第75話 お礼が言いたい

「ああムカツクッ!!!」



 一方、家を飛び出した柳は大荒れだった。

車にオルカを乗せるなり勢いよく発進し、運転しながら『ムカツクッ!』『イライラする!』『なんなんだあの人マジで💢!?』と悪態を吐き続けていた。


 オルカはというと、柳がこうして怒ってくれたお陰でダメージは少なかった。

むしろ、ほぼゼロな程だ。



(優しいなあ柳さんに門松さん。

…僕がダイヤモンド人間だと分かっても、以前と全く変わりない。

…始めっから人間と思われてないとも言えるけど。……ふふ!)


「お前も言われっぱで黙ってんじゃねえよ!?

腹立たねえのかよダイヤモンド人間💢!?」


「アハハハ!」



『二人が自分を受け入れてくれている』。

 それだけでもう充分だった。

自分が人と違うなんていうのは…、オルカからすればもう慣れっこの感覚だったし、今さらどうってことなく感じられた。


それも全て、きっと、あの瞬間に門松が手を振り落とし、柳が『来い!!』と自分を守ってくれたからなんだろうと思った。


 オルカはギイギイと怒る柳にクスクス笑うと、ふと道の先を見つめた。



「…なんでか今、思い出しました。」


「ハ!?、なにいつのこと!?」


「……初めてトンボを見た日です。」


「…!」



 柳はふっと怒りを収め、隣で穏やかに笑うオルカをチラッと盗み見た。



「…なんで今だよ。」


「さあ分かりません。

…けど、あの日は本当に特別な日です。」


「……」


「僕の夢が叶った……その瞬間でしたから。」


「…丁度三年前か。

お前が門松さん家に間借りして…。

…ロバートっちからのプレゼントを開けて。」


「ええ。…何処に行くにも持ち歩いてましたっけ。

…心細かったのかな?、やっぱり。」


「……安心毛布じゃん(笑)?」


「あはは!、…本当ですね?」



キイ…



 車はとある公園で止まった。

その公園こそ、今二人が話していた『トンボを見た』場所だった。


鉄棒とブランコ程度しか子供の遊具のない、まあまあ広いがかなりさっぱりとした公園だ。

昼には誰かがベンチで心行くままに座っているような、とても静かで時間の流れが遅い公園だった。


 柳は車を下りると伸びをし、ニマつきながら公園のベンチを指差した。

オルカも微笑み、三年前と同じようにベンチに腰かけた。



「…ここで、こうやって化石を持っていて。」


「そうそう。…確か、昼焼き肉した帰り道で、お前が車に酔って止めたんだよな?」


「そうです。…で、ここに座って化石を眺めていたら、門松さんが……」



『それ、何の化石なんだ?』


『ロバートさんが言うには、トンボだそうです。』


『……へえ。…デケーな。』


『…大きい…んですか?』


『……普通に見てデカイじゃん。』


『そう…なんでしょうか。』



「あの頃僕は、トンボの生きている姿を知らなくて。」


「植物もなー。

…その辺にあんのに(笑)!」


「ふふっ!、今思えば可笑しいですね?

…僕が化石を見ながら『いつか生きているトンボを見るのが夢なんです』って、言ったんですよね?」


「そ。トンボだけじゃなく、化石となってしまった生物達の生前の姿、つまり生きている姿を見るのが夢だった。…って。

俺が詳細を聞いたら、カンガルーや花や木、それに虫。全部だ。って。」



 それを聞いた二人はキョトンと首を傾げた。

そして門松は辺りをキョロキョロし、『ほら?』と空を指差した。



『…ほら?、オルカ?』


『…?』


『あれ。トンボ。』


『…… え!?』


『アキアカネだ。』


『な!?、あ、あれがトンボだったんですか!?』



 何度も見ていた『空を飛ぶ何か』がまさかトンボだとは思わず、オルカは驚愕しながら立ち上がった。


柳は『うーん?』と思考し、ハッと気付いた。



『ああそうか!、お前はマジで人間以外の生物を見たことがないから!!

たから本物見ても分からないのか!!』


『…ああそっかあ!?』



 門松も『盲点だった!』とケラケラ笑い、気持ちのいい秋の風の中、公園の大きな木の元へとオルカを誘った。



『これが土。』


『…え!?、この…何処にでもある茶色いのが!?』


『おう!、…んでこれが、草。』


『ええ!?、何の草なんですか!?』


『ええ…っと、……何だろ。…雑草💧?

