第77話 石で出来た世界

カサ…



「…ポイントの一つになっているのは『石』。

ダイヤモンド、サファイア、フローライト、コランダム、アレクサン… …なんだっけ?

ああ、アレキサンドライト。

この五つについて専門家に詳しく訊いてみるか。」



 忙しい仕事の合間、門松はありとあらゆる疑問を解明すべく専門家に調査や講義を依頼した。

彼は刑事事件の捜査によく専門家に助力を願うので、相手は『久しぶりですね?、今度はどうしたの?』ととてもオープンに快く引き受けてくれた。


 流石は人を大切にする門松だ。

一見とても不思議な依頼であれ、相手は快くOKしてくれるのだ。



「あと…、オーストラリアの現状に詳しい専門家に話を聞きたいんだが、…参ったなあ💧

ここがメインなのに、ツテが無い。」



 だがしかし、オーストラリアには手こずらされた。

普段の刑事捜査で余り関わらない国な上、今オーストラリアは未曾有の大事件の真っ最中。

例え現地に詳しい専門家にツテがあったとしても、現状の正しい把握は困難だろう。


 門松は『うーん』と腕を組み悩み、今しがた着信を受け退室した柳のデスクをボンヤリと眺めた。

…ただの気晴らしだ。



「ちゃんと一服してっか?」


「おうトミちゃんお帰り。」



 そんな門松に同期の冨澤が声をかけてきた。

情報収集の為に外に出ていて、今帰ってきたところなせいか、彼は酷く疲れて見えた。



「…ん?、…なんだそれ。」


「あー。…オーストラリア?」


「…よくやるよ本当に💧

…まさか、知り合いが現地にでもいるんか?」


「いや、そういう訳じゃないんだがな?

……同じ地球に住む生物として、気になるだろ?」



『お前はほんと、…そういう奴。』

 そんな顔をして冨澤はマイデスクへと帰っていった。

 門松は、『オルカのこと抜きにしても、俺の言ってることは正しい筈だが』と少しムッとしつつ、煙草を持ち喫煙所へ向かった。



ピピピピピ!



 すると早速専門家からの折り返しが。

門松はメモ帳を開きながら電話に出て、慣れた手付きで肩にスマホを挟んだ。



「どうもお久しぶりです。

先程は突然メールをすみません。」


『いやいやいいのいいの。長い付き合いじゃない。

それより、…また妙な依頼だし、正直何が知りたかったのかよく分からなかったからさ?』


「ああそうですよね。」



 電話の主は鉱石の専門家だ。

正確に言うと、地層や化石や鉱物を研究し地球の歴史を紐解こうと奮闘する地層考古学者なのだが、特に鉱物が好きという少々変わり種の専門家だ。


 門松は五つの石に何か共通点がないか。

そしてそれらがオーストラリアに何か関係していないかを確認した。



『うーん、共通点かぁ。』


「はい。小さな事でも何でもいいんです。」


『…そう…ですねぇ。……

先ず、『コランダム』。

これは酸化アルミニウムの鉱物で、鋼玉と呼ばれてる。…でも実はサファイアはこのコランダムなんですよ。』


「!」


『鉱石って実は同じ物でも成分の割合や内容によって名称や色が変わることが多くてね?、サファイアとルビーは、コランダムにイオンなどの不純物が交ざり綺麗な発色をした物を差すのね?

だから、共通点としては…まずそこかな。』


「…コランダムとサファイアは、同じ鉱物。」


『そう。』


「…他には何か。」


『うーん。…硬度もそれぞれ違うしなあ💧』


「取りあえず全て教えて頂けますか?」


『はいはい。』



 本田は彼の言葉全てを記録した。

石の硬度、和名、出土や化学式に至るまで。

…だが、コランダムとサファイアの共通点のような、特別な線は特に見えてこなかった。



(アテを外したか…?)


