第161話 歌と完成と未完と

コンコン… ガチャン。



「おはよう御座いま… 」



 王宮一階の王宮付き執務室に入った途端、ヤマトは唖然と目を大きくした。



「おはようヤマト。」


「…長官。 ……」



 今までと違う黒の制服を身に纏ったギルトは、雰囲気からまるで別人に感じてしまった。

とにかくどっしりとしているのだ。何にも動じない強さのようなものを感じ、更に大人っぽく落ち着いたような。



(…カッケー。)



 これはヤマト的にも相当ヒットした。

嫌でも男として強烈に憧れを抱いてしまった。


ギルトは仕事の話でここを訪れたらしく、すぐに『では後でな?』とヤマトに微笑むと、行ってしまった。


その背をポーっと惚け見つめていると、ヤマトの先輩が『スゴイよな!?』と大興奮で話しかけてきた。



「あれはゲイル様も身に着けていらした親衛隊隊長と政府長官二つを担う方のみが着用を許可される本当に特別な正装なんだ!、お前…お前本当にラッキーだぞ毎日目にあのお姿を焼き付けとけ!?」


(それはやりすぎじゃ。)



 彼は『ジル様との関係やオルカ様の御帰還で、あの方の心がほどけたんだろう』…とポツリと溢した。

ヤマトはじっと彼を見つめ、『分かるな』…と思った。



(俺も、そんな感じだった。)



 今朝ヤマトはモエとキスをし、家を出た。

昨日までとは違うやる気や活力が溢れ、道中の足取りはとても軽やかだった。

それもこれも全て、心の決着が付いたからなのは明らかだった。



(…そんな人に俺は、容赦ない言葉をかけようとしてたんだよな。)



『理由があれば許されるのかよ。』

 この言葉をオルカに言い放ってしまった事が、チクリと痛んだ。


 だが感傷的になっていた心は、急に流れたアナウンスで消し飛んだ。



『第三地区の海堂統治、至急執行議会まで足を運ばれよ。

繰り返す。第三地区の、海堂統治、至急、執行議会まで、足を運ばれよ。』





 オルカと何かが繋がった後、ギルトは普通に仕事をこなし、王宮付きの執務室まで所用で赴いた。

 ヤマトの驚いた顔は正直珍しくなかった。

何処に赴いても同じ顔をされるからだ。

だが皆に内心を語るのは恥ずかしくむず痒く、理由は誰にも話さなかった。



「長官!」


「…ん?」


「こちら伝達です。」


「ありがとう。」



 そんな頃、部下に廊下で呼び止められた。

伝達など珍しくはなかったが、急ぎの物だとまずいのでギルトはその場で伝達の紙を開いた。



…ピタ!



 だがその足は止まり、顔が一気に不機嫌に。



カツカツカツ!



 ギルトは微かに口を尖らせながら、国民にアナウンスする為にある音石がある警報部屋に勢いよく入った。

そして音石を起動し、これでもかと口をひん曲げながらアナウンスした。



『第三地区の海堂統治、至急執行議会まで足を運ばれよ。

繰り返す。第三地区の、海堂統治、至急、執行議会まで、足を運ばれよ。』



 ゴン💢!と音石を置くと、ギルトはカツカツと足早に自分の執務室に向かった。



(何したのパパ…。)…とヤマトは項垂れ。


(あら?、珍しいわねアナウンスを起動するなんて。)…とイルは首を傾げ。


(ん?、呼び出し?、何やらかしたんだあいつ?)…とジルはオルカと目を合わせ肩を上げ。


(電話、この世界で作れないかなぁ?)…とオルカは宙を見つめ。


(ヒャハハ!、呼び出されてやんの~!)…とロバートは声高らかに笑い。



「…おや。呼び出されてしまった。」



 …と、海堂は腰を上げた。



ガチャン!!



「アンタ何やらかしたんですか!?」



 そしてツバメは青い顔で海堂の執務室を勢いよく開け、『とにかく急いで!!』と車を出した。

だが海堂はのんびりと、どちらかと言うと機嫌良く車に乗った。






「どういうつもりだ海堂!」


「…はあ。……とてもよくお似合いですよ長官?」


「ありがとう。…じゃないだろう!」



 執務室を訪れた海堂を迎え撃ったギルトは、互いに目を大きく開け暫し見つめ合った。


 オルカとジルとヤマトは先に執務室に赴いていて、何故二人が急に停止したのか分からず首を傾げたが、ギルトはフルフルと頭を振り、怒った。

だが海堂はキョトンとしていた。



バン!



「これは!、なんだ!」


「…我らが無敵のオルカ王への、第三地区統治者からの要請事項。…ですが?」


「『ですが?』じゃないだろう!

