第76話 何かを失うのは
本田の襲来から二日、早朝。
「ほら柳起きな。今日非番でしょ?」
「…んー💢!!」
「ったく。……じゃあいいやお前は。
オルカ君?、実験するから外に行こう。
持ち物はスイッチと、…そうだな。ガスコンロを」
「待てゴルアッ💢!?」
本田は居座っていた。
門松からカファロベアロについて、オルカの人生について詳しく聞いた本田は、『これは本当に参ったな』と目を細めた。
『カファロベアロは完全に別世界だ』と結論付けた故の焦りと困惑だ。
だがやはり本田。『実に面白いね』と現実を受け入れ早速考察に入った。
門松が『実は最近柳が本格的に検証してたようで』と告げると、本田はそのデータを送るように柳にメッセージを送った。
柳はそのメッセージを敢えて無視し、オルカとご飯を楽しみ学校に送ると、そのまま署に戻った。
だが夜にオルカからメッセージが入り見てみると、本田が未だに門松の家に居る画像で、『道理で門松さんが戻らねえわけだアンチクショウ💢!?』…と仕事を切り上げ門松の家に向かった。
『だってお前が無視するから。
少し脅してやらなきゃダメかなって?』
『ハッキリ言いやがったな💢!?』
こうして本田が協力者となった事を知った柳。
『それに関しては心強いな』とは素直に思ったのだが……
『…うん。結論を言ってもいいかな?』
『兄貴?』 『?』 『なんすか結論て。』
『……ねえオルカ君。
多分、恐らく…君は『完成してる』。』
『…?』
『でね、コアって恐らくこちらで言うところの人工頭脳、つまりAIだと思うんだよね。』
『…え!?』
『だからリンクが不安定なんだよ。
コアのAIが明らかに邪魔をしてるじゃない。
…君もコアの意思を不気味に感じたよね?
ギルト氏を呪い殺そうとするとかさ。……
最新かつ奇跡的な力かと思えばなんて幼稚で前時代的なのか。…気色悪いでしょう?』
『え!?…と💧』
『だから、……コアのAIを壊しなさい。』
『え!?』 『ハ…!?』 『…兄貴?』
『壊してしまいなさいオルカ君。
そうじゃなきゃ君は』
フッ…
『!?』
突然全ての音が世界から消え、オルカは大きく目を開けた。
今さっきまで聞こえていた筈の本田の声も、自分の鼓動も、何も聞こえなくなったのだ。
オルカは焦り『耳が聞こえなくなった!』と慌てて紙に書いた。
それを見た柳と門松は『ええ!?』と慌ててオルカを気遣ったが、本田は『へえ?』と目を細めキッチンに。
シャン……
そして包丁を取り出し、パニック状態の、何も聞こえていないオルカの後ろに立った。
『丁度いいや。…好都合。』
『!』 『…兄貴?』
『ダイヤモンドは鉄より硬い。』
『……な…』 『兄貴?』
『そのままあっちを向かせてて門松。』
『…ちょ、…何する気すか。』
『別に? 検証だよ。』
『ツ…!?』 『な…!?』
ビュン!! …ピタ!
本田の振り下ろした包丁は、反射的にオルカを庇った門松の腕の…本当に寸前で止まった。
柳は『何考えてんだアンタ!?』…とマジギレしたが、本田は特に変化のない自分とオルカの様子に『ダメか。』…と呟いた。
『この世界に彼を導いたのは間違いなく法石…いや、コア?だから、オルカ君が命の危機に曝されたら強制的に帰還させるかなと思ったんだけどね。』
『……』 『……』
『それとギルト氏と同じように『王を害する者として法石が攻撃してくるか』が気になってたんだけど、…うーん。何も起きなかったね。
……殺意が足りなかったかな。
結構本気で向けたつもりなんだけど。
…いや、だったらギルト氏が幼いオルカを手にかけようとした瞬間に何かが起きてた筈か。
…では何故、例の大災害…じゃなかった、大崩壊の時に急に呪いが発動したのか。』
『……』 『……』
『…でもオルカ君の耳は急に聞こえなくなった。
つまりは『コアにとって都合が悪い発言を俺がした』という事になる。
…『王の聴力は奪う癖に俺には何もしない』。
…何故だろう。普通に考えて王を攻撃するより俺を攻撃した方が合理じゃない?』
『……』 『……』
『案外コアにはルールがあって、カファロベアロ以外のものへの干渉は禁止されていたり?
