第151話 幼稚な閃光
「バグラーは、オルカ王に光を見ました。」
「!」
オルカが微かに目を大きくし、他は皆更に首を傾げた。
海堂は三層での二人のやり取りを皆に聞かせ、それからオルカがこんな調子だと告げた。
…非常に不愉快そうに。
「奴は内なる光で周りを、…いや、勝手に周りが巻き込まれるプロなんです。」
「…パパ、それイミフ。」
「フフ!…こほん。失礼っ?」
「…ほら。こんな話をしているのにポケポケ。
つまりね、オルカ王はバグラーのカリスマに当てられ、バグラーはオルカ王のカリスマに当てられました。」
「ハーア!?」 「いやいや(笑)!」
「笑っている場合ではないですよヤマト!ジル!」
確かにオルカは未だに少しおかしい。
普段は無駄な程に真剣な方なのに、今は真剣な顔どころか発言一つしない。
妙に高いテンションを保持し続けている。
「いいですか。バグラーは悪のカリスマです。
…そして人を見抜き、付け入る天才なんです。
彼にかかれば、あの我の塊だったオルカ王でさえこうなる。つまり!、政府が三層を担当しようが!、誰もがこうやって取り込まれる可能性があるという事です!」
(我の塊って言われてら(笑)!)
「保安局を監守業務から外そうが!、政府が抱き込まれたらもっと事態は悪くなる!
更に事態を悪くさせたのは…、奴がオルカ王に惹かれた事です!」
「…! ……あ。」
ヤマトはハッとして隣に座るオルカに目線を送った。
バグラーが触れたという頬をついまじまじと見てしまった。
「『何が望みだ』『献上する』。
…つまり、バグラーはオルカに興味、…いや、もっと深いものを感じ、…尽くしたいというか、何かしたいと思った。」
「そう!」
「それはつまり、…監守変更は更にバグラーの『オルカに会いたい』という気持ちを増長させる。」
「そう!!」
「よってより巧妙に、そして大胆に相手を懐柔しようとする!」
「そうだよ!!」
海堂はバン!!…とデスクに手を落とした。
ここまで海堂が荒れるのは本当に珍しい事だった。
「つまり!、監守を変えても変えても安心なんて出来ないって事です!!」
「うっわーーー。…そうじゃん。」
「しかも…頬だぞ頬!?
頬に手を伸ばしたんだぞあの…バグラーが!!」
「…私ならその腕切り落とすけど。」
「僕だって相当悩みましたよ!?」
「……こんなにお美しくあられるのだ。
その頬に手を伸ばしたくなる気持ちなら私も分かるが。」
「つまりソレだよ💢!?」
『相手の頬に触れるとはつまり!、相手が大切だからする行為なんだ!!』
そう怒鳴った海堂。…だが周りはキョトン顔で、更に海堂は苛ついた。
「ああもうトンチキばっか!!」
ムカチーン💢!
そこまで言われたら流石に腹が立った。
だがオルカとイルだけは喧騒の外で、『お茶飲む?』『うん。』とのほほんモードだ。
「でもさパパー?、そんなにいきり立ったってしゃーないじゃんよ。
ほっぺチューより親密度低いじゃん。」
「凶悪犯だからと頬に触れるのをそこまで言うのはどうなんだ海堂。」
「てかなんでそんな頬にこだわんだよ。」
ヤマト、ギルト、ジルの言い分に海堂は呆れながら腕を組んだ。
イルとオルカはお菓子を食べながらお茶をしだした。
「では聞きますがね皆さん!?
大嫌いな人間に!、触れたいですか!?」
「嫌に決まってんじゃん。」
「アネさんに同じく。」
「…姉さんに同じく。」
「では『大切だよ?』と伝えたい時!
