第186話 『お父さん』

「…ったく。本当に頭の軽い。

だから馬鹿は嫌いなんだよ。…っとに、」


「海堂さん、口の中に留めて下さい!」


「あーごめんね。」



 役所を取り戻した海堂は、暴徒を縛り上げスタッフに指示を出すと王都を目指した。


先程緊急事態の警報が鳴らされたばかりで、自分もオルカの力になるべく王都に向かうと決めたのだ。



「じゃあ後は頼んだよ!?」


「はい!」 「お気を付けて!」



 ツバメが乗っていってしまったので、車は無かった。

無いが、海堂は体力に自信があった。

なので彼は王都へ向けてメインストリートを走った。



タッタッタッ…



「…ちゃんと皆家に隠ってますね。」



 メインストリートだけでなく、何処もかしこも静まり返っていた。

警報に国民がちゃんと従っているのだ。

 海堂はよしよしと思いながら駆けていった。



「…!」 (ん?、人?)



 順調な道程は人の姿に遮られた。

 海堂は建物の影に潜み、メインストリートの真ん中に溜まる集団を慎重に観察した。


彼等は年齢も性別もバラバラだが、剣を持っていた。

それは役所に押し入った暴徒と同じ物だった。



(…つまり、お仲間か。

それにしても嫌な場所に居るな。

…僕の家のすぐ傍じゃないか。)



 青い扉の家は、海堂の家と程近い。


 家にはモエが居る筈だ。

彼らが一般宅に押し入る危険性がある者達なのかは未だ判明しておらず、これは気が気ではなかった。



(全員蹴散らすか?、しかし優先は王都。

…まあ結果として彼等を潰すのは利になりますかね?)



 海堂は目を細めながらパキパキと指を鳴らした。

そしてナイフを取り、彼等の背後を取るべく建物の裏を移動した。


 すぐに彼等のすぐ傍まで来られた。

だが海堂は気になった。

何故彼等はこんな所に居るのだろうかと。



(暴徒なら街を襲えよ。

こんな所に居たって仕方ないだろ。

…ってそんな事言ったら駄目ですね。)


「…で、本当に来るのか?」


(お。この距離なら聞こえますね。

では少々聞き耳を。)


「来るわ?、それに間違いなく助ける。

ヤマトは口調よりも正義漢だそうだから。」


(!!)


「ふーん?」


「最悪は、すぐそこ…。」



 痩せた女は海堂の家を指差した。

海堂の目が大きく開かれ、首筋を汗が伝った。



「そこにヤマトが絶対に見捨てられない女がいる。」


「…で?」


「その子の足でも折って地下に放り投げておけばいい。」


「…ヤマト以外が来る可能性だってあるだろ。」


「そしたら殺してしまえばいいのよ。」


(…なんだ。何なんだこの女!?

…ん!?、待て。『地下』?、地下と言ったか!?)


「ヤマトはあの家を知っている。

トルコが一度寄るだろうと予測もする筈よ?

彼は相当な実力者。その辺の制服よりも単独行動になる可能性は高い。

この騒ぎに制服は丸々王都に縛られる。

…ギルト長官のお付きのような彼が、単身あの家のチェックに来る可能性は80%超え。

…入りさえすれば後は簡単なものよ。

鍵を閉めてしまえばいい。…それだけ。」



 痩せた女は独特なトーンで淡々と話した。

常に可笑しそうなのに、常に怒っているような。

とても神経を逆撫でされる嫌な声だった。


 海堂は『家』は青い扉の家のことだと察し、女の話した可能性は充分にあると踏んだ。



(僕なら95%にするけどね。

…まずいことになった。ヤマトはきっと来る。

奴ら、何か家に仕込んでいるな?

そしてヤマトを地下に監禁するつもりだ。)



 それも大いなる問題だが、一番の問題はモエだ。

パッと見では家は閉ざされて見えた。

だがこの人数だ。本気になれば簡単に侵入できるだろう。



(クソ!、この忙しい時に…!!)



 海堂は二つの選択肢で悩んだ。

一つ、彼等の目を掻い潜りモエを外に出し、役所まで送り届け、王都まで急ぎヤマトに警戒を促す。

二つ、彼等を伸して青い扉の家を破壊しヤマトの監禁を防ぎ、結果としてモエを助ける。



(…ま。二つ目だよね!?)



タッ!!



 海堂は即決し飛び出した。

何にも気付けていない集団に素早く忍び寄りトントン!と首に手刀を入れ二名を倒すと、まだ現状が理解出来ていない男を更に三名一撃で倒した。

やっと事態を理解した彼等は抜刀しようとしたが、剣を抜く前に更に二名が倒された。

 女は襲撃者が海堂と分かるなり憎悪に顔を歪ませた。



「海堂ッ!!!」



 その大きな声に気付いたのか、黒い剣を持つ男達が奥の通りからズラッと加勢に来てしまった。

 海堂は「その数は無理かなあ!?」…とダッと家とは反対方向に逃げた。


彼の計算通り、皆が自分を追いかけてきた。

海堂は彼等にとって宿敵で、憎くて憎くて仕方ない人間なのだから。



(よし付いてこいボンクラ共!!)



