第193話 その日

ドサッ!!



「ゲホッ!!、ゴホッ!!」



 オルカは深紅の世界で咳き込んだ。

床に座り込み、バグラーが掴み上げていた喉を押さえながら咳をした。



『大丈夫ですかオルカ王』


「ゲホッ!!、…どうして…僕をここに!?」



 コアはあの日のようにオルカを理の間に導いたのだ。

一見すれば人命救助に見えるが、オルカには分かっていた。

この移動には何か裏があると。

もしオルカを助けたいだけならば、バグラーの手の中からオルカを移動すればいいだけなのだから。

わざわざ理の間に移動する必要は無いし、あんな状態の王都を強制的に放置する結果になる移動は避ける筈だ。


 オルカは鋭くコアを見上げた。

時計のように歯車が積み重なっているが、動きもせず、針が頂点で停止したままの、コアを。



「こんな時に何を考えてるんだ!?」


『貴方は先程 答えに辿り着きました』


「話なら今度にしてくれないか!

今がどんな状況なのか…そんなのも分からないのか!?」



 オルカは怒鳴り意識を集中した。

浮かせた瓦礫はそのままなのか、地中に埋めてしまった暴徒達は大丈夫かと。



「…!」



 だが、分からなかった。

この自分のエネルギーに充たされた空間内では、自分がどんな力を使っているのかの感覚が何も掴めなかったのだ。


オルカは焦り、理の間から出ようと立ち上がった。



ブン…!


「…!」



 だがその時、赤い光の中に異質な光が。

何かと見てみると、まるでスクリーンのようにコアの前に映像が映し出されていた。


オルカは目を大きく開けた。

コアとはこんな事も出来るのかと。

まるでその光景は、日本で見た近未来を舞台にした映画のようだった。

科学の乏しいカファロベアロには、余りに不釣り合いな光景だった。



『貴方は先程 この世界の答えに辿り着きました』


「!」 (…さっきも言ってた。)


『故にワタシは 今こそ貴方に知って頂くべきだと 貴方をここに導いたのです』


「…知って、…?」


『これはワタシに入れられた最初のデータ』


「!」


『貴方達が『何か』と呼んでいた事件。

その直後の映像です。』



…え…?



ヴン…



 画面に荒れた映像が浮かび上がった。

それはオルカも通った事のある、エアーズロックの地下の洞窟だった。





『一体、何が。…!、皆!、大丈夫ですか!?』



 その洞窟は暗かった。

ランタンとおぼしき明かりが一つあるだけの広い洞窟のその暗さを、オルカはゆうに思い起こせた。


 映像は誰かの目線で、よく揺れた。

酷く動揺しているのか息は荒く、声から察するに男性だった。



『いつの間にか気絶した…のか?

!!、お…い、燕!?』


「!、…燕さん。」 


『燕!!、起きろ燕!?』



 オルカはこの時察した。

彼は調査隊、エルピスのメンバーだと。

そして彼らの倒れていた位置関係を思い起こすと、この映像は恐らく海堂のものだった。 


 海堂は燕を揺さぶった。

すぐに燕が起き、海堂と同じ様に訝しげに頭を押さえた。


 彼らが生きているのをしっかりと見られてオルカは反射的に安堵したが、コアは言っていた。

『これは何かが起きた直後の映像だ』と。



(…でも一見すると、元気だ。

特に怪我をしてる様子も無く見える。)



