第30話 願

「……オルカ、聞いてくれ。」



 話し合えたロバートはオルカの腕を掴み真剣な眼差しを向けた。

オルカの深紅の瞳など見るのは始めてだったのに、ロバートは少しも恐れはしなかった。



「混乱…してるだろうが、聞いてほしい。

俺もジルも…ここの奴等も…皆。

レジスタンスとなった全員が…お前に願いを託していたんだ。」


「!」 「…なんだよ願いって。」


「誰もが大崩壊で多くを失った。

…ヤマトの親だって亡くなったんだろ?

俺も妻と息子を亡くした。……

ある者は仕事を失い、ある者は家族を失い…

ある者は人権すら失ってしまった。

それもこれも全て、お前の母親が殺されて、世界が大崩壊に飲まれた事が原因だ。

…その日。…あの大晦日の日に、お前の母親さえ殺されなければ…全ては、平和は続いていたんだ。」



 オルカは眉を寄せ微かに首を傾げた。

ロバートが何を言わんとしているのかが分からなかったのだ。


そんなオルカに、ロバートはハッキリと告げた。



「俺達は皆、王族のみに許された力。

『時を操る能力で大崩壊を食い止めること』を願っていたんだ。」


「!?…と、時を操る…!?」


「信じられんかもしれんが、茂とジルの家にはそう伝わっていた。」



 『そんな事が可能なの?』とオルカは酷く眉を寄せてしまった。

だがすぐに冷静になった。

『確かに母親の殺害さえ食い止められれば、誰も彼もが救われるのかもしれない』…と。



「………時…を…」


「遡り、母親の殺害を食い止める事が出来れば…

変な話だが、…世界は元通りになれるんだ。」


「…………」



 ヤマトは『そんなんデマに決まってんじゃん』とウンザリしたが、海堂の神妙な顔に『は?』と何度も瞬きをした。

ヤマトから見て、ロバートは正直態度からして一般人なのだが、海堂は別物なのだ。


その海堂が押し黙っている様子に、『いやいや…嘘でしょ!?』とオルカをバッと見てしまったが、やはりオルカも愕然としていた。



「…王様の殺害を…止める……」


「……オッサン、…マジで言ってんのかよ。」


「言っとくが発案者はジルだぞ。」


「…!」 「!」


「大崩壊から一ヶ月後の…朝。

第三地区にどうにか落ち着いたジルが…、俺に言ったんだ。」



『…ねえ。協力して。』


『何をだよ。…こっちは妻と息子の葬儀さえ出来ずに流すしかなかったのにっ!お前らは突然現れて』


『それを無かった事に出来るとしたら?』


『…… は…?』



 ジルは大金の入った袋をロバートに渡し、土地を買うように頼んだ。

意味が分からず瞬きを繰り返すロバートに、ジルは据わった瞳で坦々と頼んだ。



『アンタの名前で土地を買って、私に使わせてほしいんだ。』


『……何の為に。

お前らは…お尋ね者……なのか?』


『いいや? …少なくとも、14年。』


『…14年…』


『そう。14年でいいから土地を私に使わせて。

そしてそれを誰にも言わないで。

…それを叶えてくれたなら、きっとアンタは家族を取り戻せる。』


『………何を…』



 そのジルの言葉の意味を知ったのは、それから数年後の事だったらしい。

やっとロバートの人間性を信じたのか、ジルとイルがオルカについて話してくれたそうだ。

そうして『王族は時を操ることが出来る』というのを、やっとロバートは知ったらしい。



「お前もそうなんだろ?」



 未だ唖然とするオルカの前でロバートは海堂に問いかけた。

海堂はずっと腕を組んでいたのだが、話をふられるとチラッとオルカと目を合わせた。



「……私がジルと出会ったのは大晦日でした。」


「!」


「連発する地震の中。真っ暗な…闇の大雨の中、彼女は血に汚れたおくるみを抱え私の前に現れた。」


「っ、」 「……それ、…オルカ?」


「ええ。…彼女は言いました。『私達を匿え』。

そして赤子を王家の末裔と言った。

…私はまさかと思い彼女を家に上げ、事情を聞き、とにかく匿うことにしたのです。

…王家だのなんだのが戯言にせよ、あんな崩壊する世界に赤子と女性を放り出すなど人道的ではありませんからね。


…誰も彼もが命の危機に瀕していた。

助け合っても、明日も互いが無事で居られる保証はなかった。

ですが彼女はそんな世界で、私の目の前で何人もの人を助けました。

…その姿を見ている内にね?

