第79話 暗い書斎
ジャカジャカ♪
ビクッ!!!
職務を終えた、門松の家に向かう帰り道。
再び鳴った電話に柳はビクッと肩を揺らした。
『うわマジでまた鳴った』『どーすんのこれ』と、もうゲンナリである。
門松は助手席でチラッと電話を見つめ、『俺が出る』と、静かに頷いた。
「もうすぐ家だ。構わずそのまま駐車しろ。」
「ラ…ラジャーす。」
門松は、『すみません柳は運転中で』と実に穏便な対応をするつもりだった。
そして更に時間を稼ぎ、家に居るオルカに説明をして三人で凜と名乗る男と話すかの相談をしようと考えていた。
二人は頷き合い、予定通り門松が電話に出た。
「はいもしもし。」
『……失礼。番号を間違えましたか?
柳さんの携帯…で、宜しいですかね?』
「!」
門松はこの瞬間、本当に相手が凜である可能性を信じた。
何故ならば、たった一度だけなのだ。
彼が柳の声を聞いたのは。
「あ、いえいえすみません柳のスマホです。
すみません彼は今運転中でして。」
『…成る程。…では貴方が『門松さん』ですね?』
「! ……」
『横浜本署、捜査第一課で警部をなさっておられる、門松さんで宜しいですね?』
門松は(予定変更だ。)と目を細めた。
恐らく誤魔化したところで、自分達のことは調べられていると察したのだ。
まるで暴力団関係者の手口の様で少々イラっとした門松は、大きく息を吐き目を吊り上げた。
「…『全て調査済み』…ってか?」
『まさかそこまでは。』
「アンタの望みは何だ。
どうやって柳の番号を知った。」
凜は同じく車の中でそっと口角を上げた。
手元には柳と門松の資料と、彼が保護者となった『オーストラ難民』のオルカの写真が。
「門松さん、そのご様子では、僕が何者なのかを柳さんから伺った。…ということですね?」
『ああそうだよ。
言っとくけどな、こっちはまだアンタの真偽をグレーとしてる。
…悪戯ならな、ここいらで止めときな。』
「残念ですが、これは悪戯ではありません。
柳さんにはお話させて頂いたのですが、僕はオーストラリアについて、お話を伺いたいのです。」
『…そんなん、アンタの方が詳しいんじゃないか?』
「……そうかもしれません。」
『だったら』
「もし僕がオーストラリアの現状に詳しいのだとしたら。
それはこの電話と同じように、僅かな情報の糸を手繰り寄せた結果です。」
『! ……』
「どんな些細な事でもいいんです。
…どんなに無関係に見えたとしても、いいんです。
とにかくオーストラリアと名がつくもの、最悪は似た名でももう構わない。
…何がなんでも糸を手繰りたいのです。
…貴方ならば、この気持ちがお分かり頂けるのではありませんか?」
門松は眉を寄せながらも柳と共に車を下り、アパートの階段を上り、鍵を開けた。
そして柳を先に入れ、凜へと返した。
「なんでまたアンタは、そんなにオーストラリアについて知りたいんだ。」
『……すみません。それは情報を提供して頂けた場合のみお答えさせて頂きます。
僕一人の事ではないのです。』
「…そうかい。だがこっちもな、個人の話じゃ済まないんだよ。」
門松がドアを開けると、オルカがタタッと駆けてきていつも通りにっこりと笑った。
「お帰りなさい門松さん。」
「!」
「…あ。すみません電話中でしたね💧」
凜は口角を上げ、『お子さんですか?』とありきたりな質問をした。
門松はオルカに笑顔を見せつつピタッと止まり、『そんなんじゃねえよ』とピシャリと返した。
「詮索は止めてくれ。」
『すみません失礼致しました。
…で、門松さん。
僕の目的、正体の真偽を問うならば、直でお会いするのが最良だとは思いませんか?』
「…!」
自分からこんな事を言い出すのだ。
もしこれで本当に待ち合わせに来たならば、彼は本物で間違いないだろう。
門松は小さく溜め息を溢し、ちゃぶ台の横に座り煙草に火をつけた。
「……ハア。…じゃあ一週間後は」
『ごめんなさい、時間が無いんです。』
「…アンタなあ。」
『お願いします。
理由は今は話せませんが、もしオーストラリアについて何かお話頂けたなら、僕も精一杯の誠意でお応え致します。
ですのでどうか、どうか数日以内に。』
「………なんで、…そこまでして。」
『…時間が無いんです。』
