第74話 不快と奥深い思慮

「……ってな訳でな?…その~……」


「君が『地球上の生物ではない』と立証されたという訳だ。」


「………」


「そもそもねオルカ君。

この立証がなければ、この二人が君にここまでする理由は生まれなかった。」



 ズガーン!! …とオルカが凹んだのは言うまでもない。


カファロベアロが何処なのか、一体何なのかの謎にひたすら向き合ってはきたが、まさか自分のDNAが『UNKNOWN』だとは思っておらず、普通にショックなのだ。



「……また、僕の謎…かぁ~。」


「… … …  フッ!」


「柳!!」



 綺麗にちゃぶ台の横に四つん這いになったオルカに堪えきれず、柳は笑ってしまった。

『不謹慎だろ💢!?』と門松はそんな柳を叱ったが、オルカからすれば、今は慰めよりも笑いの方がありがたかった。



「……へえ。…ショックを受けるのか。」


「抉らないでやってくれよ本田さん💢!?」


「プッフーー!!」


「柳💢!?」


「…いいんです門松さん。」


「…ハア~💧」



 本田の『不思議だねぇ?』『面白いねぇ?』

…とでも言いたげな声のトーンは、本当にオルカを人類としていない証拠のようだった。


本田は刑事ではあるが、『もはや本職は学者では?』と警察組織内でも唱われている程の変わり者。

故にこの反応はある種では当然と言えるのだが、門松からすれば非人道的発言だった。



「……微生物には発熱しなかったのにな。」


「! ……気になる事言うねえ?」


「…兄貴、……あのな?」


「シンプルに言ってくれる?」


「……」



 オルカの籍を獲得するに至った経緯をシンプルに話せと強要された門松は、チラッとオルカに目線を送ると、諦めたように大きく息を吐いた。


 柳は鋭い目線を本田に送っていた。



「…三年前、兄貴んとこに行った夜。

俺らもまだこいつの言ってる事がよく分かっていなかった。

『UNKNOWN』の情報を持ち帰る中で、俺は決めたんだ。

もしオルカが…宇宙人なんだとしても。

…今きっと、とても心細いだろうと。

……だから、覚悟した。

きっと本当に、今までのどの事件よりもオルカの調査は混迷を極める。

…だが、投げ出さない覚悟を決めた。」



 オルカは門松の言葉に大きく目を開けた。

今だからこそ冷静に、改めて考えてみれば…、それは物凄い勇気が必要な決断だ。


それなのに門松からは、そんな不安などを見せられた事など一度もなかった。

ただの一度もだ。



「横浜まで連れ帰ったが、…色々と話を聞けば聞く程長丁場になる気配しかしなかった。

…DNAとは関係無く、俺達は帰りの車の中で、オルカが俺達とは違う…カファロベアロという世界の出身なんだという証拠も見た。」


「……」


「だから数ヵ月後、…籍を取得する為に難民申請をした。」


「……難民申請にはDNAが必要だよね?」


「今さら遠回しに言わなくて良いよ兄貴。

…全部捏造した。」


「……ふぅ。…分かってるのか門松?」


「ああ分かってるよ。

自分が何をしているのかは、ちゃんと。」



 門松は全てを告白した。

その申請の事でオルカと派手に喧嘩になったことも柳に本当に止められた事も、だが強行した事も、本当に全てを告白した。


そして最後に、しっかりと本田と向き合った。



「言い訳なんてしない。

だが俺は後悔なんてしていない。

それしか方法がなかった。

…まだ15だったこいつを学校にも通わせず、ただカファロベアロの謎解きをさせ続けながら家事をやらせるなんて、それこそ俺は人道に背いた行いだと思ってる。」


「……」


「俺を挙げて下さって結構です。

ですが、それは全てが片付いた後にして下さい。

…つまり、こいつをこいつの世界に帰した後に。」


「……」


「……お願いします。」



 しっかりと下げられた頭をじっと見つめ、本田はオルカに目を向けた。


 オルカは涙ぐんでいた。

自分の為に頭を下げてくれている門松への申し訳なさや優しさに。



「…… ……まあ、そんなとこだと思ったよ。」


「お願いします本田さん!」


「お前の気概なら受け取ったよ。

…頭上げな門松。」


「…!」



 門松が目を大きくしながら顔を上げると、本田はお茶をゆっくりと飲み、小さく息を吐いた。



「本来ならば俺は身内だろうが容認しない。

…特に、門松?、お前の事は刑事としても人としても好きだから、オルカがドアを開けてきて…、ショックだったのは事実だよ?

