第192話 続きはまた。

ドオン… バラバラ!



 イルは青い扉の家を丸々朽ちらせ、すぐに王都へと踵を返した。

だがメインストリートに辿り着く寸前、胸が締め付けられるように痛み思わず地面に四つん這いに崩れた。



「ハア!、ハア!…っ、~~~ッ!」



 痛む胸元を握っても、心臓がおかしな動きをするばかりだった。

まるで蛇が心臓に入り込んだように、鼓動のテンポは乱れ激しく脈打った。



「~~~ッ…!」



 だがイルは必死に歯を食い縛り、堪えた。

少しすると痛みは引き鼓動も一定に戻り、彼女は汗を足らしながら背中で呼吸をした。



「……大丈夫よイル。なんて事無いわ。」



 小さく自分に呟くと、彼女は立った。

また胸が痛み少しよろけたが、彼女は自分の体を無理矢理前に歩かせた。



「…早く。止めないと。」


「イル!!」


「!?」



 聞き慣れた声に目を大きくしながらバッと振り返ると、やはりロバートだった。

警報が出されたのに、彼は心配で家を飛び出してしまったのだ。


 イルは愕然と目を開きながら、『なぜ!?』と叫ぶように溢し、ロバートとハグをした。

 ロバートはイルが無事な事にとにかく安堵し、彼女を強く抱いた。



「良かった!、イル!!」


「っ、…どうして来たの!?」


「…!」


「ここに居ては駄目よ!、家に戻って!!」



 イルのこんなに焦った顔を見るのは初めてだった。

真顔こそ、真剣な顔こそ見たことがあれど、こんなに全力で焦り戸惑い懇願する彼女など、本当に初めてだった。


だがだからこそ、本当にとんでもない緊急事態が起きているのだと、ロバートには分かってしまった。



「王都で何が起きてんだ!」


「貴方には関係ないわ!!」


「…!」


「この辺りはまだ危険なの!

私達でどうにかしてみせるから!!

…お願いだから!、家に戻って!!」


「…イル。」



 こんなに激しい口調、焦った顔なんて、三年前ギルトに自ら投稿した時すらしていなかったのに。


だからこそロバートは引けなくなってしまった。

そんな危ない場所に惚れた女を行かせられる筈がない、男心だった。



「…俺も行く。」


「!?、駄目よロバート!?」


「だからって行かせられるか!!」


「っ、お願い…お願いよロバート!?」


「俺だって少しは茂に手解き受けたんだ!

ヤマトも…ギルトも戦ってんだろ!?

だったら俺も戦う!!」



 駆け出そうとしたロバートの腕を掴み止め、イルは必死に説得した。

イルだって、好きな人をあんな危険地帯に行かせたくないのだ。



「お願いよロバート…!

訓練を受けている制服に任せて…!!」


「だってお前は戻るんだろ!?」


「っ!」


「…お願いだイル。……頼むよ。」


「っ、~~~つ!」



 ロバートの目は、ただ優しかった。

いつものようにただ優しく、温かだった。


 そんな目が必死で、イルはボロッと涙を落とし口を縛った。

彼女がこんな顔で泣くのも、初めてだった。



「私だって…貴方が居てくれたら心強いわ。」


「だったら!?」


「けれどどうしても!、…駄目なの!!」


「…!」


「真剣の戦いなのよ!!これは…戦争なの!!

言葉も通じないような暴徒達が!、見境無く人を斬っているのよ…!!」


「!!」


「私…は!、止めたいの!、争いを終わらせたいの!!、だから行かなければならないの!!!

けれど貴方が居たらっ、怖くて…!

貴方に何かあったらと怖くて!!、私は動けなくなってしまう!!!」


「…イル。」


「私は親衛隊なのよロバート!!!」


「っ、」


「…けれど!、…っ、~~…、女なの…!!!」



 張り叫ぶように大粒の涙を飛ばした彼女に、ロバートはグッと唇を噛んだ。

今彼女を苦しめているのは自分なのだと理解したのだ。


イルはそんなロバートの前で、両手に顔を埋めて上擦ってしまった。



「っ、お願いよ…ロバート!、お願…い!!」


「………」


「なんとかするから!、私ちゃんと…やれるから!」


「…イル。」


「お願いよ!…お願いっ、…お願い…!」


「………」



 ロバートはグッと口を縛ると、イルの頭にポンと手を乗せた。

イルは唇を震わせながら顔を上げ、ハッと目を大きくした。



「…ん。ごめんな?」


「…ロバート。」


「つい心配で。 ……

けど、そうだよな?、俺が居たら余計に大変になっちまうよな?」



 自分の気持ちを汲み無理して笑ってくれたロバートに、イルの心は震えた。



グイッ!



