第160話 確かに感じた絆
大切な貴方へ。
貴方がここを去ってから、ここはまるで楽園のように美しく豊潤な世界に生まれ変わりました。
貴方が王位を継いだ、継承の鐘が鳴った、その瞬間から。
貴方はそれを御存知でしょうか。
貴方が繋いでくれた未来を、貴方自身が知らないなんて。私からすればこんなに寂しいことはありません。
私はただ、貴方に罪を告白するその日まで。
そして貴方の胸の内をこの耳で聞くその日まで、決して逃げることなくこの国と向き合い、待ちます。
貴方が繋いでくれた国で。
貴方の繋いでくれたこの命を燃やし、待ちます。
シャ…!
「………」
そしていつか、貴方に伝えたい。
心の蟠りから解放されずとも、逃げずに向き合い、己と戦い続けた先で…いつか、必ず貴方に伝えます。
『生まれてきてくれてありがとう』…と。
その言葉が言えたなら、私が最も重い後悔を克服できた証です。
…あの日、『貴様さえ生まれて来なければ』…と。
そう吐き捨ててしまった自分を殺したい気持ちに勝てた。…という証拠なのです。
いつか遠い昔にノートに書き残した言葉を見つめ、ギルトは執務室奥の自室を開けた。
カーテンを開け、風を入れ、棚から鍵を取り出してとても大きなクローゼットの前に立った。
そのクローゼットはずっと封印されていて、鍵を開けた途端に埃が舞った。
「……兄さん。…私はもう、…いきます。」
中には漆黒の制服が掛けられていた。
親衛隊隊長であり政府長官を務める者のみに許される、ゲイルも着ていた漆黒の制服が。
「あ?、ドレス?」
「そう。最近着てるのを見ないなって?」
「もう着ねえよあんなん!」
ジルはオルカと共に執務室を目指しながら豪快に手を振り笑った。
『こんなにドレスを拒否するカファロベアロ人女性も珍しい』とオルカは思った。
「あの頃はなんかほら!、…病んでたんだよ。」
「…その自覚ってハッキリあるものなんですね?
あと、病んでいるとドレスなんですか?」
「…んー。」
ジルは少し悩むと辺りをキョロキョロし、オルカの肩をガシッと掴み小声で話した。
そんな事をする今日の彼女の装いはやはり制服だ。
今日もバッチリ男らしくキマッていた。
「あのドレス、ほらあの黒いやつ。
ギルトと付き合った後に渡されたんだけどさ?
あれ、私との一回目の婚約が決まった時に誂えていたらしくて。」
「えええ!?」
「声がデケーよ💢!?」
「ハッ!! …す、すみません。」
改めて付き合った時に渡されたんだとしたら、16年以上前の物ということに。
『そんなことある!?』とオルカは色んな面で驚かされた。
先ずジルにプレゼントするためにドレスを誂えたギルトの現代人に無い紳士(?)ぷりに。
そしてそれをそんなに長時間取っておいた事に。
そして更にそのドレスが16年以上経過しても着れる程の品であったこと。
そして最後に、ジルがそれを着れた事に。
聞けば、この国の男性は意中の女性にドレスをプレゼントする風習があるそうだ。
ドレスなんて体型を知らなければ作れる物ではない。…つまりは結婚を意識した関係。という事だそうで。
(ハードル高ッ!!)
「でさほら、私親衛隊としても活動出来なくて自信喪失っつーの?、…ね?、そんなんだったからさ、誇れるっつーか、…自分に自信持ててるの、ギルトへの気持ちだけだったんだよね。」
「!」 (…ああ、そうか。)
「唯一自分が纏ってもいい服な気がして。
実際、あいつから貰ったドレスを着るのにだけは罪悪感抱かなくてさ。」
この人は、僕が思うよりずっと、…繊細なんだ。
男勝りで普段から本当にカッコイイ人だけど、きっと人一倍悩んだりしてきたんだろうな。
「でも今はまた親衛隊としてもちゃんと外に出たり出来てて。自信回復っ?、だからドレスなんてカユくなっちゃってさ!
…まあギルトは私が何着てようが、私が元気なのが一番て言ってくれてるし。…じゃあ?、落ち着くし親衛隊の制服を着てようかな~なんて!」
「…うん。よく似合ってるよ?」
「!」
オルカの男らしい笑みにちとドキッとさせられてしまったジルは、照れ隠しに『色気付きやがって~!』とオルカの背をバシーンと叩いた。
『いいったあ!?』と目をひんむいたオルカだったが、ここは男として堪えた。
「…あ、でも、…ギルにもあるな一つ。」
「?、何がですか?」
「んー。…乗り越えられないっていうか、コンプレックスていうのかな。」
「…え。なんですかそれ。」
不安げにしたオルカに、またジルは辺りを見回し話してくれた。
ジルが言うには、ギルトは本当に茂を尊敬し愛していて、それは真っ直ぐな憧れとして今でも胸に熱いらしい。
親衛隊隊長としても、政府長官としても、茂はギルトの中で絶対的な指針であり『こうあるべき』という完璧な理想像で。
だが結局ギルトは、茂とだけは和解出来なかった。
それが酷くトラウマになっているそうで、彼は未だに自分を『仮の政府長官』と名乗るそうだ。
政府の部下には流石にそんな事は言わないが、海堂にもロバートにもそう告げていた。
更にはジルもイルも『ギルトが親衛隊隊長』と疑わないし、『ギルトこそが相応しい』と口にしているのに、それに関してただ口角を上げるだけだそうだ。
「私も何も言えなくてさ?」
「…そうだったんですか。」
「そう。…私ね?、贈ったんだ。
ギルに、『大丈夫だよ?』って自信持ってほしくて。…茂が着てたような、特別な制服。」
「…あ。もしかして真っ黒な?」
「あ、見たことあった?」
「三年前に、リンクで見て。
茂さんがアイランドの倉庫のクローゼットから、真っ黒な制服を取り出して着て。大きな大剣を背にセットして。」
「おわー懐かしいね!、そうそれ!
あの黒はね?、私達親衛隊の隊長と、政府長官、両方を務める者だけが纏える、本当に特別な物なんだよ?」
「そうだったんですか!」
「そう。モチーフも生地も決まっててね、仕立屋も指定なの。
奥深い光沢のある漆黒の生地に、金の細かい綺麗な刺繍が入っててね…?
飾りの勲章はこの国で最高位に名誉ある物で。
親衛隊とか他の制服とはジャケットの型が違うんだよ?ダブルボタンなんだけど、襟が詰襟で。
本当に素敵な、特別な制服なんだ?
ブーツも指定でね、スラックスを中にしまうロングブーツなんだけど、地も良いし紐の編み込みがカッコイイんだよ?」
「…はい。」
ジルは本当に幸せそうに話していた。
『いつか着てくれる日を夢見ている』。そんな顔をきっと遠い昔のギルトもしていたのだろうと思うと、ジルとギルトは似ているのかもしれない…と、オルカは思った。
「…いつ結婚するんですか?」
「ええ~?、…さあねっ?」
「とっても楽しみです。きっとギルトはウェディングドレスをもう誂えていますね?」
「あっうんそう言ってた。…いい男だろっ?」
「はい。とても。」
執務室に着いたジルは『さっきの話内緒な?』と口に人差し指を添えウィンクしながらニッと笑った。
オルカは『ヤマトと同じ顔付きだな』と思いながら笑顔で了承し、ドアをノックした。
コンコン!
『…どうぞ?』
すぐに返事がありジルはドアを開けた。
「!!」 「!」
「…おはよう二人とも。」
だが中に居たギルトを見た瞬間、オルカは目を大きく開き、ジルはパシンと両手で口を塞いだ。
漆黒の制服に身を包んだギルトはいつも通り優しく笑ったが、大きな窓を背景に長官のデスクの奥で書類を持つその姿は、余りにも美しかった。
「どうしたジル。」
「っ…~~…!」
「…ギルト。…それ。」
ジルが涙を溜める中、ギルトは恥ずかしそうに笑うとこちらに歩んできた。
歩く度にサーベルが鳴り、勲章が光り。
この空間にこれ程相応しい制服は無いとオルカは感動さえ覚えた。
…カチャン!
ギルトは、口を押さえボロボロと涙を落とすジルの前に立つと、『どうだ?』…と笑った。
ジルは喋ることが出来ず、ひたすら大きく頷き返した。
「…長い間待たせてしまって、すまない。」
「…~~!」
「…随分、心配をかけた。…すまなかった。」
「そん…なの……っ!」
ボロ…! …とオルカまで泣けてしまった。
ジルがこんな風に言葉に詰まる程泣くなんて、それだけで貰い泣きしてしまうのに、今さっき話を聞いた特別な制服を身に纏っていたのだから。
ギルトはジルを抱き寄せ背を撫でると、すぐにオルカと向き合い、その場に片膝を突き胸に手を当てた。
「…!」
「…オルカ様。」
「…ギルト?」
「……」
…なんと、口にすればいいのだろう。
一生の忠誠を誓う…この気持ちを、どう言葉にすればいいのだろう。
溢れ出る感謝を。噎せ返るような謝罪を。
それらを超越した…この愛を。
どう…言葉にすれば。
「……」
「…凄く素敵だよギルト。」
「ありがとう御座います。」
私は、…生きていきます。
貴方がくれたこの命を、精一杯燃やします。
ギルトは切なく歪んだ顔を上げた。
その顔を見ただけで、彼が自分を本当に大切にしてくれているのが分かってしまった。
「…愛しています。」
「!」
「愛しています、オルカ様。
…この命尽きるまで、私は、……」
「…………」
「…貴方に出会えた事は、私にとって、……っ、」
言葉に詰まる彼の、その言葉こそが。
それこそが本当に愛を感じるものだった。
オルカは口をぐっと縛ってしまったギルトに、その場に膝をついて抱き寄せた。
ギルトは目を大きく開き、直後にはその目に涙を溜めた。
ぎゅうう…
「…ありがとう、ギルト。」
「っ、」
「……僕も、愛してるよ。」
「オルカ…様!」
『僕の心はいつだって君の心に。
愛してるよ。ギルト・フローライト。』
「…!」 「!!」
オルカとギルトは同時に目を大きく開けた。
体を離すと目を合わせ、二人で妙な感覚を実感し合うように目を合わせ続けた。
(…なんだ。この感じは。
何か胸の奥で…、…何か…が、……)
(…なに。なんだろう急に、…なんか、……
ギルトと繋がっている…ような?
…無条件な繋がり?…でも今までとも違う。
凄く変な、…言葉にならない変な感覚がある。)
二人は確信していた。『繋がった』と。
感覚なのだが、今までとは違う強い糸が互いを結んだような、そんな感覚が胸の奥にあるのだ。
(……不思議。)
いつか誰かが似たような事を言っていたような。
…とは思ったが、それは思い出せなかった。
ギルトとの間に生まれた不思議な絆に気を取られ、考える余裕など無かった。
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