第28話 『    』

 ここで『ところで』と海堂が話題を変えた。



「実はですね。………嫌な予感がしています。」


「ええっ!?」 「!」



声を上げ眉をひしゃげたヤマト。

無表情な茂も、内心ではヤマトと同じ気持ちだった。



「…嫌な予感とはなんだ。」


「現在時刻…は、磁場狂いの所為で不明ですが、恐らくはもう早朝は過ぎていますよね?

…それなのに、石を取らせに行かせた者が戻っていない。」


「!」 「……え、…それって…」


「更にはイルを迎えに行かせた者も戻っていない。」


「た!大変じゃないですか!?」



慌てたオルカを手で制し、海堂は続けた。



「ですが彼等には充分な防衛線を張らせています。

何段階にも隊を分け、緊急時に備えさせています。

『家に入る組』『それを遠くから見守る組』『更に距離を取りいざという時に伝令を果たす組』…と。

…故に、何かあったなら『トラブルだ』と駆け戻っている筈なのです。

…あの人数を一斉に検挙なんて、流石に出来ないのではと思うのですが…、彼等は戻っていない。」



確かに違和感だ。

海堂が派遣した人数は30人を超えている。

彼等を伝令すら不可能にするには『一斉に同時に拘束』でもしなければ不可能だ。

だがそれは正直現実的ではない。


少しほっとしたオルカだったが、茂は逆に目を細め緊迫した顔をした。



「……だとしたなら、一斉にやられたんだ。」


「…え?」


「茂殿。…根拠を。」


「……ギルならやれる。」


「!」


「悪いが海堂。…お前の仲間は全員拘束か処刑。

イルはジルと同じように捕らわれた。」


「そ…んな!?」


「…まさか。いや、30人以上を同時に拘束なんて」


「ギルトならば可能だ。」



 海堂の大きくなった目に…、オルカはもう我慢の限界だった。

脳裏には昨夜見た一点の光が甦っていた。

…政府長官執務室、…ギルトの部屋の明かりが。



ガタン!!



 勢いよく立ち上がったオルカに、ヤマトが「おい!?」と急ぎ声をかけ腕を掴んだ。



「何する気だよ!?」


「……皆を助ける。」


「だ…お前を殺したがってるかもしんねえのに」


「僕を殺したら世界が終わるんでしょ!?」


「っ、」


「…だったらきっと殺せないよ。

…世界を壊したい人が、必死に水石を配ったりなんかしない。」


「待ちなさいオルカ。…君はもっと出自の自覚を」


「そうだよお前っ…次の王様なんだぞ!?

…しかも相手はお前の母ちゃん殺して」


「だから何!?」


「っ、お前なあ!?」


「…僕の母さんはシスターだ。」


「っ!」


「落ち着きなさい二人とも!」


「そして僕の家族は…っ、…孤児院の皆だ!!

ここの皆が帰らない理由がギルト長官に捕らわれたからなら!彼はまだ僕を探してるんだろ!?」


「だからお前が行ったら駄目なんだろ!?」


「……もしここに長官が来て、…壊滅したら。」


「…オルカ。」 「……」


「僕はもう、…二度と自分を許せない。」


「……陛下。」


「…!」 「!」


「それは間違っています。

我々が死に絶えようとも、貴方さえ生きていれば国は持ち直すのです。」


「~っ、…大切な家族さえ取り返せない王を海堂さんは王と認められるんですか!?」


「ええ勿論です。」


「っ!」


「幾ら犠牲を払おうとも構いません。

…その先に平和があるのなら、私は喜んで礎となりましょう。」


「……いや極論はいいんすよ!!

オルカ!王だの何だの…そうじゃないだろ!?

お前がノコノコ出てったら…長官の狙いも分かんねえのに無謀すぎだって言って」


「…どれだけ望んでも、僕は僕以外にはなれない。

だったら!!全てを知った…今!!

ようやく僕はシスターに恩返しが出来るんじゃないのか!?」



 オルカはただひたすら心配だった。

『もしかしたら孤児院の皆にも何かあったんじゃ』

『僕を誘き出すためにジルさんとシスターに何かするんじゃ』。

そんな不安は彼の暴走を加速させた。


 海堂は眉を潜め茂と目を合わせた。

『何故何も言わないのですか』と。



「…茂殿。今こそ親衛隊としての責務を果たすべき時なのでは。」


「……」


「…… …茂殿ッ!?」



 茂はただじっとオルカとヤマトの喧嘩を見守ると、ふと二人に歩み寄った。

そして二人の頭を撫で、オルカの前に片膝を突いた。


そんな茂に圧倒されたのか、二人はピタッと喧嘩を止めた。



「…二人はここに残れ。」



 その言葉に椅子を鳴らし海堂が立ち上がった。

その余りの剣幕に…、二人は肩をビクッと揺らした。



「茂殿!、まさか…まさか貴方が!?」


「ああ海堂。…俺が行く。」


「馬…鹿を言うなッ!!!」



 ここまで声を張った事など無い海堂は自分自身に驚いてしまった。

だが、それ程までに無謀極まりない選択だというのは間違いなかった。

何故ならばもう、政務執行議会と王宮の内部を知っているのは茂だけなのだから。



「ジルを救出しようにも…っ、貴方無しに我々にどうしろと言うんです!!

貴方が昨日踏み止まってくれたのは、自分の存在が最後の頼みの綱なのだという自覚があったからでしょう!?」


「ああそうだ。…今王都の、議会の、王宮の内部を知りながら自由の身なのは俺だけだからな。」


「だったら何故そんな無謀を!?