…はたまた、実は干渉できなかったり?』
『……』 『……』
『……ああそうだ。俺暫くここ泊まるから。』
『…は?』 『…え?』
『幸子とメイちゃんには帰ってもらった。
時間の許す限り君に付き合うよ、オルカ君?』
にっこりと笑い、未だに耳が聞こえぬオルカの背をポンとした本田。
柳はこの日からずっと、門松の家に泊まり続けている。
理由は簡単、『見張るため』だ。
「非番の日くらい寝かせろよ💢!?
あとガスコンロなんざどうするつもりだ!?
今度はオルカの目ぇ見えなくなったらどう落とし前付けるつもりなんだアンタはよ💢!?」
「あのねえ、俺が彼の聴力を奪ったんじゃないでしょ?
それにもう回復したじゃないの。」
「信用ならない!!
とにかくほんとに…本当に腹持ちならない💢!」
「……お前って、本当に可愛いね?」
「知るかアッ!!!」
オルカは事ある毎に衝突する柳と本田に苦笑いはすれども、実は本田を警戒してはいなかった。
むしろ『二人とは着目点が違って面白いな』と思っている程だ。
柳も門松も基本はいつも仕事に出ている。
自分もバイトと塾と学校でそれなりに忙しくしているが、今は本田と一番多く過ごしていたので、そのせいかもしれない。
「さて、…色々と分かってきたね。
そろそろ少し纏めようか。」
「はい。」
「……朝飯の後でよくないすか💢?」
「俺は朝食の前が捗るの。」
「…あ、そっすか。」(💢)
こんな本田だが、そのリサーチ力はやはり郡を抜いていた。
門松が既に出勤した部屋で、本田はタブレットを開いた。
「先ず『実は名字持ちは四家ではなく五家だった』。
…これは面白い発見だったね?」
「そうですね僕も驚きました。」
「記憶で見たんだよな?
お前のダイア家。ジルイル姉妹のサファイア家。ギルトのフローライト家。茂のコランダム家。
そして、遠い昔にコランダム家に嫁いで消失した…『アレキサンドライト家』。」
「もしかしたらもっと一杯あったのかもね?
女児一人しか授からず、婿養子を採用しないとこっちと同じように家が終わるって、…面白い。
一般的な家系文化と同じじゃないコレ。」
『アレキサンドライト』という物をオルカは知っていた。
実際に宝石で存在していたからだ。
「アレキサンドライトはクリソベリルの変種で、太陽光下と人工の光の下とで色が変わるんです。」
「……君もあっちでは太陽の光で髪が光っていたんだよね?」
「ええ。」
「この妙な共通点。……萌えるね。」
「そっすかヨカッタすねはい次!」
次に、リンクには種類があることが分かった。
オルカが認識したのは主に三種類だそうだ。
「色というか匂いというか…、あくまで感覚なんですが、違うんです。
一度だけした母とのリンクは、まるで春の温かい太陽のような感覚で。
ですが対極的に、ギルトさんを呪おうとしたあの感覚は…悪夢のような、闇のような黒い感覚で。
そしてネットを使って物を調べるような、何もない透明な感覚。
この三つを今は認識出来てます。」
「…耳が聞こえなくなった時、黒い感覚はあった?」
「いえ。そもそもリンクした感覚は無かったです。」
「…確かに髪は光ってなかったね。
…ネットで例えるならば、リンクは回線なのかな。
検索エンジンがコア。……
君は王家の人間だから、ある種ではコアと一心同体とも言えるんじゃないかな?
だとしたならば、…ギルト氏事件でのリンクは回線の逆流…と呼べるのかもしれない。」
「…… ああ!、つまり『オルカからコアへ』が通常のリンクなのに、『コアからオルカへ』のリンクが起きたと!」
「そうそう。…物騒な言い方をするなら、ハッキングとも取れる現象な気がするけどね。」
他にも多くの事が明らかとなった。
コアの時計の針が現在は一番上で…こちらの時計でいうところの12時で停止している事や、歴代の女王は11人居て、オルカは12人目だという事。
そして本田が何よりも興味を持ったのが、『オーストラリア』と、『ギルトを呪おうとしたコアの言葉』と推測される声だった。
「現在のミストに囲まれたオーストラリア大陸が、カファロベアロの世界地図とほぼ合致。 ってさ、笑えないよね本当。 フフフフフ。」
「いや笑ってんじゃないすか。」
「…『未完成な私の破壊は大罪』…か。
この言葉を信じるのなら、ギルト氏が殺害されかけた理由が『王の殺害』と断定しきれなくなるよね。
…その『私』とは何を差しているのか。
『未完成な私』とは、…一体何を差して。」
「僕にも本当に意味が分からなかった言葉です。
…もし『私』が僕の母さんだとしたなら、直後に起きた母とのリンクに納得がいかないというか。」
「…それが本当にコアの言葉だと仮定したらさ?