…まあ、予測はしていたけれどね。

当たってほしくなかった。…というのが本音だった。」


「……」


「だがそんなのは関係無い。」


「…!」


「身内だろうが好きだろうが、関係無い。

日本人ならば日本国憲法に則り裁かれなければならない。」


「本田さ」


「だが、……今回は仕方ない。」


「!」


「余りにも不測の事態だ。

…日本人ならば日本国憲法で裁かれるべきだが?

生憎君はカファロベアロの出身なんでしょう?」


「ほ…本田さん!」


「今回だけだよ門松。」



 本田はオルカを見つめながらにっこりと笑った。

門松もホッと安堵し、もう一度本田に深く頭を下げた。

柳は微かに息を吐き、取りあえず門松が密告されずに済んだ事にホッとした。



(密告宣言されたら監禁してでも説得した。

良かった。…取りあえず丸く収まったな。)


(柳は本当に門松狂いだねぇ…?

俺が密告しようとした暁には要らん罪を作りに行きそうな顔してたもんねぇ…?)



 無言で涙を乾かすオルカ、そして取りあえずホッとした門松と柳に、『でさ?』と本田は切り出した。

タブレットを出し見せられた画面に、三人は首を傾げたが。



「そもそもね、俺がここに来たのはオルカ君?

君に用事があったから。…なんだよね。」


「…え?」


(うわでたよ。

居るって確信した上での茶番。)



 本田流に柳はうんざりだ。

本人が申告した通り、苦手なのだろう。



「実はね、三年前の君のUNKNOWNから、俺はずっと君が気になっていて。

…でもね、ちょっと忙しかったから。

君の案件にメスを入れる事が出来なかったんだけど、実は今年定年退職してね?

やっと時間が出来たんだよね。」


「え!?、聞いてないですよ!?」


「言ってないもん。」



『花の一つでも贈らせてくれよ💧』と呆れた門松。

だが本田はあっけらかんとしていた。



「でもねぇ、署長がね?

『講師として!、特別講師としてでいいから!

一年更新でいいから!、お願いだからまだ免許返さないで!!』…って熱烈にさ。」


「…マジすか。」


「うん柳。…うちの署長は俺が好きでねぇ?

俺は退職するにあたってちゃんと後輩を育てたし、特別講師として下を鍛えるだけならまあ助力してあげてもいいけど、俺が居なきゃ現場回らない署作りに助力なんて絶対しないからね?

とは言ったんだけど、『またまたあ!』とか笑ってて。

…とにかく、退職して三ヶ月は取りあえずお休みで、それからは一年更新で特別講師として小田原署を支える事になったの。」



 これはかなり珍しい超レアケースだ。

 警察組織は常に最新犯罪に振り回される。

よって最新のものに順応が難しい歳のいった刑事は定年退職で普通に見送られるものだ。


だが本田は最後の最後まで、小田原署が管轄するエリアの刑事事件の指揮を取り続けた。



「…流石ですね兄貴。

特別講師制度なんて、正直名前は聞けどもただの都市伝説だと思ってましたよ💧」


「俺も驚いたし、名誉だとは思ったよ?

…でも裏を返せばさ、結果として俺のワンマン状態になってしまっていたのかな?って反省したよ。

…でもまあ警察官ならば?、事件の早期解決に準ずるべきだと俺は考えているから…

難しいトコなんだけどね。」



 小難しい内容に首を傾げるオルカに、柳は小声で説明をしてあげた。

本田が小田原署に赴任してから、小田原署が『日本一の称号』を我が物にし続けてきた事を。



「つまりな?、未解決が発生せず、ミスが少なく、苦情も少なく、経費も少なく済ませ、何よりも捜査本部が立ち上がらないってこと。」


「…それって凄いんですか?」


「超すごい。

捜査本部が設立されないって事は、捜査が順調に進んで行き詰まっていないって事なんだよ。

これ、マジで凄いんだぜ?

