第156話 紙の上のままでいい

 二人きりで食事を食べるのなど珍しくないのに、今日はまったく違う空間に感じた。

今まで子供とばかり思っていた彼女が妙に大人っぽく見えた。

何よりも、可愛くて仕方なかった。

シチューを頬張る度に『ん~💓』と目を閉じて味わう顔も、ふとした時に前髪を耳にかける仕草も、何もかもが今までとは違って見えた。



「…どう?、美味しい?」


「マジ最高です。」


「なにそれ!」


「…別に?」



 もう駄目だった。好きだと自覚した瞬間から抱きしめたいしキスしたいし、エッチはしたいしで。

シチューはいつもの数倍美味しく感じるし、大きなシャツの襟元ばかりが気になるし。



(意識しすぎ!、童貞じゃねえんだからよ💢!?)



 …と喝を入れても駄目なものは駄目だった。



(ああもう~なんでこんなことに。

…いつから好きだったんだマジで分からん。

…待て。ツインテが可愛すぎて感覚おかしくなったんじゃね?)


「…モエ、髪シチューに入りそうだからいつもみたいに後ろで結ったら?」


「あっほんと?、じゃあほどこっかな。」



シュルシュル…



「これで大丈夫かなっ?」


「……ウン。ダイジョウブ。」


「うんっ!」



『全ッ然意味ねえじゃん!!』と凹んだヤマト。

ツインテールじゃなくなって少しガッカリ感はあったが、これはこれで普通に可愛すぎた。



(見た目の問題じゃないって事ねハイハイそうね。

…てか俺、やっぱアネさんはアネさんだったのか。)



 彼にとってやはりジルは『お姉さん』なのだ。

 それを実感したヤマトは急に力が抜けて、スプーンを持ったままゆっくりと息を吐いた。

本当に、心の底から安堵したのだ。


 モエはもうヤマトがお腹一杯になったのかと思い首を傾げた。

なんせ18才、ヤマトはよく食べるのだ。



「…どしたのヤマト?、もういいの?」


「…ううん。…なんか、……疲れたなって。」


「あれ、お疲れちゃんなの?

でも大変だよね王宮付きと地域担当の掛け持ち。」


「……」


「…ヤマト?、大丈夫?」



…なあ俺、どんだけお前、傷付けた?



「…大丈夫。……」


「…そう?」



俺、お前の気持ち気付いてた。

だから帰れなくなった。…なんかもう、これ以上はキャパオバで。…抱えきれなくて。


…女と歩く俺に声をかけられて無視とかあったな?