『コアは未完成だった』って事になる上に、『破壊された』もしくは『破壊されかけた』と言える。
…でもギルトはコアには手を出してない。
てか、コアの姿がちゃんと見えるのはお前ら王族だけで、その他は見えないんだべ?」
「そう聞きました。
ただの大きな光の塊に見えるそうです。」
「…むしろ、『王=コア』と考えざるを得ない、その証拠となりえる発言だよね?
…例えば、君たちダイア家の人間は、コアにとっては大切な一つの歯車だった。 …とか。」
「……」 「…歯車。」
「歯車は時計の重大なピース。
…時計とは面白いよね?
時の流れとは本来は一方通行だけれども、それは見方を変えれば何に見える?」
「…?」
「……タイムリミット。」
「おお冴えてるね柳。
…そう。もし終点を決めた場合、時計とは時の満ち欠けを可視化させる為の道具へと変わる。
…授業中にトイレに行きたくなったなら、授業が終わる時間が待ち遠しくなる。
『今か今かと時が満ちるのを待つ』。
逆に後がなかったりすると、時は減っていく…欠けていく物へと変わる。
…時限爆弾なんか分かりやすいかな?
あとは家を出なきゃいけない時間とか。」
「…… ああ!」
「おっ、凄いねオルカ君分かった?
…時の使い方は様々だ。
『時が満ちていく』と感じるか。
はたまた『欠けていく』と感じるか。
…それは、それぞれが思う終点で決まる。」
「……」 「……」
「そして、ユニークだよね?
コアはちゃんとした時計の形をしているのに、カファロベアロに普及していた時計は、正直時計と呼べるような代物ではない。」
「…!」 「…確かに。」
「まるでそれは『本来そこに時の流れなど無い』…という、何かからのメッセージに感じるよ。」
門松は家に帰る度に本田から検証の報告を受けた。そしてその度になんとも言えない気持ちにさせられた。
まだ彼は心の整理がついていないのだ。
そして数日後本田は帰っていった。
『流石に家族が心配だから』と。
そんなある日の夜だった。
「…もう日付変更しちまったか。
流石に寝てるなこりゃ。」
カチャン…
「…ただいま。」
「あ。お帰りなさい門松さん。」
「…!」
こうして帰りが遅くともいくら眠くても、最近は必ず自分を待っているオルカ。
その健気な姿勢は、余りにも可愛かった。
「…驚いた。…寝ていいんだぞ本当に💧」
「いえ平気です。
…もう眠られますか?」
「おうメシはもう食ったから。」
「じゃあお湯沸かします。
…すぐなので待ってて下さい?」
「ん。ありがとな?」
何故オルカが必ず起きて待っているようになったのかの理由を、門松は察していた。
『いつまでもこの世界に居られる訳ではないのだ』と、オルカがカファロベアロへの帰還をしっかりと意識しているからだろうと。
きっと、毎日の一瞬を大切にしているのだろう。
「……」
その証拠に、オルカは塾に通うのを止めてしまった。
バイトも減らした。
それらは全て門松の予測通り、準備だった。
この世界に留まらないという、オルカの意思だった。
『オルカのためじゃないでしょ。』
『自分のためでしょ。』
何度も響く柳の言葉を受け入れようと努力するのに、なかなか心の整理が追い付かなかった。
『帰れるといいな』と応援する気持ちと、『ここに居ればいいだろ』と引き止める気持ちは全く同じ質量で、日に日にどちらも増加していく気がした。
「お風呂沸きましたよ門松さん。」
「……」
「…門松さん?」
そして、本田が帰り数日経ったこの日。
門松はポツリと溢した。
「…茂の気持ち、俺にも分かるよ。」
「……え?」
門松はそれだけ言うと、オルカの頭をポンとして風呂に行ってしまった。
オルカは何故か暫しポーッとしてしまって、数秒後にハッと我に返った。
「…茂さんの…気持ち。」
オルカは、茂がヤマトに特別な感情を寄せている事に気付いていた。
自分に向けるものとヤマトに向けるものの微細な、だが確かな違いを感じていたのだ。
「っ、……~~!」
途端に顔が熱くなり、パタパタと手で扇いでしまった。
「な、なに考えてるんだ僕は。
…保護者的立場のソレなんだから。」
そしてこの更に数日後。
ついに門松は自分の想いに決別すべく、行動を起こした。
そして行動を起こしたのは、本田も同じだった。
「…ミストに囲まれたオーストラリア大陸が、カファロベアロの世界地図と合致。 ……
12人目の王。…12時で止まった針。
特別な王族。…ミストの発生は11~12年前。」
もしかしたらもう、時間が無いのかもしれない。
「……地球の次元で考えてはいけない。
オーストラリアとカファロベアロの共通点を無視することは出来ない。絶対に。」
深夜、本田はスマホを手に取り電話をかけた。
相手はすぐに電話に出た。
「お久しぶりですね御当主。」
『ええお久しぶりです。』
「…どうですか最近は?
