第187話 家族の元へ

「やだっ!?、やだ嫌だ!、お父さん!!」


「海堂さん!!、海堂さん!!!」



 海堂は虚ろに目を開き、僅かに息をしていた。

だが剣は貫通していて…、とてもじゃないがもう助からない怪我だった。



「嘘でしょなんで!…なんで!!」



 モエは震えながら叫ぶように泣き続けた。

どうにかならないかと頭を回そうとしても、パニックで何も考えられなかった。

 ツバメは引き抜く事すら出来ない剣に、冷静に海堂の最期を悟った。



…ポタ。



「…っ、…~…~~っ…!」



 拳を握り、静かにツバメは涙を落とした。

嘆きや怒り、悲しみも愛情も…、全てがグチャグチャに混ざった胸は、言葉一つ発する事が出来ず、ただ涙となった。



…泣かないで。…モエ。



「お父さん…っ、お父さん!

やだやだ…ヤマト…ヤマトッ!!!」


「っ、……く…う!」



僕はね、好きに生きたから。

だからもうね、いいんですよ?


好きに生きた人間の顛末なんてね?、こんなもの。

何の悔いも無いもの。楽しかったもの。

最後にまた家族が出来ただけで、君達と家で賑やかに過ごせただけで、僕はラッキーだったよ。


信念に従って、やれるだけやってさ…?

そして信念に従った結果死ぬなら…

それはね?、決して不幸な事じゃないんだよ…?



…ピク!



 海堂は虚ろに開かれた目で、確かに見た。

メインストリートに走り出た、凛々しい顔のヤマトを。


途端に海堂の胸が切なく痛んだ。

もう傷は痛まないのに、胸だけは痛んだ。



……ヤマト。



ググ…



「!、海堂さん!?」


「!?」


「……マ…」


「動いちゃ駄目ですよ海堂さん!?」


「お…お父さん!!」



ヤマト。…ヤマト。 …ヤマト!!



「…ゃく、… …ぅと …に、」


「…!」


「…マト… 、…ぉ…く …を…!」



 必死に震える腕を伸ばす海堂が何と言ったのか、ツバメには分かった。

だが彼はフルフルと頭を振り、拳を握った。



「最期…くら…い!」


「ツバメさん…?」


「つ!!、今まで散々付き合ってやったんだから!!、最期まで付き合わせて下さいよッ!!」


「っ、…~~…!」


「人のこと…散々振り回して!!

それでも俺は…付いて…行ったで…しょ…!」


「ツバメ…さ!」


「こんな時にヤマトとオルカ君の元に行けって!!

アンタはどんだけ鬼なんですか…!!!」



『早く王都に。』

『ヤマトを、オルカ君を。』


 海堂の願いならちゃんと聞こえたのに、ツバメは動けなかった。

きっとこの場を早く去り王都に向かう事こそが一番海堂を喜ばせ安心させると分かっているのに、どうしたって出来なかった。


 モエは咽び泣き出したツバメに、やっと海堂の死を受け入れる覚悟を決めた。

そんなもの一生したくなかったのに、それでも今覚悟しなければ、…もう立ち上がれない気がしたのだ。

自分も。…ツバメも。



「うっ!!、…うっ…ううう…!」



 モエの泣き声も、ツバメの声も次第に遠ざかっていった。

自分が異様に冷たくなるのだけは確かで。

この冷たさには抗えないと、本能で察した。



『あなたっ?』 『パパ!』



!!



 暗く閉ざされたいく世界で、海堂は妻と子の姿を鮮明に思い出した。

少しつり目で笑うと可愛いらしい妻と、自分と同じ海堂という名の息子を。




…ああ。駄目だよ。

あの日からもうずっと、君達の事は思い出さないようにしていたのに。

…だって思い出したら、もう…戦えないから。

立ち上がれる気なんてしなかったから。

跡を追いかけてしまう気しかしなかったから。


だから心の奥の奥に…、封印していたのに。



『大好きよ?』『パパ大好き!』



…紗枝。…海くん。 …ありがとう?

僕も二人が大好きだよ…?



「最期の時に…隣に居られなくて……」



凜、ごめんなさい。

貴方の願いを叶えることは出来なそうです。

友として、彼が決断を下すその時に…、隣に居てあげたかったんだけど。



…オルカ君?


君はとても立派な王様です。

思慮深くて。人の気持ちを考えられて。

けれど自分が我慢するだけじゃなくて。

ちゃんと解決策を探そうとする、立派な人間。


僕はここで終わるけど、魂はいつだって、君の




 海堂の意識は溶けた。


 痛みも何も感じない危篤の世界で、静かに肉体が天命を終えるのを待った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る