…で特別講師ってのは、定年退職した警察官に『まだ働いてほしい』って警察組織からのお願いすることなんだ。

…つまり小田原の署長さんは、本田さんに特別講師になってもらって、後輩育成だのに取り組んでもらい、刑事事件発生の際には本田さんの能力を発揮してもらって署のブランドを維持したいってわけ。

何故ならば、小田原署をそのブランドにまで伸し上げてそれをキープし続けた人物こそが…」



 本田なのである。

 実は彼は外国にも講師として赴いた事がある程の敏腕刑事であり、日本全国に名の知れた刑事なのだ。


 当人は『やれやれだよね?』と、とてもフランクでそんな風には見えやしないが。



「…でね、話が反れたけど。

取りあえず定年退職という名の三ヶ月休暇が出来たからね?、やっとオルカ君と向き合う時間が出来たのね?」


(そうでした僕の話でした。)


「でさ、俺ね、ずっと君のUNKNOWNについて三年前思考し続けて。」


(よく飽きねえな。)

(流石だな~兄貴。)

(僕の髪の毛と三年も向き合わせてごめんなさい💧)


「『ではコレは何なのか』の疑問を解明すべきだと結論付けたのね。」


「…ん?」 「?」 「…どういう意味すか?」


「つまり君の髪や唾液からは、『何の生物なのかの判定は不能』というデータしか取れない。

…だったら、『そもそもコレ(髪の毛)は、一体何で出来ているのか』を調べるべきだと思ったの。」


「「「!」」」



 本田は続けた。

本来人間の体は、主に水分、次にタンパク質、次に脂質、あとはミネラルなどの細かい成分で作られているそうだ。

それらを原子レベルに書き出すと、H、C、O、Nの四つの元素が95%を占めているらしい。



「地球上の物質は110種類の原子から構成されている。色んなパターンでね?

…君、さっき幸子と話してたよね?

『大学を目指して勉強中です』って。

…じゃあ、H2Oって分かるよね?」


「あ、はい。…水です。

水素二つと酸素が一つの…」


「うん良い返答だね。

このちゃぶ台も、吸っている空気も。

僕らの世界にある物は原子レベルまで分解すればその正体が理解できる。」


「…まさか、兄貴💧?」


「だから君の髪の毛が『どんな原子から構成されているのか』、つまり『コレは一体何なのか』を検査したのね?」



 苦笑いのオルカと門松。

スン…と、『こいつ頭おかしいわ』と遠くを見つめた柳。


 そんな三人の前で…



「そしたらさ、… …フ…」


「…?」


「…ふふ!…フフ…クッ…フフフフフフフフ…!」


「……」 「……」 「……」


「ご…ごめ! …フフフッ!

思い出し笑い…が… フフフフフフフフフ…!!」


「……」 「……」 「……」



 何故か本田が思い出し笑いを始めた。


それも声に出してハッキリと『アハハ』と笑うのではなく、小さく肩を震わせながら『フフフフ』と溢すように静かに。


実はこれは本田の爆笑だった。


彼は微笑こそ浮かべれど、声を上げて笑う事は無い。

相当彼的に面白くなければ、絶対に笑わないのだ。



「いや…実はさ? フフッ

出身大学の教授と仲が良いから、機材を使わせてもらっ…フフ… 使わせてもらったんだけどさ?」


(…やっぱ只の変人だろこの人。)

(おいおい。初めて見るぞこの人の爆笑。)

(僕の髪の毛ってそんなに面白いのかな…。)



 本田はその日の事を回想した。


 しっかりと保管されたオルカの髪の毛を持ち出身校を訪れた本田は、教授と挨拶を済ませると早速オルカの髪の毛の成分を調べた。


 通常ならば日本人の髪は80~90%がケラチンタンパクというタンパク質で出来ている。

タンパク質は多種のアミノ酸によって構成されていて、タンパク質だけでも物凄い種類が存在しているのだが、今回は髪の毛なので、元素で表すと、H(水素)、C(炭素)、O(酸素)、N(窒素)、S(硫黄)で出来ていると予測された。


 他の研究員も居る中、本田はじっと機械の前に佇み、答えが出るのを待った。



ピー!



