第154話 りんごちゃんの涙

カチャ…カチャ…



 外の巡回と出退勤時、ヤマトは帯刀していた。

 歩く度に小さく鳴る剣をオルカはつい何度もチラ見し、普通に歩く姿をまじまじと見てしまった。


 綺麗な街並みを背景に帯刀した白い制服のイケメンなんて、好きな人には堪らない光景だ。



「……写真撮りたい。」


「ん?、何の?」


「ヤマトの。」


「なんで?」


「……現代人的ロマン?」


「?」



 だがもうスマホは充電切れを起こし、ただの記念品となってしまっていた。

節電モードにして大切に大切に使ってはいたのだが、やはり無理だった。


 ヤマトは残念そうにするオルカに色々と訳が分からず首を傾げたが、そんなに珍しい事じゃないと、自分の帯刀について話した。



「武器の所持は制服の好みなんだよね。

俺はいざって時の為に外では帯刀するけど、俺の周りはあんま着けてなかったよ。」


「なんで?」


「重いから?」


「…そんなに重いの?」


「今は人の目あるからあれだけど、家帰ったら持たせてやるよ。」


「うん!!」



 ちょっとドキドキした。


 楽しく話している内にあっという間に二人は家に着いた。


 海堂家はオルカ的に理想の家だ。

先ず建築構造がノーマルで好みなのだ。

一階はリビングと風呂洗面所とトイレ、納戸…と家族三人共有の空間。

二階は部屋が四部屋あり、階段を上がって一番奥にモエの部屋、次にヤマトの部屋、海堂の書斎、海堂の部屋…と続く。

階段を上がってすぐに海堂の部屋があるのは、彼の移動が激しいからだ。

陽が上がる前に家を出る時があれば、逆に早朝四時に帰ってきたりと生活リズムがバラバラなので、なるべく二人を起こさずに済むようにとこの位置にしたらしい。



「今日はヤマトの部屋見てみたいな。」


「えー?」



ガチャン…  バチ!!



 玄関ドアを開けた瞬間だった。

風呂へと続く真っ直ぐな廊下に…、裸のモエが。

三人の目は一瞬でバチッと合い…。

モエは思わず叫びながら踞った。



「キャーーー!?」


「ごめんなさい!!」



グルン!!



 瞬間で回れ右したオルカ。

だがヤマトは顔を真っ赤に踞るモエをまじまじと見続け…。



「……Bくらい?」


「ヤマトッ💢!?」



ゴンッ!!



 オルカにブン殴られ無理矢理背を向けさせられた。

ヤマトは女慣れしているのでこの程度では動じないのだ。

 涙ぐみ動けないモエに、オルカは背で叫ぶように言った。



「後ろ向いてるから!、早く部屋で着替えな!?」


「うっ!!…ごめん!!

着替え忘れちゃって…まだ早いし少しだけって」


「いいから行きな!?」


「……階段上がる時尻見ていいー?」


「ヤマトッ💢!!?」


「バカヤマト…💢!!」



バシーン!!



 モエは思いっきりヤマトの背を叩くと、胸を押さえたまま駆け足で階段を上がっていった。

上でドアが勢いよく閉まる音がすると、オルカは本当に呆れながらヤマトの頭を叩いた。



バシッ!!



「君に紳士を説かれる覚えはないよ本当に💢!?」


「いってー。…だって見たいじゃん。尻。」


「否定はしないけど状況ってものがあるだろ!?」


「あの、あんま大声で言わない方がいいよ?」



 モエは部屋に入ると、顔だけでなく全身真っ赤なリンゴちゃんになりながら『私のバカ…!』と床に座り込んでしまった。

好きな人に見られるだけでも恥ずかしいのに、オルカに見られてしまうなんてと。



「あ~私のバカバカバカ…!!」



 本当はもう二度と部屋から出たくなかったが、夕飯を作りたいので彼女は頑張って部屋を出た。


どうせ顔を合わせざるを得ないのにそーっとそーっと階段を下りると、彼女はリビングを更にそーっと覗いた。



そろ~…



「モエ今日なに作んの?」


「っ!!」



 だが背中で問いかけられた。

モエは未だ赤い顔のままおずおずと二人が居るキッチンに入り、顔を伏せたままポソッと告げた。



「…ビーフシチュー。」


「おおいいね。」


「ヤマトはビーフシチュー好きなの?」


「ん?、うん。」



ジャーー



「……」



 オルカには見えていた。

さっきの裸について少しも触れず、何事もなかったように普通なヤマトを寂しそうにチラ見する、モエが。



(…ふう。)


「ねえヤマト?、お風呂入っちゃったら?」


「んー?」


「僕も料理は出来るからモエちゃんのお手伝い出来るし。…疲れてるでしょ?」


「…じゃあ入るわ。」


「うん。」



 オルカは自然とヤマトを退室させた。

二人の距離感について、モエと少し話したかったのだ。

モエはどこかホッとした顔をしつつも、頑張って気持ちを切り替えて野菜を洗った。


 オルカとモエは特に気まずくもならないまま、普通に雑談をした。



「この家ね、日本のノーマルな家の構造と似てるんだよ?

カウンターキッチンで、リビングダイニングがあって。

でもパントリーは広いし収納が多くて、とっても使い勝手が良さそうだね?」


「そうなの使い勝手最高なの!

やっぱりお父さんは賢いよねっ?」



 そしてヤマトが風呂場に入りお湯を出す音が聞こえてくると、オルカは早速ヤマトについての話題を振った。



「…ヤマトの、どこが好きなの?」


「っ!」


「ごめんね見てて分かっちゃうから。

…僕らが初めて会ってからたった三年なのにね?

凄くカッコ良くなったよねあいつ。」


「…っ、…うん。」


「…恋ばな嫌い?」



 笑顔で顔を覗き込むと、モエは可笑しそうに笑ってくれた。

やっとリラックスした顔が見れて、オルカはまたにっこりと笑った。

 だがモエは口は笑ったまま、どこか遠くを見つめながら野菜を切った。



…トン!



「…二年前から好きになって。」


「うん。」


「…でもその頃からヤマト、家に帰らなくなって。」


「…うん。」



…トン。 …トン。



「…私、分かってるの。

ヤマトはジルさんが好きなんだ…って。」


「…!」


「でもジルさんは婚約してるから。

だからヤマトは辛くて女遊びするようになったんじゃないかなって。…それに、私までヤマトを好きになっちゃったから、余計にヤマトは苦しかったんじゃないかな…って。」


「……」


「…でもほらっ?、この間のトルコ達の一件で、ヤマトすっごく自然体に戻ったから!

…それだけで、満足しなきゃいけないのにな。

…なんか、…さっきだって、平気でBとか言うし。

その後も…全然。…そりゃそうだよね。綺麗な女の人いっぱい知ってるんだもん。

…私の体なんて、…興味ないよね。」


「…モエちゃん。」



 モエは気付いていたのだ。ヤマトが追っていた女性を。

 だがオルカは知っていた。それは茂の血がそうさせた事であって、ヤマトの本意ではないと。

本人はそれについてノーコメントを貫いているが、オルカから見てヤマトがジルに恋をするなどあり得ないのだ。


 モエは切った野菜を鍋に入れ火にかけると、ティッシュを取り目にあてた。

そんな姿を見ているだけで、オルカまで泣きたくなってしまった。



「ごめ…っ、……オルカさん、話しやすくて。

ちょっと弱音…吐いちゃった。」


「ううん。ううん、いいんだよ?」


「ずっ! あたしの気持ちが…ヤマトを苦しめ…てるの、かなって…!」


「そんなことないよ。」


「最近は夜の当直じゃなきゃっ、毎日帰ってきてくれるけど!…でもヤマトは元々優しいから…!

トルコの一件で本当に解放されたの…見てて分かるから!、嬉しいのに…っ、会えれば会える程辛いなんてっ、あたしおかしいよね…!」


「…モエちゃん。」


「でもっ、どうしたって大好きで…!」


「…うん。」


「優しいだけじゃなくて…アホなところもっ、楽しいところも!、本当は真面目なのに隠したがるところも!、色々と無自覚なところも…!」


「…うん。」


「大好きなのにっ、なんでこんな辛いの…!!」



 余程溜め込んでいたのだろう。モエはティッシュに顔を埋めて泣き出してしまった。

オルカは完全に貰い泣きしてしまい、自分の涙を時折拭いながらモエの背を優しく撫でた。



「…あのねモエちゃん。」


「こんなに泣いてごめんなさいいっ!!」


「あ、ううんいいのそれは。

…あのね?、ヤマトはジルさんの事を恋愛面で好きなわけじゃないよ?」


「…え?」


「血の話は聞いたよね?

ヤマトはどうやら本当に大量に茂さんの血を飲んでしまったみたいなんだ。

名字持ちの血はね?、本来なら一滴でも充分な程に強いんだ。

…だからヤマトは、茂さんの気持ちと自分の気持ちがゴチャゴチャになって、自分でもよく分からなくなってしまったんだよ。」



 モエは涙を拭いながらじっと話を聞いていたが、ふっと苦笑し、首を振った。



「でもどっちにしろ、私はヤマトのタイプじゃない気がする。」


「なんで?」


「…ヤマトが遊ぶ女の人は皆、すごく綺麗。」


「!」


「大人っぽくて美人で。…正直遊び慣れてそうな感じはするけど、…でも、綺麗。

…私は胸も小さいし、背も小さいし。スタイル良いなんてお世辞にも言えないし。」


「…まだ16才なのになに言ってるの。」


「もう16才、だよ?」



 オルカは大きく首を振り、ムスッとした顔をわざとモエに見せた。

モエは苦笑いしたが、涙は止まった。



「あのねモエちゃん。君は分かってない。」


「えっ?」


「男っていうのはね、結局は好きな人が全てなの。

あのね、こう言ってはなんだけどね、オッパイの大きさなんて好きになっちゃえば関係ないの!」


「…でも皆言うじゃん。

『あの人のオッパイヤバー💖!』って。」


「ってそれ誰なの本当に。

そりゃ男はオッパイが好きだよ?、それは認める。

でもなんていうのかな、…所詮は萌えなの。

あ、『モエ』じゃなくて『萌え』ね?」


「うふふっ!」


「女の子が俳優にカッコイイって騒ぐのと一緒!

現実でその俳優と付き合えるなんて思ってる子はまず居ないし、実際付き合う人はもっとこう…ポケットサイズじゃないけども、普通にイイ人でしょ?」


「…はいゆー?」


「ああそうかここには居ないのか!!

…えっと、……ギルト…とか?、皆の憧れ!みたいなカッコイイ人のこと??」



 俳優が存在しないせいでコチャコチャしてきてしまった。ので、オルカはピンと指を立てニコッと笑った。



「早い話!、多分ヤマトは自分の気持ちに気付いてないだけ!」


「?、自分の気持ちって?」


「それをあいつに気付かせてやろうと思う♪」


「??」



 オルカは『おいでっ?』とモエをリビングの椅子に座らせ、かんざしのような綺麗な棒で止めてあるモエの髪をサラッと解いた。


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