「…!!」



 感極まった心のままにロバートの顔を引き寄せキスをすると、ロバートは放心したように停止した。

だがその耳は赤く、みるみる内に口が変に動いた。

 イルはそんなロバートの顔を見ながら、本当に彼を愛して良かったと実感した。



「…すぐに終わらせるわ?」


「お、おう。」


「そしたら、その、……」


「………」


「……つ!、続きは今度話しましょうか!?」


「そ!、そうだなそれがいいな!?」



 イルは急に我に返り、真っ赤な顔でアタフタと走り出した。

ロバートはギクシャクと手を振った。



ゴンッ!!



「キャアッ!?」


「お…い、大丈夫か!?」


「ダ!、大丈夫よ勿論ダイジョウブだわっ!?」


「そ!?、ならいいんだよナラ!?」



 だが走り出した直後にイルは派手に街灯にぶつかった。

ロバートは駆け寄ったが、イルはふるふるフルフルと手を振りながら立ち上がった。



「…じゃ!、じゃあ行ってくるわねっ!?」


「……また、しような。」


「っ!!」



 ロバートの照れ笑いにプルプルと震えながら、今度こそイルは王都を目指した。


『こんな時に何をやっているの私!』

『ちゃんと気を引き締めなきゃダメよっ!』…といくら自分に言い聞かせても、顔の赤みが引いてくれる気配はなかった。



(もう私ったら!、なんてはしたないのっ!?

でも嫌われなかったわ良かったわ!?…じゃなくて集中しなきゃダメよイル!、ロバートにも言ったじゃないの王都は戦地なのよ!?気を引き締めないとダメじゃないっ!!)


「…!!」



 王都のゲートを視界に捉えたイルはハッと、砲台の音が止んでいた事に気付いた。

それだけでなく、ゲートに違和感を感じた。

駆け近寄ってみるとその違和感の正体は意外な物だった。



「穴!?」



 一体何が起きたのかと穴を覗き込んでみると、暴徒とおぼしき者達の姿が。

それにこの穴は崩落して出来た物と違い、瓦礫が無い人工的な穴に見えた。



(!、ということは、オルカね!?)



 オルカの帰還にイルはほっと安堵した。



ド… ド…



 暴徒の傍には砲台はおろか剣すら無い。

普通に考えて、オルカが帰還したのならこちらの勝利だ。

 だがイルは違和感に顔を上げた。

塀の奥から、右の方から何か妙な衝撃音が聞こえるのだ。



(…なに?、とても鈍い音だわ。)



 それは茂が暴れている音だった。

 彼女と茂達はかなり距離があり、塀も隔てているので普通ならば音など届く筈もない。

だが茂の破壊力が強すぎて、人が塀に打ち付けられ潰れる音が、イルにまで届いたのだ。



(…一体何が。)



 訝しげに王都に入ったイルは、絶句した。



「そん…な!?」



 そこら中に散らばる制服の剣、そして遺体。

瓦礫を必死に掘り起こそうとする者、その瓦礫の下に見える、埋まった腕。


彼女が王都を出た時とは比べ物にならない程、王都は血にまみれていた。



「…!」 (…バグラー。)



 バグラーの姿もあった。

だが彼はただ天を仰いでいたし、誰もバクラーに攻撃していなかった。


そして遥か右には、暴徒の姿も。



ダ!



 だがその中からヤマトが走り出た。

イルが何かと目を細めていると…



「!? そ!んな!?、シゲちゃん!?」



 漆黒の制服を纏った茂がヤマトの跡を追った。

イルは幻を見たのかとも思ったが、茂を見間違える筈がないと頭を振った。

そして直感した。Corundumの力だと。



(まさか。…いいえあり得るわ。

過去に一度、コランダム家の者が遺体となって尚王の元に参じた。…という言い伝えがあるもの。

…あの様子、きっとシゲちゃんのCorundumの対象はヤマトなんだわ。

…そしてきっと、ヤマトの向かう先にオルカは居る。)



 そして彼女は…、行ってしまった。

ジルの必死な声は喧騒に掻き消され、距離がありすぎて姿も見えなかったのだ。



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