第197話 最初の願い4
レイチェルは更に、色んな石を開発した。
音の出る石や、時を見られる石、そしてその二つを合わせた石など。
その数は数え切れない程で、全てが村の人々の生活に役立てられた。
それらを生み出した背景には、三人の知恵があった。
詳しくしっかりと成分と構造を教えて貰えば、レイチェルは加工品さえ作り出せたのだ。
それはシンプルなトンカチから始まり、細かく石を複合したライターまで作れるように。
レイチェルは深い原理理解と素材さえあれば、何でも作り出すことが出来たのだ。
そして彼女が14才の誕生日を迎える頃には、村は大きな街となっていた。
それぞれが得意な事を活かし、皆で皆を支え合い暮らしていくこの街で、新しい命さえ誕生した。
「…海堂、燕。聞いてほしい事があるんだ。」
そしてレイチェルの誕生日前日。
アンドレアは二人を呼び出した。
三人がひとつ屋根の下に集まるのは久しぶりだった。
「何ですかアンドレア?
レイチェルまで、なんだか畏まって。」
「実はずっと、レイチェルと取り組んでいた事があって。…ついに計算が終わったから、二人に話そうと思ってな?」
「?、何ですかどうぞ?」
アンドレアは暫し思考し、意を決し口を開いた。
「世界を元に戻す算段が整った。」
「…え!?」
「ハアッ!?」
「本当だ。恐らくは上手くいく。…だがそれは例え上手くいっても…、およそ2000年後となるだろう。」
「ええ!?」
「ちょ、…順を追って下さいアンドレア。」
アンドレアは説明した。
宙に浮かぶ光る石、あれこそがレイチェルのパワーの源であり、やはりこの世界を変えてしまった元凶だと。
それはレイチェルによって解き明かされたそうだ。
レイチェルには全ての石のパワーが分かる。
そして彼女が言うには、宙に浮くあの石のパワーを全ての石から感じるらしい。
「…そうか。それでこの世界はこんなことに。」
「正確な理由こそ分からないがな?
前に聞かせてくれた『凜の予知夢』。あれを丸々採用するなら、ミストはただのエネルギーチャージ、充電器だ。
そしてパワーが溜まり、放射され、この世界はこうなってしまった。」
「…でも、それはまあ良いとして。
どうやって世界を元に戻すんですか。」
「……こちらからもまた、エネルギーチャージをするんだ。」
「!」
「!!」
「レイチェルが教えてくれたんだ。
あの宙に浮く石には意思は無く、ただの巨大なエネルギーの塊なんだと。
そしてそのエネルギーは、溜めに溜めれば時空を…、時を超える程のエネルギーになる。…と。」
『そんな馬鹿な話があるか!』と思わず立ち上がった海堂だったが、レイチェルは笑顔のまま言い切った。
「出来るよ。パパ。」
「…何故断言出来るのですか。」
「コレだよ?」
「…!」
「それは、あの人が持っていた…クラスター型の石?」
「そう。…これは面白い事に、あの宙に浮く石と同じ波動を持っているんだ。
…更には、私ともね?」
「……何故。一体、どういう…」
「つまり、『誰かが既に2000年以上の時を超えてこの世界にやってきていた』。
更にはこの置き土産を置いていってくれた。…と言うことなのさ。」
「そんな!?」
「私には分かる。この小さな石が見せてくれた。
この石の持ち主は完璧なダイアだ。しかも男児。
…あのねパパ?、アンドレアの設定では、ダイア家に男児が生まれるのは、エネルギーチャージを終える最後の王の予定なんだ。」
「…何、何を言ってるんです?
王?、…ダイア…?」
「私はここの王になる。」
「!!」
「そして血を繋ぎ、エネルギーチャージが終わるその時まで、秘密を、役目を引き継いでいく。
そして溜めた全てのエネルギーを使って…」
「………」
「『何か』が起きる前に、あの石を破壊する。」
とんでもないプランに海堂も燕も顔を青くし言葉を失ってしまった。
夢物語を聞いているようにしか感じないのに、レイチェルは大真面目だ。
アンドレアは、何処か固い顔で遠くを見つめていた。
自分で計算し設定したプランとはいえ、心に迷いがあるのだ。
「それで、これが全貌だ。
とにかく一度目を通してくれないか?
…実行するしないは後日でいい。」
「……こんなに分厚いものを、……」
「…まだ、捨てきれなくてさ。」
「…!」
「アンドレア。」
「…家族に、会いたくてさ?
