第152話 ノイズ
次の日の朝。
「………」
オルカの部屋の前で、悩ましげにギルトは口に手を添えていた。
現在時刻、朝の九時。
いつもなら起きている筈のオルカが起きてこないので、目覚ましになるべく部屋を訪れたのはいいのだが、いつもこうやって自分が起こしたりするのは甘やかしなのでは?、と突然思い立ち、ノックをするか否か悩みだしてしまったのだ。
オルカは基本しっかり者なので、誰かに起こされずともちゃんと起きてくる。
だが前日に勉強しすぎたり調べ物をしすぎて、こうやって起床が遅れる事がちょこちょこあった。
そんな時はいつも寝顔を撫で、一時間程は大目にみていたのだが。
「…そもそも、勝手に入室する事すら抵抗があるのに。
オルカ様ときたら怒りもなされず、嬉しそうにするばかり。
……何故なんだ。
普通は勝手な入室は嫌がるだろう。やはり無理をなされていたのではないだろうか…?
…私だったら無許可で部屋に入られるのなど許せん。……まあジルとオルカ様は別だが。」
…つまりはそういう事なのでは??
「…しかし、昨日の今日だ。
まさか、まさかとは思うが……な。
やはり御無事を確認するべきなのではないだろうか。」
海堂の話で一番嫌だったのが、最後の補足だ。
つい『死守せよ』と叫んでしまった程。
同性の愛情に偏見など無かったが、その標的がオルカなのが堪らなく嫌なのだ。(※まだ決定じゃないのにギルトの中では決定事項)
…しかもバグラーはとんでもない巨漢。
余計にゲンナリするところがあった。
「ヤメロ不快な想像は!!、不敬だぞギルト!!」
『だってオルカ様あっちで二人彼女がいらっしゃったと仰っていらっしゃったしやはりオルカ様は女性を愛する体質でいらっしゃるのだろうからやはり私の反応は健全というか当然というか自然な反応なのではなかろうか?、そもそもオルカ様が私とヤマトと海堂を特にカッコイイと褒めて下さるのはそういった目で見ているのではなくあくまで萌えという心のトキメキだとハッキリと口になされていらっしゃいましたしやはりオルカ様は女性を愛する体質でいらっしゃると決定して問題はないだろう。』
…等と心の中で高速で呟きながら、ギルトはやはりノックした。
コンコン…
だがやはり返事は無い。
『念のため。念のための安否確認ですから。別にそんな、そこまで心配しているわけではないですよ?ですがやはり昨日の今日ですし…』と、もう自分でもよく分からなくなりながら、ギルトはそっとドアを開けた。
「……な!?」
だがギルトは思わず飛び跳ねるように驚愕し、何度も瞬きをして、眼を擦った。
「なん…だ、これは!?」
部屋が全くの別物になっていたのだ。
オルカは海堂に全てを話した日、夜に部屋の模様替えをした。
広すぎる部屋を分断し、窓のある部屋はデスクやテーブルのある憩いの場の居間に。
他にも、本棚を一つの部屋に纏め勉強部屋に。
クローゼットのある部屋はそのままクローゼットルームに。…鏡も置いた。
そしてベッドをクイーンサイズ程度にし、天蓋も外し、寝室に。
部屋に入ったすぐには玄関ルームを作りシューズボックスと飾り棚を置いた。
ギラギラと輝いていた家具の色も全て調節し、優しい白と茶に変更した。
だがオルカはそれを誰にも言っていなかった。
ここが由緒正しい王族の個室とちゃんと分かっていたので、罪悪感から打ち明けられなかったのだ。
「オル…オルカ…様!?」
ギルトは動揺しすぎて声を上擦らせながらオルカを探した。
そしてとあるドアを開けると、オルカが見慣れないベッドでスヤスヤと眠っていた。
ほ…。
「よか…ヨカッ…タ。
……しかし、この様変わりは只事ではないぞ。」