貴様、この様な物をオルカ様に要請して…恥ずかしくはないのか!」


「…いえ?、まったく。」


「ああ!腹立たしい奴だな!?」



 オルカはキョトッとし、『僕?』と自分を指差し、直後にはニパ~っと笑った。

つまりその伝達は『国民から僕へのお願い』なのだ。

そんなのを貰うのは初めてなので嬉しかったのだろう。

 ヤマトはそんなオルカにそ…っと顔を伏せ笑い、ジルは『いいじゃん別に!』とオルカのやる気を汲んだ。



「オルカだって自分の仕事がある方が嬉しいに決まってんじゃん!

私だったら今のこいつの生活堪えらんないよ?」


「っ…!!」 ガン!!


「…アネサン、オルカ王は発展途上なりに毎日学ばれてます。その様な物言いはオルカ王の自立心を傷付けてしまうやも…?」


「ああ悪い!、でも事実としてさ?、王様は国民の願いに応えてなんぼ。

…相手が海堂とはいえ、正式な要望なら我々が見守る中で応えさせてやるべきなんじゃないか?」


「うんうん!」 コクコク!



 …確かに。

これはオルカが王として国民に関わるに最良の練習だ。

 だがギルトはジルにキッとした目線を向け、『これでもか!?』と伝達書を持って見せた。

…そんな怒った様ですら、以前のギルトの箔には遠く及ばなかった。


 ジルは立ち上がり伝達書を取り、ヤマトとオルカの真ん中に座り紙を開いた。



『コメの調理において浮上した問題点についての申請書。

1、調理器具の勝手の悪さ。

某店舗にてコメのウケを調査した結果、ウケ云々は好調なのに対し、厨房側から悲痛な声が。

先ずコメを炊く鍋が焦げ付いたり、洗うのが他と比べ断トツに手間がかかる。…とのこと。


2、保存の利かなさ。

一度炊くと鍋に蓋をしてもすぐに固くなり、冷えると味が急降下して出せた物ではなくなってしまうとのこと。温めるのに火にかけると、全体が温まる前に鍋底が焦げてしまうので廃棄するしかなく困っている。…とのこと。


以上の点から、『コメを炊く調理器具の開発』、並びに『保存方法の確立とその器具の開発』を王に要請致します。

第三地区統治者、海堂。』



「……」 「……」



 ヤマトとジルはスン…と、海堂を見つめた。

海堂は未だキョトンと首を傾げ、『何か?』とでも言いたげな顔だ。



「これはお前が悪い。」


「これはパパが悪い。」


「「そりゃ怒るよ。」」


「え、何故でしょうか?

僕からすればこの問題は早急に対処すべきかと。

そして適任はオルカ王しか居ないのでは?」


「まだ言うか海堂!」



 ギルトは『こんな物を正式な王への要請書として寄越すなんて!』と怒っているのだが、当のオルカは『ああそっかあ!?』…と目から鱗で項垂れていた。



(日本だと炊飯器で簡単に炊けて保存できて。

しかも汚れも落ちやすいような加工がされていたもんな。

…なんかCMでやってたもん。

5層構造だの…圧力だの…ふっくら釜炊きだの…。

でもこっちは普通の鍋で炊くから、すぐに冷えて不味くなっちゃうのか。)



『これは死活問題だ』とオルカは思った。

 米を国民に広めたい気持ちは海堂と同じだ。

だが鍋がいちいち焦げたり、余ったら不味くなって、しかも食べ終わった鍋の汚れが落ちづらいとあっては、手間の方がかかる。と、米が普及しない可能性が。


 海堂からすれば、この『米普及』はオルカの王としての最初の大仕事だ。

なので不備があってはならないと、ギルトやオルカが思うよりもずっと真剣に取り組んでいた。

『帰ってきてもこれじゃあね?』『まだお若いし、仕方ないよな』等とオルカの評判が下がるのを回避するための要請なのだ。

故に先程からずっとキョトン顔なのである。



「…してオルカ王、貴方の意見をお聞かせ願えますか?」



 海堂の言葉にオルカは立ち上がり、真剣な顔で呟いた。



「これは、早急に対処しないと。」


「…エ!?」 ←ギルト


「ですよね?」


(『ですよね』じゃないだろ💢!!)



 オルカは必死に思い出した。

CMでよく見た、炊飯器の構造を。



「え~っと、…チャラララッララーン♪

タイラ~たっきったて!」 


「!?」「!?」「??」


「タイラーの炊飯器は一味違う!