 鑑定終了の音に、早速データを見てみると…



『……『C』。』



 たった一文字の鑑定結果に、本田はパチパチと瞬きをした。



『……『C』。 …炭素…  …のみ?』



 先にも述べているが、人体もちゃぶ台も空気も、様々な元素の結合によって成り立っている。

故に、『Cのみ』という検証結果は、本来ならば絶対にあり得ないのだ。



『……あれぇ…? …うーん…と。……』



 これには本田も腕を組み『うーん』と声に出てしまった。

『UNKNOWNからあり得なかったけど、更にあり得ない結果が出てしまったぞ?』と、リアクションに困っているとも言える。



『……C。…炭素。……

現在までに炭素一つだけで構成される物質は一つしか発見されていない。』



 それは、ダイヤモンドだ。

そして更に、門松から聞いていたオルカのフルネームは……



『……オルカ・『C』・『ダイア』。』



 脳内でこの繋がりが生まれた瞬間、本田の口から勝手に笑いが飛び出した。



『…ふふ。…フフ…フフフフフフフフフ…?

…うそ。…え。…ダイアとか。…フフフッ!

こんな…フフ!

…ダイヤモンド…炭素一つ…フフフフフフ!

こ…こんなに笑ったの、メイちゃんが2才の時に台所の醤油を悪戯して台所の全てがしっちゃかめっちゃかになった時以来だ…!』



 ギャラリーが『💧?』と遠巻きに窺う中、本田は何分も笑い続けた。




「……って感じだったものだから。

なんだかその時の笑いが…フッ!…甦っちゃって。

ごめんね話の途中なのに。」


「いやもうなんか、……慣れました。」


「柳💢!!?」


「でさオルカ君。

俺なりにね?、君を絵に書いてみたの。」


「……え💧?」



 タブレットのギャラリーを開いた本田。

その絵を見た途端オルカは首を傾げ、柳は思わず吹き出すように爆笑した。



「ギャーッハハハッ!?、な、なにこれ(笑)!?

ピカピカの…なに(笑)!?」


「いい反応だね柳。

これはね『俺の思うオルカ君』。

全身ピカピカの宝石で出来てるの。」


「……あの~、兄貴💧?

絵は、まあ、…面白いんだが、なんでまたこんなの書いてんです。

…『ピカピカの宝石人間がオルカ』…って。

フフ!、…面白いですけど失礼ですよ。」



 柳の爆笑と門松の呆れの中、苦笑いするオルカと本田はしっかりと目を合わせた。



「だって君、炭素で出来てるんだもん。」


「…… え…?」


「…ハ?」


「へ?、……炭素??」


「そう。…君の検証結果はね、オルカ君。

『純正な炭素』だったんだ。」


「…………」



 目を大きく開けたオルカ。

 門松は『待ってください』と待ったをかけた。

二人とも頭が良いので、髪の毛の成分が炭素のみなんてあり得ないのを知っているのだ。



「流石にそんな筈がないでしょう!」


「少なくとも、髪の毛はそうだったよ?」


「…いや、……流石に笑えないですって。」


「ねえオルカ君。」


「……はい。」


「君は、炭素単体で成り立つ物質を知っている?」


「…!」 「!」



 オルカと門松が固まる中、柳は話に付いていけず『なんなんすか!』と二人を問い質した。

すると門松が、首をカシカシと掻きながら小さく答えた。



「……ダイヤモンド。」


「!!」


「これで、この絵に納得した?」


「……」


「君はねオルカ君。

…ダイヤモンドで出来ているのに、紅茶を飲むし、喋るし、涙も生成できる。

更にはあり得ないことに成長までする…我々人類からすれば、未知の生命体なの。」



『王族は髪の毛一本に至るまで全てが特別だ』


『カファロベアロは全てが石で出来た世界』



「君の正体はダイヤモンド。

…実に興味深いよね。」



……僕は本当に、…何者なんだ。



バンッ!!!



