第150話 不機嫌な捲し立て

…ガチャン!



「…ふぅ。」


「……新鮮ですね、空気。」



 三層を出た二人は思い出したように深呼吸した。

まだ悪臭は鼻に付いていたが、オルカはそれよりもポーっとしてしまっていた。


バグラーの手の温度、独特なオーラ、彼に抱いた不思議な感覚が、何故か呆けさせるのだ。



「……オルカ王。」


「あ、はい。」



 そんなポケ顔のオルカに、海堂は鋭い目を向けた。



「もう二度とここに来てはなりません。」


「…え?」


「そもそも王たる貴方の来る場所ではない。

…見学ならば今日出来ましたでしょう?」


「…えっと、…そう…ですが。」



 何故かオルカは渋った。

それに確信を持ち、海堂は大きく溜め息を溢し、バグラーが触れた頬に自分が手を添えた。



「…僕を見て。」


「…?」


「いい?オルカ。…君は彼の内なる光に触れた。」


「!」


「僕は過去、その光こそが恐ろしかった。

…彼に微笑まれた者は、誰もが彼を守るのです。

盲目的に、その身を呈して。

…そうして奴は何人も身代わりにした。

君も感じたのでしょう?、奴のカリスマを。

それこそ…あの内なる光です。」


「………」


「その光に集った者を、奴は悪用したのです。」



 海堂はグッと口を縛り遠くを見つめ、まるで独り言のようにボソボソと早口に呟いた。



「そう。…あいつは今まで知らなかったんだ。

己が惹きつける存在だったから。

誰かに惹かれた事など一度も無かったのに。」


「…海堂さん?」



 オルカの声にパチッと目を合わせた海堂。

その顔は焦ったような、不愉快なような。

とにかく、良い雰囲気ではなかった。



「君は自覚なさい。己も強い光を持っていると。」


「…え?」


「君は釣ってしまったんです。

…釣ってはいけない光を。」


「………」


「…戻るよ。欲しい情報なら手に入れた。」



カツン!



 海堂は吐き捨てるようにそう言うと、オルカの腕を引き来た道を戻っていった。


オルカは迷路のような道を行きながら、『この道をまた来るのは無理だ』…と、淋しい気持ちで時折振り返った。







「ただいま~! …って、どしたのこんな所で。」



 大きく響いたジルの声。

会議室に入ろうとしていた一行は足を止め、外仕事から帰還したジルに挨拶をした。



「お帰りなさいジルさん!」


「うおっと!、おうよただいまオルカ~💖!」



 ジルが感じた彼らの雰囲気は『微妙』だった。

なんとなく緊迫しているというか、なんというか。

だがオルカはジルに飛び付くようにハグをした。

オルカはなんでなのか、地下牢から出た時から妙にテンションが高く、愛が溢れているのだ。


 ジルは笑いながらオルカの背をポンポンし、ふざけて犬を相手にするように『よしよーし!』『私が居なくて淋しかったか~!』…とオルカをブンブン振った。


だが直後、度肝を抜かれた。



「うん。寂しかったよ。」


「素直じゃーん?」


「今日も愛してるよ、ジル。」



チュ…!



 頬にされたキスにジルは『なあ!?』と顔を歪め照れた。

『お、お前にそーゆーの似合わねえよなんだよヤメロよハズイだろっ!?』…とワタワタしながらギルトの後ろに隠れた。

…だがオルカは『うふふ♪』とニコニコ。


ヤマトは『そこに隠れて意味あるかなぁ…。』と、既に顔の赤いギルトをチラ見した。



「ハズ…ハッッズ!!