もし、もしも最初の何かを食い止める事さえ出来たなら…、俺達は全員、家に帰れるだろ?」
「っ、」
「……」
「そこからの俺達の奮闘も…歴史も、何もかも消えてしまうけど。
…でも、数え切れない程の命が、あの石の所為で奪われたんだ。
…失ったものばかりじゃないさ?、勿論。
新しい石達は次々に誕生した。…が、それはやっぱり、命とは呼べない気がして。」
「……」
「…とにかく!、一度目を通してくれ!
…そこからまた三人で相談しよう。」
アンドレアは膝をパンと叩き、出ていった。
海堂と燕はじっと分厚いレポートを見つめた。
「……私は賛成だよ。」
「…!」
「レイチェル。お前だって消えてしまうんだよ?」
「そんな事はないさ。」
「……」
「私は元々は凜なんだ。
凜が生きていくとはつまり、私が生きていくと同義なのさ。」
「……レイチェル。」
「私はパパ達が、皆が幸せなのが一番なんだ。
…皆家に帰りたがっている。
私が作った物じゃ駄目なんだ。
…分かるよ。ちゃんと分かる。
私だって、家とは家族だと思っているから。」
「っ!」
レイチェルはそう言うと、ふと二人から目線を外した。
そしてそっと目を閉じ、小さく囁いた。
「……もし、何もしなかったなら。
…何もせずに三人が死んでしまったなら。
これ程のプランはもう、誰にも作れないだろう。
この世界に残った高い科学力と叡智は、もうたった三人だけなんだ。」
「…!」
「時は流れ続けていくだろう。…ただ、自然に。
…こんな不自然な世界で。」
「っ、…レイチェル。」
「…まあ、プランを見てくれ?
それこそがアンドレアパパの十年なんだから。」
レイチェルの言葉に意を決し、二人はプランを読んだ。
そのプランは計算され尽くしていた。
コアを時計としチャージを進める事や、もう子供を産まなくていい証として、最後の王は男児であること。
国名のCaFAlOBeAlOCは、C、つまりはダイヤモンドで円環を完成させるスペルにし、もし本当に最後の男児が現代へ旅に来たなら、『CaFAlOBeAlOCは人工物である』というヒントとして特別な石の化学式の羅列で決めたり。
だが決断を下すのは難しかった。
なんせプランが実行に移されるのは、早くても2000年後なのだから。
それ程の時が経てば、人は立派に営んでいるだろう。
子供が産まれ、そして子供を産み。そして亡くなっているだろう。
『何かが起こる前のコアを破壊する』とは、『それら全てを無かったことにする』という事なのだから。
「……こんなの、……」
「……」
「…僕らにも二千年後の彼等にも、…残酷すぎる決断だよ。」
家には帰りたかった。家族にも会いたかった。
このオーストラリアで藤堂の様にただ命の根元として消えていく人の数は星の数を超えるだろう。
動物や植物の命を足せば、明らかに元の世界に戻すのがベストだろう。
…だがどうしたって、割り切れなんてしなかった。
「………」
「…元に、戻しましょう。」
「!」
沈黙を破ったのは、燕だった。
「考え出したら、決断なんて出せません。
…単純に、救える命の数で決めましょう。」
「…燕。」
「私達はその為に、ここに来たんだから。」
「! …っ、」
「我々エルピスは、オーストラリアを救う為に来たんです。…なら、責務を全うしましょう。」
「……燕。」
「…ですが、余りにも残酷です。
余りにも我々寄りの目線です。とても身勝手な決断です。
…だからここ。最後のプランを変えましょう。」
燕は『最後の男児が王位を継承し、そして先王が亡くなりコアに命の石を返還した直後、自動的に石を破壊するパワー放出が行われる』のを、こう変更した。
『実行するしないの決断は最後のCに任せる』と。
「…そうか。選択の余地を与えるのか。
そのままCaFAlOBeAlOCとして暮らしていってもいいし、…時を遡り、オーストラリアを守ってもいいと。」
「…はは。…これの方が余程…残酷かなぁ。」
「…!」
「もう…分からない。
右も左も、…前も後ろも。…っ、過去も未来も!、残酷な事しかない!」
「っ、…燕。」
「最後のCがこの事実に…っ、どんだけ傷付くのか!
どんだけ悩んで…どんだけ苦しむのか…!!
私はその頃にはとっっっ…くに死んでいて!!
無責任にも彼の決断への苦悩を知ることすら無いんですよ!!」
「~~っ、」
「それなのに一丁前にオーストラリアを救いたくて!!
力無い自分に…っ、吐き気がするッ!!!」
オルカの深紅の瞳から、涙が零れた。
こんにも自分を想い、悩み、泣いてくれていたなんて。
こんなにも重い決断の先に自分が居たなんて。
「…ありがとう。燕さん。」
ただありがたくて。ただ、嬉しかった。
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