すまんな植物は本当に多くてな。

土手とかに生えてたり、こうやって未整備の土に生えるのは『雑草』って公称で呼ばれてるんだ。』


『わあっ!!』


『…おいオルカ!、あれ見てみろ!?』


『どれですか柳さん!?』


『今ほら、道路走ってる茶色の!!

あれ猫だぜ!?』


『ええええ!?』



「お前のあの…前のめりな姿勢ったら(笑)!」


「む。仕方ないじゃないですか。」



『……見てろ?』



 門松はふと指を立てた。

オルカが首を傾げる中、柳が『んな古典的な』と呆れる中、じっとしていると……



……ふわ!



 トンボが門松の指に止まった。

柳が『ウソだろマジなのこの人マジでウケんだけど大好き💖!?』…と口を塞ぐ前で、門松はゆっくりとオルカにトンボを見せた。



『わあ…すごい。……赤い。…キレイ。』


『…夢、叶ったな?』


『!』


『お前の夢は、…ちゃーんと叶っていくからな?』



 大きくなったオルカの瞳。


 トンボはすぐに飛び去ってしまったが、オルカには何よりも門松の優しい笑顔と言葉がまるで写真のように脳裏に張り付いた。



「……懐かしいな。」


「はい。

…柳さん、水族館に連れてってくれましたよね?」


「あったなー。

…実は俺も初めてだったんだよ。」


「…え!?」



 柳は笑い、オルカの隣に腰かけた。


少し風は肌寒かったが、太陽の光が温かく、なんとも気持ちよかった。



「……俺なー、本当は何も知らねえんだ?」


「…え?」


「高校ん時から。…普通の生活なんて、不思議な程に送ってこなかった。

…妹が亡くなった直後の高校入学でさ?

両親の溝はどんどん深くなってって。

…二年後には離婚して、家事やることになって。」


「………」


「……卒業式で、親父は死ぬし。」


「!!」



タンスの上の…あの写真……



「なんかそっからはもう、…ほんとバタバタで。

バカやった時期もあったし、…てかその所為で死にかけたし。」


「………」


「…母親は俺の所為で再婚相手と離婚するし。

もう、…人生は七転八倒だのっていうけどさ?

九転十転じゃんて。

…本当に生きている意味も価値も、何一つ無い人間なんだって、…思い込んで。」


「……」


「…でもさ?、ボッコボコにされて入院したあの時、…思い出したんだ。…あの小さな紙切れを。」



『いつでも俺は救われてきた』ってこと。

『いつだって助けてくれる人が居た』ってこと。



「それが、……門松さん。」


「!!」



 柳はニッと笑い、警察手帳を取り出した。

彼はその中から茶色く褪せた紙を取り出し、オルカに渡した。


何かと見てみると、『門松』という文字と電話番号が。



「……これ…。」


「親父が死んだ時に、門松さんがくれたんだ。」


「!」


「お前と同じ。18ん時。

…卒業式終えてな?、親父と写真を撮った。

んで校内歩いて帰ろうとしてた時……

…車が突っ込んできて。」


「っ…」


「親父とクラスメイト三人と、保護者。

犠牲者は五人だった。

…運転していたのは87才のじいさんで。」


「……っ、」


「…なーんも。……

真っ白な俺に、葬儀に関しての相談所を教えてくれて、あったかいコーヒーいれてくれたのが…

門松さんだったんだ。」



 なんという因果なのかとオルカは思った。

それに、柳がそんなに重い過去を背負っていたなんて。

『妹が三才で亡くなっちゃってさ?』の、その続きが余りにも哀れに感じた。

…本当に、胸が痛んだ。


 柳は微笑みながら話し、まだまだあるぞ?と笑った。



「親父の葬儀ではストレスで気絶するし。

病んでた…んだろうな?

葬儀を終えた後、仏壇の前で眠り続けて。

母親が警察呼んで鍵壊して、入院。

意識のないまま病院を抜け出し徘徊!

…んで、車に轢かれかけた。」


「…ひか…轢かれは…しなかったんですね…?」


「ギリギリだったらしい。

…でもな多分な、俺、分かってたんじゃねえかな?

