第196話 最初の願い3

 突然現れた赤ん坊には不気味な点があった。

先ずは突然凜の代わりのようにそこに現れた事。

次にミルクでなくとも食べ、消化した事。

赤ちゃんの筈なのに、まるで中身だけは別のもののように何かを指し示したり、教えてくる事。



「あ!…あ!」


「…え?」


「…足元を見てる。掘ってみろよ。」


「うん。… … … あ。芋だ!?」


「…またですか。一体どうなってるんだこの子は。」



 赤ん坊はミルクをせがむことも、グズッて泣く事さえなかった。

泣いたのは、最初の一度きりだ。

それ以降は赤ちゃんらしく泣く事はせず、地面や洞窟の一点を指し示すように見つめ、声を上げた。

そしてそこを調べると、必ず何かあるのだ。

それは食料だったり鉱物だったりと様々だったが、普通の赤ん坊ではない事だけは確かだった。



「あぐっ!、んー💖!!」


「……赤ちゃんに肉食わせるとか。

正直虐待してる気分にしかなれない。」


「その感覚がある内はお前は大丈夫だよ燕。」



 だがそれでも、おしめの交換や抱っこ、寝返りは普通の赤子と同じで、なんだかんだ三人は和んだ。


 その子は女の子だった。

黒髪と黒目の、笑顔が本当に可愛らしい子だ。



「よし出揃ったな!?

