第80話 『アンタの言葉でしょ?』

 明朝、午前七時半。



「いいかオルカ。マジで安全が確保されたと俺が判断するまで絶対に一言も喋るないいな。」


「はい。」


「いいな絶対だぞ。最悪はこないだ挙げたマルGのツレが企てた誘拐って線も残ってんだからな!」


「もっと言うならアンタがやった捏造についてのユスリとかなハイ長話終わり💢!!!」


「あは…は。」



 門松の熱は凄かった。

もう何というか、昨夜三人で話し合い『とにかく会おう』となったはいいのだが、門松は警戒に警戒を重ね朝からずっとこんな感じなのだ。

 オルカは凜のコメントを面白く拝見していたので、本人に会えるなんて嬉しくて仕方ないのだが。

 柳はというと、門松が熱を上げすぎてその熱が全てオルカへの忠告や禁止事項の羅列並べとなってしまっていて、うんざりしていた。

『もうどう考えたって本物なんだから、腹括りましょうよ』と。



「マジなんなんすか今日の門松さん。

ウザイお父様の過保護大暴走かっての。」


「あ💢?」


「あ、あの、…僕は個人的には興味があります。

コメンテーターとしての彼が放つ言葉には力があって、なんというか、…興味が。」


「だがな、…オーストラリアだぞ。」


「もう何回も聞いてますって💢!?」


「あは…は💧」


「オーストラリアについてあいつは聞きたいんだぞ!

ハッキリ言ってなオルカ。

俺らは外ではカファロベアロを『カフェ』と呼ぶことを徹底し!、人の目線を常に気にしてカフェの考察を続けてきたんだ!

だからな!?、あいつがお前を知ってることからイミフだしそもそもコソコソと刑事の身の上だのを無許可で詮索なんて」


「あーもお分かってますよ💢!?

もういい行こうぜオルカ!この人今日駄目だ!!

やっとイミフが正しく使えただけ進歩だけどな!?」


「柳さん…そんな💧」



バタン💢!



 確かに今日の門松は手に負えない。

凜のトークはまるで相手を掌の上でコロコロと遊ぶようなものだったし、更には門松と柳の上司である、横浜本署副署長『加藤』まで凜と繋がっている事が明らかとなってしまったのだから…、まあ、気持ちは分からなくはない。


問題は、門松の機嫌の悪さの根本的原因が凜でも加藤でもなく、昨日の考察で明らかになった新事実だという事なのだろう。

『CaFAlOBeAlOCには誰かの操作が入っている』

『誰かに向けた、誰かからのメッセージ』、

そして、『最後のオルカ』。


これらが、門松を酷く苛つかせているのだ。


だが柳もオルカも、この考察をまだ門松から聞いていなかった。

故に不機嫌すぎる門松の心中が今一掴みきれないのだ。


『なんなんだよ今日のアンタは本当に』と車を下りた柳は、改めて海月という店の外観を沁々と見つめてしまった。

和風に造られた建物の造形もさながら、竹や松の植えられた先にやっと店の入り口があるような、明らかに敷居の高そうな店の看板は、ただ『海月』と書いてあるだけで何の店なのかの記載も無い。



「…見るからに高そうだし?

見るからに裏取引にうってつけ。」


「…そうなんですか?

僕は『綺麗な和風造形だな』としか。」


「じゃあお前はこの店を見た時に、パッと何の店か分かる?」


「! …あ。」


「分かんないべ?

普通飲食店てのはな?『うちはお好み焼きです~』『うちは焼き肉です~』って、ちゃんと分かりやすく書いてあるもんなの集客の為にな?

カフェだってそうだったろ?

