第82話 起源に願うとは
「…み、未来…て。」
「……御当主、どうか冷静に。」
柳、加藤が困惑する中、門松はそっと目を瞑った。
彼は昨日から『まさかな…?』と、凜が口にした憶測と同じ疑念を抱いていたのだ。
だからこそ、口にされてしまって、形にされてしまって、心のどこかが折れかけた。
(まさか、同じ憶測に至るとは。)
うんざりしながらも気になったのが、オルカの前に座る夜明だ。
彼は凜の憶測に何の反応も返さず、今も何処か気まずそうにただ座っていた。
(まさか、カファロベアロの説明を聞いただけで、この憶測に辿り着いてたってのか…?)
「…オルカ、大丈夫か?」
「!」
柳の声にハッとオルカを窺うと、彼は愕然と目を見開き凜を見つめ続けていた。
その顔からは本当に驚き以外の何の感情も読み取れなかった。
夜明はじっとそんなオルカを見つめると、凜へと向き直った。
「…ったく。メシが冷めるっての。」
「ご、……ごめんなさい。」
「みんな、いいからとにかく食べよ?
憶測がなんであれさ?、現実は今、この瞬間、特に何も変わってないんだぜ?」
「……すみません。」
「海堂と燕の命がかかってんだ。
しゃーないですって凜?」
『俺さ、人に作ってもらったメシ残すのはタブーだから。』
そう言ってオルカに微笑み、夜明はパクパクと食事を再開した。
この言葉にオルカもハッとして、隣で自分を気遣う柳に笑って見せた。
「僕も残すのは嫌です。」
「……そ、そうだな?
確かに俺も嫌いだわ残すの。」
「…ほら加藤。凜。……食えって?
折角雪ちゃんが作ってくれたんだから。
……それに、さ?」
「……」 「………」
「人生は一期一会。…だろ?」
「!」
門松はゆっくりと夜明と目を合わせた。
夜明は水の入ったコップを門松に向け、乾杯と高く上げた。
「こんなユニークな縁に感謝!」
「…ハハ! …そうですね。」
門松も笑いコップを上げた。
そしてやっと門松らしく、心のガード無く三人と接した。
穏やかで、笑顔で、優しくて。
そんな彼の人柄は、やはり場を和ませた。
未だにテンパり続ける凜と加藤の心さえ、その温かい雰囲気に溶かされた。
食事が終わると、遂に考察の本番となった。
また広げられたカファロベアロの資料を前に、口を開いたのは凜だった。
「『カファロベアロは、未来のオーストラリアの姿である』。
この仮説を元に思考すれば、殆どの謎に納得がいくと思うのですが、…皆さんはどう思われますか?」
すぐに門松は返した。『同感です』と。
その言葉に柳はキッと目を吊り上げた。
『即答ってことは、アンタもっと前からこの仮説に辿り着いてたってことじゃん』と。
「先ず、カファロベアロの『世界地図』。
…最初にも思ったんですよ。
たった一つの大陸を『世界地図』としている点に、違和感を感じてました。
…そしてその地図の詳細は、『大陸を白いモヤが取り囲んでいる』。
…これは、オルカがテレビの画面を見た時に『カファロベアロ』と呟いてしまったことからも納得のいく一致かと。
二つは恐らく、同じ大陸です。」
「…オーストラリア本土に住まう人々の避難は現在70%程完了しています。その殆どが原住民の方です。
この比率の理由は大使館の撤収です。
オーストラリア原住民の方は母国ということで出国がまだスムーズな方なんですが、国籍の違う方々は大使館の早期撤収に足踏みを強いられているのです。
…オーストラリアは様々な人種が住む国。
…ジャポーネ、ラティーニ、イングラノと呼ばれる民族がカファロベアロの三大民族とされているのなら、それも納得です。」
「…御当主は、カファロベアロの人間はオーストラリアに取り残された人間である。…と?」
「あくまで現状と照らし合わせた場合ですが、そうなるのは自然の理だと思います。」
「……あの。」
オルカは口に指を添えながら、微かに首を傾げながら話した。
『ですがカファロベアロは、余りにもオーストラリアと違いすぎる』…と。
「僕らの世界は全てが石で出来ていました。
『風を生む風石』、『光を灯すホタル石』。
それに『浮力がある浮き石』。
他にも数え切れない程の特殊な石があって、僕らは不自由無く生活出来ていたんです。
ですがオーストラリアには、…いえ。地球にはそんな物存在しません。
…接点よりも、不一致な点の方が多い気がするんですが。」
オルカの言葉を聞いた夜明は、『へーえ!』と声を張り煙草に火をつけた。
「お前って顔と同じに賢いのなあ!」
「…えと、…ありがとう御座います。」
「頭良さそうな顔だとは思ってたけどさー?
喋り方もしっかりしてっし。……
こりゃ門松の教育か(笑)!?」
「いや、こいつは元々こんなでしたよ。
…ただ、柳という存在が身近に居てもブレない程の、しっかりとした我の持ち主なのは確かです。」
「なーんで今俺をディスりにきます💢?」
夜明はケラケラと笑うと、『そっからが考察の本番なんだぜ?』とオルカに微笑んだ。
妙に奥深い、独特な笑みだった。
「『オーストラリアが何故全くの別物へと変貌してしまったか』。
これが、最大の謎であり全ての起源だと思う。」
「…全ての起源。」
「そう。…人類なんて最近の生き物でよ?
地球の歴史に比べりゃ…もう…ほんとちっぽけなのな?
それなのに我が物顔で生きてっから、『人類はぜーんぶ知っている』バリの傲慢思考するのが大半なんだわ。
…けどさ、分かりきる筈がないんだわ。
『どうして何も無かった惑星に生物が生まれたのか』…この、全ての生物の起源であり最大の謎はまだ解き明かされてない。
…むしろ、解き明かせる筈もない。
地球は惑星の一つ。…大きな大きな宇宙の一部。
その宇宙がどうやって生まれたのか。…なんてさ?
トライするだけ無意味なんだよ。
…だが?、人類の叡智が追い付かないような超時空で…、三次元ではなく五、六次元の世界で?、確かに宇宙が生まれた瞬間はあった筈なんだ。
…俺らが追い付かないだけ。辿り着けないだけで、『存在していなかった訳ではない』。」
「………」
「つまりなオルカ。
『全てに、必ず、起源がある』。
…それはカファロベアロも例外じゃない。」
「………」
「そしてカファロベアロが未来のオーストラリアなんだとしたら。
…俺らはまだ、『起源の前に居る』。」
「…!!」
しん…とテーブルは静まり返った。
確かにまだオーストラリアはオーストラリアのままだ。
もしオルカが未来から来たのなら、カファロベアロ誕生の前に彼らは居るのだ。
夜明は目を細め、『そして…』と続けた。
「起源の前に居るのなら。
…『起源そのものを破壊する事が出来る』。
こうなれば…、『起源とは何だったのか』。
『何が起きてオーストラリアがカファロベアロと化してしまったのか』の疑問は、…関係無くなる。」
「夜明!!」
「………」
「……気持ちは分かりますが、……
それは余りにも、………残酷です。」
「……」
オルカは何故凜が夜明の言葉を遮ったのか分からず、眉を寄せ微かに首を傾げた。
だが彼は、『意味が分かっていなかったのは自分だけ』なのだとすぐに知った。
門松と柳も顔を伏せてしまっていたのだ。
その顔は固く、二人とも眉を寄せていた。
「……え、なんで。……そんな顔を?」
「…あのなオルカ。」
「柳!」
「ですが、……」
「………」
キィィィィィ…
「!!」 「!」 「う…へ!?」
その時、突然リンクが起きた。
凜と加藤と夜明は、本当に虹色に光りだした髪の毛に目を大きく驚愕した。
とても透明な透き通るような感覚がして、オルカは不意にリンクが起きたと察した。
そして直後には、頭の中に声が木霊した。
『ワタシを壊して』
「!」
『オーストラリアを救って 最後の王』
ィィィ…… …
透明感のある女性のような声は、それだけ言うと消えていった。
柳は『コア、なんだって?』と慣れた様子で問いかけ、凜一派は『慣れすぎ』…と更に驚愕した。
「…『わたしを壊して』。」
「!」 「……コアが、そう言ったのか?」
「恐らくはコアです。…感覚は透明でした。
あと、『オーストラリアを救って』…と。」
「…そんだけか?」
「……『最後の王』…って。」
「!!」
門松は目を大きく開き、直後、口をぐっと縛った。
オルカは何故今リンクしてきたのかと疑問に思いつつ、『最後の王?』…と眉を寄せた。
「……僕は、…最後の王様なんでしょうか。」
「………」
「それってどういう意味…… …!」
『最後の王』とはつまり、『国が終わること』。
「……カファロベアロ…が……」
『オーストラリアを救って』
「…っ!!」
この時やっとオルカは理解した。
『起源を破壊する』とは、『オーストラリアを救う』とはつまり、『カファロベアロを誕生させないということ』だ。
『2500年もの間紡がれてきた命全てを、無かった事にする』という事だ。
ガタン!!
「…そんな…の!?」
「オルカ落ち着け。」
「無かったことに……なんて!?」
「オルカ!」
「シスターの…ヤマトの!!
茂さんの…海堂さんの!!」
「…オルカ。」
「数え切れない人々の命を…人生を!、なかったことになんて…!!、出来る筈がない!!!」
カタン…!
動揺し立ち上がったオルカに、凜も立ち上がった。
その小さな音でオルカはハッと我に返り、動揺し息を切らせながらも落ち着こうと努力した。
そんなオルカに、凜はにっこりと微笑み指でチョイチョイとアクションした。
「少し、二人きりで話しませんか?」
「ハァ…ハァ…っ、」
「ハマの王とカファロベアロの王。
…王同士、少しブレイクしましょう?」
「!」
凜はにっこり笑い、『ハマの王相手じゃ不服ですか?』と眉を上げた。
オルカはつい笑ってしまって、『まさか』と首を振った。
「……光栄の至りです。」
「おや!、何処で覚えたのそんな言葉。」
「柳さんと見たアニメです。」
(やめてええええっ!!!)
「ふふっ!そうですか。
…では参りましょうかオルカ王(笑)?」
「…お先にどうぞハマの王。」
「おや!、ハハハハッ!」
カラカラと扉は閉まり、刑事四人が残された。
途端に柳は頭を抱えテーブルに突っ伏し、『フザケんな』と指先に力を込めた。
「…このタイミングでリンクだあ?
…こんなん、コアの意思で間違いねえじゃん。」
「…つまりー?、『コアはカファロベアロを壊したがってる』…ってー?」
「それ以外に無えよッ!!!」
ガンッ!!
「つ…、…フザケんな。…フザケんな!!」
「…柳。」
「あいつがどんっだけ…苦労したか。」
「……」 「……」 「……」
「独りぼっちで…右も左も分からねえ…小田原の温泉に落とされて!!
何も知らない土地で…何も分からない…世界に!!
どんだけ恐かったのかなんて!!俺等に分かる日なんてゼッテエ来ねえッ!!!」
「……」 「……」 「………」
「あいつをそんな孤独に落とした理由が…っ、『カファロベアロを壊す為だった』…なんてッ!?
クソ笑えねえってんだよッ!!!
あいつにとっては…家族で!!
母ちゃん殺されてようが…大崩壊に巻き込まれようが!!あいつにとっては故郷だろ!?」
「……」 「……」 「………」
「家族だけじゃなく…っ、全ての生物を……
カファロベアロの…2500年を生きた全てを無に帰す事を……」
「……」 「……」 「……」
「……なんで、…よりによって。
あいつに……強制すんだよ。」
門松はそっと、頭に爪を立てる柳の手に手を添えた。
余りにも、残酷すぎた。
「……でもさ、柳?
多分…マジで多分…なんだけどさ。」
「…なんすか。」
「多分、もう、……時間がねえよ?」
「!」 「!」
夜明の言葉に柳と門松はハッと顔を上げた。
凜は確かに『時間が無いんです』と必死だったと。
そんな二人に夜明は、煙草を吸いながら椅子に深く腰かけた。
「御当主も俺もな、『何かが起きるまでもう秒読み段階だろう』って憶測を立ててたんだ。」
「それは、オーストラリアに…?」
「ああ。」
「…加藤副署長も同じ考えなんですか?」
「…いや。…俺は五次元だの六次元的思考は不得手でな。
いまいち二人が話す事がよく分からん。」
「別にそんな時空で物考える訳じゃ。
…でもまあ、今回の事についてはソッチで思考すべきなんだけどさ。」
「…どういう意味すか。」
夜明は『恐らく今年末か来年末に、オーストラリアに何かが起こる』…と告げた。
その根拠は『12年』なんだそうだ。
「ミストが発生したのは、11年か12年前の年末なのな?
どちらとも言えねえから、『今年末か来年末』て曖昧な感じなんだけどさ。」
「…だからってなんで、『何かが起こる』と?」
「『円環』。」
「…円環?…て、……」
「『世界には幾つもの円環が存在している』。
『新しく何かがスタートし、そして終わっていく数字』。
それこそが『円環』。」
「……?」
「時計で考えてみ。」
「!」 「!!」
「秒が時を刻んでいき…
最終的に12で一周する。
…一日は24時間なのに、何故時計が12時設定なのか。
それは恐らく不自然だからだ。
夜と昼は霊的視点から見ても世界が違う。
…そういった意味でも、一日が『12を二回』というのは理に叶ってんだよ。」
「……」 「…すんません意味不明す。」
「ハハ!、まあそうだよなハハハッ!!」
夜明は豪快に笑ったが、ふととても静かなオーラを放ち、遠くを見つめた。
「凜の婆ちゃん、『水』ってんだけどさ。」
「……」 (何故今急に身内話??)
「水さんさ、…ソッチの力ハンパなくて。」
「…ソッチとは?」
「所謂スピ系?」
「!」 「…マジすか。」
「これマジだから。…水さん言ってた。
『私はただ見えるし感じれるだけ。
でも本当はみーんな、見えないものと繋がれるんだよ?』って。
『世界って、当たり前にそう出来てるのに、人間がそれを察知できなくなっただけなんだよ?』って。
…水さんには凜の家の金の龍が人間と同じように当たり前に見えてたし、時に亡くなった人が『自分の遺体はここだ』って教えに来た。」
「………」 「…マジすか。」
「マジ。…明るい人でさ。
でも力のお陰で苦労もしてて。
…未来を見ちゃったりとかもあったらしくて。」
「………」 「………」
「…だから、なのかは知らんけど。
凜にもその力が宿ってて。」
「!」 「…マジすか!?」
「マージ~。
…昔っから、たまーにだけどさ、…夢とかで?未来を垣間見てしまう…とか。
あと、初対面の守護霊とか守護神が見えて、彼等の言葉だけで相手の性格が分かるから?、付き合いを続けないってハナから決めちゃったりとか(笑)?」
「「💧」」
「そんな凜がさ、……止めたんだよね。
海堂と燕に調査隊の声がかかった時。」
「!」
『お願いだから…止めて!!
別に二人が行く必要はないでしょう!?』
「…でもさ。海堂も燕も本当に出来た人間だから。
『ミストの解明が少しでも進むなら』って。
『誰かがやらなければならない事だから』って。」
『……これは命令です。海堂。』
『!!』
『…行くな。』
「あんなガチな命令なんてする奴じゃないのに。
…あの日だけはさ、……マジで。」
「……」 「……」
「けど、……二人は行った。
『自分の命よりも優先すべき事です。
貴方の正義に恥じぬ為にも我々は行きます』って。」
『必ず帰ります』と書かれた手紙を信じるしかなかった凜。
だがミストは益々濃くなっていき、調査隊は『大陸の中心を目指す』というメッセージを最後に、行方不明となってしまった。
すぐに凜はオーストラリアに発とうとしたが、身内や政界から強烈な制止を食らい、結局渡航ならずで…現在に至るのだとか。
「そんな凜が言ったんだ。
…海堂と燕が発った朝に。」
『ミストは、…充電器…?』
『は?』
『12年は、……チャージタイム…だったのか!?』
『……何言ってんだ凜?』
『…夢で見た。』
『!、何を!?』
『オーストラリア大陸が、………』
「当時、その夢を初めて見たのは10年くらい前だったって。
ま、ざっくりミスト発生時と被ってたってのは?
後々やっと分かった事だけどな。」
「…どんな夢を?」
「凜が霧の中を歩いてんだと。
右も左も分からない、真っ白な中を。」
「………」 「………」
「足元は固い石なんだけどやたらデコボコで?
それに生物が取り込まれるように石化してたって。」
「……」 「…石化。」
そんな世界を凜は宛もなく歩き続け、いつの間にか大きな山の前に居たそうだ。
その山を必死に登ると、大きなクレーターのような場所に辿り着いたらしい。
そこは霧が晴れていて、辺り一面が見渡せたのだが、見えたのは自分が歩いてきた白い霧の世界だったという。
「遥か眼下に広がる…一面の曇の床。
そんな印象だったってよ?」
「…雲の床。」
「そこは山の頂上で、大きなクレーターみたいな?
噴火跡みたいな窪みがあったって。
『これは何だろう?』と思っていると、その中心に何かが光るのが見えた。」
その光る何かがどうしても気になり、凜はクレーターを下りていった。
そしてやっと光に辿り着くと、それがとても大きな光の塊だと分かった。
触れてみると石の様だが、勝手に内側から異様な程の光を放っていたそうだ。
そしてその石の上に、確かに『12』という数字を見たそうだ。
「!!」 「…『12』。」
「そ。しかもなんと、『11から12に変わる瞬間を見た』。…『何の数字?』と思っていたら、突然その光る石が霧を吸い込み始めた。
そりゃもう…尋常じゃない程のスピードで。」
「………」 「………」
「吸い込まれる風に息さえ出来ず、巻き込まれ訳が分からなくなった時、……石が突然爆発した。」
「!」 「…うわ。」
「視界が一気に遥か頭上に切り替わった。
…下を見てみると、さっきの光る石から大量のエネルギーが…、視覚で認識出来る程のエネルギーが世界を飲み込んでいった。」
「………」 「………」
「更に目線?…が変わり、凜は地球を見た。
地球の一部が地面からの光に包まれ……
最後には丸く覆われた。」
そこで夢は覚めた。
凜はこの夢を11年に渡り小出しに見続けた。
そして海堂と燕がひっそりと誰にも告げることなく出発した朝、凜は最後の夢を見たそうだ。
そして、直感したそうだ。
『あの霧は、あの光る石が放ったエネルギーをチャージしていた』と。
「だから『ミストは充電器』、『12年はチャージタイム』って口走ったんだと。」
「………」 「……」
『だからか』と門松は深く納得していた。
コアの絵を見せた時、凜は目を大きく開け、食い入るように見つめていたのだ。
それに、凜が『時間が無いんです』と必死だった事にも納得せざるを得なかった。
特殊な夢を見るという自覚がある人間が、そんな夢を見てしまったのだ。
きっと自分が思っているよりも相当彼は焦っているだろうと思った。
「…それにさ。カファロベアロさ。」
「……」
「スペルが妙だろ。」
「!」
夜明は本当に鋭い男だった。
彼は最初にデータを見せられた時には、CaFAlOBeAlOCのスペルの違和感と、歴代王のミドルネームのアルファベットが一致している事に気付いた。
更にその根本が、化学式であることも理解していたのだ。
門松は昨日得たばかりのそのデータを今日開示していなかった。
なので柳からすれば新しい発見で、『なんだこれ!?』と思わず声を張った程だ。
「石の…化学式の並べ替えで出来てる…とか。」
「念のために省かれた素数を足したんだけどさー?
これは13だった。…惜しいよなっ?」
こんな、異様に頭の切れる夜明が導きだした答えは…
「これは『コアの生みの親が仕掛けたトリック』。
…つまりカファロベアロとは、『人為的に生み出された国である』。」
「……そう…なるのか?」
「そうでしょ。…加藤はほんと頭かてえなあ。」
「💢」
「『Ph歴』ってのも何かの頭文字だろうな。
…そして人為的に生み出されたコアが『破壊を望んだ』としたならば、それは『コアの生みの親がそれを望んだ』と言える。」
「……つまりは現代の人間が。」
「そう…なるな。…うん。そうだな。
…アンタらこういうの聞いたことある?
『地球上の質量は変わらない』ってやつ。」
「??」
「あります。…なんか、動物が草を食べようが糞として排出されて、それがまた養分になって草が生えるし、動物だって生まれては死んでいく。
そして人間が何を加工しようが、全ては地球上に存在している物を加工しているに過ぎないから…、地球上の物質の質量は実は変動しない。…という?」
「そうそう。流石は門松じゃーん。
あっちこちにツテがあるのも納得の勤勉家!
…見習えや柳(笑)!」
「……いや、聞いてるだけで胸焼け起こすんでパスで。」
「だーっはっはっ!!マジでお前ウケる!!」
「…それで、何が言いたいんだ夜明。」
夜明はペンをクルリと回し、円を描いた。
「おうつまりな?、『ミストが12年かけてエネルギーをチャージしたんだとするならば、それを覆す程のエネルギーも同じだけ必要』って事。」
「…カファロベアロでは2500年が経過したが、エネルギーチャージを示すコアの時計は…12時を?」
「そうそう流石!
つまり。コアの時計の針の意味はこうだ。
『一時間は王一人分』を。
そして『一人分は過去の充電一年間分』を指している。」
「……あ、そうか!
『12人で満タン』とした場合、一時間分は王族一人分の寿命、エネルギーを指していたと。」
「そう柳も冴えてきたじゃーん。
…この憶測は憶測でなく、恐らくは事実だろう。
だからコアは時計の針を動かさなくなったんだよ。
…つまり、『最後の王オルカが王位に就いた瞬間、エネルギーは満タンに満たされた』んだ。」
「…!」 「……」
「だとしたなら?、オルカだけが特別なのにも納得がいくだろ。
…先王までと違って、オルカは完璧なエネルギーを扱えるんだから。
…それは、法石を通じコアと一心同体のような存在のオルカにだけ許された、正に特別な力だ。
……だからこそ、コアが呪いを発動出来たんだ。」
「そうか!、未完成だから、コアは先王殺害を食い止めることが出来なかった。
更には、先王殺害はコアの破壊と同義。
…だとしたら『未完成なワタシの破壊は』の言葉の意味が!」
「そうだろ門松~。
…この世界にオルカが飛ばされたのも、エネルギーが満タンになり、コアが完璧な状態になったから起こせた力なんだと思う。」
『それだ』と門松は素直に思った。
もはや直感のようなものだったが、本当に全てに納得がいったのだ。
だが謎解きの快感とは別に、最悪な胸焼けを起こしてもいた。
「……じゃあ、…オルカは本当に…」
「…恐らく。…本当に最後の王だろう。」
夜明はペンでサラサラとCaFAlOBeAlOCと円形に紙に書いた。
時計と同じように、一時の位置から文字を書いていくと、頭文字のCと最後のCが隣り合わせになった。
「……これが、俺が思うカファロベアロの円環。
Cに始まりCに終わる。
…じゃなきゃ最後がCで終わる理由が無い。」
「……」 「……」
「時計の針は現在、オルカのC…最後のCで停止している。
……つまり、『この先は無い』という、コアの意思表示だ。」
「……」 「…っ、」
「続かせることが可能なのかさえ、俺らには分からない。
それはコアを生み出した人間と、コア本体にしか分からない。」
夜明は静かに話し終えるとペンを置き、小さく息を吐きながらまた椅子に深く腰かけた。
柳はCaFAlOBeAlOCの時計を見つめ、グッと拳を握り口を縛った。
「つまりなんすか。…コアの言いなりに!
あいつにカファロベアロを破壊させなきゃなんないって話ですか!?」
「………」 「…柳…。」
「あいつまだ…18なんだぞ!!
まだっ、まだやりたい事一杯あって!
…楽しいデートすら、………」
「……」 「……」
「……茂の気持ちが、…マジで分かった。」
「…何?」
「時は、……流れていくんだ。
そうであるべきなんだ。
…下手に起きた事を…こねくりまわして!
下手にいじろうとすっからこうなるんだッ!!
当事者の気持ちなんか…っ、何一つ汲みゃしない!
利己的で傲慢な…一方通行の解決法!!」
「……ふぅ。」
「…柳、落ち着けって。」
「きっといつか結婚して…誰かの父親になる!!
茂が願ったのは…当たり前の…っ!
あいつの言葉は唯一無二の人道的発言だよッ!!」
「やーなーぎ!」
またヒートアップした柳を門松は制した。
それは『諦めろ』という顔ではなかったが、決して明るくはなかった。
夜明は『まったく同意見だな』と思いつつ、柳を本当にいい奴だと思った。
「……苦労したんだろうな、お前。」
「…!」
「変な話。…コアがお前らの元にオルカを送ったの、なんとなく分かるもん。」
「………」 「………」
「お前らマジで、……いーい奴らだわ。」
門松の苦笑いと、『知るかよ』と髪をクシャッとした柳を、夜明は穏やかに見守った。
誰もが口にしなかったが、結論は出たのだ。
『もしオーストラリアで起こる『何か』を食い止められなかったとしたら。
オーストラリアの生物は死滅し、少数の人類だけが生き残り、そして、オーストラリアはカファロベアロとなる』。
「この地球上から孤立して。
全くの別世界と化してしまう。」
「……切り離された時点で、最悪時の流れさえ狂ってるかもしれない。」
「!」
「カファロベアロでの2500年が地球の時間と同じとは、限らない。」
門松がそう呟き、夜明は口に手を添えた。
柳は意味が分からず、ただ『疲れた』と心底思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます