キッチンもトイレも何も無い、ただの空間に近いような家を。



「…… …うーん駄目か。」


「何をイメージしたんだ海堂?」


「家。とは言ってもなーんもないけどね?

個室って方がイメージ近いかもね?」


「…素材は何にしたんだ?」


「ん?、…木?」


「…うーん。…じゃあ、この砂でイメージしてみてくれ。」


「ああそっか。そういえば木材なんて一度も出てきた事無いもんね。」



 海堂はアンドレアの助言を受け、もう一度同じ家をイメージした。

壁があり、屋根があり、ドアのある家を。

この足元の砂で形取られた家を。



…ザザ…



「…!」


「マジ!?」


「おお!?」



ザザザザザ!



 そしてそれは、形になった。

砂が集まり勝手に壁や屋根になっていったのだ。

これには三人で手を打ち合い感動した。



「そうですよね原料は大切ですよね!?」


「…あ、ドアが無い。」


「ああそうか鉄とかの加工品が要るから!」


「…どうでもいいやそんなもの!!」



 三人は初めての家に飛び込み寝転んだ。

窓は無くドアも無かったが、とんでない感動だった。


 こうして検証を重ね、三人は願い方のコツや物の形取り方を学んでいった。

確かなしっかりしたイメージをせねば変な形の物が作られてしまうことや、木製の物は一切作り出せないことを学び、だが鉄等の資源は豊富で、物の原料を遠くから引き寄せることも可能だと分かった。


数日後にはコンロのガスが尽きかけ焦ったが、『持続的に燃え続ける何かはないか?』と願えば、それを引き寄せる事が出来た。

半信半疑で火をつけてみると本当によく燃え持続し三人は感動したが、新たな疑問にぶつかった。


 その燃える石もそうだが、引き寄せる原料には彼等の記憶に無い物が多かったのだ。

例えば冷たい水が飲みたかったので『よく水を冷やす何かよ来い!』…と願ったら石が引き寄せられて本当に冷たい水が飲めたのだが…、その石の正体はサッパリだった。


しかも毎回、石なのだ。

樹木はしりとりのように呪文のように木の種類を呟き続けたが一切引き寄せられなかったのに、石だけはスッと手に入るのだ。



「…ストーン◯ールドって知ってます?」


「何だそれは?」


「ジャパニーズアニメーション。…面白いですよ?」


「ふーん?、どんな内容なんだ?」


「ここよりリアリティーのある世界で石化から目覚めた主人公がめっちゃ頑張って科学を駆使していくお話。」


(説明が雑だなあ海堂さん。)


「なんか最近よく思い出してて。

…今の自分等にマジで必要な情報が満載なアニメです。」


「見せてくれよ💢!?」


「見せたいよ💢!?」



 彼等は飢えから解放され、快適な家を手に入れ、家具まで揃え、生活を充実させた。

検証は面白く、洞窟の外まで探検に出る事もしばしば。


 だが、それだけだった。

事態がそれ以上好転する事は無かった。


 そして半年後には、もう順応していた。

洞窟の外まで一日三回赴き観測し、パパッと肉を捌き。…だがそれだけだった。


 そんなある日のことだった。

アンドレアは日課のように宙に浮く光る石を観察していたのだが、ふと気になり石と貸した人間達をチェックした。

なんせこの半年、注目するのは凜ばかりだったので、なんとなく綺麗にしてあげるついでに…と思い立ったのだ。



バチャ…キュ…キュ!



 先ずは凜から丁寧に洗った。

水をかけ、布で磨き、拭きあげた。



「…いつもありがとう。」



 感謝を述べると、次へ。

そしてアンドレアは、柳の手に何か握られていると気付いた。



「…なんだこれは。…石?」





「!!」



 オルカはハッとした。

薄い黒色をしたその石はまさに…。



「僕の…法石!!」





 アンドレアはすぐに二人を呼んだ。

そして三人は唸った。

石と化してしまった彼等は皆一様に服まで石化してしまったのだ。

それなのに柳の握る石は、完全に独立していた。



「…これは、元々何かの石ですね。

クラスター型ですし。」


「自分もそう思います。…もしかして元々宝石だと、こう…?、石化しなかった感じですかね?

…元々石だから。…みたいな?」


「…綺麗な石だな。」



 とても気になったが、その石は取れなかった。

柳がしっかりと握っていたので、取るには手を壊さねばならなかったからだ。


 三人は無言で首を振り、暇潰しに三人で皆を洗う作業をした。



「さて、…お待たせしました藤堂さん?」



 海堂は石で出来たバケツを持ってきて、そっと笑った。

いざ対峙すると、未だに胸が激しく痛んだ。



ザバ!