アイランドの看板に『カフェ』の明記あったろ?」


「ありました。…僕、アイランドの看板を磨いていた時にアとラの文字を誤って外してしまった事があったんです。」


「…… フッ!」


「今思うと、あの『インド』の面白さなんて、あっちの皆には分からなかったんでしょうね。

…良かったです。『インドになっちゃった!』って一人で楽しんだのが正解でした。」


「お前って昔っから変なガキなあ~?」



 イライラ門松も隣に並ぶと、三人は目を合わせ一度大きく頷いた。


そして門松を先頭に、三人は店の暖簾を潜った。



ガラガラ……



「いらっしゃいませ門松様。」


「!」


「こちらに席を御用意させて頂いております。

…テーブル席となりますが宜しいですか?」



『僕の名で予約を』と言っていたのに、いきなりの名指し。


 いかにも女将といった風貌の女性の身なりは本当にキチンとしていて、髪の毛一本の乱れも無かった。

淡い茶髪は艶があり、少しだけつり目だが二重の瞳はキリッとしていて。

淡い白と赤の着物が長身に映えていて、オルカと柳は『おー!』っとテンションが上がった。


店の中に入ったというのに床は砂利と石の足場で出来ていて、サイドには竹垣の中に花が色とりどりに咲いていて…、もう、敷居が高いなんてレベルの店ではない。



(一見さんお断りっぽい店だな~。

こんな機会、一生でコレ一回だろうな。)


(わ~すごい!、綺麗!!)


(こんな店に呼びつけやがってよ。

こっちがビビルとでも思ってんのか?、あ?

てか加藤さんなんなんだ本当に。

結局柳のデータ渡したのは自分とはゲロったがそれだけ。なんで凜と繋がってるのかに関してはノーコメントとか…フザケんじゃねえぞ。)


「こちらです。」



 それぞれバラバラな胸中で、戸は開かれた。

こんな高級な店だとどうしても座敷を連想してしまうのだが、中は女将が言った通りテーブル席だった。

シックな色の床板はうっすらと光沢を帯び、大きな四角いテーブルと六つの一人掛けの椅子は和風なアンティークで、明らかに特注品。

窓はあるが、木製のスクリーンがかけられていて外の光が淡く入る程度だったが、照明がとても明るく、外よりも明るく感じた。


 とても静かで広いその空間に、凜は居た。

彼は三人が入るなり立ち上がり、『初めまして』と手を差し出した。


門松、柳、オルカの順に握手を交わしたが、しっかりと合わされた目、しっかりと握ってきたその手に、オルカは『珍しい』と感じた。



(日本人てあんまり握手しない上に凄く軽く済ませるのに。)



 カファロベアロでは、初対面での握手にかなり重きを置く。

しっかりと握るのは相手への敬意を示す意味があり、『仲良くなりたいですよ』という意思表示なので、しっかり握らないのはマナー違反なのだ。


『それが日本では会釈なんだよ』と柳に言われ、深々と納得したのをつい思い出してしまった。



「改めまして、本日はありがとう御座います。

私は凜紫守と申します。」


「…門松だ。

どうやら本物みたいだな?」


「柳です。……初めまして。」



 オルカは『話していいの?』と門松を窺った。

門松が『はいはいいいよ』と顎を上げると、オルカは半ばウキウキと口を開いた。



「初めましてオルカと申します。

…実はいつもテレビで凜さんを拝見させて頂いてまして、今とても嬉しいです。」



 凜はオルカの言葉にキョトッと目を大きくすると、可笑しそうにクスクスと笑った。


その笑顔が妙に可愛く見えて、オルカは『おお!』と一人テンションを上げた。



「珍しいですね君みたいな若い子が…あんな、昼間の特番を…!」


「そんな。…凜さんの話す言葉はいつも…、なんというか、…独特?…で?

…とても納得と申しますか。……楽しくて。」


「フフッ!、君は変わり者ですね?

ですが嬉しいですありがとう御座います。

…僕のコメントについては賛否両論なんですよ?

『イミフ』とも時折言われてしまいますし。」


「そんな!、とても楽しいですよ!

…特にカ… …オーストラリアについて語る凜さんは、なんだかいつも必死で胸に訴えるものが。

…それに、とても道徳的で素晴らしいコメントだと僕は思います!」


「おやおや。…ありがとう?

…しっかりしたいい子ですね君は。

…本当にお綺麗ですね。失礼ですが、モデルかなにかされてます?」


「いえやってません興味が皆無なので。」


「あ、そうなの?」


「はいまったく無いです。

どちらかといえば、凜さんのようなユニークな方が好きです。」


「アッハハハ!」



『めちゃくちゃファンじゃん』と柳と門松は思った。

 それにしても、凜は予想に反してとてもフレンドリーだ。

本当に、あんなに掌でコロコロしてきた人物と同一人物とは思えない程。



ガラ…!