貴方方はその人のどこに触れたくなりますか!?」
「……」 「……」 「……」
ほわわ~ん…と三人は想像した。
ジルはギルトとヤマトを思い浮かべ、『大切だと伝えたい時~?』と首を捻った。
よーく自分の行動を思い出してみると、確かにその時の感情で自分の行動が違っていると気付いた。
(『大好きだぞ~!?』…って気持ちの時は、頭ガシガシしたりしてるかも?飛び付いてハグしたり。
じゃあ、『大切だよ』って時は~~…)
ギルトはジルとオルカを思い浮かべ、逆に行動から感情を探した。
(彼女の頬に手を添えた時の心。
…オルカ様の頬に手を添えた時の気持ち。 !)
ヤマトは特定の人間が浮かばなかったが、オルカに頬に手を添えられた時を思い出した。
ジルにそうされた時の事も思い出した。
(あん時、相手からどんな気持ちが伝わってきたか。)
「…あ!」 「あ。」 「…あ。」
三人は同時に目を開け、物凄い発見をしたように声を合わせた。
「「「大切だよ。」」」
「はいソレです。」
海堂は『やっと感覚が伝わった』と鼻で溜め息を溢し、三人は『本当だ~!』と驚き騒いだ。
「マジじゃん!、すご!」
「なんでこんなん分かったのパパ!?」
「パパ言うな。…行動心理学ですよ。我が家に少々伝わっているものです。」
「…行動…シンリガク?」
「…お見逸れしたぞ海堂。
まさか心と行動にこんな共通点があるとは。」
「別に皆さんも御存知ですよ。
例えば尋問にて、相手が目線を逃がしたらどう感じます?」
「あ、嘘吐いてる!」
「はい正解です。…更に例えるならば、よく理解出来ない時に両手を上げますよね?、それも同じ。
ようは『アクションと気持ちの連動』。」
「「へえ~!」」 「ほう。」
海堂は呑気に茶をしばくオルカに苛々と爪先を鳴らしつつ、三人に鋭い目を向けた。
「まだお分かり頂けてないようなので、バグラーがどういう男なのかを説明致します。
彼は僕とは違い、頭を使いません。
人付き合いでも仕事でも酒の席でも、感じるまま、ノリのままに行動します。
…考える頭が無い訳ではありません。
ただ、ノリで行動するタイプなのです。」
「フーン?」
「彼に大切なものはありません。
家族も居ない。恋人は要らない。友人も要らない。
…ですが彼は孤独ではありません。
周りに勝手に人が集まってくるからです。」
「例の『内なる光』か?」
「そうです。…彼はそこに居るだけで周囲の目に止まり、言葉を交わすとなんとなく好感を得て。もっと話せば放っておけないと周りに思わせる。」
そして知れば知るほど取り憑かれ、彼の為に何かをしてあげたくなる。
バグラーのカリスマは海堂とは全く違った。
海堂は周りに『今度は何をしてくれるの?』と思わせる。期待をさせる。
行動するのはあくまで海堂であり、周りはそれを見るギャラリーだ。
だがバグラーは『私がしてあげる』と、相手が自主的に行動をする。
行動するのは周りで、バグラーがギャラリーなのだ。
「奴を悪の道に連れ込んだのも、ある種ではそのギャラリーなんです。
…奴が『こんな風に稼げたらなぁ』となんとなく呟いたとします。
彼にとっては一人言に近いものです。
『お金持ちになりたーい』と笑うようなもの。
…ですがギャラリーはそれを叶えてあげたいと望み、ありとあらゆる方法を彼に提示する。
そして奴は『へえ。じゃあやってみっか?』と、ノリで生きてますので即決します。
ですが彼一人では正直首尾よくなど行きません。
プロセスの確立が出来ないからです。
…彼は社会的な知識に乏しいのですよ。
ですがそこでまたギャラリーです。
バグラーの望みが無事に成就するよう知恵を回し、結果、バグラーは欲しい物を手にするのです。」
物凄い才能だ。
悪用しなければ、どれ程の効果があったか分かったもんじゃないスキルだ。
