第188話 絶望の音

「現状を把握し速やかに交戦せよ!散れ!!」



 ジルは王都の状態に歯を食い縛り、自分が連れていた部隊を戦闘の中心に放った。


 緊急事態の警報が聞こえてから彼女は急ぎ戻ってきたが、王都の状態は過去一番最悪な状態だった。



シュン!



 ジルはレイピアを両手に持ち、とにかく暴徒を蹴散らすべく戦闘に参加した。


彼女の戻ってきた第二地区のゲートからなら、第三地区へのゲートまでそう遠くない。

敵を蹴散らせながら進むのが何よりも優先すべき事に感じた。





 ギルトはすぐ隣にトルコとエリコが居たと気付き、二人から距離を取ろうと暴徒を誘導した。

脱獄犯とはいえ、丸腰の人間なのだから。



(なんだこの剣は!?)



 だが苦戦した。

黒い剣は妙に早く、それなのに重く。

持つ者が持てばとんでもない兵器になる代物だった。

それにさっきまで暴徒が使っていた白い剣とは切れ味が比べ物にならなかった。

避けたつもりなのに服は切れるし、頬は切れるし。

リーチも適度にあり、かなり厄介だ。



バキン!!



「うあ…!!」


「っ、…一端引け!!」



 それに一番厄介なのが、強度だった。

黒い剣は政府が支給する最高品質の剣を砕いてしまうのだ。

こうなると打ち合えば刀身が折られ、切られてしまう。

ギルトの周りに山程居た制服達も、殆どが剣を折られてしまい、地に伏してしまった。



「しかし…長官!!」


「オルカ様ならばこの剣も必ず砕く!!

それまで生き延びよ!!」



 オルカはその時、拡張器を使用したまま暴徒の言葉をただ聞いていた。

彼は何もせずただ聞いているように感じるが、そこら中の砲撃にやられた瓦礫は浮き続けていた。

 ギルトはこの間こそ、剣を調べる時間だと察したのだ。



「引け!!、早く!!」



 生き残っている制服達に声をかけながらギルトは兄妹に目線を送った。

やはり予想通りエリコは動けないのだろう。

トルコは妹を抱きながら、ただギルトを真っ直ぐに見ていた。

 ギルトはそんなトルコに、歯を食い縛り叫んだ。



「早く逃げろ!!」


「…!」


「こいつらがお前を認識してると思うのか!?

妹に生きて欲しいなら立て!!」


「………」



 トルコは頬をピクンとさせ、眼球をギョロギョロと動かし辺りを警戒した。

 それを見たギルトは察した。

恐らくだが、動きたくとも動けないのだろうと。

彼らのすぐ傍で未だ戦闘は続いているのだから。

いつ巻き添えに斬り付けられるか分からない状況なのだから。



「…自分で引き起こしておいて!」



 ギルトは巧みに技術を用いて暴徒に勝ち、二人に駆けた。

二人を避難させる為だ。


だがその時、暴徒がトルコに斬りかかった。

戦いに見境を忘れてしまったのだろう。



「待っ…!?」


「やめてえええええ!!!」



ドッ!!



 エリコが小さな体で兄を庇った。

その姿を見た瞬間、ギルトは我を忘れてサーベルを投げてしまった。

サーベルは兄妹に斬りかかろうとした暴徒の首を飛ばし、兄妹は守られた。


 だがギルトは、背後から来ていた別の暴徒に腹を刺されてしまった。



「ク…!」



ザッ!!



 だがギルトは倒れなかった。

歯を食い縛りながら踏み止まり、腹に剣が突き刺さったまま蹴りを暴徒の首に叩き込み気絶させた。


 トルコは自分を守るために丸腰になった、腹に剣が貫通しても尚戦うギルトを、口を微かに開き大きくした目で唖然と見つめた。



「ハア!、ハア!」


「……アン…タ…」


「早く立て!!」



 それでもまだギルトは自分を守ろうと、暴徒に立ち塞がった。

トルコは胸に溢れた初めて感じる熱い何かに背を押されるように立ち上がりかけたが、ハッと腕を見つめた。

今さっきまで抱えていた筈のエリコが居なくなっていたと、やっと気付いたのだ。



…シャラン!



 その音はすぐそこで聞こえた。

愕然とするトルコの目の前で、エリコは黒い剣を両手で拾い…。



「ま…待て!?エリコ!!!」



ドッ…!!



 トルコが手を伸ばした…その先で。

エリコはギルトの腹を刺した。


 ギルトは目を大きく開け、ガクンと膝を突いた。

そしてそのまま、二本の剣に貫かれたまま、ギルトはその場に倒れた。


 トルコは真っ白な頭で這うように立ち上がり、エリコの腕を引いた。



「何してんだよ!?…お前ッ!?」


「……お兄ちゃんと引き離す奴は敵だ。」


「…!」


「お兄ちゃんだけ。お兄ちゃんだけがちゃんと私の家族をしてくれるの。

…お兄ちゃんと引き離すお前なんか嫌いだ。

お前が悪いんだ。」


「…エリコ。」



 それはトルコが彼女に言い聞かせてきた言葉だった。

 よく悪夢に魘される彼女を抱っこしあやしながら、いつもトルコは聞かせたのだ。


『俺だけはちゃんとお前の兄ちゃんだからな?』

『兄ちゃん以外は敵だと思ってろ?』

『俺達を引き離す奴はみーんな悪者だ!』

『だから兄ちゃんの傍にいろ?

