第190話 Corundum

「なん…で。…マスター…?」



 愕然とするヤマトの前で、茂は腕を振り上げた。

そして目の前の暴徒二人に振り下ろした。



ゴッ!! バキバキッ!!



 拳を受けた二人は地面にヒビを入れながら絶命した。

まるで遠く高くから落ちてきたかのように、潰れるように死んだ。



ダダ…!



 目を大きく開け顔を引きつらしたヤマトの前で、茂は強く地面を踏み飛び出した。

その衝撃だけで足元が砕け、茂に殴られた暴徒は勢いよく吹っ飛び、王都の塀に潰れるように張り付いた。



「ギャアアア!?」


「な!なんだこいつ!?」



 暴徒達は次々と殺されていく仲間、あり得ない怪力で暴れる茂に脱兎のごとく逃げようとした。

だが茂は彼らを逃がさなかった。

逃げる時間すら与えず、片っ端から潰していった。



「マ…マスター!?」



 余りにも狂暴すぎる人知を遥かに超えた暴れぶりに、ヤマトは思わず茂を止めた。


 ジルも愕然と目を見開き、何か幻を見ているのではと目を疑い続けた。

茂は確かに死んだのだから。

確かにイルとギルトとロバートと共に、埋葬したのだから。

 ギルトは痛みに堪えながら、確かに埋葬したままの茂で間違いないと、目を疑った。



「待って…マスター!?

こんな、こんなのマスターらしくないだろ!?」



 茂の前に回り込み『やりすぎだ!』と声をかけたヤマトだったが、茂の顔を見て絶句した。



「……マス…ター。」



 茂の死こそが何かの間違いだったのだと。

本当は生きていたのでは、…という考えは、茂の顔を見て覆った。


青白い顔に生気は微塵も感じられず。

虚ろに開かれた目は、ヤマトを見もしなかった。

表情も無いその顔は…、どう見ても死体だった。


 ヤマトは愕然とし、『何故』と全身を包んだ鳥肌に堪えた。『何故死体が…』と。



ダッ! ゴッ!!



「っ、…マスター!?」



ゴッ!! ゴッ!!



「やめっ、止めろマスター!?

殺しちゃ駄目だ!!、…なあ!?」



ゴッ!! ゴッ!! ゴッ!!



 いくら止めようとしても、腕を掴んでも、茂はヤマトには一切反応せず暴徒を殴り飛ばし続けた。


 ジルはそんな茂に、『まさか!?』と目を大きく開けた。



「まさか、茂のCorundumか!?」


「…え?」


「茂は守る人だった。…きっとそうだ!」



 ギルトも『そうか』と、顔を歪めながら茂の暴れぶりに注目した。

痛みを感じない死体だからこそ、筋力を無視した攻撃が可能なのだ。



「…恐らくは、…窓から落ちる…転落する間際に使ったのだろう…ヤマトに。

ヤマトが本当に境地に陥ってしまった時に…、死体であれ、馳せ参ずるため。」



 確かに、ヤマトだけが茂の腕を掴んだり前に立ったりと妨害に中る行為をしているのに、ヤマトは何もされていなかった。

ジルとギルトとトルコにも無反応だ。


茂はヤマトを攻撃した者のみに反応し、倒しているのだ。

その鬼神の如き破壊力の前では、人などまるでゴミの様だった。



「マスター…。」



 無表情に暴れまわる茂に、ヤマトは歯を食い縛り涙を滲ませた。

まさか茂が、死体となっても自分を守るために人生で一度きりの特別な力を使ってくれていたなんて、思いもしなかった。


 だが感動だけを感じていたいこんなシーンで、ヤマトの胸はただ切なく、虚しかった。

茂はこんな風に人を攻撃し、オモチャを壊すように殺すような人間ではないのだ。

彼の周りにあるべきなのは笑顔で、聞こえてくるのは賑やかな喋り声や笑い声なのだ。

口数少なく笑顔も下手なのに、それなのに周りに

人が集まる。…それこそが茂だ。


それなのに今は、悲鳴と人が殴打される独特な音だけが一帯を包んでいた。

駆け付けた制服達も、茂の存在に口を押さえただ驚愕していた。



「…お願いだ。」



ゴッ!! ゴッ!!