 その時戸が開き、男性が二名入室してきた。

一瞬身構えた門松と柳だったが、入室してきた二人を確認するなり目を大きく開けた。



「挨拶は済んだか二人とも。」


「加…藤…副署長~~💢?」


「…うす。おはようゴザイマス加藤さん。」


「そう牙を向くな門松悪かったよ。」



 一人は副署長である加藤だった。

短髪でスッキリした印象で、背が高くスタイルも良くかなりキリッとした引き締まった表情の加藤に、オルカは『凄いカッコイイ人がきた!』と目を大きく開けた。



(僕なんかよりよっぽどモデルっぽい!

いや、俳優とかやってそうなくらい!

…本当にこんな人が刑事さんなの?)



パチ!



 つい目を大きくしていると、加藤とパチッと目が合ってしまった。

『しまった見すぎた失礼だったかな』とオルカが思っていると、加藤は微かに口角を上げて手を差し出してきた。



「初めましてオルカ君。

門松と柳の上司の加藤です。

…いつも二人が、大変お世話になっております。」


「「ってオイ💢!?」」


「い、いえそんな!、僕がお世話になっている身で!」



 またもやしっかりと握手は交わされた。

 加藤は手を離すと、『へえ?』といった顔でオルカをまじまじと見つめた。



「…見目もさながら。

こんなにちゃんと握手が出来る子は珍しいね?

やっぱりオーストラリアも握手はちゃんと交わす文化なのかな?」


「あ!?…ええっと、……はい。」


((カファロベアロは握手文化だもんな。))


「…加藤さん、こちらの方は。」


「ああ悪い紹介が遅れた。」



 話を逸らすついでにもう一人の男性について訊ねると、男性はニッと口角を上げた。

 彼は柳と同じ程の背だったが、髪の毛と瞳の色がかなり変わっていた。

紺と黒と青と…三色が淡く混ざったような、本当に独特な色合いだった。

オルカは『タンザナイトみたいな色だ』と、初対面だというのに妙に親近感を抱いた。


 かたや男性は瞳にかなり鋭い何かを秘めながら三人と握手を交わした。



「ドウモ初めまして夜明(ヨアケ)です~。」


「…初めまして門松です。」


「…ドモッス柳です。」


((……ん?、…『ヨアケ』?))


「どーもどーも。…その髪ってグレー?、白?」


「あ、白っぽいグレーです。」


「分かる分かる色が珍しいと浮くよね~?」


「えと、…はい。」



 夜明の喋り方はこの中で一番フランクだった。

年齢は恐らくは30代と思われる夜明だが、声や態度がなんとなくフワーンとしていて、掴み所が無い印象を受けた。

かたや加藤は対照的でお堅いしっかり者のイメージだった。


正直、かなり毛色の変わった三人なのは間違いない。


 挨拶が済んだのを確認すると、凜はオルカ達に『どうぞ?』と座るように促した。



「彼らも共に話を伺っても?」


「……まあ。」



 夜明は座ろうとしたのだが、飲み物すら無いと気付くなり戸をガラッと開けて大声を出した。



「雪ちゃーん!?、メシ後でいいからとにかく飲みもん持ってきて~!?」



 仰天した三人の前で夜明はストンと座り、何事も無かったかのようにタブレットを出した。

 門松のジト目に気付いた加藤は、『ハァ💧』と溜め息を溢し、半ば諦めたように口を開いた。



「この店は凜が所有する店でな?

身内の会合や、接待に使用してるんだ。」


「はい。女将はこの夜明の義理の姉なのですよ。」


「そうそう。…え?、それもまだ言ってなかった感じ?」


「夜明…💧」


「ハハ悪い悪い!

俺の兄貴の嫁ちゃんなんだけどさ、ちっさい頃から傍に居たから義理も何もない感じなんだよね!

…てかマジで綺麗な顔してんなお前~!

……面構えも含めてイイじゃん。」



 フッと一瞬で雰囲気を変えた夜明。

 門松は目を細めつつ『まさかな?』と柳と目を合わせた。

実は二人には『毛色の違う夜明』という存在に、一人だけ思うところがあったのだ。


それを察したのか、凜は説明した。



「実は彼は公安刑事なんです。」


「!」


「……やっぱり…すか。」


「こんなですけど頭はキレますよ?

…刑事ばかりで居心地が悪いねオルカ君っ?」


「ふふっ!、いえそんな。……慣れてます。」


「慣れてるだとよダハハ♪!!」


「夜明!」


「分かる分かる~!、俺も周りが刑事ばっかだったから超分かる~!

なんか俺達意思通ってんな友達になる?なるっ?」


「あはは!」



 オルカは笑っているが、門松と柳は笑えやしなかった。

『あの有名な夜明がこんな奴だったなんて』という落胆と、なんとなくウザくて不快だった。

…トークに反して目の奥は妙に鋭いしで、なんだか妙に疲労してきた。



((帰りた…💧))



 程なく飲み物が運ばれてきた。

オルカは『コーラでいい?』と女将の雪ちゃんに聞かれ、照れながら受け取った。



(…夜明さんのお兄さんのお嫁さん。

綺麗な人だなぁ。)


「……ありがとう雪ちゃん。」


「いいえ御当主。…お料理はいつ頃お持ちすれば宜しいですか?」



 『御当主?』という訝しげな目線の中、凜は少し悩みオルカをチラッと見つめた。



「……まだ暫くはいいかな。」


「畏まりました。」


「…飲み物、多めに置いてってくれる?」


「はい。…ではこちらにストックを。」



 凜はオルカと接し、何かを感じていた。

そしてこの会が長丁場になると踏んだ。


 そんな凜の言葉様子に、門松と柳はひたすら悩んでいた。


お互いに本能で察知しているのだ。

『簡単に終わりはしない』と。



(…何を話せばこいつは満足する?)


(…ま、カファロベアロについて話すことになったとしても、どうせ信じやしないだろ。)



 二人は凜にカファロベアロについて話す気は無かった。

ハッキリ言って異常者と思われるのが当たり前だし、どうせ信じやしないだろうと。


 そんな中、凜は緑茶をゆっくりと飲み、ゆっくりと息を吐いた。

それを合図にするかのように、加藤と夜明は一瞬で静かなオーラとなり口を閉ざした。

 門松と柳も、一瞬で意識を凜に奪われ沈黙し、注目した。


 そんな中、彼はゆっくりと口を開いた。



「昨夜お話させて頂いた通り、僕はオーストラリアの情報を求めています。

…オルカ君、君がオーストラリア難民だという事。それと今回の会は、実は無関係です。」


「!」 「…は?」


「僕が柳さんにお電話させて頂いたのは、実は小田原本署に勤める本田から…、『オーストラリアについてユニークな情報がある』…と。

そう情報提供されたからなのです。」


「「「!!」」」



『まさか!』と門松は大きく目を開けた。


 本田から凜との繋がりなど何一つ聞いたことなど無かったし、その片鱗さえ見たことが無いと。


その疑問を察していたかのように、凜は『先ず…』と自分達の話をした。



「僕には多くの仲間が居ます。

…というより、半ば家族のような者達が。

詳細は伏せますが、僕の家には少々風変わりな文化がありまして…、簡単に言うと『絆を結ぶことが出来る』んです。」


「……絆…?」


「ええ。この加藤も夜明も、僕の曾祖父と祖父が絆を結び、僕に代継ぎされた家の子なのです。」


「…?」 「??」


「そうやって僕の凜一族は多くの家と絆を結び、今の今まで大きな勢力を保持してきました。

…とても繋がりが強い家は、我々の所有する土地に共に暮らしております。

…本田はなんと言いますか。……『はぐれ』で。

同じ土地には住まず悠々自適に生きるタイプで。」


(よく分からんがそこだけは納得する。)


「僕がオーストラリアに詳しいのは、彼らのような仲間から情報提供を受け、こうやって実際にお会いして、お話を聞いて回った結果なのです。」



 凜が言うにはそれは『見えない契約』なんだそうだ。

血で受け継がれていく、特別で不思議な血の契約。


その契約をした家に生まれた子は、自然と凜一族を『御当主』と呼び、愛し、尽くすんだそうだ。

そして彼らは絶対的な主従関係となり、そんな繋がりのある者達を『一派』と呼んでいるそうだ。


 俄には信じがたい現象だったが、オルカだけは『あ。』と感じるものがあった。

自分がジル、イル、茂、そしてギルトに対し感じる、無条件で無償の愛情。

それこそが、凜の言う絆なのではと。


 だが門松と柳には、正直理解不能な話だった。

『自分の上司までこんな、正直宗教じみた世界にどっぷりなんて』…と、幻滅さえ抱いてしまった程だ。


それを察したのか、夜明が口を開いた。



「つっても信じらんないっすよね~?