新製法の5層構造と熱伝導で古米もふっくら♪」


「……オルカ様💧?」



 CMの曲をそのまま歌い思い出そうとするオルカ。

ジルとヤマトは半笑いで見守り、ギルトは「!?…!?」と目をこれでもかと開き首を傾げ。

海堂は目を細めオルカの歌に注目した。



(…ほう。まさか米の調理器具の宣伝専用ミュージックか?、…成る程。確かに今歌える程頭に残りやすいシンプルなメロディーに要所を押さえた広告を織り交ぜ、国民に製品を薦めている。

…これは使える手法かもしれない。) ※超真剣


「表面のフッ素加工をより頑丈に♪ …!!

そうだフッ素樹脂!!」



 オルカは答えに辿り着いた。

タイラーの炊飯器、流石である。


だが今度は『フッ素樹脂加工!?』と項垂れた。

そんなのがカファロベアロで可能なのかと。


 今さっきまで歌っていたと思ったら急に膝に手を突きガックリと項垂れたオルカに、『忙しい奴だな』とヤマトは思った。



「え~っと、待て、フッ素樹脂…なんだから。」



 オルカは日本で大学レベルの問題に取り組み、その一環として雑学にも手を出していた。

その中にヒントはないかと色々と模索するが、なかなか大変だった。



「要は、フッ素加工に求めるのは、今回は耐熱性と非粘着性の高さ…だよな?、それがあれば、米がくっつきづらくて…洗いやすくて…焦げづらい。

…釜はまあ…似た形の物の熱伝導の良い物にして、とにかく表面に…加工、…加工…~…」


(あ~…フッ素樹脂の原料なんっだっけ。

確か原料鉱物なんだよな。だから、へえ?って興味を引いて軽く調べた事があった…けど、)


「…あ~思い出してきた。確か組成式はこうだ。

炭素Cと、フッ素Fの結合エネルギーを壊すのには大きなエネルギーが必要…なんだから、この結合が加工の強度ということ…だから…。」


(…暗号の羅列。) ←ヤマト


(水につけて洗いやいいじゃんな。) ←ジル


(…素晴らしいですオルカ様。

何にでも真剣に向き合われて。……) ←ギル


(…『炭素』?、炭素ってオルカ君の体の化学式とかいうやつだったような??)


「原料…原料……は、……

そうだ思い出した!!、原料は蛍石だ!!」



 原料を思い出したが、『ん?』とオルカは停止した。

そしてそろ~っとギルトを見つめた。

ギルト・『フローライト』。

フローライトは和名で、蛍石である。



ガンッ!!



「そんなのムリだよ…!!」


「?」 ←首を傾げたギルト


「ま!待て!、要は炭素とフッ素だ!!」



 オルカは窓を開けデッキに出て、手を翳した。

そしてフゥーっと息を吐き、目を閉じた。



(フッ素は確かマグマに多く保有されてる。

…炭素は、炭酸塩鉱物に。オーストラリアは炭酸塩鉱物が豊富に取れた土壌の筈。 …なら!!)



フ…!



 オルカは二つの成分に集中した。

すると国中のそこかしこで反応が光って見えた。

街から外れた遠い土地に二つが群衆している場を発見すると、オルカは『来い!』…と石に語りかけた。





ゴゴゴゴゴ…



 オルカの声に応えるように、石達は土石の下から音を立て浮かび上がった。





「……来た。」



 オルカを追いデッキに出ていた一行は、これでもかと目を開き驚愕した。

パラパラと土石を落としながらこちらに向かってくる巨大な石の塊に。



「な…!?」


「オ…オルカ様一体何を!?」



ザラァ…!!



 デッキに到着すると石はバラバラになり、散らばった。

 オルカは更に集中し、CMでみた釜を。自分の家で使っていた炊飯器をよく思い出し、先ずは熱伝導のいい素材で釜の形を作った。



(ここからが本番…!)



 更に集中し、鉱石の中の炭素とフッ素に集中した。

途端に石は砕け、粉の状態に。


 一行は愕然としながら、空中で形をもった釜とそれに真っ赤になりながら付着していく粉を見つめるしかなかった。



ギチギチ… シュゥゥゥ…



 釜に高熱で圧力をかけると、なんとなく炊飯器の釜のような光沢が。

オルカは自分自身に驚きながら釜を両手で持ち、振り返った。



「…出来ました。」


「「じゃねえよ!?」」 ←ジル&ヤマト


「おおおおお!」 パチパチ!


「…オ、オルカ様、…その、……」


(何処から突っ込めばよろしいのか…!!)



 海堂は大満足だが、その他は大荒れだ。


 だが、なんだかんだ炊飯器は完成した。

保温に関しては既にそういう石があるので、それを応用すればいい。

これにて一件落着だ!



「…で、これをどうやって大量生産するんです?」


「…!!」


「?」



 一件落着…とは、いかなかったようだ。

海堂のキツい突っ込みに四つん這いに崩れたオルカ。

だが海堂はキョトンとするだけだった。


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