 海堂は見事に暴徒を引き付け裏路地に。

そこから角に控え、現れる暴徒を次々に迎え撃った。



「…反対に回り込みなさい。」



 だが女はここの地形に詳しかった。

彼女は通りには入らずに、暫し様子をみた。



…タ!



「…!」



 彼女は見逃さなかった。

小さな音と共に、金髪の女性が走り抜けたのを。



「…うふふ!」



 女は可笑しそうに笑うと、裏通りへと入っていった。



(はい順調そのもの!!…でも死体が溜まったな。少し移動しなくては。)



 死体ではないが、彼は今滾っているので許してあげてほしい。


 海堂は更に奥へと進んだ。

暴徒の数は順調すぎる程に減っていた。

これならばどうにかなりそうだ。



タッタッタ!



「…あーお酒のみたい。」



 そろそろストレスを自覚してきたのだろう。

海堂はうんざりと目をひんむきながら一人で喋った。



「むしろオルカ君がベロベロになるのを皆で見守りながら酒盛りをしたい。

…ロバートの店を貸し切って、うちのスタッフと今戦の功労者達に浴びるように飲ませてあげたい。

そして全員でオルカ君をからかって遊びたい。

……彼、女の人の話になると異様に口が堅いんだよな。」



フッ!! ビュン!!



「ッ…!?」



 真っ直ぐな裏通りから少し広い十字路に出た時だった。

海堂を待ち構えていたように黒い剣が首を狙い飛んできた。

海堂はどうにか避けたが、気を引き締めねばと顔をキリッとさせた。



「人の楽しい妄想を邪魔してんじゃないよ。」


「丸々お返しするよ!!」



 この男は少し剣が立った。

男は避けづらい一撃を次々に繰り出し、海堂をまた一本道へと追い込んだ。

その道からはどんどん敵が迫ってきていた。

これは本当にまずい。挟み撃ちにされてしまう可能性大だ。



「こ…の、…!」


「お前だけは許さない!!」



ゴッ!!



 だが剣を振りかぶった男は突然白目を剥き、倒れた。

海堂が何事かと驚くと、モエが岩を持ち息を荒らしていた。



(モエ…!?)


「早くお父さん!、後ろ!!」


「つ…!!」



 モエは鍛えていなかった。

護身術が多少扱えるだけで、剣を持つ相手と戦う力は無いのだ。


 海堂は『早く役所に!!』と追いかけてきた暴徒を相手取り、叫ぶように促した。

モエは悩んだが、すぐに頷き踵を返した。



「おっと待ちな!!」


「イ…!」



 だが女はモエを逃がさなかった。

髪の毛を鷲掴み、海堂にこれ見よがしにモエの喉元を見せ付け剣を突き付けた。

 海堂はハッと目を大きくし、バッと広い場所まで退いて肩で呼吸をした。


 十字路は追いかけてきた暴徒で埋まった。

だが人数はかなり減り、五名程度だった。



「ほら海堂…?、降伏なさいな?」


「ハァ…!、ハァ…!」


「じゃなきゃこの子の可愛い顔に傷がつくわよ?」


「ハァ!、…ハァ!」



 モエは髪を持たれ高く上げられ、顔を歪めながら必死の女の手首を掴んだ。

だが女は力無い抵抗に高らかに笑い、狂喜を全身で表現しながら叫んだ。



「この娘の命が惜しいなら大人しく殺されろ!!」


「ハァ… ハァ…」


「さあ!、ブッ刺しちまえ!!」



 海堂はモエと素早く目を合わせた。

モエは小さく頷き、歯を食い縛りながら女の手首を勢いよく捻った。



ゴキン!!



「ツ!?キャアアアアアッ!!!」



ゴッ…ゴッ!!キイン!!



 勝負はあっという間に付いた。

モエは女の手首の間接を外し、バッと距離を取り。

海堂はあっという間に五人を伸した。

 女は手首を押さえながら走って逃げていった。


 二人は息を荒らしながらにっこり笑い合い、すぐに移動を開始した。



「まったく!、どうして外に出たんです!?

普通に考えて何があっても家に居るべきでしょう!?」


「だってお父さんが戦ってるのが見えたから!

様子を見るだけにしてたんだよ!?

でもお父さん押されてたじゃない!」


「今それ言う💢!?」



 モエはか弱く見えてもアングラ育ち。

言うことはハッキリ言う。


 海堂は説教しながらも『助かったよ?』と笑った。…モエには見せなかったが。



「これからどうするの!?」


「あの辺に張ってたのは倒しました。

なので青い扉の家を破壊し、王都に向かいます。」


「!、…なんであの家を。」


「恐らく今はバグラーんとこのバカ共が使用しています。…そうだな、武器庫とかかな。

…役所の仲間にも王都に応援に行くよう指示をしてありますから、もう直に」



ズ…!



 走っていた海堂は目を大きく開けた。

熱い感触が横腹に走り、引き抜かれ。


力の抜けていく目は、いやらしく笑う男を見据えた。

自分の死を望む目だった。



(まずい。…力が。)



 膝から勝手に力が抜け、全てがスローに見えた。

男が飛び出し、モエに向かって剣を振り上げるのすら。



ドッ!!



「…え!?」



 だが男はモエを切れなかった。

海堂の投げたナイフが彼の後ろ頭を貫いたのだ。


 急に聞こえた妙な音に振り返ったモエは、剣を落とし倒れた男の奥に倒れる海堂を見て、叫んだ。



「ヤッ!?、お…お父さん!!!」



 海堂は左の脇腹から出血していた。

痛みに顔を歪め、歯を食い縛り、必死に腹を押さえ呼吸をするが、その息は変に上擦っていた。



「お父さん…お父さん!!!」



 モエは涙を堪えながら傷を押さえた。

だが血は指の隙間を掻い潜るようにドクドクと溢れていった。


彼女は震えながら誰かに助けを求められないかと辺りを見回したが、どの家もきつく扉を閉めていた。

大声で助けを呼ぶかとも思ったが、もしも新手が来てしまったらお終いだ。



(ど!、どうしよう…どうしよう!!)



 モエの涙がポタポタと頬に落ちてきて、海堂は必死に口角を上げた。

子供が泣く姿は、何度見ても気持ちのいいものではなかった。



「モ…エ?、…行きな…さい!」


「や…やだよ!?」


「大丈夫…ですから!、メインストリートに…

きっと、ツバメ…が…!」


「っ、」


「ヤマトが!、あの家を壊すように…ツバメに」


「分かった。分かったからお願い喋らないで…!」



 モエは海堂のベルトをギュッと閉め、傷をグーっと強く押し、ゆ…っくりと手を離した。

そして腕で涙を拭いながらメインストリートに向かい駆けた。



タッタッタ!



「うっ!、お父さん…お父さん!!」



 彼女にとって海堂は、本当の父親だった。

親が酷い飢饉から家を失い路頭に迷い、最後には体を壊してしまい亡くなり。

孤児院に逃げる事すら思い付かない幼い彼女が売られそうになっていたのを、海堂が助けたのだ。

彼はその時、バグラーからアングラを半分もぎ取った。

それから彼は売られそうになっていた子供達を全員保護し、育てたのだ。



「お父さんっ、…お父さん!!」



 記憶も朧気な両親よりも、いつも優しくも厳しくユーモアがあり笑わせてくれる海堂こそが、彼女にとって親だった。

彼女が海堂の養子になってから彼を『お父さん』と呼ぶのは、海堂をそう呼ぶ権利をやっと得て嬉しかったからだ。


海堂は『養子になったからって義理堅くお父さんなんて呼ばなくていいのにねぇ?』…と首を傾げていたが、モエはただ、心でだけ呼んでいた言葉をそのまま口にするようになっただけだった。



グイッ!



「う!…早く…皆を!、ツバメさんを!」



 そんな海堂が腹を刺されてしまったのだ。

血の温かさや感触は恐ろしく、涙は拭っても拭っても勝手に溢れた。



フォン!



「!!ツバメさん…!!!」



 その時、車が勢いよく役所方面へと走り抜け、モエは渾身の力で叫んだ。

メインストリートに走り出ると、手を大きく振りながらツバメを呼んだ。



「ツバメさん!!、お願…い!、ツバメさん!!」



 ツバメは『ん?』と眉を寄せ窓を開けた。

次の瞬間にはビックミラーにモエを見付け、慌ててUターンした。



バタン!!



「モエ!?、どうしてこんな所に!!」


「ツバメ…さん!」


「…!」



 モエの手の血にツバメは驚愕した。

ボロボロと涙を落としつつも必死に腕で擦る…その様子から、血の主が海堂なのではと察した。



「左の…お腹…から!」


「っ、」


「早くっ、私!、どうしたらいいの…か!」





カツン…



 女はヒール音を響かせながら海堂の前に立った。

自分で嵌め込んだ手首は酷く痛み、布で固定していた。


 海堂は痛みに歯を食い縛りながらも、モエが戻ってきたのかと目を開けた。

だが彼が見たのは、笑いながら剣を振り上げる女の姿だった。





「…まさかそんな事になっていたとは。」


「ごめんなさい!、私がきっと…お父さんの気を」


「いいえモエちゃん。それは違うよ?

モエちゃんはちゃんと海堂さんを守ってくれた。

…ったく!、娘に心配かけちゃ駄目じゃんね?」



 走り事情を聞きながら、ツバメはわざとモエを笑わせようとふざけた。

とにかく彼女の緊張をといてあげたかったのだ。

『大した事ないよ大丈夫だよ』…と。



「そこ!、曲がったらすぐ!」


「はいよ?」



 裏路地に入ればすぐに海堂が見える。

二人は急ぎ角を曲がり…。



「ツ…!?」


「!?、お父さん…!?」



 黒い剣が背に突き刺さった海堂を、見てしまった。



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