第22話 15年越しの温もり
(まずいな数が増えてきてる。)
ジルはオルカの家に石を取りに行くか悩んだが、先ずは茂とオルカと共に家を出て、その後にオルカの家に寄り石を持ち、そのままアングラに身を隠そうと計画した。
彼女の奮闘のお陰で、そこら中に溢れ返っていた病人はもういない。
今は逆に『よかった!』…と家族の無事に安堵し、政府の者達に泣きながらお礼を言うシーンばかりが目に入ってきた。
そんな光景に、ジルはフッと微笑んだ。
自分はこれから逃亡生活のスタートだというのに、国民が笑っているだけで…、報われた。
(……さて…と。 …ここともお別れか。)
カフェに到着すると、とてつもない感慨深さが胸を占め、つい切なく見上げてしまった。
この店は彼女と茂にとって、再起の場所だ。
大崩壊の中オルカを連れて逃げ、オルカが成人した時の働き口として提供する為に始めた商い。
…店を始めるまでの茂は、世界の崩壊を止められなかった事、妻子を失ってしまった自責に刈られ碌に食事も出来ない状態だった。
本当に自殺してしまうのではと、ジルは毎日毎日茂に声をかけ励まし、時間も痛みも共にした。
(…あの頃は『茂』じゃなかったもんね?)
そんな懸命なジルの献身に心がほぐれた頃、ある朝突然、…彼の髪が消えた。
『ギャア!?』…と驚いたジルだったが、単に髪を剃り落としただけだと説明されて…
『剃り落とすだけって…『だけ』かな!?』…とは思ったが、ホッとした。
それから約一年後、彼は突然思いの丈を語った。
『ジル。私は憎かった。
私から妻子を奪った大崩壊が。…ギルトが。
…だがもう、憎しみは捨てるよ。
そうやって『殺されたから殺したい』。
『奪われたから奪う』…なんてしていたら、負の連鎖は…悲しみの連鎖は続いてしまう。
…私は、…生きるよ。
君が私を生かしてくれたのだから。
…これからは、君の為に生きていきたい。
だから私はもう、…殺さない。
本当に守るべきものを害されない限り、私の力は今後一切使用しない。封印する。
…だから私は……いや、俺は、名を変える。
過去と決別して、…お前と生きるために。』
それは愛の告白だった。
髪を剃り落としたのも、彼の過去との決別の儀式の一つだったのだ。
そして最後に名を変える事で、一人称を『俺』に変える事で…、彼はやっとジルの隣に並んだ。
『新しい名前、何にするの?』
『……『茂』。』
『えっ!?』
『……渋い漢字に憧れていたんだ。』
『プッ!、あーっはっはっは!!』
『……フフ。』
ジルはフッと思い出し笑いを浮かべた。
そして心からカフェ、アイランドに感謝した。
ここでの日々は彼女にとって…、本当に幸福な時間だった。
(さあ。…次のステージに、…行こう。)
「……やあ姉さん。」
「…ッ!!」
「…いい店だね?」
意を決しドアノブに手をかけた瞬間背後から聞こえた声に…、ジルは目を大きく開いた。
ゆっくりと大きくしたままの瞳で振り返ると…
「……久しぶりだね。」
「…ギル…ト…。」
制帽の下でにっこりと笑う、…ギルトが。
ジルは頭が真っ白になりかけたが、ゆっくりとドアノブから手を離し、ギルトと向き合った。
その胸は動揺から鼓動が大きく早く鳴っていた。
「……ひ…久しぶりだねギルト!」
「…! ……本当だよねっ?」
「やっぱりアンタが長官だったんだねっ?
今の政府対応早いし行動力あるし、そうかなって思ってたんだ?
…立派になったね?、本当に見違えたっ♪」
ジルは…敵対意思を見せなかった。
それどころか『生きててよかった!』と安堵して見せ、『私は今のあんたのことなんか何も知らないよ!、なんせ私も大変だったからさ~?』…と、単に一般市民に身を落とし生きてきたのを装った。
…理由は簡単だ。
このカフェから、引き離す為だ。
(ジル…!!)
二階からそんな彼女の様子を見ていた茂は、急ぎ表通りからは見えない窓からモエを出し、海堂に緊急事態を告げるよう指示をした。
そしてすぐさまヤマトとオルカの居る寝室を開け、ヤマトに着替えるよう指示をした。
「…今から店開く感じすか??」
「いいから早く着替えるんだ!!」
「…! …ヤマト、早く。」
「え?…と、……はい。」
察しのいいオルカはヤマトを急かした。
茂はすぐに表通りの見える窓に駆け、また観察した。
「…本当、カッコよくなったね?」
「……姉さん、…色々…」
「いいの。…やめよっ?」
「!」
「お互いほら…ね?、色々あるんだからっ!
…だからもう過去のことは水に流してさっ?
未来だけを見つめて行こうよ。
……アンタも色々あったでしょう?
大変だったろうに。…よく頑張ったね?」
「……姉さん。」
ジルの誘導が上手くいっているのかは、正直ジル本人にも分からなかった。
ギルトは『立派になったね』という彼女の言葉に、本当に嬉しそうにして見えるし、『色々…』と、きっと女王殺害に関しての話を気まずそうに自分から出したし…
腹の読み合いは、続いている感覚だった。
(とにかく…カフェから…引き離さないと!)
「…ところで姉さん💧」
「…!」
バサ…
ふと、ギルトがマントを脱ぎジルに羽織らせた。
その呆れたような、少し困ったような顔があまりにも昔のままで、ジルはハッと微かに目を大きくしてしまった。
「…その格好はちょっと、男には目に毒だよ?」
「………」 (今のどういう意味💢?)
「きっと発熱騒ぎで慌てて外に出たんだね…?」
「そうなんだよもお~💦…ありがとねギル。
…もしかして時間あるの?
だったらうちに上がってお茶でも飲んでかない?」
ジルは道の先を指差した。
上手くいけばこのまま…カフェから引き離せる。
だがギルトは、キョトンと首を傾げた。
「?…姉さんの家はここだろう?」
「…!」
「国に届けられている所有者は姉さんではないけれど、実際ここを使用しているのは姉さんだろ?」
「……違うよ?知り合い。
…発熱騒ぎ、大丈夫だったかな?って様子を」
「へえ。じゃあもしかしてゲイル兄さんかい?
…近隣住民の話では、『大柄で強面な男性がマスターをしている』そうだけど。……
確かに兄さんは大柄だけど、…強面でもないし、違うかなと思ったんだけど。」
「…ゲイル?
ゲイルは15年前の大崩壊の時に地方に居て…
…そこで亡くなってしまったんじゃないの…?」
「残念だけど、…多分ね?
ところで姉さん。その指輪は、一体誰から貰ったの?」
「…ただのお洒落だよ?」
「へえ。……じゃあ質問を変え …いや、ごめん。
先ずはお礼をしなければ。…だったね?」
可愛らしかった声のトーンはