第81話 ユニークすぎる情報
高級懐石料理屋の一室のテーブルの上には、カファロベアロに関する資料が大量に開かれ、凜と加藤と夜明は、ひたすら驚愕させられた。
現在までに判明した全てをオルカは開示し、自分の知る海堂とツバメに関しても事細かく説明した。
勿論、写真の人物とは別人だということもちゃんと告げた。
カファロベアロでの出来事。
そして温泉を爆発させて現れてからの三年間の生活。
そしてここ最近始めた、カファロベアロとは何なのかの研究と考察。
それら全てを聞き終えた凜は、唖然としながらコアの絵を持ち呟いた。
「…ユニークすぎるよ本田。
こう…くるとはね。…これは、…本当に。」
「ってか本田やりすぎ。
『オルカを帰すこと』に重きを置くのはいいけど、包丁で切りつけようとするとか。
…殺人未遂で挙げちゃえば良かったのに。」
「ぶっちゃけそうしたかったすけどね。」
「兄貴にとっては、『ダイヤモンドは鉄より硬いし何かあっても無傷でいられる』体だったみたいですよ。…流石に言いましたよほんとに。」
「……髪の毛の成分が炭素なだけで『ダイヤモンド人間』とはどうなんだ。
だったら『君の髪の毛はダイヤモンドなんだよ。
すごいね。派手だね?』…でいいだろ。」
「加藤副署長落ち着いて下さい。
…あの、…一服したほうがいいですよ。」
「ああ好きに吸って下さい?」
カチカチカチン!
門松、加藤、夜明が一斉に火をつけた。
オルカはそっと立ち上がり、木製のスクリーンを上げて窓を開けた。
窓の外にはこの店の中庭があり、つい『綺麗。』と眺めてしまった。
…カタン。
「…!」
「……やっ?」
「凜さん。」
小さな物音に何かと向き直ると、凜が隣に立っていた。
優しく穏やかな笑顔、そして空気に…
オルカの胸にどうしようもない郷愁が芽生えた。
凜は暫く無言で中庭を眺めると、窓枠に腕を乗せた。
「…正直、驚かされました。
こんなに驚いたのは……」
「…いつぶりですか?」
「僕を神と崇めた宗教団体が発足されたと報された時以来です。」
「えええっ!?」
『ギャハハ!』と夜明は豪快に笑った。
そんなに距離もないので丸聞こえだったのだろう。
「あれマジ傑作だったんだぜ!?」
「…なんかとんでもないワードが聞こえましたけど。」
「…神と崇めた…(笑)?」
「そうそう!、凜ってさ!、マジで活動が広いからあっちこっちで色んな奴の面倒みてきたのなっ?
その中の一人がさ!、凜のカリスマ性に完全に当てられちまったみたいで!、『金色会』とかいう宗教団体を立ち上げちまってさ(笑)!!」
冗談ではなく実話だったようだ。
夜明は煙草を吸いながらゲラゲラと笑うが、当の凜は本当にうんざりといった雰囲気で項垂れた。
「アレね本当ね。…僕の過去1だった。」
「凜さん(笑)!?」
「だって考えてもみてよ。
ある日突然こう言われるんだよ?
『御当主?、宗教団体立ち上げました?』
…いや、立ち上げる筈ないじゃんって返すけどさ。
『じゃあコレは何ですか』って!、金色会とかいう宗教団体のポストカード突き付けられたんだよ!?
もう…っ、『なにコレ!?』…ってさ。
カードの番号に電話してみたら、『ああお久しぶりです凜さん!』『貴方と出会い私は目が覚めました!、人の真の幸福とは!、目を開き心を開き!金色の光に身を投じる事だったのですね!?』
…とか言うし!
いや、完全に盲目になってるじゃんて!
金色に身を投じてお先真っ暗になってるじゃないのって!!」
「フッ!」
「こら柳(笑)」
「どうぞ腹を抱えて笑って下さい。
その方が救われますから!」
ズウウウウウン!!
その時よりも、カファロベアロの話には驚愕したらしい。
驚愕の質は大分違うようだが。
凜は今、整理しているのだ。
この話を信じるか否かから…、オルカが本当に何者なのかという驚愕やらと、一端距離を置き心を落ち着けているのだ。
それは加藤も同じだった。
顔には出さないが、内心では『これ現実?』『いやでも、本田の照合結果があああ!』…と、当時の門松と柳と同じ反応であった。
(おうおう。…なんか鏡見てる気分だな。)
(加藤さんでもこんな顔すんだー。
…てか、公安の夜明ってこんな若かったんだな。
若いのに良い役職に就いてるみたいだし。
…一派特権的なのがあんのかな?)
「……てか聞いてい柳?」
「あ、はい何すか?」
「なんで急に研究なんてする気になったん?」
「!」
「だってお前が言ったんだべ?
『リンクに頼るな』ってさ。
それなのにお前から研究を提案するってさ。
…本当はハナから何かのタイミング計ってた行動じゃん。それに、『カファロベアロが何処なのか』から『カファロベアロとは何なのか』にフォーカスなんて、正直パッと思い付くもんじゃない。
…お前さ、本当は最初っからその予定だったんだろ。」
「!!」
「……掌開示したのはなんで?」
だが、夜明は違った。
煙草を吸いながら実にフランクに、そして的確に柳に質問を浴びせる言葉には躊躇が無く、柳は少々気圧されてしまった。
『裏口を使っただけの、形だけの刑事ではない』と、嫌でも彼の態度は教えてくるのだ。
「…それは、オルカが冷静に様々な事に対処できるようになったから。…すね。」
「ふーん。……15才の異世界人に日本の常識教えんの、大変だったんじゃね?」
「まあ、そうすけど。
…でもオルカはバカがつく程真面目だし。
なんか知んないすけど我だけは強くなったんで。
…まあ、どうにか。」
「ふーん。…門松って明らかに真っ直ぐですんばらしいオトンだけど、コスイの教えたりとか出来なそうだもんな。
お前はどっちかってーと、近所の兄貴とかさ?
悪ガキってゆーか?、そんな感じ!」
「仰る通りです。」
「門松さん💢!?」
「こいつは本当に…、俺には思い付かないようなトコを…こう…現実的に教えてくれて。
マジでオルカにとっては良くも悪くも良い見本だったなと。」
「それ褒めてねーだろ💢!!」
夜明は門松と柳のやり取りをじっと観察し、ニッと笑い凜の居る窓辺に向き直った。
「凜!、俺こいつ気に入った♪」
「そうですか夜明。」
「おーう!、ひねくれてんのに良い奴だわ!」
「…ど、…ドーモ。」
なんでか夜明は柳が気に入ったようだ。
両名を知る加藤は『だろうな』と心の中で思った。
門松は『おお。柳が気に入られるなんて珍しいな』と、素直に喜んだ。
「さーってと!、んじゃメシにしねえ?」
「突然ですね。」
「だって難しい話すんならカロリーチャージせな?
お前も腹減ったろオルカ~!?」
「あ、えと、…はい。」
「雪ちゃんの料理はマジで最高だから!
なんせ俺のオババ直伝なんだし~!」
「…オババ??」
「婆ちゃん!、秋子っての!
マジで若い頃超綺麗でさ~!、料理上手な上に床上手💖!ってオジジもチョー自慢してて~!」
「ギャーハハハッ!?」 ←柳
「ケホッ…!!」 ←オルカ
「こら夜明。子供の前だぞ。」
「え。お前まさか……童」
「止めなさい夜明。イメージが損なわれる。」
「イメージとか今さらだしアハハハッ!!」
どうやら夜明はひたすらオープンなようだ。
身内の話を平気でして、とにかくマイウェイだ。
オルカは『童貞じゃないもん驚いただけだもん』と思いつつ、運ばれてくる料理全てに感動した。
「美味しいです!、これは何ですか?」
「ソレは葉っぱっぽく切ったカブに包まれたエビの刺身~。」
「これ凄く香りがいいです!!」
「それは肉になんか小細工したやつ~。」
…説明も実にフランクだった。
だがしかし、味は本物だった。
どれも素材から違うと一口で分かる物ばかりで、味付けも丁寧で繊細で、本当に絶品だ。
『酒飲みたかったなあ』と門松が思っていると、ふと凜が小さく呟いた。
「酒飲みた。」
「フッ!」
「…すまんな門松。
凜は酒好きで有名なんだ。」
「いえいえ。俺も丁度思ってましたんで。」
「え?、飲めばいいじゃん。」
「こら夜明💧」
「代行料金も出してもらえばいいよ!
あっ因みに料金全部凜持ちだから気にせんでな!
後で高額請求したりしねえからなっ?
その証拠の、ハイ俺の名刺!」
「あっ、頂戴致します。」
「ハイ柳も!、ハイオルカも!」
「どもっす。」
「ありがとう御座います。」
こんなフランクなのに、名刺はしっかりした物だった。
『公安本署 捜査第一課取締役 夜明蒼(ソウ)』と遊び心なくしっかりと明記されている。
そんなのは当たり前な筈なのに、夜明本人を知っていると違和感に感じるのが不思議だった。
(……海堂。)
凜はトークを夜明に任せ、胸の痛みと戦っていた。
彼の求めるようなオーストラリアの情報は得られなかったのだから。
だがどうしても、オルカの語る海堂とツバメが気になって仕方がなかった。
…パク。
(こんな偶然、ある筈がない。
…性格も似てるのに、見た目だけが違うなんて。
それに『金の龍に名を授かった』という理由で、代々『海堂という名で通す』…なんて。
…そんなの、…君らしすぎるじゃないか。
……君は僕の知る海堂ではないの…?
ツバメ…君も、僕の知る燕としか思えないよ。)
『カファロベアロの世界地図は現在のオーストラリアとほぼ一致』
(カファロベアロとオーストラリア。
この一見すれば全くの別物の二つに共通するのが、ミスト。
…そもそもオルカ君はどうやってここに。
しかも門松と柳と出会ったのは小田原。
……信じがたいが、本田が照合をミスるとは思えない。
彼等がオルカ君を保護するに至った理由も、やはり照合結果だろう。)
『呪われろ蛍石』
(…『呪い』。…再度起きた大崩壊でのみ発動した『黒い何か』。
…腑に落ちない。
オルカ君の聴力を奪ったり、実際にギルトを呪い殺そうとする程の力を持ちながら、何故コアは先王が殺害されるのを黙認した…?
王族の殺害が呪いたくなる程の罪だったなら、王の殺害自体を食い止めれば良かった話な筈。
…何かを知り、激しく動揺したギルトを、その場で呪い殺してしまえば済んだ話なのに…、何故コアは15年もの月日が流れた後でギルトを呪おうとした。
……オルカ君の行動や、海堂ツバメ達レジスタンスの行動は腑に落ちるのに、コアの行動だけがどうしても腑に落ちない。)
『オルカが王位を継承する寸前、コアは12時寸前を指していた』
『コアの時計は現在、12時を指し停止している』
『オルカは12人目の王』
悶々と思考する凜の脳裏に、本田の言葉がフッと甦った。
『もし明日未来が変わったとしても。
我々は何も失わない。
…何かを失うのは明日以降を生きた者だけ。』
………
『何かを失うのは、明日以降を生きた者だけ』
『海堂は、生きます。』
「…ツ!!!」
ガタッ!!
突然大きな音を立てた凜に注目が集まった。
彼は指先を白くさせながら口を押さえ、目を愕然と開きながら何処か一点を見つめていた。
隣に座っていた加藤は、あまりの凜の形相に『御当主?』と気遣った。
「どうされました?」
「……まさ…か。」
「…凜?」
凜は真っ白な顔でオルカと目を合わせた。
深紅の瞳は、本当に心配そうに自分を見つめていた。
「…君は、…まさか。」
「……?」
「カファロベアロは……」
「大丈夫すか?」
「……未来。」
「…?」 「??」 「…マジで大丈夫か凜~?」
「カファロベアロはオーストラリアの未来の姿。」
凜は目を大きく開けた皆の前で、放心しながらもハッキリと口にした。
「君は、カファロベアロという…
未来のオーストラリアから来たんですね…?」
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