第23話 微笑み見守られた交渉
茂は政府の人間を掻い潜り、連絡を受けていた海堂の一味と合流することが出来た。
彼等の指示に従い裏道をクネクネと行くと、今朝ジルが開けたのとは別の地下への入り口に辿り着いた。
「入れ。…早く!」
「は…い。」 「…うん。」
地下。それはヤマトとオルカからすれば恐ろしい場所だ。
だが彼等は訳が分からずとも、ただ茂への信頼に頼り…、促されるままに地下に入った。
ドタドタ!
自分達の足音がやたらと響いた。
明かりが転々とはあるが地下なので当然暗く、階段もその先の廊下もやたらと暗く感じて、二人の足はすくんでいた。
(…なんでこんな事に。)
恐怖から呼吸を荒らしつつも、オルカは思考していた。
『地下に逃げるなんてまるで犯罪者だ』…と。
それはヤマトも同じで、たまに二人は目を合わせていた。
(…マジでどゆこと。)
(マスターとジルさんが犯罪者…なんて。)
(……まあマスターは顔だけなら殺人鬼だけどさ。)
(…ジルさんが来ない。)
(…てか、アネさん…が、来ねえんだけど。)
茂をチラリと盗み見ても、その心は分からなかった。
ほどなく海堂帝国の入り口の部屋に辿り着くと、茂はホッと安堵の息を漏らした。
「茂殿!」
「…海堂。…対応が早くて助かった。」
「…いえ。」
すぐに海堂が駆け寄ってきて、三人の無事に口角を少し上げた。
困惑し『どこここ?』『人多い』『怖い』…と顔に書いてある子供二人に、海堂は膝を折り安心させるように微笑んだ。
「初めましてオルカ君、ヤマト君。
私は海堂。この地下の二大勢力の内の一つを束ねる者です。」
「…初めまして。オルカです。」
「ヤマト…です。」
「ん。…地下なんて怖い印象しかないですよね?
けれど見ての通り、僕のアングラは安全です。
…ほら、普通の人ばかりでしょう(笑)?」
「……あ…はは。」
オルカは必死に笑って見せた。
だがヤマトはひたすら茂を窺っていた。
海堂は成る程?と二人の個性を読み取り、彼等と同じ年頃の子達を傍に呼んだ。
「よく分からないとは思いますが、今は緊急事態なので私は茂殿と話をせねば。
…ここの事や私達のことは彼等に聞いて下さい?」
「よろしく!」 「初めまして!」
健康そうで普通そうな子供達に笑顔で話しかけられると、オルカとヤマトも自然と少し落ち着いた。
そんな子供達とは距離を取り、海堂は茂に小声で捲し立てた。
「一体どういう事なのです。」
「俺にも分からん。…が、恐らくは昨日遭遇した制服からギルトの耳に『アレルギーの少年』の話が入っていたんだろう。
…でなければ、来るのが早すぎる。」
「…クッソ。カフェの場所がこんなに早く露見するとは。」
「流石は政府だな?……記憶力がいいらしい。
…そこで怪しまれていなければ、こんなに早くギルト本人が来るなどあり得んからな。」
「……先のアナウンス。やはりジルが?」
「それ以外考えられん。
…なんせ治療法を発見したのは俺達だからな。」
「!」
海堂は目を細めオルカを見つめた。
彼は怯えながらも、真剣にアングラの説明を受けていた。
「……まさか、…彼が?」
「ああ。」
「…やはり、不思議な力があるのですね。」
「……海堂、差し迫った問題がある。」
茂はオルカの石を持ち込めていない事実を話した。
海堂はうんざりと腕を組み、明らかに『なんでだよ』という態度を取った。
「昨日の塩辛い水の一件からこちらもドタバタだったんだ。」
「…分かっていますよ申し訳御座いません。
…で、私にはよく分からないのですが、その石とはそんなに重要な物なのですか?」
「ああ。…あれは『法石』といって、王家の人間が世界の理とリンクするための媒体なんだ。
…理の間に居れば法石無しでもリンクする事は可能らしいが…、陛下は理の間でもそれ以外の場所でも常に身に着けてらっしゃった。
…故に間違いなく、王家にとっては重要な…… 」
「……?」
茂は言葉途中にオルカを見つめてしまった。
ヤマトとモエの熱に困惑していた時、彼は『雨』『微生物』というワードをまるで降ってきたように突然口に出した。
更には『血を飲ませる』という行為についても、同じように突然だった。
だがそんな情報、オルカが知る筈が無い。
(…ということは、あれはリンク?
