第165話 ホロホロトロトロを貴方に

「オ…オルカ様!?」


「すみません、ちょっと使わせて貰ってもいいですか?」



 突然のオルカに王宮シェフはあたふたした。

 王宮の厨房にはちゃんと専属シェフが就いていて、日々名字持ちの体を考え料理を提供してくれていた。勿論腕はピカイチだ。

決してロバートに引けは取らない。


 日々陰ながら王宮を支える彼等だったが、名字持ちや王宮付きの政府が厨房を使いたがれば快く貸してくれた。

調理器具だけでなく食材だって好きに使わせてくれる、かなり優しい心の持ち主ばかりだ。

 だがそんな彼等も、まさか王自ら厨房に立たれるとは思っていなかったのか、かなり驚愕し動揺した。

だがやはり、『お好きにどうぞなんなりと!』…と快く貸してくれた。



「すみませんお忙しいところを。

いつもいつもありがとう御座います。」 ペコ。


「いいいやややそんなオルカ様!?」



 そしてやはり、礼儀正しく頭を下げられアタフタした。

 オルカはというと、相手のこんな反応にも慣れたもので早速食材の吟味に入った。

目指すは、『ギルトが遠慮なく好きなだけ食べられるディナー』だ。



「…先ず、皿、…かな。」



 ギルトはワンプレートマナーを重んじていた。

『盛られた一杯のみで終わらせる』ことを。

そこに鍋があろうが、皿に一杯盛ったらそれで食事を終了してしまうのだ。

 カファロベアロでは基本的に食事は一品づつワンプレートだ。

サラダでもスープでもシチューでも、米でも。

大皿から自分の皿に取るのではなく、全て一人前づつワンプレートづつ用意するのが伝統的な食事のスタイルだ。

つまり、先ずはこのスタイルを止めなければ、ギルトはお腹一杯にはなれないのだ。



「…じゃあ取り皿にしちゃえばいいや。

みーんな大盛りてんこもりで作って、それぞれ取って食べてね?って言えばいいだろう。」



 なので、これはクリアだ。

取り皿に一つづつ取って食べるなら、ワンプレートも何もないのだから。

だが問題はディナーの内容だ。

汁物だと、鍋ごと持っていっても嫌でもワンプレートが完成してしまう。

そんな光景はこれまで何度も見てきた。



「…てことは、液ではなく固形。

『一杯がなるべく完成しない、次々と箸で取り皿に取らなければならないようなもの』。… ??」



 …それはなんだろう?、と考えてしまった。

 ギルトは炊き込みご飯でもワンプレートを完成させてしまった。

シチューも当然NGである。

パンはスライスしてあれば、カゴから取り皿へ何往復かするのを見たことがあった。

だがオルカがギルトに食べさせてあげたいのは、お肉なのだ。

それもホロホロの、柔らかいのにジューシーな、『ほっぺがおちちゃう~💗』…と思わず言いたくなるようなお肉料理だ。



「ワンプレートを回避する…固形系の肉。

ほろほろ。…トロトロ?…お~いしぃ~…」



『あ!!』…とオルカは閃いた。

 そして冷蔵庫を漁り、ニヤッと笑った。





カン!! …キイン!!



 ギルトは鍛練場に居た。

仕事が空いたのと、オルカが作ってくれるディナーなら空腹で迎えた方が美味しく感じるのでは?と思い至った結果だ。

…こんな風に汗を流し体を動かしたら、食いしん坊なのだから余計にお腹が空くのに。

…なんだか、いつかジルは彼を『完璧に見えて決してパーフェクトマンじゃない』…と述べていたが、本当にその通りだ。


完全無欠に見えるギルトは実は、可愛い男なのだろう。



「…ふう!」


「あ、ここに居たのか。」


「ジル。」



 ジルは久しぶりに広い鍛練場に入った。

壁には幾つもの様々なサイズの石剣が掛けられていて、バーベルなどのトレーニング器機が奥にあり、床は滑らないように触り心地の独特な水を吸う石が使用されていて。

思わず脳裏に幼い頃が甦った。



「…懐かしいなぁ。」


「そうか。この三年もここには来ていなかったか。」


「うん。…見てギルト。」


「兄さんにしか扱えなかった大剣。…だろ?」


「そう!」



 彼等は幼い頃から鍛練に励み、その中で自分に合った武器を見つけていく。

壁に掛けられた無数の石剣達はその為にあるのだ。

 切れ味はないが重量は実際の真剣と同等に作ってあるので、舐めて持つだけで関節をやる。


 汗を拭いながらギルトはジルの隣に立ち、かつて茂が使用していた大剣を見上げた。

こんな重い物を扱える者は滅多に居ない。

それなのに茂は大剣を手足のように巧みに扱っていた。



「…すごいよねぇ。」


「ああ。何故これを持ちながらあんなに繊細にコントロールし、加減できるのか。

…私など振り下ろしたこいつを宙で静止させる自信すらないぞ。」


「やってみれば(笑)?」


「バカを言うな💧

…なんなら姉さんが持ってみたらどうだ?」


「…ちゃんと支えとけよ!?」


「分かっている。」



 ギルトは両手で壁の大剣を持った。

只でさえ重いのに高いところに置いてあるので、下に下ろすだけでも気を使う。


それをジルの両手に当て、ギルトはゆっくりと力を抜いた。

どんどんジルの両腕に負荷がかかっていき…。



「もうムリ!!」


「!」



 完全に手を離す前にギブアップとなった。

ギルトが大剣を持ち上げると、ジルはブンブンと手を振りフゥと息を吐いた。



「背中にしょうのもムリだわー!

やっぱ筋力が飛び抜けすぎだよ茂は!」


「本当にな。」


「…空中静止、やってみなよ。」


「…先ず片手で持てるかだな。」



 やはり少しワンパクなのだろう。

ギルトは剣先を床に突け、片手で大剣の柄を握った。

そして腰から力をグッと入れると、案外すんなりと持ち上がってくれた。



「おおおおお!!

昔はヒーヒーしても上がんなかったのに!!」


「…自分でも驚いた。 … …だが!?

やはり十分と持っていられないぞコレは!?」


「早く振れ腕が死ぬから!!

こう…ちゃんと後ろに深く振りかぶって勢い良くブンて下げて床に当たる前に止めろよ!?」


「出来ないと分かってて言っているのだろうね取りあえずチャレンジだけはするからどうか離れてくれないか!?」


「ああごめん。」



 ブワッ!…と大剣が浮き、それだけでジルは『キャー💖!?』と騒いだ。

そんな彼女にもっといいところを見せよう!

…とは少しも思わずに、ギルトは勢い良く剣を振り下ろした。

そして床に衝突する前に力を込め…



ガンッ!!



 …込めたが、駄目だった。

完全に重さに引っ張られ5センチ程床にめり込む羽目に。

ギルトは完全に疲労した腕を庇うように、剣を離しグデッと寝転がった。


たったあれだけしか動かなかったのに、彼は汗だくになり息も荒れていた。



「ハア…ハア!、…やはり駄目だな!」


「いや~凄いよ!、カッコよかったぞ!」


「! …そうなのか?」


「うんうん!、まさか本当に振り上げられるなんて思ってなかったもん。

振りかぶった途端にそのまま地面に落とすと思ってた!、凄いじゃんよギル!」


「……」



 ちょっと嬉しかった。

無言で可愛く口角を上げたギルトに、ジルは『あー可愛い』とキュンキュンした。



「…ところで、私を探していたか?」


「ああ忘れてた!、…イル知らない?」


「…いや、知らんな。」


「じゃあロバートんとこかな。

…ほらオルカがディナー作ってくれんじゃん?

だからイルも誘おうと思ったんだけどさ?」


「…こういうパターンならロバートの所だろう。

イルの拠点はここではなく教会だしな?」



 ギルトはそう言うと大きく深呼吸し、立ち上がった。

そして壁に掛けられたレイピアの石剣を見つめ、ジルに向き直った。



「すまないな姉さん。手合わせは出来そうにない。」


「ハハ!分かってるっつーの!」



 二人は笑顔で鍛練場を後にした。

刺さった大剣はどうにか壁に戻せた。


 そしてギルトは風呂に入り、オルカお手製のディナーを執務室奥の自室で本を読みながら待った。

ジルはギルトの隣に座り彼に寄りかかりながら、仕事の書類に目を通した。


 そして一時間ほど経った時、ノックが。

ノックしたのはヤマトで、ニッと笑うと『ディナーの準備が整って御座います』…と二人を誘った。




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