どうしたこいつ急成長だなうまやらめたなな」


「舌が絡んでいるぞジル。」


「お!、お前だろこいつにこんなん教えたの!?」



 ジルはギルトの腕を掴み顔を見て、『え。』と顔を固めた。



「…私が? …まさか。」


「……お前どうした。」


「何がだ?」



 地下牢から出て愛が溢れたのなら、一番最初にその愛を受け取ったのは…、ギルトである。

彼は突然『ギルト!』とハグをされ、何だろうと思っている内にはタイを引かれ額にキスをされた。

その時から彼は微かに震え、顔が真っ赤だった。



(スゲー被害力。) ←ヤマト


「…皆さん。早く会議室に。」


(んで、なんでかパパはゴキゲン斜め…と。)



 イルもジルもギルトも纏めて真っ赤にさせるオルカのキス。

ヤマトは『俺は一生されんでいいわ』と思いながら、皆と会議室に入った。





「保安官とバグラーが繋がってる~!?」


「ええ。」



 ジルからすれば目が点になる話だった。


 海堂は特にバグラーに質問しなかったのにそれを確信していた。その理由は『手』だそうだ。



「今日は丁度三層の湯浴みの日。

つまり彼らはマックスに汚れていますね?

ですがバグラーの手は、とても綺麗でした。」


「…手?」 「拭ったんじゃねえの?」


「いいえジル。彼らの食事は御存知ですか?

彼らには食器は一切与えられません。勿論手拭きもです。

何処かに隠し持たれるのを防ぐ為です。

水分だって最低限しか与えられません。彼らはいつだって喉がカラカラな筈なんです。

それなのに彼の声はまったく枯れていなかった。

他の囚人は枯れていたのに、彼だけは普通。」


「! …成る程な。

直接質問をすれば怪しまれ、嘘を吐かれる。

だから敢えて言葉ではない手法を。」


「そうです長官。…彼はあれで潔癖で。

特に手と顔が汚れているのに堪えられない性格で。

…さぞ苛ついているだろうと思えば、案の定。

彼の手と顔はとても綺麗でした。」


「…それだけで、手引きが居ると言えるんですか?」


「ではオルカ王お答え下さい。

一日に僅かに与えられる水を使い、貴方は顔と手を清めようと思いますか?」


「…それは、」


「彼の声は枯れていましたか?」


「…いえ。」


「では誰が彼に水を、手や顔を拭うタオルを与えられますか?」


「……」


「そう。答えは監守。

…暴行を受けていた囚人の話からスケジュールを書き出しました。

これを御覧頂ければ分かる通り、本来監守が行う巡回の穴を上手く使用している。

更には風呂を担当している…彼ら。

彼らが暴行を行っていたのは囚人から言が取れました。そして彼らは三層も担当している。

…これらから導ける解は、『バグラーが悪知恵を貸し、その礼として水やタオルを受け取った』…という事。」



 海堂はドバーっと話し、コン!とペンを置いた。

ギルトはじっとスケジュールや暴行を働いたと思われる監守の名を見つめた。



「…どう思うジル。」


「うーん。…ん?こいつら全員保安官じゃん。

…あ?、…あ~…。…ああハイハイそういう事?」



 ヤマトはジルに頷いた。

彼女は軽く概要を聞きこの結果を報されたのに、あっという間に言い切った。



「甘い蜜が手放せなくなった奴ら。…か。」


「おや。ジルにも何か覚えが?」


「こいつとこいつ。…マジで嫌いだもん。」


「…ジル。」


「いやそれこそが根拠となるだろギル。

…何処行ったのかと思ったら、まさか監守に収まってるとはねえ?…くわばらくわばら。」


「フッ!!」



 まさかの『くわばらくわばら』に吹き出してしまったオルカ。

…確かに、なんでそんな言葉が残ったのやら。



「なーに笑ってんだよオルカ!」


「いえ。…なんでも。」


「私は海堂の推察に異論ナシだ。」



 ジルは眉を上げ皆に促した。

ギルトは皆と目を合わせ、頷いた。



「早急に対処しよう。」


「では一つ宜しいですかギルト殿。」



 結論が出た途端に口を挟んだ海堂。

ギルトは『?』と首を傾げ、イルとジルも首を傾げた。



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