『またあの人に助けてほしかったのかな』って。」


「…え?」


「意識ないまま徘徊した俺を、道路に飛び出した俺を轢きかけたの、門松さんなんだ。」


「ええ!?」



 思わず立ち上がってしまったオルカ。

柳はクスクス笑い、『すげーだろ?』と何故かドヤ顔だ。



「運命だろ?」


「…確かに!」


「でもな結局な、俺はどっか立ち直れなくて。

荒れてさ。…所謂喧嘩ヤローになって。」


「……一人暮らしのまま、ですか?」


「いんや?、言ったろ母親が俺の所為で再婚相手と…って。…お袋、親父の死後俺を支えるって家に戻ったんだよ。

で、再婚相手は『フザケんな』と。

…でも譲らず、『私は楓を支えたい』って。

…そのまま離婚で、俺を支えてくれた。」


「……」


「…だからどんなに荒れても、お袋は大切にしてた。

まあそのツケっつーか?、空気の読めなさというか、俺の我の強さが原因で、……リンチされて。」


「えええ!?」


「火をつけられそうになってたんだとよ?」


「の、呑気ですね柳さん。」


「だって、俺が本当にマズクなったら?」


「…!  …まさか。」



 柳はフッと笑い、「そ!」と古い紙を警察手帳にしまった。



「俺がまずい時、必ずヒーローは現れる。」


「…まさ…か!?」


「門松さんが、ライター掴んで止めてくれて。」


「ウソでしょ!?」


「まーじー💖!、…ヤベーだろ?」


「……もう因果というか、…運命ですよ!!」


「だっろ~♪?」



 柳はケタケタと笑うと、スッと遠くを見つめた。

 オルカは『信じられない』『凄すぎる』とドキドキ鳴る鼓動に胸を押さえつつ、また座った。



「…俺、計算早いだろ?」


「あ、はい。

数学よく教えてくれますもんね?」


「うん。…本当は大嫌いだったんだよ数字。」


「…え?」


「…また門松さんに救われたんだと知った、あの大怪我で入院した時、気付いたんだ。

『俺はまだこの人にお礼が言えてない』って。

…親父の葬儀後、お袋に『いつかお礼がしたいな』って言ったのに、実行してないって。」


「……」


「だから決めたんだ。『お礼を言おう』って。

…そしてどうせ言うんなら、最高にあの人を喜ばせなきゃ意味がないって思った。」



 だから柳は警察官を目指した。

頑張って勉強して警察官になって、そして横浜本署の刑事となって…、同じ警察官となって門松にお礼を言おうと決めたのだ。


『あなたのお陰でこうして定職にも就けました。

全てはあなたが繋いでくれた命のお陰です。

本当にありがとう御座いました』と。



「そんであの人の隣に並び立てる位の、凄い男になってやる。…って。」


(……可愛い。)


「…で、今こうしてるっ!」



 ニカッと恥ずかしそうに笑った柳の顔に、何故かオルカはグッときてしまった。

急に熱くなった目頭に焦っていると、柳はボーッと空を眺めた。

とても綺麗な秋晴れだった。



「…人はさオルカ。

些細な事で死ぬし、微細な違いで争う。」


「~~っ、」


「でもさ、…やっぱ、……スゲーんだよ。」


「っ、……はい。」


「…お前のこの三年間も。」


「!」


「どんだけこっちの世界での人生が長引くかは分からない。…けど、それらは絶対、絶対に無駄になんてならないから。」


「っ、…はい。」



僕は本当についている。



「最後に答えを出すのはお前しかいないんだ。

『これで良かったんだ』と思えるか。

…それは本当に、お前の中にしかないから。」



『なぜ?』と疑問だらけだった僕の人生。

他人任せだった僕の思考。


その先で出会った人達は、僕に『本当の生き方』というものを教えてくれた。



「…いつかちゃんと、ちゃんとお礼が言いたい。」


「?」


「僕もいつか。全てを解決させて。

柳さんと門松さんに、お礼が言いたいです。」


「!」


「……いつかの、柳さんのように。」



…その為にも。答えを導かないと。


例え、カファロベアロが存在せずとも。



 柳は耳を赤くしてプイッと横を向き、『待っててやるよ』と小さく呟いた。

オルカは『はい!』と元気に答え…



グーー!



「…… お腹空きました💧」


「ぷっ!?、あはははっ!!

よーし。んじゃメシにすっか!」


「はい!」



 人間らしく、お腹を鳴らした。


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