第189話 土埃を舞わせ舞い降りたもの

「長官!!、長官!?」


「うっ…ギ…ギルト!」



 ヤマトが強く腹を押さえても血はドクドクと溢れ出た。

ジルはガクガクと震えながら、ボロボロと涙を落としながらも必死に傷を押さえた。

だが大きな剣で貫かれた傷は、焼いても止血が難しいものだった。



「ヤマ…ト、イル…イル…は!?」


「…青い扉の家。…多分まだかかる。」


「うっ…!!」


「大丈夫だアネサン、大丈夫。…大丈夫。」



 ヤマトの声も震えていた。

必死に冷静にいようと努めても、無理だった。


最悪なのは、ここは敵地のど真ん中だという事だ。

よりによって唯一暴徒が残った場所で、よりによってこの国の大黒柱が命の危機に瀕しているなんて。



(クソッ!!、止まんねえ!!

…早く制服がこの事態に気付いてくれれば!

いや!、瓦礫で何人やられたかも分かんねえのにンナ期待出来るか…!

オルカは消えちまったしまだバグラーだって片付いてねえんだぞ!!

それなのにこの人が…死んでしまったら…!)



 それこそが本当の絶望に感じた。

オルカだけではきっとショックから立ち直ることすら難しいのではと思う程、死者の数は瓦礫の崩落で増加した筈だ。


 それに何よりも、ギルトに死んでほしくなかった。



「ギルト…!、ギル…ギル…ト!!」



 それに、またジルに愛する人を失ってほしくなかった。

彼女は誰よりも強く見えて、とても脆いのだから。

レイピアをその辺に放り、ガタガタ震えながら涙を溢すこんな顔は、もう御免だった。


 ヤマトは必死に傷を押さえながら、張り叫ぶように心の中で祈った。



(お願いだオルカ…戻ってこい!!

お願いだシスター!!、シスター!!)


「…っ、」


「…!!」


「ギル…!?」



 意識が戻ったのか、ギルトが動いた。

しかも彼はこんな体なのに腕を伸ばし這いずりだした。

思わず二人は彼を止めるように、押さえ込むように傷を塞いだ。



「駄目です長官!?」


「お願いギルト!?、動かないで!!」


「…カ、…様…」


「…!」 「っ、ギル!」


「オルカ…様…!」



 こんな重症を負いながらも、彼はオルカの元に行こうとしていたのだ。

 そんな姿に、ヤマトの目からもボロッと涙が落ちた。



…なんでこんなことになっちまったんだ。

昨日まで…あんなに、あんなに毎日が…



「オル…カ…様…」


「動かないでギル!~~っ、お願い…!!」


「い…ま、……お傍…に、」


「ギル…ッ!!」



これは本当に現実なのか?

本当は夢なんじゃないのか?

だってこんな、こんな…こんなのって、…ない。



 ヤマトは上擦りながら目を瞑り、叫んだ。



「たすけ…て!、マスター…!!」





ドオッ!! ガランガラン!!



 その声に応えるように、墓石の蓋が勢いよく蹴り破られた。





カチャ…



「…!」



 すぐそこで聞こえた金属音でヤマトはハッと我に返った。

音を感じなくなった頭でそっと左前方に目線を移すと、政府の剣が転がっていた。

そしてその剣に足を当ててしまった暴徒が、足元を大きくした目でじっと見つめていた。


ヤマトはゆっくりと呼吸しながらゆっくりと辺りを確認した。

折れてしまった剣も多いが、この辺りには唯一残った武器である政府の剣がそこら中に落ちていた。



(……しまった。)



 暴徒の武器は全て砕かれた。

だがその代わりは、幾らでも落ちている。


愕然とし放心していた彼らも、もう少しづつ落ち着いてきた頃だろう。



(…まずい。…まずいまずい…マズイ!!)



 ジルはとてもじゃないが戦えない。

ギルトだって戦えない。

辺りに味方は一人も居ない。



(戦えるのは、…俺だけ。)



 ヤマトはそっと傷を押さえる手を緩めた。

この四面楚歌の状況で二人を守る方法は、一つだ。



(武器を取られる前に、全員伸す!!)



バッ!!  ババッ!



 だが暴徒も同じことを考えていた。

ヤマトと暴徒達はほぼ同時に剣を取り、激しく打ち合った。



「ヤマト…!」



 ジルもハッと四面楚歌に気付いた。

だがギルトを放置することは出来ない。



バッ!!



 だがその時、トルコが傷口を押さえた。

ジルは大きく目を開け、『アンタ…』と言葉を溢した。


 トルコは目を赤くさせながら口をグッと縛り傷を押さえた。

エリコは興奮しすぎたのだろう。

また意識を飛ばし、寝かされていた。



「っ、…なんなんだよ!」


「……」


「こんなの…俺じゃねえ!!」



 二人は必死にギルトの止血を行った。

それなのにギルトは、ただ前に進もうとした。

ジルが、トルコが止めようが、ただオルカの元に行こうと足掻いた。



キン! キイン!!



(マズイ…数が多すぎる!!)



 ヤマトは何人も討ち取った。

だが暴徒の数に押され、三人のすぐ傍まで後退する羽目になってしまった。


だがもうこれ以上は下がれない。

だが、自分が倒れる訳にはいかない。



「っ、おいテメエ等!、まだ戦う理由なんてあんのかよ!?」



 分かってはいたが、つい口走ってしまった。

彼らは彼らで、もう後には引けないのに。



「名字持ちが全員…犠牲になれば!」


「オルカ様の目も覚める!!」


「バッッカじゃねえのかッ!!!」



 盲目がこんなに恐ろしいものなのかと、それに争いとはこんなにも正常な精神を奪うのかと、ヤマトは痛感した。

恐ろしいことに彼らは少し前の自分なのだ。

信念とは言い難い妄執に駆られ、もう後に引くことすら出来なくなって…。



「っ、…名字持ち全員殺したってな!?

オルカは絶対にお前らなんかと手を組まない!!

あいつを一番悲しませてるのは…お前らだ!!」



 事実を突き付ける事に意味など感じなかった。

彼らの狂気に狂わされた目を見れば、こんな言葉は風に流れて消えるだけなのは分かっていた。

それでもヤマトは必死に試みた。

自分が止められた立場として、そして制服として、彼らの命を奪わない為に。



「お願い…だ!!」



アネサン…長官…!



「止ま…れ…!!!」



…ごめん。マスター。

やっぱ俺、マスターにはなれそうにないよ。


あんな瀬戸際で俺を逃がしてくれたのに。

血までくれたのに。

…ごめん。アネサンを…長官を…オルカを…


マスターの大切なもの、一つも守れなかった。



シュン! キインッ!!



悔しい。悔しいよ。

言葉でも、武力でも…


彼らを止めることが出来なかった自分が…。



 二人分の剣を受け止めた瞬間、ヤマトの剣が折れた。

ヤマトは歯を食い縛りながら、『せめて』と三人の前に立ち塞がり、腕を広げた。



…ああ。…やっと、謝りに行ける。



 そして最期を覚悟し目を閉じた。


 だがその時、チラ…と影が四人の上を飛んだ。



ドオオオオン!!!



 突然目の前で響いた轟音に、慌ててヤマトは目を開けた。

オルカが戻ってきてくれたと思ったのだ。

 だがヤマトは目を開けた途端、愕然と立ち尽くした。



「……マス…ター…?」



 そこに立っていたのは、三年前に死んだ筈の茂だった。


漆黒の制服を身に纏った大好きだった背中が、自分を守り剣に貫かれていた。


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