いきなりこんな話から入るとか、トーク下手かよってねっ?」


「あ、いえ。…分かります。」


「!」


「…『分かる』?」



 つい口を突いて出てしまった言葉に、三人は綺麗に反応した。


『君が分かるの?、これを?』といった顔だ。



「…ふーん。センスいいじゃん。」


「……もしかして、オルカ君の身近にも似たような体験をした方が?」


「…え、と、……まあ。…はい。」


「ふーん。…俺らは俺ら以外にこんな変な繋がりのある奴なんて見たことねえけど。」


「同感だな。…オーストラリアの文化にも当然無い。」


「………」



 少々圧迫的になってきた加藤と夜明を制すように、凜は圧を込めた。



「お止めなさい二人共。

いい大人がみっともないですよ。

…ごめんねオルカ君。

余り理解を示される事が無いので、二人とも驚いてしまったようです。」


「いえ、…そんな。」



 微妙に、嫌な空気が漂ってしまった。

柳は腕を組み『なんだこいつら?』モードだし。

門松も態度には出さないが、『退室するべきか?』と顔に書いてある。


 そんな空気に、凜は大きく『ハア!!』と溜め息を溢し、うんざりと緑茶を飲みゴン!とテーブルに置いた。



「お前達が余計なプレッシャーを与えるから💢!?」


「はーあ?、いやなんで俺らの所為なんすか。」


「お前達ね!?、分かってんの💢!?

彼らはオーストラリアに関して重要な情報を持ってるかもしれないんですよ💢!?

だって本田が直で僕に言ってきたんだぞ!?

『非常にユニークな情報が』ってさ!?」


「しかし、あの本田ですよ御当主。

…何が彼にとってユニークであるか。

そこから論じねばならない気も致しますが。」


「ブフッ(笑)!」 ←柳


「だからこそだろ!?

もうっ…本当にごめんなさい三人とも!!

この馬鹿共の所為で不快なお気持ちに」


「そもそも凜が変に遠回しに追い込み漁みてえな電話かけっからいけないんじゃん。

素直に『本田さんからの紹介でしてね?、是非とも一度お話を』って言やいいのにさ。

なんだよ『雪月花』って。

言葉選ぶセンスはいいのにさ、なんだよ『日本の雪月花を堪能したいものです』とか。ダッサ。」


「なんだと夜明💢!?」


「ハッキリ言ってそんな掌でコロコロされたような印象があるからこいつら二人がハナからこっちを警戒してんじゃん。

本田の『ファーストコンタクトでは僕の名を出さないでね?』ってのを律儀に守ったってしゃーないわ。あの人愉快犯なんだからさ。」


「それについては全くの同感です御当主。」


「あーもう分かったよごめんなさいねえっ💢!?」



 なんだか…、凄い流れになってしまった。

御当主なのに、トップな筈なのに…、糾弾というかえらいバッシングされている。


『御当主と呼び、愛し、尽くす』…というより、好き放題言いたい放題である。


 柳はずっと半笑いだし、門松もこれには間が抜けたし、夜明の言葉には納得しか無かった。



「つーまーり!っすよ。

全部凜の手腕が悪いってことで!」


「言いすぎだ夜明。

しかし、本当にすまなかったな門松、柳。

御当主はなんというか、ああいう手法が得手でな?

