第159話 夜道に抱く幸せ
「げえっ!?」
「開口一番げえとは何です。」
やはりロバートは『げえ!?』と言った。
海堂は不機嫌にはならず、どちらかといえば楽しそうに店内を見回した。
ロバートの店はイルに聞いていた通り繁盛していた。というか物凄く繁盛していた。
入るとドアベルが鳴りレジ前の少し広い空間があるのだが、その奥は全てテーブルだ。
しかも二階まであり、二階もギッシリとテーブルが置かれていた。
その殆どがお客で埋まっていて、皆お酒と料理を楽しんでいた。
ガヤガヤと賑やかでウェイターの数も多く、常にオーダーの手が何処かで上がっているような、活気という言葉が何よりも似合う店だった。
オルカはカファロベアロでこんなに人が入っている店を初めて見た程だ。
「ようオルカ来てくれたな!」
「すっごい繁盛してますね!店内のディスプレイもカッコ良くて素敵です!」
「ハハ!、ありがとな!」
日本でいうところのアメリカンテイストやパイレーツテイストの入ったバーのような内装だった。
窓は格子の入った硝子で、上がアーチ状に丸く可愛い。
壁紙も賑やかなカラーで、剣や盾のディスプレイが飾られて雰囲気が出ていた。
テーブルと椅子はセット家具でシックな焦げ茶色で統一感があり、二階へ上がる階段の手摺も綺麗に湾曲した細工の細かい物で目を引く。
厨房の他にもバーカウンターがあり、大量の酒樽が並ぶ横にガラス瓶がディスプレイされていたりと、かなり工夫がしてある雰囲気のいいお店だ。
オルカは『ほえ~』と賑やかすぎる店内をつい見回し、ハタ…と二階で目を止めた。
「…ん?、…あれ!?」
「おややっとお気付きですか?」
「やっぱり居たわねっ? ギル…!」
ギルトは『ん?』と辺りをキョロキョロし、入口に居る一行に目を大きく開け、照れたように笑った。
「いや~今日も賑やかですねっ?」
「そうだな?、オルカ様はここは初めてでいらっしゃいますよね?、驚かれたでしょう。余りの繁盛ぷりに。」
「はい。」
こんな賑やかな店は正直ギルトは似合わなかった。
ここは皆でビールを当てカンパーイ!…と騒ぎだしそうな雰囲気の店なのだから。
しかも最初彼は一人で来店していた。
殆どの客が最低でも二人での来店なのに。
(一人で何してたんだろう?)
「ほーれ何でも頼んでくれっ?」
「あ、はい。」
ロバートにメニューを渡されたオルカ。
開いてみると、その品揃えに度肝を抜かれた。
「…ピクルスだけで15種類。
…副菜も10種類、メインは23種類!?」
「ハハ!すげーだろっ?」
「デザートも7種、…お酒は5ページ!?
…ちょ、個人店でここまでやるの凄くないですか!?」
「いい反応だなこいつこいつうっ♪!」
「そうなのよロバートは凄いでしょうっ!?
お店のディスプレイもみーんな彼がやったのよっ?流石だわあっ💗!」
「止めろよイル本当の事を~♪」
カファロベアロでここまでやる店は、無い。
繁盛するわけだとオルカは深く納得した。
チラッとギルトを窺うと、手元に本はあれども何もオーダーした形跡が無かった。
…それに、なんだか違和感が。
(何か…が、違うよう…な??)
「…オルカ様?、メインはこれがオススメです。
ホロホロに甘辛く煮込まれた肉に適度なスパイスが利いていて。」
「…本当に、お肉大好きなんですね…💗?」
「へ!?」
つい顔がニパァ~としてしまったオルカ。
ギルトはギョッとしてコホンと咳払いをした。
ロバートは悪気無く、普通に言った。
「こいつはいつもソレ頼んでるな。
あとこのスペアリブ。確かに人気商品だよ!
