第24話 静寂は特別な夜となり
その夜、オルカは眠れずにベッドで体を起こした。
モエや同じ年頃の子供達から海堂のアングラ帝国の説明を受け、ここがもう一つのアングラ勢力と比べてどれだけ安全なのかは理解したが…それだけだった。
あれから茂は姿を見せず、結局『何故あんな騒ぎになってしまったのか』は不明なままだ。
(……本当に僕が狙いだったなんて。)
海堂に強気に交渉したオルカだったが、内心では『政府の狙いが自分』というのを否定してほしかった。
まさかなと思い口にしたのに、海堂が否定しなかったことで確定となってしまったのが…、本音では鬱かった。
キシ…
落ち着かず、眠れず。
オルカはそっと部屋を出て、『ゲート』と呼ばれる最初に辿り着いた窓口の部屋へと向かった。
そこになら茂が居るのではと思ったのだ。
余りにも、心細い夜だった。
キィ…
ゲートのドアを開けて中を覗いてみると…、海堂とツバメと他数名がテーブルを囲み話し込んでいた。
茂の姿はなかった。
「……すこぶる良くないですね。
まさか政府長官とジルがそんな関係だったとは。」
「まさか長官の狙いは、初めからジルだった…?」
「…『それも』と考えるべきでしょう。
幼いオルカを逃がしたのがジルとイルなのは彼の中では確定事項だったのですから。
…奴からしても、カフェを爆破するとまでは読めてなかったのでしょうが、…ジルが退路を守るためその場に残ることは予測していた筈。
…故に、何か仕込んでいたのでしょうね。」
「…彼女を救出するには……」
「茂殿の案内無くして不可能です。
…そもそも、彼女を救出するには王都に入り、政務執行議会の最上階まで辿り着かねばならない。
…この時点でほぼ詰んでいますよ。」
『聞かなければ良かった』…とオルカは廊下に背を突けズルズルとしゃがみこんだ。
王都と地区を隔てる壁は、地区間にある壁よりも更に高く見張りだって多い。
王都が現在どのような場所になっているのかは世間一般には公開されていないが、オルカ達のように比較的王都に近い地区で生活していると、自然と『王都は国の中枢だ』というのが見えてくる。
なんせ王都に入れるのは制服のみだし、政府は必ず王都の中から現れるからだ。
つまり王都の中には、敵しかいないのだ。
(…なんで…こんな、ことに……)
オルカはたまらなくなり、その場で膝を抱え突っ伏してしまった。
カタ…
「…!」
ドアの外に踞っていたオルカに、海堂はキョトッと目を大きくした。
白グレーの髪を隠しもせず膝を抱える小さな体には…、同情よりも深いものを抱かされた。
「…眠れませんか?」
「…!」
海堂に声をかけられたオルカはピクッと肩を揺らし、やっと顔を上げた。
その深紅の瞳と目が合うと、はからずも鼓動が大きく鳴った。
(…綺麗な瞳だ。)
「……僕は、…無理難題を…」
「…!」
「助けて…欲しい…です。
…マスターとジルさんには本当にお世話になりました。…本当に、……本当に。」
「……」
「けれど、…そんなに難しいなら、…っ、
僕は別にここの皆を、…海堂さん達を、危険にさらしたいわけじゃないんです。」
「!」
「……僕を…ジルさんと交換して下さい。」
オルカは力無くそう言うと、また膝に突っ伏した。
「…どうしてそれじゃ…駄目なんですか。」
彼の苦悶と、足を抱える衣擦れの音だけが廊下に響いた。
闇という言葉が何より似合う静寂の中、海堂はそっとオルカの背に手を添えた。
「……来なさい?」
「…え?」
何かと顔を上げると、微笑む海堂がゲートの中を指差していた。
じっとしすぎて痛む体を無理矢理起こし、促されるままゲートに入ると…、海堂は更に別のドアを指差した。
カン… カン… カン…
ドアの先にあった上り階段は長く、何度も折り返した。
途中何度か休むか聞かれたオルカだったが、彼は首を横に振り、汗を流しながら必死に階段を上った。
…止まりたくなかったのだ。
自分に鞭を打ち無理矢理上がらせる事で、弱気な自分を吹き飛ばしたかったのかもしれない。
「んーっ! …よく頑張りましたね?」
「ハア…ハア…!」
「到着です。…いい景色でしょう?」
「!」
永遠にも感じる長い階段の先にあった光景に…
オルカは息を飲み、思わず『わあ!』…と声を出した。
「……高い! …すごい!!」
「ふふ!私のお気に入りなんです。」
そこは地区を区切る塀よりも高い、見晴らしのいい場所だった。
辺りを見てみると塔のような場所の屋上らしく、広くはないが走り回らなければ落下することもない、ゆったりと寝転がれるようなスペースだった。
何よりも素晴らしいのは…、光輝く王都と王宮がしっかりと見渡せることだ。
「綺麗…!」
「あの一際高いお城。…あれが王宮です。
この国で一番高い場所にあるんですよ?」
「…そうなんですか。…一番高いところにあるのに、僕、初めて見ました。」
「それもそうですよ。…王宮の一段下に色とりどりに輝く街が見えるでしょう?あれが王都です。
…あの王都は壁に囲われていますね?