…法石に触れてもないのに、…理にリンクしたというのか…?)
「…それで!、彼の家は!?」
「あ、…ああ。」
『今は思考すべき事ではない』と茂は頭を切り替えた。…その時……
ガチャン!!
「大変!!」
モエが飛び込んできた。
茂達が入ってきたのともジルが入ったのとも別の扉から。
「ジルさんが捕まった!!」
「…!」
「なんですって!?」
「ジルさん、砂煙の中で長官と戦って勝てそうだったのに…っ、胸に剣を突き立てたら突然倒れたの!!」
「…………」
「そのまま…っ、政府の車に乗せられた!!」
ガタン!!…と音を立ててオルカとヤマトが立ち上がり…、茂を見つめた。
茂は目を大きくし、ただモエと目を合わせ続けた。
「し…茂さん!!」
「マスター!」
駆け寄ってきた二人から『何故』と伝わってきた。
『何故彼女が捕まらなきゃいけないの』と。
茂は音が消えてしまったような感覚の中、そっと微笑み二人の頭を撫でた。
「…大丈夫だ二人とも。」
「いやっ、…この状況で大丈夫てなんすか!!」
「ヤマト!」
「俺…マジでよく分かんねえけど!!
…でも!、でもソレがヤバイってのは…!」
「……ヤマト。」
「だって二人が犯罪者な筈ねえもん!」
「…!」
「あんな風に店壊されたり…っ、ましてや捕まったりなんて!!そんな…そんなんおかしいよ!!」
ヤマトは自分を制していたオルカにキッと目を向け、『俺が行く』…と拳を握った。
海堂はそんなヤマトに『ほう?』…と目を細めた。
「俺がこいつの石取ってくる。」
「ヤマト!?」 「…ヤマト、それは駄目だ。」
「だからマスターはジルさんを!!」
喧騒を遮るように、突然パン!!…と大きな音が響いた。
それは海堂が大きく手を打った音だった。
注目が集まると、彼はその手でゆっくりと拍手をした。
パチパチパチ…!
「…素晴らしいですねヤマト君。」
「な、……なんすか。」
「君はどうやら臆病でテンパり屋なのに…、優先順位を見失う事は無く、大切なものの為ならば惜しみ無く行動出来るらしい。」
『対して…?』と海堂はオルカに微笑んだ。
「君はとても冷静で、…賢い。
正に『頭』と『体』。…いいバランスです。」
「………」 「…?、どゆ意味??」
「さてオルカ君、ヤマト君。
訳が分からないだろうに…、よくここまで大人しく従ってくれました。…英断ですよ?」
海堂は二人の頭をポンとすると…、微笑み茂と向き合った。
「茂殿。我々が石を取りに行きます。」
「…!」
「貴方は彼に…彼等に真実を。」
注目が集まる中、茂はじっと海堂と目を合わせると、そっと苦笑した。
「…ああ。」
「よろしい。…お家を教えて貰っていいかな?」
オルカは…、悩んだ。
今まではシスターの言い付け通り、石については誰にも話してこなかった。
けれど茂は石の事を知っていた。
ここまでくればオルカは、髪の毛の秘密も瞳の秘密も全て茂とジルは知っていた。と察する事が出来た。
(だったら今はきっと、…彼等を信じるしかない。)
「……オルカ!」
「…ヤマト?」
「ハッキリ言って俺は、…こいつらは。」
「………」
対してヤマトは海堂等を信用していなかった。
何故なら、ジルを助けに行かないからだ。
…だが茂に対してだけは、未だ強固な信頼があった。
何か差し迫った事情があるからすぐには行動できないのだろう。…と。
海堂はそんな二人の心を敏感に読み、本当に素晴らしいと絶賛した。
(状況に応じて巧みに立ち回ろうとするオルカ。
信頼した者を、その心を信じるヤマト。
…何より子供らしからぬその警戒心が素晴らしい。)
海堂が目を細め王となるべく者の決断を待つ中、オルカは深呼吸して口を開いた。
「…僕の家はカフェから東に3ブロック。」
「オルカ…!?」
「白いレンガの二階建てのアパートメントの階段を上がってすぐの部屋です。」
ヤマトの制止を振り切り、オルカは家を教えた。
そしてヤマトに向き直り、グッと目に力を込めた。
「…今は、信じるしかない。」
「っ、」
そしてオルカは、満足げに微笑む海堂と向き合った。
「…石をお願いします。」
