第29話 合流者

 茂は行ってしまった。

海堂に散々止められたが、『二人を頼む』と残し行ってしまった。


 普段ゲートに居る仲間も、今は居ない。

殆どが外に出払っており、ツバメもその中に居た。

…最悪は、誰一人帰ってこない可能性さえある。

 海堂はどうしたものかと、ゲートの椅子に悩ましく座り込んでしまった。

ヤマトとオルカもゲートに残り、灯台を失ってしまったような心細さに堪えた。



「…なあ。」


「…ん?」



 そんな時、ヤマトが口を開いた。

椅子に座るオルカの手には、未だにプレゼントの箱が握られていた。



「…『冒険』てどんな意味なの?」


「…!」


「………」



 オルカは『そうだった。意味教えてないや。』と僅かに笑い、意味を教えた。


ヤマトがどんな反応をするかと窺っていると、『もしかしてそれお前の夢?』…と言われ、ドキッとしてしまった。



「……え…と。」



 口ごもるオルカに、海堂は顔を上げた。

オルカが何と答えるのか。…そして、二人がどんな会話をするのか気になったのだ。


オルカは少し悩んだが、『うん』と答えた。



「…僕、色んなものが見てみたいんだ…?」


「……例の『本当の世界』の謎解き?」


「うん。ある種そうかも。

…多すぎる疑問の、…答えが欲しかったのかも。」


「…そっか。俺にはそんなん無いからさ?

ハッキリとは分からないけど。…もしお前の立場だったならって考えたら?

俺も冒険に出たかったかもな?」


「…っ!」


「……なんか、…さ?

こんな時なのに、…こんな時だからこそなんかな?

…余計に夢がさ、……膨らんで。」


「…え?」


「もしかしたらもう、…叶わない…かも。……

…とか、…考えたら考える程…さ!」


「…………」


「手が届かなくなる…のが!…怖くて…!

そんなの…っ、嫌で!」


「…ヤマト。」


「俺本当はっ、制服になるより…っ、

マスターの店を…継ぎたくて!」


「…!」


「アネさんとマスターに色々教わって…料理も!

そんでいつか!、俺が二人に助けてもらったように俺も誰かをっ、守れる奴に…なり…た… …!」



 目元を手で覆っても、腕を伝い涙が次々に零れ落ちた。

オルカはギュッと口を結び眉を寄せ、勝手に上ずってきた息を殺した。



「そんな夢さえ…!、伝えられてないのにっ!!

…もし、もしマスターが…アネさんが!

もうっ、も…戻って…来なかったら!」


「…ズ。…きっと大丈…夫だよ。……ヤマ」


「それにお前まで捕まっちまったら…!

俺…また!……一人ぼっちじゃん!!」


「っ! …~~っ… ~…!」


「お前すら…雨からすら守れなかった役立たずの癖にさ!?夢だけは…一丁前でさ!?