オーストラリア渡航は可能ですか?」
『正直可能は可能だよ?
けどね大使館も撤収だし、行くなら完全に自己責任の諸費用全部ポケットマネー持ち。
…何より花丘だの総理だのが煩くて。
『何かあったらどうするんです!?』
『本当に命の保証は無いんですよ!?』ってさ。
…そんなん車の運転と同じだろっての。』
「フフフ!、…相変わらず…フ!…面白いですねぇ?」
『特に総理には困ってるよ。
『国は本当に本当に何の保証も出来ないんですよ!?』『私的にもほんと、ほんと困る!!』
…知らないってんだよ本当に。』
「うふふふふふふふふ…♪」
電話相手の愚痴を爆笑しながら暫く聞くと、本田は『実はですね?』と書斎の椅子に深く腰かけた。
「オーストラリアの現状について。
実にユニークな情報を入手しましてね?」
電話先の男性は目を細め、トントンと指先でデスクを叩いた。
その指の先には、オーストラリアの地図が。
「『ユニークな情報』?」
『ええ。もしも興味がおありなのでしたら』
「君はソレをどう思ったの。」
本田はクスリと笑い、『申し上げましたでしょう?』とタブレットのデータを見つめた。
「『とてもユニーク』ですよ?」
『…分かりました。誰からの情報です?』
「そうですね。彼にコンタクトを取りたければ、横浜本署の柳楓という警部補に先にアポを。」
『え、横浜本署?
…君は小田原本署でしょ?』
「まあ成り行きというか、…縁ですよ。」
『…ふーん?、横浜本署のヤナギカエデね。
で、電話番号は?、あと、話の概要も。』
「いえ。概要はどうぞ直接聞いてください?」
本田は椅子をクルクルと回し、含んだ声でそう告げた。
男性は眉を寄せ『なんだ?、やたら楽しそうだな』と本田の様子に違和感を感じた。
「貴方の見解が私の見解と一致するか。
実に興味深い検証となりそうです。」
『…僕に君程の知識は無い。
まっ、精々期待せずに待っていなさい?』
男性の返答に満足そうに微笑むと、本田は柳の番号を男性に渡した。
『ありがとう。…それじゃあね?』
「…御当主。」
『…なんです?』
「彼は、……きっと生きます。」
『……』
男性は本田の言葉に微かに口を開くと、膝に腕を乗せぐっと前のめりに項垂れた。
「…面白いこと言うね本田。
『きっと生きます』…ときますか。
『生きています』ではなく、『生きます』と。
…希望予測的発言はしない方だと思っていましたが。」
『ええ。』
「!」
『希望予測的発言をしない男が『生きていく』と断言し肯定した…?』
そう目を大きく開けた男性に、本田は続けた。
「『時さえ操る超次元的存在が居たとして。
案外にもそれは我々と同じ容姿をし、そして案外にも純粋かもしれない』。」
『…………』
「…『もし明日未来が変わったとしても。
我々は何も失わない。
…何かを失うのは明日以降を生きた者だけ』。」
『…………』
電話を切った男性は訝しげにじっと思考し、メモに書いた柳の番号を見つめた。
じっと、じっとその番号と睨めっこすると、彼は不意にパチンと指を鳴らした。
「加藤!」
暫くするとコンコンとノックが鳴り、『呼びました?』と男性が入室した。
とても背の高いスラッとしたスタイルで、綺麗なつり目でかなり美形なモデルでもやっていそうな30代と思われる男性だった。
「『横浜本署のヤナギカエデ』。」
「…柳?」
「彼のデータを明日中に纏めて下さい。」
「…了解です。」
加藤は少々首を傾げつつ退室した。
男性はすぐにバサッとジャケットを脱ぎその辺に放り、慣れた手付きでタイを弛めた。
「……蛇が出ようが構わないよ。
それで君達を取り戻せるのなら。」
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