彼女が『ジル・サファイア』であると。

私も思い出したのですよ。」



 サファイア家の御息女二人なら、仕事で訪れた王都で何度か目にしていた。

…地方に赴いた時にも、偶然見かけていた。


だからこそ…彼女が私にとって必要不可欠な存在になる予感がしたんだ。



「…私はね、正直その能力には半信半疑で。

『時を遡るって、誰が遡るというのか』

『ただ時を巻き戻そうが同じ顛末だろう』とね。」


「…うわー。」


「私はロバート殿のように感情的に動くのが苦手なのですよ。…ですが、『もし可能ならそれでいいかな』程度の期待で」


「おい💢!?」


「コホン! …とにかく。

私が君に望んでいたのはね?…オルカ。

『政府と戦う為の灯台として』でした。」


「!」


「政府という国の核に対抗し得る唯一の存在、王家。

その存在を玉座に導くという口実で…政府を打倒する。

これが…、私が君に抱いていた願いです。」



『君は形は違えども、我々の大きな希望だったんですよ』…と、海堂は笑った。



「99.9%の者達が共通の願いを馳せていますがね?

『時を戻し、大崩壊そのものを食い止めたい』と。

…まあ、それも当然です。

ジルはそれを売り文句にしていましたから。

『この子を助ければ世界は元に戻る』…とね?」


「………」



 ショックなような…複雑な気持ちにさせられた。


なんだかジルに売り物にされたような…。

不確定要素に頼りすぎだと感じたし、大勢の人の願いを勝手に背負わされたような、強制的なプレッシャーをオルカは感じてしまった。


そんな心を察したのか、海堂は口を開いた。



「…君を守る。という面で…、あの売り文句にはこれ以上ない効果があったと、私は思います。」


「……」


「でなければ、誰が突然現れた女二人と赤子を、世界が混沌に充ちている中で…匿えますか。」


「…!」


「誰も彼もが困窮していたのですよ…?

そんな中のあの彼女の言葉が…どれ程の救いに、どれ程の心の灯火になったか。」


「……」


「……それにねオルカ。

あの絶望一色の頃は誰もが本気で君に、時を戻す事を求めていたでしょうが……」



『今はもう、……違うのではありませんか?』



 そう問われたロバートはバッと顔を伏せた。

オルカは『え?』と目を大きくし、ヤマトは吊り上げた目のままロバートを見つめた。


ロバートは暫く顔を伏せると、震えながら声を絞り出した。



「…茂は、…『間違いだ』…って。」


「!」 「…!」 ((マスター…。))


「お前はただの被害者で…

加害者は俺達、汚い大人だ。…って。」



『世界を元に戻す。…なんて不確定要素の為に蝶よ花よと守られてきた、…被験体だ。』


『『愛があれば許される』と思うな。』


『愛が本物なら本物なだけ、最後に傷付くのはあいつだ。』



「~…ツ!」



 オルカは口を縛り拳をギュッと握り、込み上げてきたものに堪えた。

『本当に優しい人に支えられていた』と、心の底から実感した瞬間だった。



「…俺も本当は…そう思ってた。」


「!」 「……」


「年月が経つ内に…

いつだって懸命なお前を…見て!いたら…!」


「…っ、」 「……」


「もう…っ、あの頃の願いも!渇望も!

全てが…遠くに…過去に…流されて!」


「~~っ…!」


「お前が幸せになれるんなら…もう!…もう!!」



…ロバートさんにとって、時を戻すという願いを捨てることがどれだけ苦しい事なのか。

どれだけさみしい事なのか。


僕に分かる日は、きっと来ない。



「ごめんな!…ごめんなオルカ!!

本当は俺達はもう…ちゃんと分かってたんだ!!」



かつて僕に願いを託した人は、その願いを手放し。

失った痛みを抱きながら、…前へ進むと。



「…………」



けれど僕は…



「……ヤマト。」


「…なんだよ。」


「ヤマトも、…本当の家族に会いたい?」


「!!」



僕はこんな時に、やっと…

やっと、…この世界でしたい事を見つけた。



「…本当の家族……て、…」



 ヤマトの酷く困惑した顔を、何故か僕は忘れられない気がした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る