 ヤマトは耳を塞ぎ、涙を落としながら叫ぶように膝を突いた。



「お願いだからもうっ、止めてくれ…!!!」



シャン…



 その時、トルコの耳に聞き慣れた音が。

ハッと彼が後ろを確認すると、エリコが剣を持ち茂に投げようとしていた。

トルコは『駄目だ!?』と手を伸ばしたが。



ドゴッ!!



 エリコは茂に殴られ、あっという間に壁にめり込んでしまった。



「ツ…!?、テメエ…!?」



ゴッ!!



 ただ茂に怒りを向けただけで、トルコもまた壁に吹っ飛び絶命した。

 真横を通り抜けた腕と顔に感じた風に、ジルは微かに眉を寄せ大好きだった背を見つめた。



「……茂。」



なんて力なんだ。Corundum。

死んだ後でさえ有効な力だなんて。


…大切な人なら是が非でも守ろうとする、アンタらしいよ。



「…っ、…ヤマト!!」


「うっ!!、マスター…!!!」



…きっと止まらない。

ヤマトに敵意を向ける者、剣を向ける者。

そしてヤマトを守る自分を破壊しようとする者、全てを破壊するまできっと、茂は止まらない。


…でもさ?、もうやめたげな?

ヤマト、優しいアンタが大好きだったんだよ?

それなのにこんなの見せたら、可哀相だろ。



 ジルはヤマトを呼び、ここを離れるように命じた。

ヤマトは眉を寄せながら大きく首を振った。

…その顔はまるで、幼い頃のヤマトのようだった。



「マスターを!、止めないと!」


「アンタが行けば犠牲が減る。」


「…!」


「茂のCorundumは恐らく、アンタに限定された力だ。

アンタが居なくなれば、アンタを追う。」


「……」


「敵の居ない場所に行け!!」



 ヤマトは半ば放心しながらも、茂の背を見つめた。

感情の無い兵器のような肉体から攻撃性を解き放ち、安らかに眠らせてあげるべきだと感じた。



「…分かった!」


「よし!、行け!」



 だが立ち上がろうとしたヤマトの足を、ギルトが掴んだ。

ヤマトはハッとし、彼の手を強く握った。

 ギルトは歯を食い縛りながら、絞り出すように青い顔で必死に訴えた。



「オルカ様の…元に…!」


「!」


「お願いだ…ヤマト。…オルカ様…を!」



 致命傷を負いながらも必死にオルカを守ろうと、傍に行こうとするギルトに、ヤマトの目が覚めた。

今自分がしなければならない事は、茂の姿に絶望することではないと。

オルカの、王の元に参じ守る事こそが…、王宮付きの自分の仕事なのだと。



「はい。」


「お願い…だ!」


「はい。必ず!!」



 ヤマトは強くギルトの手を握り、駆けた。

忽然と消えてしまったオルカの場所など分からなかったが、それでも探すのが彼の仕事だ。


 ジルはヤマトの背を見送り、そして、ピタリと攻撃を止め顔を上げヤマトの跡を追った茂を確認すると、急ぎギルトに声をかけた。



「ギル!、滅びの力を使え!」


「…っ、……つ…」


「オルカを守りたいなら!、『その傷を滅ぼす』んだ!!」


「…!」



 ジルは茂のCorundumを見て、その裏技を思い付いたのだ。

イルも居ないこの状況でギルトが助かるには、もうそれしか手は無い。


 ギルトはジルの言葉にハッと目を見開いた。



(そうか。滅びの力を…。)



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