第162話 共通する違和感

 結局炊飯器の大量生産は、人の手ではどうやればいいのか分からず、オルカの仕事になった。

いくら力を使えるとはいえたった一人での生産は無理があるでは?…と誰もが思ったが、案外一度作ってしまえばオート機能のように同時に何個も長時間的に作れるようになり、クリアした。


大量生産前には実際米を炊いてみた。

これが直火でもとてもいい感じに炊けて、保温の為にピッタリ閉じる蓋もセットで作ると完璧だった。

保温には熱石という石を使う。

これは元々どの家庭にもあるような食卓に運ぶ鍋の下に敷く保温用の石なので、問題なさそうだ。



「流石はオルカ王ですね!

これなら大ヒット間違いないですよ!」


「…けど、今からこんなに作らなくても。」


「まあね?、売るための箱もまだですが、すぐに手配します。

取りあえずデッキがこれじゃなんですからね、ここの原料分だけは今作ってしまって、完成した釜はまたオルカ王に浮かせて運んで頂いて、そしてうちの倉庫に保管しましょう。」



 ギルト、限界である。

いくらなんでもオルカを使いすぎだろうと。

…だが、オルカなら人手を使わずスイスイ運べるのは事実だ。



(だからといってオルカ様を顎で使うような…

この…この!、海堂め!?)


(うわぁ長官ブチギレカウント入ったべ~。)


(…うわ面倒臭い予感しかしない。)



 ヤマトとジルは同時に目を合わせ、『そうだ仕事が!』とにっこりと笑った。



「お前に手伝ってほしい事があったんだよー!」


「マジ~?、全然手伝う~。」


((ではではサヨウナラ。))



 こうして二人は逃げた。


 オルカはというと、意外と原料が減らないので困り、原料ごと役所の倉庫に移動するのを提案した。

…彼はそれらを全く手間に感じないのだ。

だから海堂に無礼だのと思う筈もなかった。



「ではお願いしますオルカ王。」


「…海堂、後で話がある。」


「いえむしろこの後話があります長官。」


「…ん?」


「長官も一緒に参りましょう?

道中のオルカ王の警護もかねまして。」



『ね?』と笑った海堂に含みを感じ、ギルトも同行することに。

 オルカは『なんなら?』と二人に石の山を指差して見せた。



「これに乗ってしまいましょうか。」


「…  「エッ!?」」


「別に二人増えるくらいなんともないですし。

公道を行くのは逆に皆さんの迷惑になるかと。」


「…………」 「…………」



 空を飛ぼうチャレンジ、強制スタートである。


 オルカは返事も待たずに原料の石をザア!っと纏め、あっという間に大きな岩盤にしてしまった。

そしてピョンと岩盤の上に乗り、『ほら?』と手を差し出した。


 ギルトはギョ…としつつ、愕然としつつ、恐怖に堪えながらもオルカの手を取った。



グイッ!



 とても不思議な感覚だった。

本来なら絶対に乗らないだろう空の旅なのに、オルカが大丈夫と笑えば大丈夫に感じてしまうのだ。

それに強く腕を引かれた時、その力強さにオルカの成長を妙に実感してしまった。



「海堂さんも!」


「…マジかあ。」


「はは!、気持ちいいですよ?」



 海堂は汗を垂らしつつもニッと笑い、オルカの手を取り岩盤に乗った。



「お……と。」


「……浮いている…のか。」



 岩盤に乗るとその安定さに少し安堵したが、それにしても不思議な気分に陥った。

『自分は今、宙に浮いているんだ』と。

こんなのは当然経験したことないし、一生経験する筈のないものだ。

それなのに今、本当に宙に浮いているんだと思うと、ついオルカをまじまじと見つめてしまった。



(本当に、君の恩恵は凄まじいね…?)


(オルカ様にしか出来ない事。

…この世界は本当に、オルカ様によって進化していくのだろう。)



 オルカは二人に座るように促すと、『さて!』と人差し指を立てた。



「絶対に立たないでねっ?」


「言われずとも?」


「はいオルカ様。」



ふわっ!



 浮遊感にギョッとしたギルト。

うっと顔を固めた海堂。

そんな二人を乗せ、オルカは空の旅を開始した。


 雲が、太陽が、風が、いつもよりも身近に感じた。

とんでもない恐怖は自然ととんでもない解放感へと変わり、ギルトは目を大きく感動し、『すごい。』と移り行く景色を眺めた。



「なんて、…美しいんでしょう。」


「…おや。普段から国の一番高い場所に暮らしているのに。」


「…まあ、一介の役人には想像も付かない感覚だろうな?」


「ふふ!」


「あはは!、二人っぽーい!

あ~~気持ちいい~~!

