第163話 色濃くなる影

カツン… カツン…  …カサ。 カツン…



「…!」



 深夜、トルコは牢の下に滑り込んできた紙をサッと取り、廊下から入る明かりで読んだ。


紙を入れた人物はもう居なかった。



『俺を出せ。

それが成功したなら俺の全てをやる。』



 トルコは目を細め、牢の角に隠してあった小さなペンの芯を持ち、紙の裏に返事を書いた。



『『全て』ってなんだ。』



 後日、また深夜の巡回の足音が響き、カサ…と紙が滑り込んだ音が。


紙を開いたトルコは微かに目を大きくし、口角を上げた。



『俺の全財産だ。今は五地区のとある場所に保管させてある。

近々お前にそれの管理人を面会人として送る。

あとはそいつに聞け。

その金で妹と好きな場所に行き好きに暮らせばいい。

俺を出してくれるなら後はどうでもいい。』



 数日後、昼、監守がトルコの牢の前に立った。

その監守は保安局の副主任だった。



「面会だ。出ろ。」



 腕を縛られ廊下を行きながら、トルコはふと監守に話しかけた。



「世も末だねぇ…?

政府からも信頼される、アンタみたいな保安局の大物が、まさか暴行支持の享楽犯とは。」



 監守は鋭い目をトルコに向けると、『何の事だ?』とスタスタと歩いた。


トルコは眉を寄せ呆れたように笑いながら、鼻で溜め息をついた。



「部下が暴行容疑で山程逮捕されて。

人員補充にわざわざお偉いさんを呼んだってのに。

…これじゃオルカ兄も政府も救われねえや。」


「…何か勘違いをしていないかね。」


「さあ。…少なくとも、まさかアンタが伝書鳩になってくれてるなんて…、誰も思ってやいないだろうよ?」


「……夜と昼は一体なのだよ。」


「…あ?」


「闇と光。空と大地。昼と夜。

真反対の存在があるからこそ、一方が輝くのだ。

誰もが法を遵守し、誰もが平和の虜となったなら、この世界は遂に秩序を失うのだよ。」



 監守の言葉にトルコは眉を上げ口をひん曲げ、声を殺し苦笑いした。



「…まさか、…そうくる?

まさかアンタ、自分が世界の為に汚れてやってるとでも言いたいわけ?」


「その通りだ。…想像してみたまえ?

誰もが平和に生きるとは、誰も自分の身を守らない世界と言えるのだ。

危険があるから何かを学ぶ。

刺激が無い世界はただの空虚そのもの。

この世界がもし光だけになったなら、光に完璧に満たされてしまったなら。影無き世界で人は左右すら分からず路頭に迷うだろう。

そして途方に暮れ、知るのだ。

『影とはこんなにも尊きものだったのか』と。」



『イカレてら。』…とトルコは口を閉じた。


 面会部屋に入ると見知らぬ女性がにっこりと笑顔で迎えてくれた。

かなり細身で髪の長い40代に見える女性だった。


監守はそのまま退室し、二人きりに。



(…張り付いた笑顔の女。)


「これね?、言われていた物よ?」


「……」


「これは彼の実家の地下の鍵。

五地区の4エリア。地図はこれよ?」


「…アンタは?」



 サッと地図と鍵をポケットにしまうと、トルコは面会人と雑談をした。

女性は、名前は名乗らず『生き残り』と小さく溢した。



「…へえ。」


「あなた、まだ若いのに。

…妹さんがいるのよね?、…大丈夫?」


「大丈夫じゃねえよ。」


「…そう。」



 トルコはグッと眉を寄せると、気持ちを切り替えるように深呼吸し、グイッと前のめりに彼女と目を合わせた。



「なあ。用意してもらいたいモンがあんだよ。」


「……言っておくけど、私がここに居るのは指示だから。貴方に情は無いわ?」


「ハッキリ言うねえ!、…けど?、もしそれがあいつの為になるんだとしたら?」


「……聞くだけは聞くわ?」


「そうこなくっちゃ!、話の分かるオネエサンだねえ!」



 数分後、彼女は帰っていった。

トルコはまた監守に縛られ、二層へと戻っていった。


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