第198話 最初の願い5

 三人は決断した。

 燕の最後のアレンジを採用し、更にはナビゲーターとして人工頭脳システムをコアに埋め込む事にし、プランを実行する事を決断した。

王族を守るよう設定しても、人の世なのだ。何が起こるかなんて分からない。

だからいざと言う時の為にナビゲーターを付ける事にしたのだ。

それらのデータは全てレイチェルが宙に浮く石に植え付ける。


 それはレイチェルの14才の誕生日に行う事になった。



「今日!?」


「昨日の今日だって言うのに💧」


「決まったならうだうだしたってしょうがないさパパ!

人間は優柔不断だからな~?」


「耳が痛…痛… …痛くないもん!!」


「既に痛いよ燕。」



 レイチェルは『そうと決まれば!』と大規模な地殻変動を起こした。

大きな、だが傾斜の緩やかな山をエアーズロックがあった位置に築き、そこに王宮を建てた。

 街の皆は『今日はおっきいの作ってるね~!』と、レイチェルの工作を笑顔で見守った。



「さて!、由緒正しき王宮の完成だ!」


「うわ情緒の無い…。」


「仕方ないさ!、今は新品ホヤホヤだがっ?、これも年月が経つにつれ歴史ある荘厳な王宮へと変わっていくさ!」



『では、最初のプランだな?』

 そう呟くと、レイチェルは山から街を見下ろした。

全ての人々の生きるエネルギーを感じた。



「…どうかもうこれ以上、苦しまぬように。」



 レイチェルは宙に手を翳した。

そしてそっと目を閉じると、全ての人間の記憶を書き変えた。



「さあ。…今日からこの世界が、皆の世界。

ここの家こそ、温かい我が家だ。」



『初めから皆はここで産まれここで育った。

このCaFAlOBeAlOCという国で』。

 そう記憶は書き変えられた。

家に帰れない、家族と会えない孤独や苦痛から解放するために。


 レイチェルは記憶の書き変えを終えると、きっと大丈夫だから。…と小さく呟いた。



「いつか必ず、元の記憶に戻れる日が来るから。」


「……レイチェル。」


「どうしたのパパ?」



 海堂は微笑み、自分の記憶も消すように頼んだ。

アンドレアもレイチェルも目を大きく開き驚愕したが、燕も同じことをお願いした。



「お願いできるかな?、レイチェル。」


「……なん…で。」


「…子供をね、作ろうと思って。」


「!」


「…海堂。」


「まあ良い歳だし貰い手無いかもしれないけど。

…血を、…この血をどうしても…っ、」


「…パパ。」


「凜と繋がっているこの血を!、どうにかして繋いでいきたいんです…!!」



 海堂が腕に目を埋め肩を揺らし、アンドレアは説得を諦めた。

レイチェルは切なく眉を寄せながら、じっと燕と目を合わせた。

燕はにっこりと、いつもと同じ優しい顔で笑った。



「私も同じです。…海堂さんとね?、昨夜、そう決めたんです。

…家族の記憶があったら、…結婚はおろか、子作りになんて励めませんしね。」


「…パパ。」


「ごめんねアンドレア。…ここでお別れです。

我々は今日から一介の…、あそこで暮らす皆と同じ、一般人となります。」



 アンドレアは込み上げてきたものに涙を流した。

まさかこんな風にお別れする日が来るなんて思ってもいなかったのだ。

 だが寂しさよりも、二人の気持ちをアンドレアは優先した。

 レイチェルはずっと、これまで見たことが無い顔をしていた。

こんなに悲しそうな顔を彼女がするのは初めてだった。

そして突然、ポロッと涙を落とした。



「!」


「…!、…レイチェル。」


「…う!、…ううっ!」


「ごめんねレイチェル。…こんな酷な事を。」


「や…だ…ぁ!」


「っ!!」


「パパ…!。やだ…やだよ…!

もうパパって呼べないの、…嫌だよぉ…!」


「~~っ!」


「パパとはずっと…ずっと一緒だって…!

パパがいればっ、あたし…あたし!」



 レイチェルは燕の服を指先でつまみ、ポロポロと泣き続けた。

燕もこれには堪えきれずボロッと涙を落とし、勢い良くレイチェルを抱き締めたが、レイチェルは泣き止まなかった。



「ズ!、…ごめんねレイチェル。」


「やだよ…!、パパがあたしを忘れちゃうなんてっ、寂しいよ!、こわいよぉ…!」


「忘れないよ。忘れるわけないよ。

だって国王様なんだから。」


「今までの14年が…っ、消えちゃう…!」


「っ、…~~!」


「あたしを忘れないで…!、パパ…!!」



 そう泣きながら、レイチェルは燕と海堂の記憶を書き変えた。

 そして泣きながら、『王宮の完成おめでとう?、と言いに来た』と記憶を書き変えられた二人に、お礼を言った。



「ありがとね…!、うっ!」


「…そんなに泣く程ですかレイチェル王💧」


「あーらまあ、可愛い顔が台無しですよ?」


「うっ!!、嬉しく…て!」


「はは!」


「…それじゃあ失礼しますね?」



 レイチェルはずっと上擦り泣きながら、山を下りていく二人の背を見つめ続けた。

アンドレアは唯一残ったパパとしてレイチェルに寄り添ったが、彼女は力無く泣き続けた。


 彼女にとって、燕は特別なパパだったのだ。

何故なら彼女は、燕の願いに呼応して産まれて来たのだから。





「っ、…ズ!、海堂さん…燕さん…!」


『こうしてカファロベアロは誕生したのです』


「ううっ!」



 レイチェルの涙が余りに痛々しく、オルカは完全に貰い泣きしてしまった。

本当に辛いのに、燕の願いを叶えるために記憶を変えた彼女の胸の痛みなど、一生理解できるものではないと思った。



『この後すぐにレイチェルはコアにプランを設定しました

そして何人もの王がこのカファロベアロを形成し 今に至るのです』


「…ズッ!」


『そして特別な石達も ついに人となりました』


「…!」


『宇宙や粒子に精通していた物理学者のエミリーは アレキサンドライトに

家族を何よりも愛していたルークは コランダムに

ルークの娘であり医者だったオリビアは サファイアに そして』


「っ、」


『柳は フローライトに』



 こうして四つの特別な家は、王家に仕え守るべく誕生した。


 レイチェルはコアにカウントダウンの設定を行った瞬間から著しく力の制限を受けた。

全てはエネルギーチャージの為だ。

更にはその影響なのか、髪と瞳の色が一瞬で変化してしまった。

彼女は法石を自分から生み出し、コアとの接続の中継とした。

だがその石はただの中継ではなく、彼女の命、記憶、データそのものだった。

法石が砕けても肉体が致命傷を負っても、王族は死ぬ。故に法石の扱いには充分注意を払った。


 アンドレアは天命を全うするまでずっとレイチェルと共に暮らした。

最後までパパとして、共に暮らした。


 そしてレイチェルは205年でその生涯を終えた。

子供に自分が生み出した法石をコアに返還するように指示をすると、決してこの世界の真実を他言すること無く、逝った。


全ては三人のパパの、最初の願いを叶えるためだった。


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