第78話 地球の民として
柳はかなり声を落としながら、かなり機嫌が悪い門松に話した。
『知らない番号からの着信で、出てみたら凜だった』と。
「凜…て、あの凜?」
「そうですよ!!
この界隈じゃ知らない人類は居ない!
泣く子も黙るあの凜ですよ!!」
「なんだその妙竹林な二つ名は。
そもそもな、なんで横浜のバケモンがお前の番号なんか知ってんだよ悪戯に決まってんだろ。」
(なんか門松さん、数年に一度あるかないかのフキゲンぷりだな。)
「俺も最初は悪戯だと思いましたよ!!…でも!」
最初こそ悪戯電話と当然怪しんだ柳だったが、電話先の男はこう告げたそうだ。
『この後実はコメンテーターとして横テレに出演予定なんです。』
『ああ…まあ、…出てますね。』
『おや御存知でしたか。では話が早い。
僕が凜である証明として、番組の冒頭で貴方が今指定した言葉を使わせて頂きます。』
『……はあ。』 (ええ~💧?)
『何か言葉を指定して下さい。』
『…じゃあ。』
余りに言い切るその態度に、柳は付き合ってやろうと思った。
なんてことはない。どうせ悪戯なのだから無理難題を押し付けてやろうという、本当になんとなくの行動だ。
柳は腰に手を当て半笑いを浮かべつつ、番組の冒頭で使用するのが難しい言葉を相手に提示した。
『じゃあ、『雪月花』で。』
『…ほう。了解しました『雪月花』ですね?』
『おう。じゃー楽しみに見てるわ~!』
男はクスッと笑い、マイクを付けに来たスタッフに手を上げ応え、自分で付けられるよ?とアクションしマイクを受け取った。
『では、放送開始はおよそ五分後です。
どうぞお見逃しの無いようにお願いします。』
『はいはい頑張ってな?』
電話を切った柳は『アホクサ!』と笑うとデスクに戻り、一応真偽を確認するためにスマホでテレビを流した。
チャンネルは横テレこと、横浜テレビジョン。
確かに『凜』はその番組のコメンテーターにゲストで呼ばれることで有名だ。
「…… お、始まった。
お~居る居る!、……凜だ。」
綺麗な黒髪と黒い瞳、背は低いが妙に他と違うオーラを放つ凜。
『雪月花』なんて、普段使用する機会が少なく知る人もそんなに多くもない言葉を提示したのに、悪戯電話の相手が二つ返事でOKしてきた事が地味に引っ掛かってはいたが、『まあいいや』と柳はテレビをながら見した。
『皆さんこんにちは!、昼のザ、ワイドです!
最近ますます紅葉してきましたね~!
食欲の秋もそろそろ終わり、と言いたいこところなんですが、私はまだまだ終わってくれず困っています!
…どうですかね前田さんは。終わりましたか食欲の秋は!』
『いやー私はどちらかといえば読書の秋でしたね。
こうね、涼しくなってきますと、それだけで過ごしやすくて色々と捗りますよね?』
『そうですよね益々涼しくなってきましたもんね!
凜さんはどんな秋をお過ごしですか?』
『僕はヤキモキの秋、…ですかね?
なかなか忙しくて思うように行動出来なくて。
…本音では紅葉の秋、紅葉狩りと洒落込みたいところなんですがね~?』
「…キレーな顔してんな。
これが『ハマの王』なんて呼ばれてる、関東一帯に幅きかせてるとんでもない男…なんて、テレビの前のちびっこは誰も知らねえんだろうな。
…って、ちびっこはこんなん見ないか!」
『ですがね?、忙しさの所為にするのはナンセンスですから。
秋から冬にかけて、素晴らしい景色があちこちで見られますからね。
是非とも時間を作って…、日本の雪月花を堪能したいものです。』
「… ハッ!?」
タブレットに目を落としていた柳は、『!?』と思わずスマホを持った。
画面の中の凜はにこやかに笑いつつ、『これでいいかな?』とでも言いたげに…柳に微笑んでいた。
『…や、…ハッ!? いやっいやいやいや!?』
『まさかこんなん、偶然だろ!!』…と思ったが、こんな偶然が果たして起こり得るだろうか。
激しく動揺する柳に追い打ちをかけるように、CMになった途端に電話が。
柳は内心電話に出たくなくて悩んだが、CMはそんなに長くはない。
もしも相手が本物の凜だったなら…、これを無視でもしようものなら何が起こるか分からないので、電話に出た。
『ご覧頂けましたでしょうか。』
『…や、………』
『…まだお疑いなようですね。
刑事としてそれは当然の反応です。』
『………』 (なんで職業まで!?)
『こちらも時間がありませんので手短に僕が本物であることを証明します。
貴方のPCにたった今画像付きのメールを送信させて頂きました。』
ピロン!
『!!』
『それで僕の証明は可能かと。』
『…アンタ…は、何が、…したい…』
『時間が無いので手短に説明させて頂きます。
とある筋から貴方がとある物に関するユニークな情報を持っている。…と小耳に挟みまして。』
(…とある筋からとある物に関するユニークな??)
『それは、オーストラリアです。』
『!!!』
『…もうCMが明けます。
後でまたお電話させて頂きます。
…あ。僕は貴方を恐喝だの脅迫だの?、何かに巻き込むだの。そういったことを画策している訳ではありません。ただ、お話が聞きたいだけです。』
『それでは後で』…と電話は切られ、今に至るのだ。
柳は暫し放心していたのだが、『これ多分マジだ』と確信した。
テレビの声と電話の声が、明らかに同じだったからだ。
更には送られてきたメールには、番組のキャスターとのツーショットが添付されていた。
ご丁寧に背景には日付入りのスタジオの画面も。
更に更に、『凜 紫守 (リン シオリ)』と、彼のフルネーム(読めないだろうと気を回したのだろう、フリガナ付き)と、電話番号が。
こんなの、悪戯にしては手が込みすぎだ。
「こんなん…どうしよう門松さん!?」
「…オーストラリア……って。」
「……カフェ以外なくないすか!?」
「でもどうやって外に漏れんだよ!?」
「そんなん俺が知りたいすよ!?」
『アアどーしよ!!』…と柳は頭を抱えた。
門松は動揺しつつも、まだ半信半疑だ。
「…不敬な態度を取っちまった!!