いいですね皆で空の旅。今度はピクニックしましょう!」


「それは楽しみですねオルカ様。

ジルは興奮しすぎて落ちないか心配ですが。」



 三人でクスクス笑いボーッと景色を楽しんでいると、ギルトはふと視線を感じた。

視線の主は海堂だった。

海堂はリラックスしたような笑みで、眉を軽く寄せながらギルトに問いかけた。



「先程、感じましたよね?」


「!」



 何の事かはピンときた。

今日一番に顔を合わせた時の話だ。


 二人は目を合わせた途端、強烈な違和感に襲われていた。

だから二人は暫し目を合わせ続けたのだ。


 海堂は眉を寄せながら『やはりね?』とボーッと空を眺めた。

ギルトは未だ海堂に感じる違和感について素直に話した。



「お前を見た瞬間、まるで兄弟のように感じた。」


「…おや。」


「これまでとは明らかに違う印象だ。

…心象、とも呼べるかもしれない。

上手くは言えないんだが、…無条件な?、他とは違う繋がりのような、…そんなものを漠然と感じた。」


「…おやおや。」


「はぐらかすな海堂。…お前も私に感じたのだろう?」



 海堂は空からギルトに目線を移し、『ええ。』と当たり前のように答えた。

オルカはずっと『何の話だろう?』と二人を見ていた。



「全く同じものを感じましたよ。

…まるでツバメに抱くそれと同じものを。」


「…ツバメに?」


「僕とツバメは生まれた時からそうなんです。

血なんて繋がってないのに、誰より近く感じ、誰よりも兄弟と感じる。

…オルカ君がその答えをくれましたけどね?」


「…そうなのですか?」


「あ、多分。…凜さんから頂いたカタチで結ばれているからなのではないかと。」



『そうだ、カタチ。』…と凜一族の不思議な話を思い出したオルカは、ついじっとギルトを見つめてしまった。



「…さっき、ギルトと変な感覚になったよ?」


「ええ。とても不思議な感覚がしました。

勿論今でもその感覚は感じています。」


「ん?、何の話です?」



 オルカはギルトを抱きしめ言葉をかけた途端に、二人が話していたような無条件な繋がりのようなものを感じたと話した。


それを聞いた海堂は、眉を寄せ口に手を添え『実は…』と話した。



「オルカ君と初めて会った時、『この子がオルカ君か』という感動と共に、…妙な感覚が。」


「え?」


「それは例の三年前の、私から逃げアングラに。…の時の話か?」


「いえ。…実は、ジル殿がおくるみに包まれた君と現れた時。」


「え!?」


「…王族への何かではないのか?

直接謁見し恐縮な想いを抱いた、など。」


「まあ適度な感動はありましたけどね?

それとは別なんですよ。」



 海堂は首を捻りながら、『未だにその感覚は消えておらず、その感覚の答えが掴めていない』と不思議そうに話した。

更には今朝、急にギルトに対し妙な感覚を抱いたもので、話のついでにと口に出したらしい。


 オルカは海堂の話を聞きながら、なんとなく彼の言いたいことが分かる気がした。

自分が海堂に対し特別な情を抱いていたのは、自分も彼に対し何かを感じたからなのではと。



「……確かに今、ギルトと海堂さんはなんだか、ヤマトやシスターとは違った、……何かが。」


「やはりですか。」


「…確かに、この三人で居ると妙にリラックスも致します。…無条件な、強力な後ろ楯があるような。」


「そう。…そうきっとこれは、」



『家族と居る時のような感覚』。



 三人は不思議な感覚のまま、ただ目を合わせた。



…ス。



「…!」



 そんな不思議な空気の中突然頬に手を添えられ、海堂は目を大きく開けた。

手の主はオルカで、右手を胸に添え左手で海堂の頬を包んでいた。


その微笑みに、仕草に、海堂の胸が奥深くから揺さぶられた。



「……僕で申し訳ないんですが。」


「………」


「これが、『海堂さん』が凜さんに頂いたカタチです。」


「…!」



 目を閉じれば鮮明に思い出せた。

懐石料理屋の綺麗な中庭で、凜にカタチの形を教えて貰った光景が。

『君が大切だよ』と伝えるようなその仕草に照れた記憶が。



「…カタチには口上のようなものがあって。

海堂さんとツバメさんがどんな口上を頂いたのかは聞きませんでしたし、決まった口上も無いそうなんですが、カタチを渡す時は相手をフルネームで呼び、お願いをするそうです。」


「…お願い?」


「はい。『力を貸して』『どうか幸せになって』。

相手によってそのお願いは違って、魂に呼び掛けるような感覚だそうです。」


「……僕の祖先が、…」


「はい。ツバメさんも。

そしてカタチを受けた家は代々凜と共に…。」


「………」



例えようの無い感動に胸が痛い。熱い。


…ここから僕達が始まったなんて。

子供の頃は『なんでお父さんと自分の名前が同じなんだろう』と、『なんで自分の子供も同じ名前にしなきゃいけないんだろう』…と、疑問に思っていたけれど。


…そうだったのか。

凜、貴方と結ばれた大切な血だったから。

その血を守ろうと…、ずっとずっと僕らは。



「海堂さんにカタチを渡した彼の名は、凜彩音。」


「…!」


「短気なところがあるけれど、とても人が好きな方でした。」



 海堂は頬の温もりに目を閉じた。

笑顔で縛っていたかったのに、その口は勝手にギュッと縛られた。



「…僕を泣かせるなんて、やるじゃないの。」



 ギルトはそっと目線を外し、景色を眺めた。

少し微笑みながら、そっと目を閉じた。

 



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