俺な、お前に諦めてほしかったんだ。

男として女として…とかではなく。

『俺って存在を諦めてほしかった』。

そしたらもっと深い闇に堕ちていけるような気がしたんだ。


…ほんと、どうかしてる。



 彼女を傷付け続けた自覚がどんどん押し寄せ罪悪感となり胸を占め、ヤマトは力無く手に顔を埋めてしまった。


本当に調子が悪そうなヤマトに、モエは眉を寄せ席を立ちヤマトの隣に立ち背に手を添えた。



「ヤマト…?、大丈夫…?」


「……」


「…具合悪いの?、……お医者さん行く?」



本当にごめん。

……でも、…本当にありがとう。


お前が見限らないでいてくれたから、あの日、踏み止まれたような。


…今では、そんな気がしてるんだ。



「……モエ。」


「ん?」


「…好き。」


「… …  …え?」



 ヤマトは真っ赤な目で顔を上げた。

その顔は涙を必死に堪えて見えた。



「……好きだよモエ。」


「…え、…エッ!?」


「ごめん。」


「…! ………ヤマト。」


「マジで…っ、ごめんな…!?」


「っ、……ううん。」



 ごめんと口にする度に胸が痛んだ。

余りの罪悪感から涙が勝手に零れたが、それが更に卑怯に感じて苛ついた。


 だがモエは顔を真っ赤にしながら、ヤマトの頭を撫でた。



「…いいの。」


「っ、」


「私はヤマトの妹のままでも、……」


「…!」



『紙の上の妹でしかない癖に!!』



…紙の上だけの妹でいられたなら、どれだけ良かっただろう。


紙なんてものさえ飛び越してしまったこの気持ちは、日に日に悪化していくばかり。


『誰より近い妹でいたい』。

『もう妹であることを止めたい』。


相反する感情は寝ている間でさえも私を離してくれなくて。


…先にボーダーを超えたのは私なんだから。

だから辛いのなんて当たり前だって、自分を容赦なく追い込むようになって。



『誕生日、帰るから。』



でもやっぱり、…駄目で。

どうしたって好きで…好きで。…大好きで。


でもそれに堪えて…堪えて、…堪えて。


ヤキモチなんて妬き尽くしたのに、また妬いて。

ヤマトに抱かれる女の人が羨ましくて。

…お風呂に入って、自分の体見て、…泣いて。


馬鹿みたいに一人募らせた想いだった。



『…好き。』



それなのに…駄目。

嬉しくて…おかしくなりそう。

…でもダメ。ダメだよモエ。聞き間違いだよ。

だって私なんてチビだし全然綺麗じゃないし。



『私はヤマトの妹のままでも……』



…嘘。…いいわけない。


けど怖い。心を出すのが怖い。

二年間募らせた想いは決して可愛くないから。

欲ばっかりだから。…怖いよ。

こんな気持ちを曝け出してしまったら、折角可愛いって言ってくれたのに…ダメになっちゃう。


どうしよう。…どうしよう…どうしよう。

言葉が何も出てこない。…視界が…滲んで……



 ヤマトは涙を溜めたモエにキッとした目線を送り、腕を掴んだ。

モエは震えながら涙を溢した。



「……紙の上の兄妹でいいよな?」


「っ、…~~…!」


「本当の兄妹だったら…、キス出来ないじゃん?」


「…!」



グイッ…!



「んっ!」


「……好き。」


「…っ、…ん、ヤマト…。」



 何の抵抗も出来なかった。

唇が重なろうが、腰に腕を回されようが。

舌を絡められた瞬間には体がピクッと反応したが、抵抗など出来なかった。

ヤマトのくれるものは全て、彼女がずっとずっと欲していたものだったのだから。



スル…



「ん…!」


「…はぁ。…きもちい。」


「恥ずか…しい!」


「大丈夫。…上、乗れ。」


「…どうやって」


「ガニッて足開いて椅子に座る感じ。」


「お!、重いよ!?」


「…それギャグ?」


「違うよ!」



 ヤマトの脚の上に向かい合って座るなんてかなり抵抗があったし、胸を触られると恥ずかしくていても立ってもいられなくなった。

だが拒絶は出来なかった。本当は触れてほしいからだ。

 ヤマトはモエが上に乗るのをどうしても嫌がるので、持ち上げてストンと乗せてしまった。

途端にモエは『え?』と唇を離しヤマトを凝視した。



「……今。……」


「?」


「…私の事、…持った…?」


「?、…うん。」


「………」


「??」



『私がこんな簡単に浮くはずない。』…と愕然とモエはしているが、彼女は同世代の中でも特に小柄だ。

なのでヤマトからすれば、本当に何に彼女が愕然としているのかさっぱり分からなかった。



「…いいから集中しろよ。」


「むっ…!」


「はは!、変な声でた。」


「だ、だってヤマトが急に…キスする…から。」


(ああクッソ可愛い。)


「……んっ…、…キス…気持ちい…い。」


「っ、」


「ヤマト…。」



 ソファーに座ったまま向き合い舌を絡めるのはたまらない快感だった。

ヤマトをとても近くに感じられるし、ドキドキして死にそうだが頭はポーっとしてきて、よく分からないほどに気持ち良かった。


 ヤマトはどんどん熱が上がってきたキスに腹を括った。

『もう止められない』と、嫌って程に実感した。



「……シャワー、浴びたい?」


「…っ!」



 パッと顔を離したモエ。

ヤマトは真剣な顔でじっと目を合わせた。


モエはゆっくりと頷き、ヤマトは彼女の手を引いた。



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