せめて…せめてジルとイルの正確な所在を把握した後ならばまだしも!?貴方は闇雲に二人を捜すおつもりなのですか!?」


「…ヤマなら張っているさ。

だがあくまでヤマだ。…お前らは連れていけん。」


「自殺行為だッ!!!」


「そうだとしても。……俺は行く。」



 昨日だって、本当は飛び出したかったんだ。

…だがどうしたって、何も知らない二人を置いて私情で動くなど、…出来なかった。



『私はもう、殺さない。』



……あの誓いも、大きかった。

もう二度と俺は…、争いたくなかったんだ。



「…だがもう、……駄目だ。」



俺は害されてしまった。…家族を。

…だったらもう、戦うしかない。


例え相手が…弟のように可愛がったギルトであれ、

俺はジルとイルを助けねばならない。

…法石を王に献上せねばならない。


『その為の力であったのだ』と。

…今はそう、…信じたい。



 茂はふと微笑み、『待っていろ』とオルカに微笑みゲートを出ていってしまった。


茫然とオルカとヤマトは目を合わせ、海堂が頭を抱え『クソッ!』…と吐き捨てる中、茂はすぐに戻ってきた。


そしてスッと小さな箱をオルカに渡した。

オルカは首を傾げつつ、受け取った。



「誕生日おめでとうオルカ。」


「!!」


「…本当は、焼き肉に連れていこうと思っていたんだがな?

…今回はプレゼントだけで勘弁してくれ。」


「……ありがとう…ございます。」



『忘れてた』…と茫然と箱を見つめるオルカに、ヤマトはポリポリと頭を掻いた。



「…おめでとうオルカ。」


「あ…うん。…ありがとヤマト。」


「……プレゼント、ちょっと待ってろ。」


「…え?」


「……家にあっから。

全部終わったら、…渡すから。」



 口を尖らせながらそう言ったヤマトに、オルカは気が抜けてクスクスと笑った。



「…本当は用意してないくせに(笑)」


「は!?あるしっ💢!!」


「はいはい。…気持ちだけもらうね?」


「このヤロ💢!?」



『とんだ誕生日ですよね本当に!』…と海堂はズゥンと沈んだ。

 だが立ち上がり、オルカに声をかけた。



「今日が誕生日だったのですね?

おめでとう御座います。…15才…ですね?」


「はい。ありがとうございます海堂さん。」



 茂は胸元に触れると少し悩んだが、首を振った。



(…ちゃんと誕生日に渡そう。)



 そしてオルカの腕を掴み、しっかりと自分に向き直らせ、目と目を合わせた。

その茂の優しすぎる顔に…、オルカの胸はギュッと締め付けられた。



「…俺を、俺達を許さなくてもいい。」


「!」 (……え…?)


「重いものを…本当に重いものをお前に背負わせてしまって、…本当にすまなかった。」


「…………」


「きっとこの先、多くの者がお前に願いをぶつけるだろう。

…それ程までに混沌とした、不安定な世界しかお前に与える事が出来なかった俺は……汚い。

…ただ幸福になってほしいと願いながらも、結局何の答えも導くことが出来ず、…何も献上出来なかった俺を許す必要などない。」


「…し…茂さん…?」



 茂はギュッと目を瞑ると、『これが見納め』としっかりとオルカの顔を目に焼き付けた。



「オルカ。…時は流れ続けるんだ。」


「………」


「嫌なことが、辛い事があったとはいえ…

時を戻したところで、…結果は変わらない。

…お前は本当にいい子に育ってくれた。

優しすぎるお前はきっと、自分の気持ちより相手の気持ちを優先してしまうだろう。

…それもいい。…そんなお前を俺は否定しない。

だがなオルカ。…どうか忘れないでくれ。

『自分の人生は自分で切り開くんだ』。」


「…!」


「自分の道は自分で決めるんだ。

…お前は自由なんだオルカ。

もしお前の自由を阻害する者が居るのなら、間違っているのはそいつだ。」


「………」


「お前は王であり、アイランドのスタッフ。

…そしてこの先、きっと誰かの恋人となり、きっと夫となり父となる。

…それでいいんだ。あるがままのお前こそがお前なんだ。」



 にっこり笑ってオルカの頭を撫でると、茂は今度はヤマトの腕を掴み目を合わせた。


 ヤマトはその腕から逃げたいのに、逃げられなかった。



「……お前は本当にお調子者で。」


「…エ! …は…ハハ!?」


「お前の元気な声を聞いているだけで、幸せだった。」


「!」


「『人が笑ってくれると嬉しい、幸せ』。

『元気がない人が居ると悲しくなる』。

…お前は本当に優しく、行動力があり、努力家で。

それなのに照れ屋で…それを見せたがらない。

驚くほど勇気があって。…愛情があって。

…本当に、…優しい子だ。」


「っ…」



……ああそうか。 ……



「……っ、  …ヤマト?」


「は…い。」


「お前を雇って、… …本当に良かった。」


「っ!」


「お前には、いつだって…笑っていて欲しい。」


「…………」


「…だから …  …」



…言葉がつまる。 …出てきてくれない。



「………」



伝えたい事が多すぎて。

本当に伝えたい事は、…言えなくて。



「… 『    』。」


「…!」



 茂は微かに口を動かすと、スッと立ち上がった。


ヤマトは『なんて言ったの?』…と訊きたいのに、引き止めたいのに…出来なかった。



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