『…あ。』


「!、何かありました?」


『完全な一致ではないけれど、その五つが含まれる現象というか…、面白い共通点ならあるかも。』


「それは何ですか?」



『紫外線で光るんだよ?』

…その言葉に、門松の手はピタリと止まった。



「…… …それはつまり、『陽光で光る』…?」


『そうそう。…これよく鑑定依頼に出される案件なんだけど、『彼氏から貰ったダイヤの指輪がブラックライトで光った!、偽物なんじゃ!?』って調査依頼がたまに来るんだけどね?

実はね、偽物は絶対に光らないの。』


「…つまり、『光るのは本物』?」


『そうそうほぼほぼが天然。何故なら…』



 聞けばそれは『蛍光性』というものらしい。

炭素単体で形成されているダイヤだが、その結晶化には窒素や水素などの様々な物質が絡んでいるんだとか。

その中の窒素が反応しブラックライトで光る事を、蛍光性と呼んでいるらしい。



『実はね、サファイアやフローライト、勿論アレキサンドライトもこれにあたるんだよ。』


「!」


『蛍光性を持つ鉱物はこれだけじゃないけど、一応それも共通点かな?って。』



 『なんだか…』と門松は考え深げになってしまった。

オルカの髪も、あちらでは陽光で光っていたのだから。



(無視出来ない共通点な気がするが、何かの決定打になるかといえば…、ならない…か。)


「色々とありがとう御座いました。」


『もう大丈夫?』


「はい。また何かあればよろしくお願いします。」



 電話を切ろうとすると、『あっと!』と専門家に引き止められた。

慌ててスマホを耳に当てると、彼は『間違えないでね?』と念を押した。



『さっき教えたそれぞれの化学式。

化学式なんだから、ちゃんと大文字と小文字を正確に使うんだよ?

見る人が見たら笑われちゃうからね?』


「ああなんだそんな事ですか!

大丈夫ですよ?、自分科学は得意だったんで。」


『ん。それだけ。…じゃあまた何かあれば。』


「はい。本当にありがとう御座いました。」



 つい癖で誰も居ない空間に頭を下げると、走り書きしたメモを見直し、スマホのギャラリーを見つめた。

そこにはそれぞれの石の写真が数枚保存されていた。



「…コランダムとサファイアは同じ鉱物。

なんだか、茂とジルの二人が結婚していたのを彷彿とさせるな。」



 サファイアやフローライトの写真とは違って、コランダムの写真は地味な物だった。

『鋼玉』と呼ばれているだけあって、その姿は宝石とは呼べない茶やグレーの石の塊に見えた。


だがその無骨さが、ある種の男らしさにも感じて…

『きっとこんな感じの、男らしくゴツイ男性だったんだろうな』と、なんとなく茂を想像してしまった。



「実際なかなかのマッチョだったらしいもんな。

…やっぱこう、親衛隊なんて家に生まれると、それなりの教育?、…上層な情操教育?…みたいなモンを受けてたんだろうな。」



 門松から見て、茂は人間としてかなり出来ているように感じられた。

 笑顔が下手だったのも、『茂を演じるのに無理がある』という、彼の実直で真面目な性格故なのではと。



「…なんか柳は『イルちゃんヤベー』って言ってたっけか。

『シスターに身をやつしたイイトコの御息女とか萌える!』

『シスターなのにオッパイでかいとか最高!』て。

…アホだよなぁ、あいつ。

…俺は二人ならジル派だからな。

なんか荒くて強いのにこう、繊細で、可愛いだろ。

…どう考えたってジルだろって。」 



 ……だそうだ。

門松と柳の性格を思うと、愛称が良いのは逆なのでは?…と思うが。

 因みに門松の真の推しは茂である。


 門松はまた一本煙草に火をつけ、『化学式か』…と、今まで着目していなかったそれぞれの化学式を眺めた。



「えーっと?