つい必要以上に相手にプレッシャーをかけてしまう悪癖があるんだ。

…まあ、先代もそうだったし、御子息もそうだから…、もうこれは凜の血なんだろう。

悪気はないんだ。どうか悪いようには思わず協力してくれると助かるんだが。」


「…はあ。」



 だがオルカは、こんな凜に更に好感を得た。

『きっと彼らは本当に相手をよく知っていて、それでいて信頼しているから、こうやって何でも言い合えるんだろう』と。


そしてムッとしたり、仲間に怒ったりする凜を見ていると…、どうしたって海堂の姿が重なった。

ツバメや仲間に対して辛口に話したかと思えば、また辛口で返されているような…

信頼と友愛の滲み出るその空気に、余りの懐かしさに…



「……海堂さん。」



…と、不意に呟いてしまった。



「…!」 「!」 「!」



 この瞬間、腕を組みムッとしていた凜の瞳が大きく大きく開かれた。

夜明もスッと顔を固め、目を細めながらオルカに目線を移した。

加藤も目を大きく開き、聞き間違いかとでも言いたげに眉を寄せた。


 凜は遠くで大きく鳴り出した心臓を感じながら、ゆっくりと口を開いた。



「……今、なんと。」


「…あ。……すみません。

その…貴方が僕の知り合いの方に似て見えてしまって。」


「…似てる?、…僕と?」


「はい。」


「……『カイドウ』という方が、ですか?

漢字はどう書くのですか。」


「え?…と。海に堂です。」


「……その、海堂は…、……君とどんな?」



 明らかな食い付きに、今度は門松柳ペアが首を傾げた。

明らかに凜と加藤と夜明は『海堂』という名が出てから反応がおかしい。


だがオルカは、カファロベアロでの話ということで説明しづらそうだ。



(なんでこんな急に、…食い付いてきた。)


(…もしかしてこの人ら、海堂って人を探してんのか?)



『だが…』と二人は思った。

確かに、オルカに聞いた海堂と、この凜という男は似ているイメージだったのだ。

黒髪黒目という見目もそうだが、何よりもマイウェイであり腹の読めなそうな雰囲気が。



(海堂のこと大好きだもんなオルカ。

…そりゃ、つい口走っちまうよな。)