街へは緩やかに下り坂となっていますので、なかなかその姿を見ることは叶いません。
ここほど高い場所なんて他に無いでしょう(笑)?」
「…ふふっ!」
二人はその場で腰を下ろした。
やっと笑顔を見せ、美しい夜景を眺める横顔に…、海堂は複雑なものを胸に抱いた。
(…君のご実家。…なんですよ…?)
「…せいむ…しっ…?」
「…ん?」
「えっと、ギカイ?…ていうのは……」
「…ああ!…『政務執行議会』ですか?
それは…… 」
何故そんな質問をしてきたのかを理解した瞬間、海堂は口ごもってしまった。
こんな…、やっと笑顔になれた感動の一瞬にも、オルカは少しもジルの事を忘れられなかったのだと分かったからだった。
「…?」
「……議会はあそこです。…ほら、王都の真ん中に、高い建物があって……」
「…あの十字架ですか?」
「その奥の… 」
海堂は指を指すのを止め、スッと目を細めた。
オルカは『?』…と首を傾げ、海堂を見上げた。
「…王宮の次に高い光。…それが……
「……」
「……ギルト長官の執務室の光です。」
「…!」
パッ!…と光に向き直ったオルカの振動が肩を通じて伝わってきた。
海堂もじっとその光を見据えた。
「……僕のことは、…聞きましたか?」
「…え?…あ、…はい。
すみません、その…統治者…でいらしたなんて、」
「ああそんなお気になさらず。
君が物心ついた頃にはとっくに廃止されていた制度ですし?」
「……」 (…気まずい💧)
「……僕は、こう考えているんです。
『夢無き人生に意味は無し』。」
「!」
「別に良いんですよ?、夢なんて無くても。
多種多様な人間が居るのです。
その全てに『夢を持て!』…なんてねえ(笑)?」
「……」
「けれど僕は嫌だ。」
「…!」
「僕が、嫌なんです。
…僕は夢を見ていたい。野望を抱いていたい。
そして何より、……自由で居たい。」
「!」
……『自由』。
「今時の子供の夢は『制服になること』。
ええ結構ですとも?、収入が多いというのはそれだけで余裕の象徴ですし?、女性を口説くにも家庭を築くにもベストな道です安牌中の安牌です。」
(うっ…!!)
「ですが、…つまらないと思いませんか?」
「!」
「例えば『あの制服が格好いいから着てみたい!』だったら…納得しますよ。
何かに憧れることでする背伸びは大切な成長といえますしね?
けれど、『生活に困りたくないから』『餓えたくないから』『路頭に迷いたくないから』…なんて理由で子供達は制服を目指し、親もそれを促す。
……こんなにつまらない事、…他に無いですよ。」
「…………」
「親とは…、子供の興味の幅を広げ、導き、子供の自発性のままに成長を見守る存在であるべきだ。
…子供は見たものに興味を示し、触れ、時に失敗し泣き、そしてまた挑戦し…成長するもの。
…それなのに、今の社会はそれを許さない。
地区を閉ざし、閉鎖空間に人々を閉じ込め…
それはまるで、夢という言葉まで葬ろうとしているように私には感じられてしまう。
…制服なら信用できると誰もが思い込まされ、彼等に綺麗に操られている。」
「………」
『まただ』…とオルカは目を大きくしていた。
ロバートと話した時に感じたあの独特の心地好さをまた感じ、…嬉しくなった。
こんな時だというのに、心が栄養をもらったような…そんな幸福感を感じた。
「僕はね、大志を忘れたくないんですよ。」
「…たいし?」
「大きな志。……つまり、そうですねえ?