俺明日ちゃんと生きてっかな!?」
「……あのなあ、凜は俺らが普段相手にしてるようなマルGじゃないんだぞ。」
※マルG(警察用語、暴力団関係者)
「天皇に次ぐ権利を持って奴にだけ許された特別な法を持ってるような奴が!?
関東のありとあらゆる統治の裏には凜アリと詠われてる奴が!
裏社会にも精通し『凜に愛されたなら一生安泰』
『凜に睨まれたなら一生の不覚』とまで言われてる奴がクリーンなわけないじゃないすかッ!?」
「……詳しいな柳。」
「こんなん世界の常識ですよ💢!!!」
『ああもう駄目だ俺しんだー!!!』
…と突っ伏してしまった柳。
門松は苦笑いしているが、実は今柳が口にした事は全て事実だ。
実は日本には、天皇の次に権力を持つ四つの特別な一族が居ると言われている。
彼らの活動はほぼ公開されておらず、一般人では知らない者も多いが、警察関係者や政治家で知らぬ者はまず居ない。
実は凜とは、その一柱なのだ。
そしてこの凜一族が、横浜在中でファミリー全員で一塊の土地に住んでいる事から、凜一族は『ハマの王』の異名を持つ。
…一体いつからそう呼ばれているのか。
誰が付けたネーミングなのかは定かではないが、『好かれれば天国』『嫌われれば地獄』と、尊敬と畏怖の対象である事は確かだ。
「しかも!、しかもっすよ!?
凜てあんな古風な感じなのに、超グローバルな一族で有名で!!」
「…だから何だよ。」
「その上なんか、変な逸話いっぱいもってんすよ!?」
「だーかーら。それがどうした。」
「そんな奴が急にアポ取ってくるとか死の前触れとしか思えねえじゃんもおおおおっ💢!!!」
「……フッ!」
柳、大テンパりである。
凜は『オーストラリアについて』としっかりと話した筈なのだが、テンパった柳にはもうどうでもよかった。
「………死ぬ前に貯金使い果たしたい💧」
「…まあとにかく。本当にまた電話来るようなら俺も聞くから。…とにかく集中💢!!」
「なっんで今日に限って機嫌サイアクなんすか門松さん💦!!」
「…!」
門松はこの時、やっと自分の機嫌が悪かった事を自覚した。
『いかんいかん』と自分に呆れ首を振ると、門松は静かに大きく深呼吸し、切り替えた。
…ポン!
「なんかあったら。
お前の骨は俺が拾ってやるから。…な?」
「全ッ然慰めになってねえよッ💢!?」
結局柳はこの後、当然何にも集中出来なかった。
「……あ。」
オルカはテレビの中の凜に気付き、リンクの研究を切り上げた。
ボリュームを上げると、またいつものニュースが始まったところだった。
『このミストなんですが、一週間前よりも密度が高い事が明らかとなりました。
本当に日に日に密度が上がっていますが…、まだ大使館の撤収やオーストラリア本土の住民の皆さんの避難は終了しておりません。
…このミスト、飛行機の運行に支障が出るのではとかなり懸念されておりまして、避難完了まで本当に運行が可能なのかすら危ぶまれています。
…その点どう思われますか凜さん?』
キャスターに話題をふられた凜は、深刻な顔でオーストラリアの衛星写真を見つめた。
『僕は、…いや、恐らく誰もが、このミストについて今はまだ何かを断言するべきではないと考えます。
『安全』とも、『危険』とも。
…その一言が様々な余波を生むのは明らかです。
…ただ僕が思うのは、………』
『…凜さん…?』
『……僕が思うのは、…現地に住まう人々の避難は、全世界で取り組むべき優先順位一位の、最優先事項なのでは。…と。
…全ての空の便を、オーストラリアの方の避難を優先し、率先して航路を譲る。
…足りない飛行機を無償で貸し出す程度のこと、先進国ならば不可能ではない筈。』
『…確かに、本来の空の便の予定と合わせる事が困難だと、飛行機の往来数が減少しているのも事実らしいですね?』
『ええ。…我々は皆、地球に生きる民です。』
「!」
『人の良心とは。…人類の叡智の先とは。
…今一度、人は己自身に問いかけるべきなのかもしれません。
…遡れば、人は利己的に自国の尊厳を主張し。
そして世界は大三次世界大戦によって壊滅的な打撃を被った。
…まだまだ浅い、つい最近のこの歴史に習い、我々は今地球の民として一丸となり、この危機に立ち向かうべきなのでは。
…そう、毎日のように感じています。』
テレビ越しなのに、凜の切ない表情や声に心が鷲掴まれたような感覚に陥った。
オルカは『この人のカリスマ性は本物だ』と、海堂と対面した時を思い出してしまった。
海堂もまたこの凜のように、派手な見た目でもなく若くもないのに…、心で相手の心を鷲掴むような。
そんなカリスマ性があったと思い出した。
何よりも、知的なのに素朴な…とても美しい魂が見えるような気がした。
「……地球の民として。」
オルカはそっと手を伸ばし、画面の中のオーストラリアに触れた。
「僕はカファロベアロの王として。
…一体、何が出来るだろうか。」
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