「!」



 淡々と突き付けられた真実に闇に落ちかけていたオルカの心は、門松が立てた大きな音で遮られ、帰ってきた。


ハッと顔を上げると、今まで見たことがない程に怒った目をした門松が、ちゃぶ台にゴツイ手を乗せていた。



「…流石に、言い方ってモンがあるでしょ。」



 隣を見てみれば、不快を露にした柳の顔が。

二人とも本当に怒って見えた。

本当に今までに見たことが無い、鋭いオーラを本田に向けていた。



「…あのさあ本田さん。

アンタには一目置いてますがね、…はは。

どうなんすかねその、…学者みてえな薄ら笑いと学術的な論破は。」


「……おやあ。二人が敵になってしまった?」


「ふざけないで下さいよ。

…言っときますけどね、こいつが多分人間じゃないだろうことなんか!、俺らとっくに了解済みなんですよッ!?」



バンッ!!!



 柳は両手をちゃぶ台に勢いよく叩き付け、「来い!!」とオルカに命令した。

オルカは余りの柳の形相に、思わず立ち上がってしまった。



「体が、髪が何で出来てようが!?

こいつは腹減ればグー鳴るし具合悪けりゃ吐いちまうんだよッ!?

ちゃんと血だって赤くてな!?、心ってモンがあんだよッ!!!

それ…を!?、他人事だからって軽はずみに傷付けて!?、大層面白い絵まで書いてよ!?」



『人じゃねえのはどっちだよ!!』

 そう吐き捨てると、柳はオルカの腕を掴み強引に外に連れ出してしまった。


 残された門松は溜め息を溢し、『やりすぎです』と本田と向き合った。



「柳の言う通りです。

悪気はないにせよ、……あんまりです。」


「うーん。…そうか。

なんかごめんね門松?」


「いえ。…兄貴の気持ちは分かっているつもりです。『お前らの手にはおえないよ』と、改めて突き付けた上で、俺らの覚悟を見定めようとされたんですよね?」



 本田は苦笑いしながら足を崩し、『流石だね?』と、今度は本当に門松を褒めた。


門松は『分かりますよ』と、同じように苦笑いした。



「柳のこと、悪く思わないで下さい。

あいつオルカのこと、本当に可愛がってて。」


「いいもの見れたよ。」


「…兄貴~💧?」


「いや、からかってるんでなくてね?

…お前にしか心見せなかったあいつがねえ?

…って、感慨深くて。」


「……」



 本田は暫くじっと宙を見つめると、ふとタブレットを操作した。



「…さて。カファロベアロという世界について。」


「……」


「分かってること全部教えて。

事細かく、一言一句丸写しするレベルでね。」


「…協力、して下さるんですか?」



 本田は微かに微笑み、『今暇なんだ?』とおちゃらけた。

門松もこれには笑ってしまった。



「三ヶ月の定年退職で…(笑)?」


「そう。…だから協力出来ても三ヶ月まで。

…まあ、俺も異次元にトライするのは初めてだから、力になれるかは怪しいけどね。

……家に居られて、目覚ましが鳴らなくて。

家族とも好きなだけ話せて、とても幸福だけど。

…どうもね、一日が長くてさ?」


「…やっぱ違いますか?」


「うん。お前もきっと驚くよ?

働くって…こんなにも自分にとって大きな存在だったのか。…って。」


「……」


「幸子には本当に感謝してる。

…イケメン好きなのに、こんな俺を選んでくれたこと。それに何度も不妊治療に挑んでくれて。

メイちゃんと幸子が居なかったらね、多分俺、ダメになっていた気がする。」


「……」


「こんな俺にだってさ?、あんな素敵な人が嫁いでくれたんだ。

悪いことは言わない。

決してその辺のことを否定せず拒否せず居な?

自分を誰より幸せにしてあげること。

…結局それがね?、世界を綺麗にしていくんだよ?」


「…え?」



 最後の言葉の意味が分からず目を細めると、本田はクスクスと笑った。



「俺の大切な人の言葉の受け売り。」


「…へえ。面白い人ですね。

というか本田さんにもそんな方が。」


「言うならば……唯一神、かな。」


「…珍し(笑)」



 本田はまたクスッと笑い、左手首にそっと右手を乗せた。

シャツの袖の下には、細いブレスレットが着けられていた。



「……金の龍よ。大いなる加護を授けたまえ。」


「!、…金の龍??」


「ふふ。これはおまじないだよ?

困難に立ち向かう時に口にするとね、なんとなく勇気とか、『絶対に大丈夫』って己を信じる事が出来るんだ?」


「へえ!、また意外ですよ。」



『だろうね?』と、本田は笑った。

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