簡単にフォークでほどけるぞ~!?」
(余計なことをぉ…💧)
(…そう言われてみればそうか。確かに長官は肉ばかり頼んでいた気がする。)
(…そういえばそうね?
昔はジューシーなお肉が好きだったけど、今はトロトロホロホロに煮込まれたお肉が好きだわ?)
(かーわーいーいー~~💗)
そんな彼が大崩壊後、一切肉など食べずに欠食していたなんて、…泣けてくる。
オルカは早速ホクホクになりながら、ギルトの好きなメニューを頼んでもらった。
するとロバートが『あ!?』と声を張り、皆に小声で教えてくれた。
「コメ、まだあるぞ!?」
「…え!?」
「ああ。では頂きます。…ミスもどうですか?」
「私も頂くわっ?」
「…私はガーリックフライで頂こう。」
「ええええ!?」
オルカだけ付いていけなかった。
聞けば、米への国民の反応を見るのに海堂はロバートに協力を要請したそうだ。
なので米はとっくにこの店からデビューしていた。
種類は白米、フライ系、おにぎりらしい。
フライ系とは炒めた米のことで、謂わばチャーハンやオムライスのような物だ。
なのでギルトがオーダーした『ガーリックフライ』とは、日本でいうガーリックライスだ。
オルカは『もうそんなに売り出してたの!?』と驚きつつ、やはりギルトと同じ物を食べてみることに。
「流石は海堂さんです。…もう、なんだか、…
海堂さんらしすぎてキュンキュンしました。」
「ありがとうオルカ君♪」
すぐにお酒が運ばれてきて、四人は乾杯した。
オルカも今日は弱いお酒にチャレンジだ。
アルコール度数1%程の、ほぼジュースに。
ギルトはそんなオルカに常に『可愛い』という目を向けていた。
ワインを傾け海堂と面白おかしくジョークを言い合いながらも、意識は常にオルカにあった。
「お待ちどーさん!」
「あらとってもいい匂い!」
完成した料理を持ってきたロバートは、皆のはコンコンと普通にテーブルに並べたのに、イルにだけわざと声色を変え後ろ腰に手を置き、とっても上品にお皿を置いた。
「こちらはサービスで御座います。
美しい淑女への真心を込めました…店長特製、ポルチーニ生パスタです。」 ※キメ顔キメ声
「あらありがとうっ💗!」
「いや誰ですかお前は気色悪い。」
「…美しい淑女全員に同じ台詞を吐くのか?」
「ほんとにウルセエなお前らはあっ💢!?」
「あはははっ!!、ロバートさんて格好付けるとちゃんと格好良いんですね!!」
「……ん!?、おい今のどういう意味だ!?」
「ダーッハハハハ!!!!」
「フ!、これは一本取られたなロバート?」
なんだかとても賑やかだ。
オルカはロバートが言っていた事がようやく分かった。『あいつらが居ると煩くてしゃーない』と。
きっと、正にこんな感じなのだろう。
しかし、料理は冗談抜きに美味だった。
どれも素材から良く、高級な星付きの店で食べるような味だ。
こんなフランクな明るい店には正直合わないような、丁寧で繊細に計算された味だった。
「これは!!、おいしい!!!」
「あっはっは!、ちょっとやめてオルカ王!
王宮シェフの腕が笑われるアハハハ!!」
(何がそんなに可笑しいんだ海堂。
笑い事で済むか。まったく。)
「あーガーリックがまた…そそる。
ギルトが好きなのはみんな美味しいねっ?」
「そうで御座いましょう?
…海堂が店を貸し切った時など一晩で45万飛びましたからね。」
「よんっ…!?」
「あら!」
「いいじゃないですか。遊ぶと決めたら遊ぶんですよ僕は!」
「こいつは高額硬貨を金と思っていないのですよ。
…役所務めは大変だな?
金の価値がその辺の石と同じになってしまうのだろう?」
「まっさか!、ですが確かにね?
王宮生まれ王宮育ちの政府長官だと、きっとお金など持ち歩くことすら無いのでしょうし、そうやって勘違いしてしまうのは仕方ないですね?
…あ。1000円硬貨、見たことあります?
なんなら今お見せしましょうか?」
「いいや結構だ。…だが今度、私の家の金庫を整理してくれないか?
もうゴチャゴチャでな、価値の有無すら判別が付かないのだよ。
なんなら数点持ち帰ってくれたまえ?
私には価値の無い物だ。」
「それはそれはさぞお困りでしょうし是非とも?
どうせ全て失われたところで王宮の金庫から諸々の経費が出ているのでしょうし痛くも痒くもないですもんねっ?」
「「ハハ!」」
…急になんか始まった。
だがこれはこの二人の通常運転だった。
一見するとただの嫌味合戦なのだが、二人は楽しんでいた。
そして実は、この辛口なブラックジョークを振るのはいつもギルトだった。
「…あ!」
「?」
「ギルト、…私服!?」
「え?、…ええ、まあ。」
仲いいなとホクホクして、やっとオルカは気が付いた。
何かギルトに違和感があると思ったら、彼は私服だったのだ。
黒いシャツに黒いパンツの、普段とは真反対のカラーだった。
「今更ですねオルカ君。」
「何か違うような気がしてたんですが!
ああそうか私服だったのか~!」
「…そんなに珍しいかしら?」
「うん?、初めて見たから!」
「え!?」「ええっ!?」
「…え。そうでした…かね?」
「うん!、僕はギルトの制服か寝間着しか見たことない!」
なんて特殊な限定なのだろうか。
確かにおはようからおやすみまで、ギルトは制服を着ている。親衛隊の白い制服だ。
寝間着は、たまにオルカが深夜に彼の部屋にお邪魔したことがあったので、偶発的に知る事に。
だが私服は本当に初めてだった。
髪の色と同じ黒いシャツはタイも着けておらず、シンプルでとても似合っていた。
「黒。…うーん。いいですね黒!映えます!」
「ありがとう御座いますオルカ様。」
不思議と明るい白を纏っている時よりも、黒を纏っている今の方が彼は朗らかに見えた。
トークのテンポすら、聞いているだけで眠くなってしまうような。
「…やはりこうなりましたか。」
その眠気は幻ではなく、お酒によるものだった。
海堂とイルは、机に突っ伏し寝てしまったオルカに顔を合わせクスクスと笑った。
「こんなに賑やかなのによく眠れるわね?」
「若いってことなんじゃないです?」
「…二人はこの後は?」
「…私は少々調べ物をしに4エリアへ。」
「私はお店が終わるのを待つわっ?」
「…ん。」
『では…』とギルトは立ち上がり、なんとオルカを抱えてしまった。
イルは慌てて立ち上がり、階段では共にオルカを支えた。
「車を呼びますよ長官。」
「いや、大丈夫だ。」
「いくらなんでもここからオルカを抱えて戻るのは大変よギル💦!」
「いや、…いいんだ。」
結局ギルトはオルカを抱えたまま王宮への坂道を上っていった。
街灯が美しい街並みを照らす中、ギルトはポンポンとオルカの背を撫でながら歩いた。
「…流石に、大きくなられましたね…?
昔は何時間抱いていても辛くもなんともなかったのに。」
愛しさばかりが降り積もる。
この気持ちは親心なのだろうか?
貴方が笑っていることが、ただ尊くて。
その笑顔を守るためなら、なんだってやれる気がして。
無限の力が溢れ出てくる。
まるで自分ではないかのように。
ポン… ポン…
「…生まれてきてくれて、ありがとう。」
もし、もしも最期の日が来たとして。
私が貴方に掛ける言葉はきっと、決まっている。
愛してる…と全身で噛み締めながら、私はきっと、こう言うのです。
「ありがとう。」
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