第191話 Fluorite

「早く!、ギル!、力を使って!?」


「………」


「~~っ、…お願い!!」


「…!」



 必死に自分の傷を押さえながら涙を落とし、懇願するように叫んだジルに、ギルトはハッと目を向けた。

背から彼女の震えが伝わってきた。

一度愛する人を失った彼女の涙を止めるには、自分の傷を滅ぼすしかない。



「……」



 だがギルトは、使わなかった。

それどころか自分もオルカの元に参じようと、立ち上がろうとした足掻いた。


ジルの涙なら見えていた。叫ぶように止めてくる声もちゃんと聞こえていた。

だが彼の脳裏には、フラッシュのようにオルカの姿だけが見えていた。


産まれたばかりのオルカの泣き顔や声。

石林で再会した、少年の顔。

そして18となったオルカの自分をちゃんと見てきた瞳。

そればかりがフラッシュバックし、勝手に体が突き動かされた。



ゴボ…!



「ツ…!?」



ドサッ!



 だが彼の体は心に応えてはくれなかった。

二ヶ所も剣で貫かれた体はもう限界なのだ。

ジルとヤマト、そしてトルコが止血し少しだけ収まっていた出血は、立ち上がりかけた事で溢れ返り…、彼を地に伏せさせた。


まるでそれは、見えない大いなる力からのメッセージのようにギルトには感じられた。

『もう終わりなんだよ』と、『もう手遅れなのだ』と知らしめてくるような。



「カ…ッハ!」


「ギルト…!!」



 呼吸もままならないのに、腹の奥から込み上げた血が口から溢れた。

いつの間にか痛みすら感じなくなっていた。



「……ル… さ…ま…!」


「もう止めて!!、お願いだから!!」


「… ……」



 遠退いていく意識の中、ギルトは想った。

ただオルカの事を想った。


誰よりも愛しかったのに、誰よりも傷付けてしまった人。

だがそんな溝を乗り越え、誰よりも強く繋がれた人。

ただ大切で仕方ない人。



オルカ様、私はどうなっても構いません。

私はいつかこうやって罰を受けねばならなかったのだから。


けれどまだ、まだ、……逝きたくないのです。


貴方にもっと多くを授け、成長を見守りたいのです。

貴方に尽くしたいのです。

せめて貴方から奪った分だけでも、貴方にお返ししてから逝きたいのです。


…神よ。その後でも良かったではありませんか。

私のちっぽけな命など、貴方には  ……



『…神?』



…この世界の神とは、なんだ。

オルカ様?…いや、違う。

この世界の神とは、…コアだ。



 この時やっとギルトは自分の願いを知った。

 オルカは帰ってきて色んな話を聞させてくれた。

ギルトはいつも笑顔でそれを聞き、時にオルカと共に真剣に考察もした。

 だが心の奥で、願いは燻っていった。

オーストラリアやコアの話を聞くたびに膨れ上がっていったのだ。自分の本当の望みが。



『私は貴方に、自由になってほしかった。』



 コアに、使命に左右されない、オルカが自分の意思だけで決断し行動し生きていく、『普通の人と同じような、自由な人生』。

それを望んでいたのだと知った。


だが何故か彼はその願いに気付けなかった。

それは心のどこかで諦めていたからだと、今なら分かった。

『オルカ様はコアと一心同体なのだから』

『だからコアから解放されるなんて無理だ』と。

そうやって自分の望みを見ないように、必死になって顔を背けていたのだと。


 それに気付いたギルトはそっと微笑み、声にならない声でオルカに話しかけた。

そこに居ないのに、そこで笑っている気がした。



…ありがとうオルカ様。


私はようやく、自分を受け入れる事が出来ました。

…私の、滅びの力を。


大崩壊を引き起こした後、『私らしい顛末だ』と己を嘲笑していた、…この力。

今、貴方に使います。



『私にとっての神は、貴方。

貴方の幸福こそが、私の幸福。』



…こんなトンチが役に立つかは分からない。

けれど、私の滅びの力は絶対だ!

必ず滅ぼしてくれる筈だ…!



『『貴方が心から幸福である未来』。

…それ以外の未来よ。

貴方の不幸となる事象よ…全て!滅べ!』



「…Fluo…rite。」


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