取りあえずオルカが無事で安堵したが、動揺は治まらなかった。
あんなに広かった部屋をどうやって区切ったのか。そもそも何故こんな地味な色合いになってしまったのか。
どの部屋を見てみても狭く感じ、ギルトは窓辺の椅子に座り頭を抱えてしまった。
「……何から訊けばいいのかも分からん。」
部屋を明るくするためホタル石を起動したくとも、石は遥か頭上。
というより天井そのものが低くなった。
テンパり過ぎて動けなくなりじっと頭を抱えていると、ふと名を呼ばれた気がしてギルトは寝室に向かった。
「…ん!」
「…オルカ様?」
「な…に … ……ギル… …なん…で…?」
「…?」
寝言だ。…だが少し様子がおかしい気がした。
ギルトはベッドに腰を下ろし、オルカの頬を指先で撫でながら声をかけた。
『す!、凄い!、海の中の生物をこんな風に見られるようにするなんて!』
『それが水族館だ。綺麗だろ?』
『…デッケー水槽ー。』
…あ、懐かしい。これは初めて水族館に連れていってもらった日だ。
…あー。只の白シャツにジーパンの門松さん。
あ~懐かしい落ち着く。門松さんはこうでないと。
『……なんか、…』
『どうしました柳さん!?』
『声がデケーよ。
…いや、なんかさ?、……こいつら、閉じ込められて可哀想だなって。』
『!』
『…そこまで考えちゃない…か。』
言ってた。…そうだ言ってた。
僕は興奮しててあんまり深くは考えなかったんだ。
だって僕からすれば、『見られる』という事自体がもう奇跡のような感動で。
…でも、そうか。…そうだよな。
もしかしたら柳さんのように感じる方が、実は正しいのかもしれないな。
…正しさって、何なんだろう。
『…水族館まで来てモアバーガーとか。』
『案外こういう所ってチェーン店多いからな。
…海鮮丼とか食べるより良くないか?』
『そっすか?、俺は逆にそっちのが『魚天国』って感じすけど。』
『僕はモアバーガー好きですよ?
こんなに美味しい物が短時間で出てくるのにお店のスタッフさんはいつも笑顔で。
日本は本当にすごいです。』
『そこ~?』 『はは!』
…まずい。ホームシックになりそう。
それにしても、今回の夢もリンクの匂いがするな。
…なんとなく普通の夢とリンクしてる夢が分かるようになってきた。
…でもまた疑問が生まれる。
なんでいつも柳さんなんだろう…?
『触れ合いコーナーだとよ?、オルカ。』
『?、魚を触るんですか?』
『イルカって書いてあるぞ?』
『…いるか?』
『さっきお前が騒いでた白くてでかいやつ。』
『ええ!?、触れるんですか!?』
よく覚えてる。可愛くて優しい顔をしたイルカで、門松さんが撫でようとしたらプイッてそっぽを向いてしまって。
門松さんは地味に凹んでて。
でも柳さんは『そうでないと』って大爆笑で。
『これだからアンタは!』
『…オッサン臭かったんかなぁ。』
『そ!、そんなことないですよ!』
……穏やかに笑う門松さんと、ニッて笑う柳さんが、…大好きだった。
ザザ…
『何だ騒々しい!?』
…あれ?、ギルト?
おかしいな。これはリンクして見てる夢だと思うんだけど。
…割り込むように他の映像が流れてくるなんて。
それにしても、これはいつの記憶なんだろう。
ギルト、別人みたいにピリピリしてる。
…こんなにイライラしてるのなんて見たことないのにな。
…… …あれ?、いや、ちょっと待て。
…違う。ギルトは元々はこうだった。
少しイライラしてるような対応で、面倒そうに『なんだ!?』…と返すような。
『氷石を国民に解放しろ。』
『し!しかしアレは貴重品で!?』
ガンッ!!