 バケツで水をかけ磨きだした直後、海堂はギョッとし思わず叫んだ。



「うわあああ!?」


「!?」


「どうしました海堂さん!?」



 二人が駆け付けると、海堂は震えながら藤堂を指差した。



「なんっ、なんで…なんで!!!」


「…何だ。 !!」


「え?、…何ですか  ハッ!?」



 藤堂の左腕が無くなっていたのだ。

誰も折ってなどいないし、その辺に落ちてもいない。

断面を見たアンドレアは、『折れたというより、消えたという方が正しい?』…と眉を寄せた。

ザラザラもしていないツルツルな断面が、そう思わせたのだ。





「なん…で!?」



 オルカも驚愕し口を塞いだ。

するとコアが淡々と教えてくれた。



『当時の彼等は気付いていませんでしたが この世界では『元無き物は生み出せない』のです』


「ど、どういうこと!?」


『この世界は全てが等価交換です

つまり『命を生み出すには命が必要』なのです』


「……は!?」


『種はあれど それだけでは芽は生えません

この世界は全てが一度石となってしまったのです

故に厳密には 命はこの世界に存在しないのです』


「…命が、… …でも、海堂さん達は!?」


『恐らくはコアの放出したエネルギーバランスはとても不安定で 中途半端に石化したものと思われます が 間違いなくこの世界の全ては一度石と化しました それは種も牛も然りです』


「…………」


『つまり『生きた牛を手に入れる』には 生命エネルギーが必要なのです』


「…!」



『まさか…』とオルカは映像を見つめた。

 コアの話を元に整理するなら、藤堂の腕が無くなっていたのは…。



「…藤堂さんの生命エネルギーを使ったから…?」


『その通りです

クレーターの砂も洞窟の壁も 生命エネルギーを持っていません

それを持っているのは 生命の化石だけなのです』


「…………」


『彼等は食べる為に牛を 植物を作り出しました

それはつまり『命を与えた』という事

そしてその命の根元こそが 一番側にあった『命石』だったのです

だから藤堂の腕は正確には消えたのではなく 消費されたのです』


「…………」


『この原理は絶対です

このカファロベアロという世界の 理なのです』



 オルカは愕然と座り込み、口を塞いだ。

その原理が未だに働いていると言うのなら…

自分がここで食べてきた物は…全て……



「……人、…だった。」



 ショックから口を押さえた手は、吐き気を抑える手に。

顔を青くしたオルカに、コアは落ち込む事はないと諭した。



『人はもう 人ならざる物となったのです

それに 海堂等のように完全に稼動している物達はこの生命循環の円環には入りません』


「どういう…こと。」


『この命の円環は 停止した物から順繰りに消費されます』


「…停止。……つまり、死んだ人…?」


『はいそうです

貴方達の感覚で説明するのなら 人が亡くなった時 命石となるのです

そして命石はありとあらゆる命の原料となり 活動する人々を支えていくのです』



 平然と言い切られても何の慰めにもなりはしなかった。

海から死体が溢れ返らなかったのは、こういう仕組みが働いていたからなのだ。



「……っ、」


『…何故泣くのですか』


「藤堂さんっ、海堂…さん!」


『…貴方の知る海堂ではありません

彼はカファロベアロ誕生時点の海堂です』


「もうっ、いいから!!」


『…分かりました

この円環に彼等はこの後気付きます

何かを作る度に藤堂が消耗され 気付いたのです

ですが彼等は生きる為 藤堂を消費しました』


「~~~っ…」


『一年後完全に藤堂が消失すると 余りの心身ダメージに限界に達した燕が凜に願いました

『こんな事をしなくても生み出せる命は無いのか』と『理そのものを作れはしないのか』と』


「う…!」


『そしてそのまま燕は激昂し、私の原型であるコアを殴り付けました。

恐らくは海堂が消沈し ストレスが限界に達したのだと思われます』





「フザケんなよ!?…フザケんなッ!!!」


「…燕。…いいんです。」


「一個も良くないですよ…!!!」



 生きる為とはいえ、辛すぎた。

藤堂の体をそのまま貪っている気さえした。


だが何度殴っても蹴っても、その巨大な石は悠然と宙に浮かび続けた。



ガン!!ガン!!



「~~っ、……クソ!!!」


「…ありがとう燕。……ありがとう。」


「絶対に…こいつの所為だ!!

こいつがオーストラリアを…こうしたんだ!!」


「…かもね?」


「こんな世界に…したくせに!

ただそこで悠々と浮いて!!、俺等を見下してんのかよッ!!!」


「燕、落ち着け。」


「ウルサイ!!、お前だって家帰りたいだろ!?」


「…こいつを壊せば帰れるなら壊すさ!!

だが何で殴ってもこいつには傷一つ入らなかったじゃないか!!」


「止めなさい二人とも。

仲良くしましょう?、我々は同志でしょう?」



 海堂のやつれた笑みに、アンドレアは口を閉じ、燕は歯を食い縛った。

だがどうしても、溜まった怒りが彼の体を勝手に動かした。



ガンッ!!ガン!!



「壊れろ…この!?、壊れろッ!!!

世界こんなにした責任を…取れよッ!!」


「もう止めなさい燕。…もう寝よう?」


「世界をこんなにしたならっ、だったら!、責任取って俺等にこの世界のこと…!、全部教えろってんだよ!?」


「…ふふ。…人類は探求する生き物ですよ?」


「知ってるよ💢!?」



「オギャア!、オギャア!」



「!?」


「…は。」


「な!?」



 突然産声が響き、三人は驚き振り返った。

すると凜の石があった場所に、赤ちゃんが寝そべり泣いていた。


三人は愕然とし、何度も瞬きをした。

だが何度見てみても凜の石は無く、赤ちゃんが居るだけだった。


 

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