コランダム…和名鋼玉と、サファイア…和名蒼玉が『Al2O3』。

フローライト、和名蛍石が『CaF2』。

アレキサンドライト、和名金緑石が『BeAl2O4』

…そしてダイヤモンド、和名金剛石の『C』。」



『呪われなさい蛍石

金剛石を媒体に その幻の生が潰える時まで』



「…… …フゥー。」



…おかしな話だ。

何故コアは彼らの和名まで知っているんだ。


…ジャポーネという、恐らくは日本系の民族がカファロベアロに存在している事に関係があるのか?



「…化学式並べたところでな。」



『幻の生が潰える時まで』…とは。……

それはつまり、カファロベアロ自体を幻と述べているのか?

それとも、ギルト単体…?



「…『潰える時まで』と使うのは、『潰える時が来る事が前提の話』だろ。

…そりゃ、まあ、…確かに?

人はいつか死ぬ。…それは人に限った話ではない。

だからまあ、…いいっちゃいいんだが。

わざわざ『幻の生が潰える時まで』…とか言うか?

…悪口や嫌味にしては、…ちょっと。」



 門松はメモ帳を閉じ、表紙をじっと見つめた。

この手帳はカファロベアロについての調査が始まってすぐに作った、カファロベアロ専用の思考メモなのだ。


なので表紙には、オルカに教えて貰ったカファロベアロの正式なスペルが書かれていた。



「…変な字面って最初は思ったっけか。

大文字と小文字が気色悪く並んで  …………」



 門松はその文字に強烈な既視感を抱いた。

最初は本当に見慣れなかったが、三年たった今では何の違和感もなくなったカファロベアロのスペルを。



「……!!」



 瞬きも忘れ表紙をじっと見つめた直後、門松はバラバラと急ぎページを捲った。

開いたのは、今さっき記した化学式のページだった。



「…係数を…外し……」



 係数とは、化学式に用いられる数字だ。

その成分の個数を示している。


 門松はそれぞれの石の化学式から係数を除き、並べかえた。

フローライト、コランダム、アレキサンドライト、ダイヤモンドの順に。


そして愕然と目を開き、放心した。



「…  ……嘘だろ。」



 浮かび上がったのは、『CaFAlOBeAlOC』。

 大文字と小文字が混ざったスペルで作られた、カファロベアロの正式名称だった。



パシッ!



「なんなんだ…コレは…ッ!?」



 異様な共通点、更なる謎の浮上に、門松は反射的に口を押さえてしまった。



「…前から妙だとは思ってたが。

そうか。アレキサンドライトの情報が欠けていたから、今までこの解が導かれなかったのか。

……ん?、…ん!?あれ!?ちょ…ちょい待て!?」



 更に門松はゾッとした。

その気付きがどうか気のせいでありますようにと祈りつつ、彼はまた手帳を遡った。



「どれだ…どこだ!?…… …あった!