 彼らはまず一番近い場に倒れていたアンドレアの安否を確認した。

揺さぶると彼の目が覚め、オルカも一緒に安堵した。

三人はすぐに自分達より奥で倒れている残り三人を起こすべく揺さぶろうとした。

…だが。



「つ…!?」


『な…!?』


『なんなんだコレは!?』



 その光景に目を疑った。

自分達より洞窟の奥に近かったエミリー、オリビア、ルークの三人がキラキラと輝いていたのだ。

しかも、人肌に光る何かが付着した。どころの話ではない。

彼らは宝石になってしまっていたのだ。



『なに!?…こんな!!…まさか!!!』


『…形を模した…何か、ではないのか!?』


『こんな精巧な宝石を…、彼らに似せた物をわざわざここに放置し僕らを救助せず逃げていくようなドッキリだとでも思いますか!?』



 誰もが動揺した。オルカもだ。

人形のような巨大な宝石は作り物にしては精巧すぎるし、海堂が言ったように悪質というレベルを超えている。

だが『ではこれは人間なのか?』と訊かれても、答えはNOだ。

 恐る恐る燕が触ってみたが、すぐに手を引っ込めながら震えた。



『本当に…石ですよ。…冷たくて、固い。』


『そんな!?』


『……これは、…何なんだ。

未曾有の事態だ。一体なんで、…こんな。』



 彼らは肉体だけでなく、服までもが綺麗に石となってしまっていた。

靴の先まで、被っていたヘルメットまでもだ。


 エミリーは赤と緑の混ざったような独特の色合いの石に。

リーダーであるルークは鉛のような、銀色に光る荒々しい見た目の石に。

ルークの娘であるオリビアは、透明度の高い真っ青な石に。


 海堂と燕とアンドレアは、変わり果ててしまった仲間の姿に深く項垂れた。



『……進もう。』


『…海堂。』


『僕らはエルピスです。

…オーストラリアに起きている何かを追い、ここまで来た。』


『……』 『……』


『命ならば懸けた筈です。

…全員がここで気絶した事も、そして何故か、っ、この三人が石に変化してしまったのも、…きっと、全ては繋がっている。』



『僕らはそれを調査する為に来た。』

 そう言い立ち上がった海堂に、オルカの目に涙が滲んだ。


 映像は洞窟を進んだ。

オルカには分かった。今彼らが昇っている急な坂を上がれば、あのクレーターの空間に出ると。



『な…んだコレは!?』


『…クレーター…か!?』


『なんて規模だ。…待て、ここは地下だぞ!?』


『ハ!?』


『…本当だ。天井?が見える。…見える… ん!?この広さで天井が視認出来るのか!?』


『…一体何処からこんな光が。

まるで空間そのものが光っているレベルの光量です。』



 彼らもまた、オルカ達と同じ様に驚愕した。

海堂の目線である映像は空間を角から角まで映し…



ドクン…!



 一点で止まった。

その瞬間オルカの心臓は大きく脈打った。



『……クレーターの中心に、何かありませんか。』


『……あり…ますね。』


『…酸素も十分。ガスも無し。

…どうやら下りて確認する必要がありそうだな?』



 視界はどんどんとクレーターの中へ。

オルカは吐き気を催し、映像が見ていられず顔を逸らしたが、やはり歯を食い縛りながら映像を見つめた。


…ここに居たのだから。

柳と凜と自分は、確かにあの光の元に行ったのだから。



ゾワ…!!



 祈るように映像を見ていたオルカは、遠くに見えた影に鳥肌を立たせた。

クレーターの中心の光。そのすぐ傍に…、何か影が見えたのだ。



ドクン…ドクン…ドクン…!…ドクン!



『…ん?』


『あれは、…人!?』



 三人も影に気付いた。

オルカは吐き気を催しながら、必死に目を逸らさぬようにしていたが…。



『ツ!! そ!、そんな!?』



パシン…!



 淡い期待は、打ち砕かれた。



『う…嘘だ!?、そんな…何故!、何故貴方が!?』


『凜!?、…凜!!、御当主!!!』



 映像は残酷に二人の顛末を映し出した。


 オルカは両手で口を塞ぎ、溢れ出そうな叫びを必死に抑え込んだ。

だが叫びは抑えられても、涙は止められなかった。



『どうして…貴方が…ッ!!!』



 凜と柳は向かい合い、固まっていた。

凜は透明な、一際輝く石に。

そして柳は、透明度の低い緑色の石に。


二人は穏やかに笑い合って見えた。



「…そん…っな!!」



 オルカも海堂と同じ様に四つん這いに崩れ、泣いた。

二人は帰れなかったどころか、石になってしまっていたのだ。

映像も海堂の涙で滲んでいたが、そんなのは関係ない程にオルカの目からは涙が溢れた。

全身で嘆き叫ぶように泣いても、少しも楽にはなれなかった。



『これがワタシに保管されていた 最初の記憶です』


「なん…で!!、どうして…こんな事に…っ!」


『それは ワタシにも分かりません』


「…!!」


『ワタシはこの後 残った三人によって作り出された人工知能なのです』


「うっ!!、柳さん…っ、柳さん…!!」


『遠い昔 遥か2500年前に 最後の王である貴方に全てを伝える為に作られた ナビゲーター それがワタシなのです』


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