…マジで自分がっ、嫌になるッ!!!」



 海堂は…、そっとゲートを出た。

少年二人の涙に堪え切れなかったのだ。



「……ズ! …はあ。……僕も良い歳ですね。」



「海堂さん!!」



 その時廊下の奥から聞こえてきた声に、海堂は目を大きく開けて壁から背を離した。



「ツバメ!!」


「遅くなり申し訳ありませんでした!」



 走ってきたツバメを、海堂は勢いよく腕に包んだ。

ツバメは『え』と目を大きく開け、自分より小さな海堂の背を慣れない手付きでポンポンと返した。



「……ご心配をおかけした様で💧」


「…別に?」


「おや可愛くない。」


「……少し、あてられただけ。」


「?」



 君達にとってのオルカが、ヤマト君が…

僕にとっては、…君なだけ。


 海堂はツバメを離すと眉を寄せ、『遅いんだよ』と苦言を入れ腕を組んだ。

ツバメは、ようやくいつも通りの海堂が帰ってきて、少しホッとしながら報告をした。



「石は奪われていました。」


「…! ……そう…ですか。」


「更にはイルも行方不明です。」



『……ん?』…と海堂は眉を寄せた。

 なんだか微量に、自分達の予想とは違う報告に感じたのだ。



「…他の皆はどうしたのです。

何故こんなに帰りが遅くなったのですか。」


「実は石を取りに行った時には既にオルカの部屋は荒らされていました。

…勿論チェストの中に石は無く、探しましたが発見ならず。

仕方なくイルの方へ行った者達と合流することにしたのですが、孤児院ももぬけの殻でして。」


「……もぬけの殻?、孤児の姿は…?」


「いいえ。一人もです。

特に争った形跡も確認できず。ですが普通に考えて長官の仕業かと思われたので何か手掛かりがないかと調べていたのですが…、そこに政府の人間が現れまして。」


「…………」



 ツバメが言うには、彼等は明らかにイルを探しに来た様子だったんだとか。

だがバッティングしたのは孤児でもない怪しげな集団。故に彼等はツバメ達を拘束し問い質そうとしたが、ツバメ達は上手く逃げられたそうだ。



「…では、政府到着前に既に孤児院は空だった?」


「そうなんです。」


「では皆、無事なのですね?」


「…いいえ。」


「…ハ?」



 孤児院からバラバラに逃げたツバメ達は、尾行を警戒しあちこちに散った。

集合場所も集合方法も決めてあったのでそれに従うつもりだった。


だが集まったのは二人だけだった。



「っ!!」


「…それで、御報告が。

私は早馬として来たのですが、この後に合流する」


「海堂さん!!」


「…!」



 すぐにツバメが言った合流者が現れた。

海堂の仲間二名に連れられ現れたのは…



「…貴方は?」


「俺はロバート!化石店の店主をしてる!」


「!…存じております。こちらへ。」



 ロバートだった。

 息を荒らしながらゲートに入ったロバートは、オルカの姿に目を大きくして駆け寄った。



「オ…オルカ!!」


「!?て…店長!?」


「……だれ??」



 ガバッ!!…と勢いよく抱き締められ、オルカは少し驚いたが…嬉しかった。

ロバートも心底安堵した顔だ。



「よかっっ………ったあ!!!」


「あはは!お久しぶりです!」


「……あ?、もしかしてアレ?

お前の行き付けの店のテンチョ?」


「……誰だこいつ?」


「あっ紹介しますねっ?

同じ孤児院出身で同僚のヤマトです。

ヤマト?、こちら化石店の店長さん!」


「ああお前が『ヤマト』か!

茂とジルから聞いてんよ。看板犬なんだろっ?」


「チゲーよ💢!?」



 特に怪我もしていない様子だったが、ロバートは酷く汗をかいていた。


そしてオルカは茂の言葉を思い出し、彼もまた仲間なのだと分かりホッとした。



『俺かジルかロバート以外の者に戸を開くな。』



(そっか店長も仲間だったんだ。…やっと納得。)


「……っと場合じゃねえんだった!?」


「感動の再会の場に立ち会えて非常に感慨深いのですがそろそろ上の状況をお聞かせ願えませんかロバート殿。」


「はいはい待ってくれてドウモです!?」



 出された水を一気に飲み干すと、ロバートはホッとしたと同時に項垂れるように椅子に座った。


その顔は、酷く疲れて見えた。



「…イルが捕まった。」


「っ!!」 「!!」


「…順を追って説明願えますか。」


「ああ。」



 ロバートが言うには、彼はジルの爆破騒ぎで政府の急襲だとピンときたらしくすぐ行動を始めたらしい。


孤児院に向かうと、イルは悟ったような顔でロバートを迎え微笑んだんだとか。



「俺が逃げるぞって言ったら、分かってるって。

子供達どうすんのかって訊いたら…

『彼等にはどうすべきか教えてある』って。」


「え!?」 「俺ら何も言われてなかったけど。」


「お前はオルカと同期の孤児だからだよ。

下のには、いつ政府のガサがあってもいいように対策を教えてたらしいぞ?」


「……」 「…知らんかった。」


「だから子供達は多分…大丈夫だ。

イルが知り合いの孤児院に頼んでたらしいから、そこに向かってる筈だ。

…わざわざ子供を追いかける必要もないだろ。」



 問題はそこからだった。


ロバートとイルは地下を目指し、なるべく人混みを避け裏通りを進んでいたらしく、そこで幸運な事に海堂の仲間と出会えたそうだ。

ロバートは彼等を知らないので警戒したがイルが顔見知りだったのでどうにかなった。


…だがヤマを張られていたのか、何度も政府の捜査網に引っ掛かり…、その度にイルを逃がす為に海堂の仲間が囮になったんだとか。



「……そうですか。」


「…すまない。…結局最後には……」



 そうして人数を減らされ、それでも進む彼等を最後に待ち受けていたのは…、ギルトだった。


地下に潜るには通らざるを得ない通りに陣取るギルトに…、イルはそっと微笑んだらしい。



『…行ってロバート?』


『ハア!?』


『今まで本当にありがとう?

私、貴方が居てくれてとっても心強かったわ?』


『ま…待てイル!?』



 バサッと修道服を脱いだイル。

プラチナブロンドのウェーブの入ったロングヘアーを軽く手で直すと、彼女は彼女らしく朗らかに微笑んだ。



『あの子達を、お願い。』



 そしてロバートの静止を聞かず、彼女は堂々とギルトの前に歩み出ていった。

ロバートは断腸の思いでその場を離れた。

…離れるしかなかった。


そして彼は一晩必死に政府の目を掻い潜り、ようやく僅かに残った海堂の仲間、ツバメ達に出会いここに来たのだ。



「………」



 話を聞いた海堂は、茂の予測は当たらずとも遠からずであったと知った。

結局、地下の仲間はほぼほぼが捕らわれ、イルも捕らえられてしまったのだから。


ヤマトは顔を真っ青にして、その場に力なく座り込んでしまった。



「……なん…」



『なんで捕まらなきゃいけないんだよ』

力が抜けてしまった口からは、そんな一言さえ出てきてくれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る