「はい。…では石は何処に」
「けれど、……条件があります。」
「…ほう?」
オルカは現状こそよく把握出来ていなかったが、石が無ければ彼等が困るのだけは察していた。
…自分の石を取りに行ってもらうのだが、それでもそれが彼等にとって重要なのは理解していた。
だからこそ、海堂に交渉を持ち掛けた。
海堂はまさか交渉を持ち掛けられるとは思っておらず、つい口角が上がってしまった。
『この私に、しかもこの状況で交渉とはね』と。
「……条件とは?」
「………」
オルカは茂をチラッと盗み見て…、ギュッと拳を握った。
「ジルさんを助けて下さい。」
「………君は、何故彼女が長官に拘束されたのか。
それを知っているのかね?」
「いえ、ですが、……分かります。」
「…何が?」
「追われているのは、……僕だ。」
「!」
茂はハッと顔を上げた。
目を大きく見つめる先に居る少年は…
自分のよく知るオルカには見えなかった。
「じょ…状況全てが、……そう伝えてます。」
「……ほーう。」
「…もし、もしジルさんが僕の代わりに…捕まってしまったのだとしたら……」
「………」
「……僕は自ら、…身を差し出します。」
「な!? お…いオルカ!!!」
「いいんだヤマト!!」
ヤマトが掴んだ腕を振り払い、震えながらオルカは海堂と目を合わせた。
海堂はただ、張り付いた笑顔を浮かべていた。
「…僕に…ここに居てほしいなら。
…ジルさんを助けて下さい。」
「………成る程。
君は私を脅迫する上に、君の石を持ってこさせようとしていると。」
「そ、……そうなります。」
「彼女を見捨てる我々には協力はしない…と。」
「…何を協力すべきなのか分かりません。…が、あの石が無いと、…困るんでしょう?
…僕は石が無くても困りません。
…ただ、寂しいだけです。」
「……君の利ばかり。…私の利無くして交渉が成立するとでも?」
「利なら、…あるはずです。
『僕がここに留まり、石を手にする』。
…それこそが、貴方の利ではないのですか。」
海堂はじっとオルカと目を合わせると、はは!と突然笑い出した。
彼の隣に居たツバメも同時に笑いだし、オルカは『うっ…』と一瞬心が負けた。
「はーはっはっは!!
こりゃいいですねワハハハハ!!」
「…海堂さん、余り笑っては可哀相ですよ。」
「そうですねツバメ。……ふぅ。
久しぶりにいい気迫を頂きましたよオルカ。」
海堂はクスッと微笑み周りの者に来いと合図をしながら踵を返した。
オルカは『交渉はどうなったの?』…と、眉を寄せ唾を飲んだ。
そんなオルカに海堂は振り返り、クスッと微笑んだ。
「今後の為に一つ教えてあげましょう。」
「…え?」
「あの場合、家も教えない方が宜しいですよ?」
「!」
「家さえ分かればあとは屋荒らしすれば済むのですから。
…ですが、とても楽しい一時でした。」
彼の含んだ笑みに、カアーっと顔を赤くしたオルカ。
ツバメはそんなオルカの前にしゃがみ、海堂と同じような笑みを向けた。
「…やりますね?
ハチャメチャでしたが、海堂さんの好感を得るには充分でしたよ?」
「…え?」 (そんなつもりは…)
「……まあ、我々は最悪は彼女を見捨てねばならないと思っていましたので、…貴方からすれば英断かと。」
「!!」
「お陰で迷いが断ち切れました。
…ですが、彼女を取り戻すと一言で言っても、簡単ではないのは理解しておいて下さい。
…最悪は我々も全滅なのですから。」
「!」 「…え!?」
ツバメの言葉に思わず息を飲んだオルカとヤマト。
…海堂はそんな素振り一つしてしなかったが、茂がすぐに救出に向かわなかったのを踏まえれば、ツバメの言葉は真実なのだと直感した。
「…後は大人に任せ、お休み下さい?」
「………」 「………」
「モエ?、彼等に部屋を。」
「はいツバメさん! …いこ?」
モエに腕を引かれながら、二人はじっと茂を見つめた。
難しそうな顔をしながら海堂達と話し込む、彼を。
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