だがそんなとんでもない力を、バグラーは悪用した。
その理由こそ『愛の欠落』だった。
「彼は誰かに大切にされども、誰かを大切にした事がないんです。
そもそも『大切』という感情すら知りませんでした。
愛を知らない彼にとっては、誰が泣こうが興味がない事なのです。
…善悪の見境が、完全に無いんです。」
海堂が最も警戒しているのは、『大切』という想い、つまりは『愛』を知った彼の行動だった。
「愛という分野において、奴は無知そのもの。
…あんな悪事しか知らない男が、誰かを真っ当に愛せると君達は思いますか?」
「……」
「…無理だろうな?、愛だって練習するものだ。」
「そう。…誰かを意図的でなくとも傷付け、時に傷付けられ。そうやって学んでいくのが愛です。
…だが奴はその段階を踏んでこなかった。
…もしオルカ王が『会いたい』と彼に伝えたならば、彼はオルカ王に会うために牢を出るんです。
…その道で邪魔者を殺そうが、それをいけない事と思えないのです。」
「…『指輪が欲しい』と言った女にプレゼントするのに、その辺を歩いていた女を殺し指輪を奪い、笑顔でプレゼントするような…?」
「素晴らしいです長官。…それこそが奴です。」
「……」 「……」 「……」
海堂の懸念はようやく伝わった。
周りが勝手に彼を愛するだけでも厄介なのに、彼はその幼稚さから何をしでかすか分からない核弾頭なのだ。
このまま彼のオルカへの気持ちが膨れ上がれば、本当に知らぬ内に牢から出られている気さえしてしまった。
ギルトはつい、目頭を押さえながら溜め息を溢した。
「……ハア。」
「…どう致しますか長官。」
「…やっぱ首跳ねちまおうよ。」
「ジル止めろ。…オルカ様の前で。」
「……」
ジルはニコニコとイルと笑い合うオルカを忍び見て、大きく溜め息を溢した。
海堂はチラッとオルカを盗み見ると、三人に詰め寄るように前屈みになり口に手を添えた。
「奴が頬に手を伸ばし、オルカ王は応えた。
その様はまるで相思相愛でしたよ💢!」
「うえ。」
「言い方を選べ海堂。」
「…だからキレてたんかお前??」
「違いますよ。
……あと。…ソレとコレとは違う、とは…思うんですが?、一つ補足を。」
「もう聞きたくねえ~💧」
「アネさんに同じく。」
「私もだ。…ハァ。何だ?」
海堂はオルカを窺い、更にグッと前のめりになり口に手を添えた。
三人はもっと前のめりに海堂に耳を傾けた。
「奴は、……男色です。」
「!?」 「…Oh…」 「うわあぁ…」
「……ので、……その。」
気まずく肩を上げた海堂に、ギルトは険しい顔で背筋をビシッと伸ばし、誰にでもなく命令した。
「死守せよ!!」
「「「言い方アッ!?」」」
「お前さ!?、その場合はさ!?」
「『決して奴を出すな』…とか。」
「管理を徹底せよと命じるべきでは💢?」
「……ああそうか。すまない。」
だが正直、内心では『死守せよ』だった。
ガチャン!
夕方、三層の扉が開いた。
「食事だ。」
聞き慣れない監守の声にバグラーは『ん?』と眉を寄せた。
大人しく待っていると、やはり見慣れない顔だった。
「…いつもの奴はどうした。」
声をかけられた制服はかなり厳しい瞳でチラッとバグラーに目線を送ると、食事配給の小さな柵を開けパンを入れた。
「残念だったなバグラー。」
「…何がだい?」
「お前のお気に入りは仲良く移動となった。」
「…!」
「これからは立場ある者が三層を担当する。
…大人しく天命が尽きるその日まで、己の罪と向き合い続けたまえ。」
ランタンの明かりが遠退くと、パンの位置さえ朧気になった。
バグラーは無言で、僅かな食事だというのにパンに手を出すこと無く、何処かを睨み続けた。
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