必ず兄ちゃんが守ってやるから。…な?』



「……エリコ…。」


「ヤマトもオルカもジェシカも、皆違った。兄弟じゃなかった。

お兄ちゃんと引き離されたのにご飯を食べろだの、寝ろだの。…ウルサイってんだよ!!」


「…エリコ!」


「どいつもこいつも…!

あいつもこいつも…!、大嫌い!!」


「……」


「あのクソ親と同じになれ!、死ねッ!!

お兄ちゃんまで体を売ったのに!!

二人で体売って必死にご飯持って帰ったのに勝手に死にやがって!!

だったら初めからお兄ちゃんと食べてたよ!!

余計な負担かけやがって…余計な手前かけやがって!!

親なら親らしく子供の為にとっとと死んどけッ!!」



 栄養失調のせいで朦朧としてるのだろう。

エリコは関係の無い事を、過去の事を叫び散らしながらギルトの足を蹴った。

トルコはエリコを止めたが、彼女は気が触れたようにとんでもない力で暴れ、執拗にギルトに死ねと叫び散らした。



「お前らなんかとっとと死ねば良かったんだ!!

何の…役にも…立たない!穀潰し共!!!

死ねよ!?、死んで詫びろ!!!」


「エリコ…止めろ!?」


「お兄ちゃんとあたしに詫びろ!!

死んで詫びろ!!、何度だって死ねッ!!!」


「止めろ…!、止めてくれ…!!」



 エリコの狂乱ぷりは暴徒でさえ止めた。

耳をつんざくような悲鳴と怒鳴り声は辺り一帯をシン…と停止させた。



「つ…!?」



 ジルは何事かと騒ぎに駆け寄り、目を疑った。

兄妹の前に倒れているのは…、間違いなく…。



「ギル…ッ!?」



『合金…か。』


『甘いよ。…元まで辿り着けたなら、僕の声は届く。』



ザラ…!



 ギルトに刺さっていた剣は、オルカの言葉と共に朽ちた。

穴の空いた腹から、血がドクドクと溢れ出した。





 ヤマトは王都に辿り着き、巨大な穴に驚きつつも中に進み、剣が砕けた瞬間を見た。

 恐らくはオルカがやったのだろう。

暴徒は地面の下にあっという間に落ちていき、ヤマトはやっと少し安堵した。

あちこちで瓦礫が浮き制服が中を調べているし。



「…どうにかなりそう…か。」


「オルカ様!!」「あい…つ!?」



 だが安堵したのも束の間、異様なザワつきが起こりヤマトは眉を寄せオルカを探した。

だが大きな瓦礫があちこちに浮いているし、制服は走り回っているし、なかなか見付けられなかった。



(あちこちうるさくて…何処がザワついてんのかも分かんねえ!)



 その時、遥か左にヤマトは裏切り者を見付けた。

今回の騒ぎの元凶とも言える、保安局の副主任だ。

 侮蔑に顔を歪ませ『あいつは後だ!』とまた駆け出そうとした瞬間、彼は剣を振りかぶり投げた。

『な!?』と驚き見た先に…



「!?」



 バグラーが。

更にヤマトは驚愕した。

オルカが首を掴まれ宙吊りにされているではないか。

 ヤマトは顔を歪ませ、叫びながら強く地を蹴った。



「オルカッ!!!」



 だが辿り着く前に、フ…と突然オルカが消えた。


『は?』…と目を大きく開けたヤマトは足を止め、茫然としながら瓦礫の下で救助活動をする同僚を見つめ、息を荒らしながら叫んだ。



「逃げろッ!!!」


「…え?」



ガラガラガラ!! ドン!ドオオン!!



 瓦礫は一斉に地に落ちた。

あちこちから地を揺らす程の轟音が聞こえ、叫び声が木霊した。


 ヤマトは愕然とし崩れた瓦礫に駆け寄ったが、その隙間に血を見て、パッと顔を逸らし歯を食い縛った。



「っ、ごめん!!」



 ヤマトはギルトを探した。

まさか瓦礫の下敷きになってやいないかと。


 だが駆けていると、違う声が耳に届いた。

ジルの、あの時のような…張り叫ぶ声だった。



「ギル…!!、ギルッ!!!」


「…… …」



 ヤマトは愕然と立ち尽くした。

地に伏せるギルト、そしてギルトの腹を必死に押さえ叫ぶように名を呼ぶジル。


そのすぐ傍には、狂乱し『死ね!』と叫び散らし暴れるエリコ。目を赤くしながら必死にエリコを止める…トルコが。



「………嘘だろ。」



 その場所にはもう喧騒は存在しなかった。

誰もがただ、愕然と立ち尽くしていた。



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