「………」
オルカが首を傾げる中、門松は『分かったよ!』と手を上げ手帳を出した。
「……明日の午前中。なるべく早めだ。」
『勿論、願ったり叶ったりです。
…では場所なのですが、折り入ったお話となる可能性を踏まえまして、落ち着いた場所を指定しても宜しいですか?』
「…何処だ?」
『港の丘二丁目の、『海月』というお店です。
そこに僕の名で予約をお取りします。
到着次第、僕の名で入って頂ければ。』
柳はババッと『海月』を調べ、至って普通の高級な懐石料理の店と分かるなり、OK!と合図した。
門松は頷き、『分かった』と凜に返した。
「港の丘二丁目の海月だな?」
『ええ。…何時にお越し頂けますか?』
「…かなり早くても大丈夫か?」
『ええ。なんなら朝の六時でも。』
「…そりゃ流石に言いすぎだ。
午前…八時だ。…それでいいか?」
『ええ。何名でお越しになられますか?』
「!」
この質問に門松は眉を寄せ目を細めた。
料理を用意しておいてくれるつもりかもしれないが、普通に考えて『二人分』で良い筈だ。
それなのに敢えて『何人で』と訊いてきたということは、オルカの存在を認知している事を示唆する発言なのだ。
「……さあ。すまんな分からん。
なんせこっちも午後勤に出来るか怪しいんでね。」
『……ふふ!』
「!」
『では、加藤に伝えておきますね?』
「!?」
『柳さんと門松さん。そしてオーストラリア難民と称し…?、そこの居間でお茶を用意しているオルカさん。
どうか三人でお越し下さい。』
シャ!…と門松はカーテンを開けた。
だが電話先の凜は、『因みに。』と笑った。
『今のは音から推測した僕の勘で、別に貴方のお住まいを見張ってなどいませんので。』
「💢!!」 (な…んだこいつッ!?)
『では明日の八時、海月で。
柳さんにも宜しくお伝え下さい。…では。』
プチ。 ツー ツー ツー
スマホを離した門松に、『ど、どうでした?』と恐る恐る訊ねた柳。
未だに首を傾げ続けるオルカ。
そんな二人の前で、門松はにっ…こりと血管を浮かせながら微笑んだ。
「オルカー。」
「あ、はい。」
「ビール💢!?」
「はい!!」
第一印象、クソッタレ。
こんなんで、明日大丈夫なのだろうか。
「…ふふ。思っていたより手強いな門松。」
「だから言わんこっちゃない。
お陰様で俺が凜一派だってバレたじゃないですか。
だから本田の名前を初めから出せば良かったんですよ。」
「まあいいじゃないの。
ファーストコンタクトで彼の名を出さない。
…っていうのが本田からの指示なんだから。
門松。…いーい声だった。…柳も。
二人とも優しいね?」
凜は書斎でクルリと椅子を回し、加藤と向き合い微笑んだ。
加藤は腕を組み重く溜め息を溢し、右手に持ったスマホをフリフリと振った。
「もう数秒で門松からの質問地獄スタートです。
メアドだの身辺調査だのをしたのが俺だって、さっき種明かししてくれたお陰ですよ?」
「まあまあ! ……ファイト♪」
「ったく他人事だと思ってアンタは」
ピルルルルルーン♪ ピルルルルルーン♪
「ほらきたあ💧」
「ほらちゃっちゃと出ちゃいなよ!
僕は明日の午前を空ける為に忙しいから。」
「ったく。……はいもしもし?」
加藤は電話に出ると書斎を出ていった。
凜は手をフリフリと振ると、そっと椅子を回し、棚に飾られた沢山の写真の内の一枚を手に持った。
広い、壁二面が本棚の書斎は暗く。
まるでそれは彼の心模様を現しているかのようだった。
「…もう、きっと、…時間がない。」
カチ… コチ… カチ… コチ…
時計の針の音がやたらと響く書斎で持つ写真には、40代~60代の、男女混合な上に国籍もバラバラな者達が写っていた。
その中の背の低い黒髪の男性と、茶髪の背の高い男性二人にそっと触れ、凜は歯を食い縛った。
「待っててね。必ず迎えに行くから。
…必ず、…必ず、君達を取り戻すから。」
写真の皆は大きなボードを持っていた。
各々の国の言葉で、『ミスト調査隊エルピス』と書かれたボードを。
「お前達は生きてる。
…そうでしょ?、……海堂。…燕。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます