4章 僕のした選択

第164話 オルカ米、デビュー

「これが『コメ』か!」


「試食したけど美味しかったよね?

あ。調理器具とセット販売してる!」



「ねえママはやくっ!!」


「はいはい。…この子ったらオルカ様の大ファンでね?、今日は絶対行列だから嫌だったのに、『絶対今日食べたい!』って大騒ぎして。」


「仕方ないさ。俺もチキンフライには感動したし。

…本当に凄い行列だな。」



 12月中旬。オルカ米は全国へとデビューした。

様々な調理法があることを教えるために大規模な試食会を全国のあちこちで開催した後、満を持して売り出された米は、炊飯器と共に飛ぶように売れた。


 海堂は全国に米を中心としたメニューを揃えた料理屋を出店予定だ。

これには各地区の統治者達が『やりやがったな海堂💢!』といきり立った。

どれだけの儲けになるか分からないからだ。

今から米のメニューを考えても完全に出遅れなので、海堂はほぼ米の市場を独占したようなものだ。


月に一度開催される統治者が集まる統治者会議でも、海堂は皆のブーイングにニタニタだった。

『我、勝利したれし』と。


 オルカは初めての大仕事が無事に終わりほっとした。

 一時は『炊飯器一点一点全てがオルカ様の手作り!』だの、『オルカ様のお力により生まれたのが米!』『試食は全てオルカ様の発案メニュー!』だのと大々的に銘打たれハラハラしたが、確かにどれも嘘ではないのでどうにか罪悪感も抱えずに済んだ。



「あんな、力で大量生産した物を『職人の手作り』みたいに銘打っていいのかなって、正直胃がドンヨリしましたよ。」


「だってちゃんと君が手作りしてんだから♪」



 本当に、海堂は抜け目ない。

『海堂さんは日本にも物凄く適応して大儲けしそうだな』と、何度思ったか。


 米の大盛況を執行議会の長官執務室から眺めながら、オルカとギルトは苦笑いし合った。

海堂は非常に満足げに高い視界から王都を眺め、『いーい眺めですね~!』とゴキゲンだ。



「…にしても、なんかねぇ?

オルカ君てさ、ほんと、…実は豪胆ですよね?」


「え?、何故ですか?」


「だってさコメの名前…『米』ですよ?」


「?、だって米ですし。」


「もっとコジャレた名前にすれば宜しかったのでは?という意味ですよ。

…あちらでは『ライス』という呼び方もあったそうではないですか。…『米』て。」


「ライスはただの英語ですし。

米は日本人の飽くなき向上心によって進化を続けているんです。

そんな日本人のスピリットを、僕が適当につけた名で売り出すくらいなら『米』がベストです。」


「……豪胆なのにクソ真面目なのよねぇ。」


「フフ!、やめないか海堂?

…オルカ様?、ではニホンでも『米』は『米』という名前だったのですね?」


「?、ううん?、コシヒカリとか色々あったよ?

…あきたこまちとか、ゆめぴりかとか。」


「………」 「………」


「多分開発した人が名前をつけてるんだろうね?

星座も化石も確か発見した人が名付けていたし。」


「「………」」



『だったら名前をつけても良かったじゃないか』…と二人はスンとした。


 オルカ的には、意図して品種改良したならまだしも偶発的にここに適応した米が生まれてきたのだから僕が開発した訳ではない。…らしい。


だが実際は元々の米の概念が覆っているのだから、別に良かったのではないだろうか。



ガチャン!



 海堂とギルトが神妙な顔で微妙に首を傾げた時、執務室のドアが開きジルとヤマトがキャイキャイ盛り上がりながら入室した。



「コレ超ウッマー!」


「…えっとそれねー、『カラシミソ』だね。

俺は肉巻きがヒット。…忙しい移動の最中に簡単に食べられるのマジ有難くね?」


「分かる分かる!、パンでもいいんだけどさ?、歩きながら食べるのって実は大変じゃん。

水分取られて喉は乾くしさ?

でもおにぎりってあんま乾かなくてさ!」


「そうそう。食べ終わってからゴクンて水飲みゃ充分よね。

クソ忙しくても人の目掻い潜って一分ありゃチャージ完了とか、…神じゃん。」


「分かる分かる!、パンだと三分は欲しいもんなー!

それに味変も利かないだろ?、でもおにぎりなら小さいの何個も作っておけばサッとパクッと食べられるのに違う味も楽しめるし!」


「超分かる~。」



 …なんだかすごく盛り上がっている。

ヤマトが持っているバスケットには小さなおにぎりがぎっしり入っていた。

実は本日から二日間、王都限定で様々なおにぎりが売り出されているのだ。

おにぎりの内容は全てオルカが発案し、味付けの監修を行った。

『お米は保温だけじゃなくてこうやって調理すれば冷めてもおいしいよ?』というアピールの為だった。


 ヤマトはモグモグとおにぎりを頬張りながら一行にズイッとバスケットを差し出した。

『どうぞ?』という意味だ。

 ギルトと海堂はバスケットを覗き込み、どれにしようとじっと見つめた。



「…あ。僕カラシミソまだ食べてないや。」


「…では私は肉巻きを。」


(やっぱり!)



 オルカは隠れて顔を伏せた。

やっぱりギルトはお肉が大好きなのだろう。



「頂きますオルカ様。」


「いただきます~。」


「はいどうぞ。」


(…って、僕が作ったわけじゃないんだけど。)



 オルカは日本にて、柳の要望で多くのおにぎりを作ってきた。

柳はおにぎりが好きだったのだ。だが自分では調理が出来ないのでオルカに作り方を教え、作らせていた。

…それがこんな形で役に立つとは。

本当に人生に無駄な事は一つもない。



「!、カラシミソいいですね!

ピリッとしていて…奥深いコクがあり適度な塩気が食欲を増進させます。」


「青唐辛子とハチミツがミソなんです。

…味噌なだけに。」


(肉巻き…おいしい。…ああおいしい。)


(あ!、またギルトの心が…(笑))


(オルカ様が考案なされたが故に更においしい。

…足りない。…が、これ以上ははしたないぞ私。

……夕飯までまだまだあるな。…ふう。)


「ブッ…!!」



 実は名字持ちの家は厳しくテーブルマナーを教えられる。

いくら血がブランドだろうがだらしなくては格好が付かないからだ。

 主に前菜、メイン、デザートの順で食べるのが基本で、おかわりは『はしたない』とされ禁じ手だった。

故にギルトはおかわりがしたくとも出来ないのだ。

自分に厳しい彼らしいひもじさである。

誰よりも仕事が忙しく誰よりも頭を使い誰よりも鍛練を怠らない彼が、皆と同じ食事量で足りる筈などないのにだ。


だが本当は、そこまでお堅くしなくても良いのが実際のところだった。

イルとジルも公の場ではしかとマナーを重んじるが、普段は平気でおかわりをしているし、細かい事など何一つ言わない。

だからギルトも、おかわりしたければすればいいのだ。

それなのに彼がおかわりを拒み、しつこい程に『はしたない』と己を律する理由は…。



(…ハァ。私は大食漢だからな。)


(え!?、そうなの!?)


(14の頃に父に『本当に大食漢だなお前は。』と言われてしまったからな。

…『あと一杯だけ』とおかわりをしたところでどうせまだ食べ足りないのだろう。)



 …という理由からだった。

ギルトは己を食いしん坊だと思っているので、必要以上に気にしてしまうのだ。

 オルカはついギルトを切なく見上げてしまった。

彼はこの先の長い人生、こうやって我慢しながら生きるのだろうかと。



(…可哀相に。

僕的にはお腹いっぱい食べて、『よし明日もがんばろう!』…って元気になってくれる方が嬉しいのにな。)



 そりゃそうだ。

なんだか、『どうせ食べるなら大好きな物を食べたい』としていた柳を彷彿とさせる姿で、余計にオルカは切なくなった。


こんな節食主義の前でヤマトは食べ盛りを発揮しパクパクとおにぎりを平らげていくし。

海堂はヤマトが手に持ったおにぎりを一口づつ貰いテイスティングしているし。

ジルは『次あたし肉巻き!』…と、ギルトの好物を目の前で食べようとしているし。



「…よし!」


「ん?」 「どうしましたオルカ君?」


「今日のディナーは僕が作ります!」



 オルカは拳を握った。

皆は不思議そうにそんなオルカを見て、『あ、食べすぎた』と手を止めた。




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