わ! …ステッキで壁に人を押し当てた。
…浮いてしまってる。
…これは、発熱事件の時だ。
大崩壊の予兆の、塩辛い水が降って…国民が高熱を出してしまった時。
『貴様はこの未曾有の緊急事態に『貴重品だから』と国の備品を出し惜しみするのか…?』
『くッ…申し…訳』
『我々は国の為、ひいては国民の為に存在しているのだ。…今こうしている間にも国民は苦しみ、悶えているのだぞ。
…貴様にはその声が聞こえないのか?』
『すみま…せ!』
『大切なのは見極める事だ。
…本当の緊急事態と、そうでない事態をな。』
…顔付きが全然違う。
同じ顔なのに、まるで別人だ。
それに喋り方も、本当に別人みたいだ。
流れるように綺麗に喋るのに、箔と険がある。
帰ってきてからはこんな風に喋るのはおろか、怒るのも見たことがない。
誰かに呼ばれて返す『なんだ』一つとってもそうだ。
昔の彼は心底うんざりしたように、『今度はなんだ』とでも言いたげに返してた。
けど今のギルトは表情も声も穏やかで、おおらかに『なんだ?』と返す。
優しいお兄さんみたいに。
こんなに彼が変わったのは、この三年で内心が落ち着いたからなのかな?
…やっぱり凄く大変だったんだろうな。
ザザ…
『氷石を国民に解放しろ。』
『し!しかしアレは貴重品で!?』
…え?、…また同じ…映像…?
『そんな事を言っている場合か?』
『ですが!…っ、…分かってはいます…が、……』
『時は一刻を争うのだ。…早く行け。』
『ですが…!!』
…会話が違う。
壁に打ち付けもしないし、そもそもステッキを持ってない。…マントも羽織ってない。
…第二期が起こる直前、石林で会った時もステッキを持っていたのに。
『ですがもし!、もしも長官が同じ様に高熱を出されたら…!!』
『…!』
『貴方を失ったら…我々にはもうなす術が…!』
『…お前。』
泣いてる。 ……
なんだ。…物凄い違和感だ。
なんで会話が変わってしまったんだ…?
ギルトもまるで、……別人じゃないか。
疲れを見せず、常に穏やかにあろうと心掛けてるのが見て分かる。
『ありがとう。だが私からすれば国民が苦しんでいる現状で、…発熱しそうなのさ?』
『っ!』
『さあ。……行け?』
…画像が、ギルトがブレる。
ノイズがかかったように、以前のギルトを塗り変えていく…?
この夢は何なんだ。…この違和感は……
『スゥ… フゥー…』
…煙草?
この表情、以前のギルトだ。
彼は煙草を嗜んでいたのか。
……でも今のギルトは、吸ってない…よな。
次々とギルトが何かしている映像が現れ、ザザッとノイズが走ったように同じ状況だが違う表情と会話をするギルトが浮かんできた。
その見分けは表情や仕草、目線、彼という存在からあからさまに発信されていた。
目の鋭さから何から何まで違うのだ。
同じ髪、同じ瞳、同じ声、同じスタイルなのに…
全く違う人間にしか見えない二人が、何故か同じなのに違う時を過ごしていて…
「…あなたは、…だれ?」
「オルカ様。」
「…!」
リアルな声にハッとすると、心配そうにギルトが自分を見つめていた。
オルカはまだ夢うつつで、だが朝一番にギルトに会えたのがとても嬉しくて、ついにっこりと笑った。
「!」 (カワ…イ…!!)
「可愛いねギルト…。」
「…… ハ…!?」
「僕、ギルトに起こされるの大好き。
恥ずかしいけど、嬉しい。…甘えん坊でダメだね?」
「そ!? …いえそんな!」
「ふぁ…。 …変な夢だったなあ。」
オルカは体を起こし伸びをして…、やっと『あ!?』と気付いた。
(部屋…!!)
反射的に口を押さえ慌ててバッとギルトを見ると、彼は口を微かに歪め、照れていた。
『あーかわい。』…とつい真顔で凝視してしまったが、『違うだろ僕!?』と我に返った。
「あ、あのさギルト。…驚いたよね?」
「え?、…何にでしょうか。」
「え?、……部屋。」
「!!」 (…余りの衝撃に忘れてた。)
確かに部屋については聞きたい。
だがギルトはフルフルと首を振り、優しく笑った。
「気にはなりますが、先ずは朝食を食べましょう?」
「…!」
「その後、この部屋を探検させて下さい。」
「うん!」
二人は朝からにっこり笑った。
穏やかなギルトに違和感を残して。
不思議なことに、目が覚めたらもうバグラーへの妙な興味は引いていた。
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