 オルカは少々困りつつも、久しぶりに海堂のことをまざまざと思い出してとても楽しくなってきた。

凜が目の前に居ると、本当に海堂と対峙している気分になれるのだ。


なのでクスクスと笑いながら、オルカは海堂について話した。



「故郷で知り合った人なんですが、とてもカリスマ性があるのにアットホーム…といいますか。

凄く優しくて…いい人で。

…僕の境遇と彼の境遇が実は少し似ていて。

それもあってか、とても気が合って。

とても年上ですし、僕は当時15才だったんですが、友人のように感じてしまって。」


「…故郷で。……

そうだったんですね?、君は年上が好きそうですし納得です。」


「ええ。…彼の言葉も、凜さんと同じようにとてもユニークだったんです。

…僕の故郷に『龍』という概念は無いのですが、彼は『金の龍が心の灯台』なのだと。」


「!!」


「統治者という…、地域の纏め役を担っていた方なんですが、怖いもの知らずに見えるのは表面だけで、臆したし怯んだり…というのが彼にもあったようで。

『そんな時、僕はおまじないを言うんです』と。

『金の龍よ大いなる加護を授けたまえ』。

…そう呟くと、不思議と勇気が湧いてくると。」


「… ……」 「……凜。」


「部下にツバメという方がいて。

彼とは本当に仲が良くて、皆さんと同じ感じでした。一言では言い表せない絆があるというか…。」



 凜は加藤と夜明に『マジですよ!?』と謎の声掛けを貰いながらも、放心したように目を大きく開けていた。


その顔が異様に切なさを帯びてきたと気付き、オルカはそっと口を閉じた。


 そんなオルカの前で、凜はぐっと眉を寄せ、『どうして…』と呟きながら袖をめくった。



「どうして君が…彼らを。

君は三年前にここに来たのでしょう…?」


「…え?」


「そんな君が何故、…二人を知っているんです。」



 サラ…と捲られた袖の下には、バングルが。

美しい彫り物の……金の龍が。



「海堂と燕は、…僕の一派なんです。」



「…ハ!?」 「……いやっまさか!!」


「そして彼らは現在、消息を断っています。

…生死不明の、行方不明なんです。」



 凜は写真を一枚出し、三人に見せた。

柳はその写真に目を大きく開けた。


それは正に、柳が友人から一度相談を受けた、『オーストラリアに発ったミスト研究者の一団』だったのだ。



「まさか……海堂とツバメが!?」


「彼らを捜すため。

そして無事に連れ戻す為に…、僕はオーストラリアについて情報を集めているんです。」



 凜はグッと口を縛ると、胸に手を添えた。

その手に、金の龍のバングルが光った。



「我が凜家は家紋を龍に持ち、一派の皆に金の龍のモチーフの何かを授ける事を義務付けています。

…勿論この二人も、産まれた時に龍の鍵を。

そして当主となれば、家に伝わる物を身に着けます。」


「…俺はコレだ。」


「俺はこれ~。」



 加藤はブレスレットを。

夜明はキーホルダーにつけられた鍵を見せた。

どちらも金の龍がモチーフになっていた。



「つまり『金の龍』とは、…僕を差すのです。」


「!!」




『でもねオルカ君。

いつかね、会えるような気がするんです。

その金の龍に、…きっと、いつか。』




「お願いします。」


「っ…!」


「なんでもいいので、…教えて下さい。

一見無関係に見えたって…いいんです。

僕はただ、……家族を取り戻したいだけなんです。」



『どうか』…と下げられた頭に、オルカはぐっと眉を寄せてしまった。

何故なら…、写真に写る、凜の話す海堂と燕は、オルカの知る海堂とツバメではなかったのだ。



(でも、…これが、偶然?

『海堂とツバメ』、そしてオーストラリア。

それに『金の龍』。

…こんな接点があるのに。

……これが全部偶然なんて…思えない。)



 パッと目を合わせてきたオルカに、門松もどう答えるべきか分からなかった。

門松も同じ気持ちなのだ。

『こんな偶然ありえない』…と。


柳と目を合わせると、彼も同じ思いなのか『どうします?』と顔に書いてあった。



「………」


「………」


「………」



 三人は暫しじっと思考したが、答えは出ず。


 だが柳は、じっと見つめてくるオルカの瞳に『話したい』と書いてある気がして、苦笑しながら首を振った。



「…お前の好きにしろよ、オルカ。」


「!…柳!!」


「いいじゃないすか門松さん。

…そもそもあっち方は始めに『非常にミステリアスな身内話』を俺らにしてくれたんすよ?」


「! ………」


「あっちは身内話だけじゃなく、オーストラリアを追う理由も開示してくれた。

…もうこの先は?、オルカに選ばせましょ?」


「……」


「信じる信じないはあっち方の自由なんすから。

…信じてもらえなくても?、俺らが変人扱いされるだけですって。

…だからって何があるってわけでもない。

俺らは普段からしっかり働いて?、狂人じゃないことは証明され済みです。

…ですよね加藤さん?」


「ああ。…段取りと違い凜が始めに『カタチ』の話をしたのは、恐らくは何かを察しての事だろう。

…お互いにオフレコ情報ゲットだが?、これからも変わらず刑事として邁進していくのに何の支障もない。」


「…だ、そうです。

…オルカ。お前が決めな。」


「………」


「大丈夫だ。俺らがついてる。」



 オルカは門松に目線を移し、『話してもいいですか?』と無言で訴えた。

門松はどうしても答えられずじっと思考してしまったのだが、柳はフッと笑い、そんな門松の背にポンとした。



「『人生は一期一会。どんな出会いにも必ず意味がある』。」


「…!」


「『縁が繋がって、まさかと思うような奇跡が起きる事がある』。」


「…………」



 柳は『アンタの言葉でしょ?』…と笑った。

 門松は途端に目が覚めたような感覚に襲われ、やっと心から笑うことが出来た。



「…ああ。……そうだったな?」


「ダメっすよ?

後輩に聞かせた言葉にゃ責任もたなきゃ…?」


「はは!、…本当だな?」



 いつもの門松に戻った様子に、オルカは目を大きくして嬉しそうに笑った。

門松はそんなオルカの頭をポンとすると、笑顔で凜と向き合った。



「かなり突拍子もない話になるし、正直貴方のお力になれるかは怪しいです。」


「構いません。…本当に、いいんです。」


「分かりました。……じゃあ先ず、三年前に遡ります。」


「……三年前。」


「ええ。…あれは三年前の10/1の夜でした。

俺と柳は小田原のホテルの温泉に浸かっていました。

…とある事件で仲間を失った俺達は、無事にホシにワッパをかけ、明日は横浜に帰る。という夜でした。」



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