可愛い言い方ならば『夢』。
大人的に言うならば『野望』。
そして、…『魂のお役目』…かな?」
「!」
……『魂のお役目』。
オルカが目を大きくする中、海堂はクスッと微笑み足を伸ばし、天を仰いだ。
その顔は不思議と、とても若く見えた。
それにいつの間にか、リラックスした時にしかならない元々の一人称の『僕』に戻ってしまっていた事にすら、何故か気付けていなかった。
「…僕の祖先は遠い昔、…本当に遠い昔。
『金の龍から魂を頂いた』…と。
…そんな不思議な伝承がありましてね?」
「!」
「…君なら分かるのでしょう? …『龍』。」
「…は…い。 …えっと、でも、見たことは」
「ふふ!…ええそれでいいんです。
…皆には内緒ですよ?
龍なんてこの世界では誰も知りませんから。
…私だって本当はよく知りませんし。
ただそう言い伝えられていて、そして私も伝承していかなければならないだけ。」
「……」
「…でね?、私の海堂という名は特別で…その龍と私の血を結ぶ大切なものなんだとか。
…故に私の一族は代々海堂という名で生きてきました。
…元々は名字だったそうですが、この国で名字を持っているのは特別な血筋だけ。
…故に名として受け継ぐ事にしたんだとか。」
「…不思議…な、伝承ですね。」
「でしょう? …でもねえなんでかなあ?
不思議とね、…信じられるんですよ。
本当に不思議な感覚なんだけどね…?
この海堂という名が、いつかは私を…私達を帰るべき場所に導いてくれる。…と。」
「…帰るべき場所?」
「…そう。」
…それは、ここではない何処か。
それが何処なのか…なんて、私には分からない。
けれど、何故だろうか。
君を見ていると。…その瞳を見ていると、何故か君が『海堂』をあるべき場所に還してくれるような…
そんな気が、してきてしまうんです。
「……王のカリスマというものか…?」
「…?」
「いえ何でも。」
海堂はじっと王宮を見つめ、ポン…とオルカの背に手を添えた。
その手はとても温かく感じた。
「『大志を抱く者が大義を成す』。
僕は先祖から受け継がれてきたこの言葉に従う。
…夢を奪い、人が人を陥れる社会を打倒する。」
「!」
「僕が一番負けたくないのは、僕自身なんです。
『無理だ』と、…背を向けたくないのです。
…敗北を恐れるのではなく、嫌っていたい。
貪欲に勝利に突き進みたいんです。
…理想を口にするなら行動したい。
止まりたくない。…阻まれたくない。
僕は人が人らしく居られる社会を作りたい。」
…海堂さんの言葉は、…僕にとっては衝撃だった。
本当の夢を押し殺し、生活の為だけに制服を目指していた僕にとっては…
突風のような衝撃だった。
オルカは膝を抱え、突っ伏した。
海堂はオルカの背に手を添えたまま、じっと彼の言葉を待った。
「……僕も…話していいですか。」
「…ええ。」
「よく…分からないかもしれませんが。」
「…分からないから寄り添えない。…は違う。」
「!」
「よく分からずとも、……いいんですよ?」
グッと込み上げた感情に堪えきれず、オルカは衝動的に涙を流した。
海堂はそんな涙に彼の孤独を垣間見てしまい、胸が詰まった。
「ず!…僕、…本当は冒険家になりたい。」
「……」 (…『ボウケン』。)
「なんで…動物達が殆ど死に絶えてしまったのか。
その謎を…探しにいきたい。」
「……ええ。」
「…風に吹かれてみたい。…雨に打たれたい。」
「…………」 (…カゼ… アメ…?)
「海で泳いでみたい。…動物に、虫に触れたい。」
「…………」
「オーストラリアって何なのかが知りたい。
曇り空を、朝焼けを、雷雲を見てみたい。
…本当の時計を見てみたい。…車も!」
「…………」
「~~っ、僕がなんで人と違うのか!知りたい!」
「…………」
この時私はやっと理解した。
彼が、王家がどれ程の渇きに曝されてきたのか。
…その片鱗を、やっと知った気がした。
私には分からない言葉ばかりを口にする彼が…
どれ程、……孤独であるのかを。
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