これより不思議ちゃんの名前選別に入る!」



 当然彼らは赤子に名前を授けた。

…というより、選ばせた。



「ほらこれなんか可愛いよ~?」


「近付けすぎだよ燕💢!?」


「ほらこれがいいだろ~!?」


「邪魔だよアンドレア💢!?」



 やたら意思のある赤ん坊なので、名前を書いた紙を持ち選ばせたのだ。

すると赤子は文字が読めているかのようにじっと三人が持つ紙を見つめ、一枚に手を伸ばしキャッキャと騒いだ。


 選ばれたのは燕の考えた名前で、彼は拳を握りガッツポーズした。



「よっしゃああ!!」


「エエー!?!?」


「なんだよ燕のかよ~!」


「だって娘居ますもん自分♪」


「だから何だよ。」


「関係無いでしょう。」



 選ばれたのは『レイチェル』だった。

海堂は『洋風かぶれが!』と舌打ちし、アンドレアは『つまんねーの!』っと紙をポイっと捨てたが、燕は大喜びでレイチェルを抱き上げた。



「だって可愛いもんねー?、レイチェル~?」


「あーっ!、きゃー💖!」


「……ね、……かわい…  っ、」


「…うー。」


「…!、…燕。」



 娘の事を思い出してしまったのだろう。

燕は傍に居た海堂にパッとレイチェルを渡し、家の中に引っ込んでしまった。



 それから十年の月日が経過した。

この頃には四人はクレーターの外で暮らしていた。

その理由は、レイチェルだった。



「うーん。もう二日はかかると思うよ?」


「そっか。…何人無事だった?」


「合計で14人かな。」



 なんと彼女は霧を大陸の外へと退け、住める環境を確立したのだ。

それだけでなく、彼女は大地さえ動かし地形そのものを変えることさえ出来た。

更には大陸で生き残っている他の人間の位置や人数さえ把握し、連れてくる事さえ出来たのだ。



「ようはパパ達が検証したまんまをしているだけだよ。

この土も、この世界は全てが石なんだ。

石ならば意思を通じ、変化させる事が出来る。」



 それに彼女はやはり普通の子供ではなかった。

まるで大人のように流暢に喋るのだ。

それは喋り方だけでなく、中身が一番大人のようだった。

 三歳の時点で人格が既に完成していて、幼児らしいワガママも癇癪も一切起こさず、殆どの言葉を理解していたのだ。


 三人はそんな彼女を『幼い体に閉じ込められた神様』…と称した。



「ねえパパ!」


「どしたのレイチェル?」


「そろそろこの村、手狭になってきたと思わない?」


「あー。そうだね?、また人が合流するなら、もう少し見晴らしが良い方がいいかもね?」


「だよねっ?」



 彼女は活発だった。助かった人々を次々に集め作った村で、毎日あちこちを駆けていた。

靴なんて簡単に作れるのに靴は履かず、白いワンピースを着ただけの軽装で、毎日楽しんでいた。


 パパと呼ばれる三人は、なんだかんだ娘の成長を見守っていた。

いくら風変わりでも、それでこそレイチェルだと。



「すごい!!、村になってる!?」


「設備が全然違う!!」


「ようこそ皆。ここには全てがある。

先ずは暖かいお風呂に入ったらどうだい?」


「…え?、子供?」


「私はレイチェルだ。村長は三人。皆私のパパだ。」


「??」



 だが説明は下手だった。


 結局あのまま凜は消えてしまった。

彼女はそれについて気まずく説明してくれた。

『私こそが凜のダイヤモンドなんだ』と。



「パパが祈ったでしょう?『世界を教えろ』と。

他にも色々と言っていたよね?

それに答えた存在が、私なんだ。」


「え!?、でも私が殴ったのはあの石ですよ!?」


「そもそも物を作ったりと、何かとしているのは凜のダイヤモンドではなく、あの石の方なんだ。」


「え?、では何故凜に触れれば良かったんです?」


「ダイヤモンドはあの石と最も近い存在なのさ。

ダイヤモンドはあの石と見えないパワーで繋がっている。だから色々と叶えられたんだ。」


「…だから君は万能なのか。」


「いいや万能ではないよ。

ただ、こうやって人型になって知恵を持っていた方がパパ達が助かると思ったんだ。」


「!」


「…え?」


「だから人になった。

…まあ少し失敗して、赤ちゃんからのスタートにはなってしまったけれど、それはそれで楽しかったでしょう?」





「…… 『ダイヤモンド』…?」



 オルカの背筋を嫌な予感がスッ…と走った。





 レイチェルが言うには、石には皆それぞれに能力が備わっているらしい。

特に強力な力を持つのが、見た目からきらびやかな四つの石だそうだ。



「特別な石。それはあの宝石人形達さっ?」


「!」


「…彼等にも何か、力があった…?」


「勿論っ!、私の……と言ってはなにか。

ダイヤモンドの力は『繋がり、生み出す事』。

つまりあの宙に浮く光る石とリンクし、何かを創造するのが私の力で、他の石はまた違う力を持っているんだ。」





 ここまで言われれば、察してしまった。

オルカの呼吸も体温も自然と上がり、胸が大きく上下した。



『もう分かりましたね オルカ王』


「…僕のダイア家…は、……この子。」


『正確には 凜というダイヤモンドです』



 嫌な納得が、点と点が繋がっていくのを感じた。

自分が凜から生まれたなら…、海堂とツバメに感じたあの無条件の繋がりは、恐らく。



「…カタチ。」


『恐らくはそれでしょう

この誕生時代の海堂も レイチェルに強い繋がりを感じていたそうです』


「まさ…か、…じゃあ、……じゃあ!

僕らが黒髪黒目で生まれてくるのは…!!」



『凜一族の男児は代々、黒髪黒目で生まれてくるんです。』



男児ではなかったけれど、きっとそれは名残だ。

確かに凜さんから生まれた…名残だったんだ!!



「!、……じゃあまさか、ギルトと突然妙な繋がりを感じたのは!?」



 そう。無意識にも、オルカがギルトにカタチを渡したのだ。

だから二人は突然今までとは違った深い繋がりを感じたのだ。


 オルカは堪らなくなり、腕に顔を埋めて項垂れた。

まさか自分が凜の血を引いていたなんて、信じられなかった。



『…オルカ王 それは厳密には違うかと

凜は石化により全ての遺伝情報を喪失しました

故に髪や目の色は偶然であり ギルト・フローライトとの間に感じたものも 単に貴方と彼が心というものを通わせただけです』


「じゃあ海堂さんが僕に感じたものを、どう説明するんだ。」


『…それは』


「機械になんて分かるものか。」


『………』


「人はな、時に本当に科学の理解を超えるんだ。」



 オルカには既に、様々な答えが見えていた。

誰がフローライトとなり、誰がコランダムとなり、誰がサファイアとなり、誰がアレキサンドライトとなったのか。


 だが、上擦りながらもオルカは見守った。

石と化した世界で懸命に生きた、彼等の、先人達の記録を。


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