第155話 実感

 風呂を出たヤマトは髪をガシガシ拭きながら煙草を吸い、『なんかなー?』と眉を寄せた。



「……」



 以前ならば最低でも週一で誰かしらと肉体関係を持っていたのに、最近はからきしだ。

勿論それは自分で切った故で、無理して止めた訳ではなく自然と必要ないと感じたからした行動だったが、それこそが一番理解出来なかった。



「…あんなにヤリたかったのに、今じゃ全然。

…男としての部分がもう死んだん?」



 実はヤマトには自覚が無かった。

数々の女性関係がストレス性のものであった事、茂の血のコントロールが順調でジルとも昔のような自然体で良い関係になれたのでストレスが激減したことが。

そして一番分からないのは、何よりも今は家族が大切という事だった。

彼が家に帰るのは、帰りたいからなのだ。

勿論モエが夕飯を作って云々もあったが、一番は彼にとってこの家が癒しであるが故なのだ。


ヤマトにとっては自分にそんな感覚があるという事から未知なので、いまいち自分が癒されている事に気付けないのだ。



「……」



 なんとなく鏡を見つめると、少しムッとしている自分が映って余計に眉を寄せた。

リビングからはオルカとモエの楽しそうな声が聞こえていた。



「…フゥー。…今日あいつ泊まんのか?」



 だが、何にも気付けなかった。






ガチャン…



「赤じゃやっぱり濃いかも。オレンジかなっ?」


「すごーいオルカさん!」



 リビングに戻るとヤマトは首を傾げた。

青い寝間着を着て首からタオルを下げながら『何してんだ?』と声をかけると、モエはグルンと振り返った。



「見てヤマトすごくない!?

オルカさんが作ってくれたの!」


「…!」



 振り返ったモエにヤマトはパチッ!と瞬きをした。

明るい金髪をツインテールに結い、オレンジの大きなオシャレ眼鏡をかけ振り向いた彼女。

個性系だが妙にマッチしていて、つい口から言葉が溢れた。



「うわ、かわい。」


「っ!?」


「めっちゃ可愛いじゃん。…どしたんそれ。」


「えっ!?…えと!?えほ!?オリュな」


「僕がやったの。可愛いでしょ?」



 オルカは『ほらね~?』という内心をひた隠し笑った。

いつだったか、ジルが変装の為にツインテールにした時に見せたヤマトの反応を思い出し、試してみたのだ。

当時のオルカには分からなかったが、あの時のヤマトの反応は『可愛い』だと後々理解し笑ったのが功を成した。


 オルカがしめしめと隠れ笑う中、ヤマトはモエの隣にストンと座り、モエの髪を撫でた。



「めっちゃ可愛いじゃーん。オルカナイス!」


「…可愛いよね~💓?」


(やめっ!、やめてオルカさんっ💦!)


「いや、マジで可愛いよ。

…この格好で学校行くなよ。」


「…え?」


「…ん?」


「??」


「……」



『あれ?、俺何て言った?』と眉を寄せ首を傾げたヤマト。

キョトンと『なんで?』という顔で首を傾げたモエ。



「ブッ…フ!!」



 思わず吹き出してしまった、オルカ。



「…なんで笑ってんの?」


「ケホ!、べ、別に!?」


「でも学校にこれは恥ずかしいかも!

オルカさんがもっと流行らせてくれたらいいのに。

…あ。お父さんがなんかプラン練ってたよ?」


「……マジ超可愛い~。」


「あり!?…ありが…と。」



 リビングのソファーで楽しく騒ぐ二人に、オルカはすっくと立ち上がり、ヤマトの剣を手に持った。



(オッモ…!?)



 黒と金の鞘に収められた剣は想像を遥かに上回る重さだった。

こんなのを腰に巻いたベルトだけで帯刀しているなんて、ちょっと信じられなかった。



「…ちょっといいヤマト?」


「ん?」



ガバッ!



 ヤマトのシャツを突然めくったオルカ。

モエは内心『キャー!?』っと騒いだが、どうにか平静を装った。



「すっっご…!?」


「いや、急になに。」


「ガタイ良すぎない!?ギルト程じゃないけどギルトレベルだよルックライクギルト!!」


「はーあ💧?」



 ヤマトの肉体のなんと素晴らしい事か。

無駄肉が一切無くしっかりと引き締まった体は18才のものではなかった。

だがやはりどことなく未完成な細さがあり、オルカとしてはベストスタイル賞だ。



「……男として憧れる。」


「いい加減シャツ下ろせっての!」


「……ほらモエちゃん。セクシー筋。」


「やめてよっ(💖)💦!?」


「つつくなってくすぐったいわ!」



 ついでにモエに萌えをプレゼントした。

モエは恥ずかしそうに少し耳を赤くし、口を尖らせ横を向いた。

 ヤマトはオルカの手を払いモエに向き直り、ハッとした。

ブカブカの大きなシャツ、ショートパンツをはいた足の間に手を突き、恥ずかしそうな顔をして横を向いている…ツインテールにだて眼鏡のモエ。



ドクン…!



 彼女という存在を妙に実感した瞬間、今まで感じたことの無いような大きな鼓動が鳴った。


無性に彼女を抱きしめたくなった。

その頬に手を添えて自分に向き直らせたくなった。



(……ヤバ。)



 そして性欲も頭をもたげた。

『なんで急に』と思いつい顔を背けると、パチッとオルカと目が合ってしまった。



「!!」


「…じゃあ僕、そろそろ帰るね?」



 オルカは『思い知ったかな?』…とでも言いたげにヤマトを見下ろしていた。

全て見透かしているような笑みに、ヤマトは反射的に誤魔化した。



「メシ食ってねえじゃん!?」


「ん?、…うん。でも僕今日はロバートさんのお店で食べてみたくて。」


「…じゃあ一緒に行」


「大好きなビーフシチュー、もう出来るよ?」


(こ…の!?)


「じゃあねモエちゃん♪」


「え!?、本当に帰っちゃうんですか!?」


「うん!、……ヤマト?、ご飯作って貰った手間賃に、一杯モエちゃんを褒めてあげてね…?」



 オルカは妙に箔のある目でヤマトに念を押すと、『じゃあね~!』とさっさと帰ってしまった。


 残されたモエは少し残念そうにし、ヤマトは『あのヤロ…!?』と背を丸め拳を握った。



(あいつ絶対…わざとだし!?)


「…ヤマト?、ご飯食べるよね?」


「おう。」



 モエがパタパタとキッチンに入ると、ヤマトは眉を寄せ口を塞いだ。

その顔は赤く、照れていた。



(嘘だろ。…俺が、…モエ…を?)



『モエちゃんはただの妹なのにな?』



 トルコの言葉が甦った。と同時に、その瞬間痛んだ胸の痛みも思い出した。


必死なモエが、泣き出したモエが、抱きしめた感触が甦った。

そして嬉しそうに笑ったモエの笑顔が次々に思い出され、ヤマトは大きく溜め息をつきながら項垂れた。



(……マジ…か。)


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