第153話 カオス理論?

 別人にしか見えないギルトを夢で見た日から、オルカはどうしても気になり、色んな人に話を聞くことにした。


恐らくあの夢は昔のギルトと今のギルトを象徴しているのでは?とは思うのだが、オルカは昔のギルトを知らないも同然だ。

会ったのは第二期大崩壊の直前で、一時間も時を共有していない。

日本でリンクの研究の際にギルトの私生活を見てしまったことなら数度あったが、オルカは『もう亡くなった人ならまだしも生きている人の生活を盗み見るなんて良くない』…と、偶発的に見てしまう時以外見なくなった。


 よってオルカは、色んな人に『昔のギルト』について聞いてみることにしたのだ。

大好きなので単純に興味もあった。



「こんにちは?」


「わわ!?オルカ様!?」



 よって、王宮付きの制服は度々心臓が爆発する程驚かされる羽目になった。

今までは無かったのに突然廊下で呼び止められるようになったし、王宮の一階にあるとはいえ、王族が彼らの執務室を訪れる事などまず無いのだから。



「どど…どうされましたトラブルドゥえすか!?」


「いえ!、…わあ。こんな感じなんですね。

ヤマトから聞いていたんですが、このお部屋にお邪魔するのは初めてです。」



 オルカ的に落ち着くサイズの執務室だった。

 王宮付きの資格を持つ制服全員で使用する部屋なせいか大きなテーブルが真ん中にどーんとあり、椅子が多く、棚には鍵が掛けられている物も。

窓は無く、テーブルの上も棚の上も中もきちんと整理整頓されていた。

とても男所帯には見えない程綺麗に片付いた部屋だ。

 ここは執務室ではあるのだが、メインの役割は控え室だ。

彼らはここを拠点に毎日仕事をしていた。



「…二十畳くらいかな?」


「…二ジュウジョー…ですか?」


「あっいえ一人言です。」



 彼らは交代で王宮を巡回している。

人数は多くないので、ここが空になることもままある。

禁止事項はとても多く、どの部所よりもルールが厳しい。

巡回が終わってここに戻ってきて空き時間となっても昼寝など出来る筈もないし、夜になろうが飲酒など御法度だ。


彼らはただ、『もしもの時の為にひたすら構える』のが仕事なのだ。



「いつもありがとう御座います。」 ペコ。


「いいいいええそそそんなオルカ様!?」



『王族の方が今日も無事にお休みになり、そして明日も心地好く過ごし、そしてまたお休みになること』これこそが彼らの誉であり、何よりの労いなのだ。


 なので、オルカにペコリと頭を下げられた彼はあたふたと慌て手をブンブン振った。

廊下ですれ違うだけでも緊張するのに少し可哀相だが、こんな風にお礼を言ってくれるオルカの事をもっと好きになってしまった。



「皆さんのお陰で今日も僕は健やかです。」


「いいいいえええそんそんナ"大それたお言"葉」



ガチャン…



「帰還致しま… 」


「あ!、お疲れ様ヤマト!」


「………」



『なんでここにお前が居んだよ』とつい顔に出そうになったヤマトだったが、激しく動揺する先輩に気付くとヤマトはピリッと顔を引き締めた。



「これは驚きましたオルカ王。

何故このような場所に? …迷われましたか?」


「フ! …ううん大丈夫。

…あ、これ良かったら皆さんで食べてください。」


「そそんなありありがトゥ御座います!」


(緊張しすぎだよ先輩。)



 ヤマトは地域の巡回を終えここに来た。

毎日違うスケジュールで大変そうだなとオルカは思った。



(そう思うと、毎日ある程度同じスケジュールの方が案外楽だったりすんだよね。)


(…マジで何しに来たんだこいつ??)


(オオオルカ様…から!、菓子をてわっ手渡され)


「失礼ですがオルカ様?、ここで何をされて?」


「あっうん。この方に用があって。」


「ワタシですかあっ!?」



 ここでやっと本題に。

 ヤマトが淹れたお茶とオルカの差し入れの菓子を囲みながら『昔のギルトはどんな人でしたか?』と訊かれた彼は、少しキョトンと瞬きをした。



「昔の長官…ですか?」


「はい。」


「それはどの程度昔の、でしょうか?」


「あ、うーん。…三年前よりも前とか?」


(ふわっふわじゃねえかよ。)


「…えっと、…そう…ですねぇ、……

特に今と大差ないように思いますが。」


「!」 (…え?)


「私は長官が生まれた時から存じておりますが、昔から努力家で勤勉家で。特にゲイル様に本当に懐かれていて、大きな背を小さな体で必死に追いかけておりました。」



『へえ?』とヤマトは口角を上げた。

 ヤマトも今ではギルトが好きなので、興味が沸いたのだ。

 話を聞かせてくれている彼は55才で、ゲイルが政府長官を務めていた頃からの古顔なのでよく知っていた。



「かなり意志が強くいらっしゃいますが、あれは天性のものではなく己を鍛えた結果なのですよ?

特に王への忠誠心など親衛隊一番で。

…それは身を持って御存知でしょうが。」


「ふふっ!」


「…三年前第二期が終わり、やっと本当に大崩壊が終わった時のあの方の安堵の顔は…、私は忘れられないでしょう。

…イル様とジル様が戻られたのも大きな要因だとは思いますがね?

やっとちゃんと食事を摂ってくださるようになって、それだけで私は泣けてしまいました。」


「うんっ、うん!」


(貰い泣きハヤ。)


「…ですが、『何かが大きく変わったか?』と言われると、特には。…というのが正直なところです。」


「!」


「長官は昔から穏やかで朗らかな方で。

根がとにかく優しくて温かなのです。

決して周りに当たり散らさず、責任感が強く、どんなトラブルにも冷静に対処してくれますが…、本音ではきっと昼寝をしたいのです。

穏やかな風と暖かな日差しの中、何をするでもなく寝転がるのが好きなような…。

根は本当は、それ程に穏やかな方なのですよ?」



 とてもほっこりする話が聞けたのだが、オルカの疑問は更に深まった。

 確かに今接しているギルトを見る感じなら、『根が穏やか』に見える。

…だがオルカがリンクで見てしまった幼少期のギルトはかなり活発だった。

昼寝というより、どちらかといえば『遊んでゲイル様!』『姉さん遊ぼう!?』…と寝る間も惜しんで遊びたがるような。



(なんだろうこの釈然としない感じ。)


(なんでムスくれてんだこいつ?)



 ヤマトは納得していた。『イメージ通りだな』と。

このヤマトの反応が余計にオルカに首を傾げさせた。






「昔のギル~?」



 同じ質問をされたジルは『んー?』と口を尖らせ宙を眺めた。

 所変わってここはジルの個室だ。

シックな黒系の家具ばかりの、男よりもクールな部屋だった。

 ベッドに座り足を組む姿はその辺の男よりもカッコイイ。



「まあ、一言で言うなら『ポケッ子』?」


「ハハハ!」



 ヤマトは笑ったが、オルカは『またか』と納得がいかず。

つい誘導のような質問をしてしまった。



「面倒臭がりなところとか、ありましたよね?」


「んー?」


「今より流暢に流れるように喋って、厳しすぎる一面があったり。」



 ヤマトが微かに首を傾げる中、ジルはキョトンと瞬きをした。



「…いや、ナイな!」


「!」


「でもまあ、私らが王宮から逃げた後の15年なら?、あり得なくはない気もするけど~…。

でも三年前和解した時はそんな感じじゃなかったよ?」


「……」


「ブチ切れた私が執務室であいつに決闘を申し込んだ時だって、あいつは受けずに『お願いだとにかく話を聞いてくれ』って、最後までさ。

…結局そん時はノロイとかいうやつがギルトに覆い被さってそれどころじゃなくなったけどね?」


「…!」 (…え?)



 オルカがハッとする中、彼女は窓辺のジュエリーケースを開け、法石の欠片を使ったペンダントを二人に見せた。

ヤマトは『あ。俺のと一緒!』と笑い、オルカは『あの時のだ』…と懐かしい気持ちになった。


彼女は微笑み目を閉じペンダントをギュッと握ると、オルカに柔らかい笑みを向けた。



「あの時は本当にありがとね…?

私たちの事、見ててくれたんだね?」


「…うん。呪いがギルトを殺そうとしてるのが見えたから、法石を割って『届け』って祈ったんだ。」


「うん。私達ね?、みんなこれを宝物にしてるんだよ?」



『イルに会ったら聞いてごらん?』

 そうジルは笑った。






カツン… カツン…



「うーん。」



 廊下を行きながらオルカは思わず唸った。

『やっぱりおかしいよね』と。

オルカの記憶では、ギルトは決闘を受けたのだ。

だが呪いにより悶え、決闘どころではなくなった筈なのだ。



「…うぅ…ん。」


「なあ、どしたんお前?

長官となんかあったん?」


「ん?、…いや、そうじゃないんだけど。」



 ヤマトからすればオルカの行動は謎すぎた。

皆にギルトの話を聞いて回るのは、まあ興味や好奇心故の行動なのだろうと納得するのだが、なんでかオルカは何を聞いても納得のいかない顔になるのだ。



(一体何が知りたいんだか?)


「…ねえヤマト。ギルトは煙草吸う?」


「ん?、…いや、多分吸わない。」


「根拠は?」


(根拠言わなきゃいけないの(笑)!?)


「だって見たことないし。」


「…それだけ?」


「煙草の香りがしたこともないし、デスクワークなんてしてたら絶対吸いたくなるのに吸ってるとこ見たことないから?」


「……確かに。」



 ヤマトは『言われると吸いたくなるんだよな』と煙草を取り出し、火をつけた。

その仕草をじっと目で追い、オルカは質問した。



「そういえば、いつから吸ってたの?」


「んー?、……三年前。」


「…今でも高級品だよね?」


「まあね。…言ってなかったけどさ?

俺第二期の日。マスターの血飲んで逃げる時さ、マスターから誕生日プレゼント貰ったんだ。」


「! そうなんだね?」


「開けてみたら、煙草でさ(笑)?」


「あ!あ~そういうことか!」


「そっ!、それから俺は吸ってる。

最初はパパから貰った小遣いで買って、政府になってからは自分で買って。

…マスターのくれた煙草はさ?、なんか吸いきって無くなっちゃうが嫌で一本だけ吸ったっきりだったんだけどさ。…でも吸わなきゃ勿体ないじゃん?

だから本当に…なんだろ。死ぬ程頑張った時?、本当に自分にご褒美あげたい時に吸うって決めてて。」


「そっか~。うんうんいいんじゃない?」


「だろっ?」



 それは湿気てしまおうが関係ない、特別なご褒美なんだそうだ。

またほっこりストーリーが聞けてその点では満足なのだが、疑問は紐解けなかった。





「昔のギル?」



 イルは教会に居た。

本日はロバートもセットだ。

 ヤマトは『えっとね~?』と記憶を漁るイルの隣であくびをするロバートを見ながら、『マジでシスターってこいつの事好きなん?、だったらなんでこんな距離キープしてんの??』…と違う事を疑問に思っていた。



「とっっっ…てもカッコよかったわよっ?」



 イルはよく思い出してしまったのか、頬に手を添えながらキャーキャーと話してくれた。



「とっても面倒見が良くてねっ?、私はすぐに泣く子だったからいつも宥めてくれてたわっ?

転んだり鍛練でアザを作ったりしたら、そっと手を当ててくれるような優しさと紳士さを小さい頃からもっていたの!

でもね、本当はギルだって泣きたかったのよ?

けれど『男の子だから』『フローライトの子なんだ僕は』って、必死に己を律して!」


(ポイな~。)


「…厳しい一面とかはありましたか?」


「そりゃあったわよっ!

特に大きくなってからは自分に本当に厳しくて!

よく心配してしまったわ?」


「…他人には厳しくないんですか?」


「うーん。…『何をしてる貴様等!』と誰かを叱咤する厳しさというよりも、『私達は国民の模範足る存在なのだから、どんな時も気を抜くべきではないだろう?』…と諭すような厳しさだったわね?

それは今でも変わらないけれど、昔よりも上手くやっているとは思うわよっ?」


「……」



 オルカが『んー?』とまた首を捻り、それを見たロバートは『どした?』と普通に首を傾げた。



「なんか納得いかないような顔して。」


(よく言ってくれたオッサン。)


「お前の中であいつは自分にも他人にも厳しいイメージなのか?」


「…ロバートさんはギルトをどう思ってますか?」



『俺?』と自分を指差したロバート。

 オルカが頷くと、彼は腕を組み眉を寄せ、うーん?と数度瞬きをした。



「…あれで意外とユニーク。…とか?」


「え。長官がユニークとかなくね?」


「いやいやあれで結構やらかすぞあいつ。」


「あらそう?、…あっ!、でもそうよねっ?

ロバートはギルトとミスター海堂とよくお店で酒盛りをしているものねっ?」


「そうそう。ほら、海堂ってああじゃん。

海堂もあれでテンションで行動が決まるっていうか、俺には遠慮なくワガママ言うんだけどよ💢?

ギルトがそこに居会わすと、もう最悪!

海堂の面倒臭いギャグにわざと乗ったり、捻りの効きすぎた注文してきたり、そんで海堂とワハハと爆笑したり。」


「…ギルトが爆笑。」


「おう。……別によくするだろ?」



 ヤマト、地味にイラッとした。

 オルカはガン!…とショックを受けた。

ロバートは当たり前に言うが、爆笑なんて一度も見たことがなかった。



(うわ~なんだろこの気持ち。…ジェラシー?

これがジェラシーってやつなの…💢?)


(ロバートさんと海堂さんは、ギルトにとって友人なんだな。…いいなあ。僕にはニッコリ笑いとかはにかみ笑いとかばっかだもん。)



 それも他の皆は見たことがないのだが…。


 貴重な話は聞けたが、やはり的を得なかった。






「長官が煙草を嗜むか、…ですか?

いえ、嗜まれないと思いますよ?」


「長官にステッキを首に押し付けられあまつ廊下の壁に浮かされた事があるか!?

まままままさかそんな事一度もないですよ!?」


「緊急時の対応…ですか?

『なんだ?』とは確かに口になさいますが、オルカ様の言うように語尾を強めたような、面倒そうに『なんだ!』と返された事はないですよ?」



 この後制服数人に聞いても、オルカの知る昔のギルトの片鱗が出てくる事は無かった。


それどころか、地味にオルカの知る過去と一致していない点が見付かってきた。

ジルの話してくれた『決闘』のようにだ。


その違いは決して大きな違いとは感じなかったが、確実な違いに感じた。

『ギルトが違うから起きた違い』に感じた。





「…そろそろ帰るわ。」



 夕方、時計を確認しながらヤマトは告げた。

オルカは『最近早く家に帰るな』と思い、なんとなく理由を聞いた。


王宮付きの仕事は時間が長ければ長い程賃金が上がる。それなのに早く帰るので純粋に気になったのだ。

するとヤマトは頬をポリポリかくと、少し悩み口を開いた。



「……モエが。」


「!」


「…ほら。パパって忙しいと帰ってこないから。

それでもあいつ、俺らのメシいつも作ってて。」


「…うん。」


「なんか、…ヤじゃん。

帰ってこないかもしれない俺らのメシ作って、待って。そんで帰ってこなかったら一人で食べて。

…俺も二年くらい全然帰らなかったからさ。

罪悪感じゃねえんだけど、…別に金に困ってもないし。…ちゃんと帰ろうと思って。」



 気まずそうなヤマトの顔に、オルカはにっこり笑った。

『ああ。とてもヤマトらしい。』ととても嬉しく思いながら。



「…じゃあ今日はお邪魔しようかなっ?」


「ん?、…うん別にいいけど。」


「うん!」



 二人の関係性について気になっていたし、オルカはヤマトと共に帰ることにした。



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