歴代女王の名前のリスト…… 」



 それは計12人の王族の名前のリストだった。

門松が注目したのは、所謂ミドルネームだ。

『オルカ・C・ダイア』でいう『C』だ。


 以前オルカに『このCは?』と訊いたところ、『よく分かりません』と返されていた。


そして柳が研究を重ねる内に歴代の女王全てのフルネームが発覚したのだが、これには皆で首を傾げた。

『全員ミドルネームに英語があるが、小文字もあって不思議だ。正直コレ必要か?』…と。

そう三人で笑った記憶が甦った。

だが門松は、ようやくその意味に辿り着いた。



「…レイチェル『C』ダイア。

カナ『a』ダイア。エイミー『F』ダイア……」



 全てのミドルネームを繋げると…



「……CaFAlOBeAlOC。」



 門松は胸を揺らし呼吸しながら、冷や汗を拭うように腕を額に押し付けた。



「…カファロベアロが何処かの謎は詰んだ。

だがいざ『カファロベアロという存在は何なのか』にフォーカスしたら、…なんだよこれ。

なんだこの…まるで、誰かに向けたヒントみてえな、…謎解きのような共通点は。」



『カファロベアロのスペルは、特別な五家の化学式で成り立ち、歴代の王のミドルネームもまた、国の名前だった』。


 これに気付いた時抱いた最初の印象は、『これは誰かに向けたメッセージだ』…だった。



「…何故そう思うのかは分からない。…が、こんな共通点が偶然生まれるのは…おかしい。

この共通点は明らかな操作。

何者かが意図的に行った…トリックだ。

やはりこの国は…この世界は通常の世界じゃない。

…『石でできた世界』…とは、この事だったのか?

……だが、…おかしい。

完全に異世界…別世界なんだとしたら……

何故オルカが人型である必要が…?

何故、地球上の鉱石だけで成り立つんだ…?

…文字だってそうだ。共通語の英語が主体だ。

…何故これ程までの共通点が存在してる!」



 門松は呼吸を落ち着かせながら、ふと初めてCaFAlOBeAlOCのスペルを見た時に抱いた疑問を思い出した。


彼はこの文字を最初に見た時、『大文字と小文字が気色悪い』とまずは感じ、発音しながら文字を指で追い…



『…この最後のC、…必要か?』



 そう素直に疑問に思った。

英語では発音しないスペルは確かに存在するが、『流石に最後にCで発音しないって変だろ』と。


 再度、門松はCaFAlOBeAlOCの文字をなぞった。

オルカの母、先代女王リタの『O』に触れ…



「…オルカの、C。」



『君はねオルカ君。

炭素で出来た…、ダイヤモンド人間なんだよ。』



「…………」



 発音しない、…一見すれば必要の感じない『最後のC』。

それはまるで、歴代初の男児であり、王族の中でも特別とされるオルカの……



「……あいつの、…孤独……」



『最後のC』。

それは言い替えれば、『最後のオルカ』。



「…つ、…フザケんなッ!!?」



ガンッ!!!



 そのワードが浮かんだ瞬間、一瞬で怒りが沸点に達し、ついメモ帳を壁に叩き付けてしまった門松。


そんな事をしても何の意味もないと分かっているのに、沸き起こってきた怒りは無性に彼をイラつかせた。



「ハア!!ハア!! …ハァ。…馬鹿みてえ。」



 普段まったく物に当たることが無い分、余計に自分を情けなく感じてしまった。



「……俺は刑事だろ。…冷静に、冷静に。

個人的感情は棚にしまっておけ門松。」



 うんざりと手帳を拾い自分にそう呟くと、ふと腕時計を確認した。

そろそろ長い一服も終わりにせねばならない。



「…… 」



…ピタ。



 喫煙所を出ようとした足は、勝手に止まった。

 門松はゆっくりと腕時計を見つめ、目を細めた。



「……何故お前は、時を刻む事を止めた…?」



 コアは今、12時を指し停止している。

そしてオルカが王位を継承する直前、コアの針は12時の直前にあった。



「…継承の鐘。 …時を告げるのも…鐘。」



 門松はゆっくりとメモ帳の表紙を見つめた。

CaFAlOBeAlOCの文字をゆっくりと数えると、12文字で出来ていた。



「硝国CaFAlOBeAlOCに共通するのは、『12』。」



 暫しじっとメモ帳を見つめ、門松は外に出た。

先程抱いた怒りややるせなさとは対照的に、異様な程に冷静になった頭で。


 マイデスクに戻ると、柳が何処か一点を見つめボーっとしていた。

門松は「集中しろ。」とピシャリと叱ったが、柳はギシギシと大きくした目を門松に向けた。



「…どうしましょ。門松さん。」


「なんだ。」


「……マジモン…でした。」


「?、…だから、何の話を。」


「………話が聞きたいって。」


「ハアッ!!、だからあ!?、何の話を」


「凜…です。」


「……  …ハ?」


「マジモンの、……凜です。」





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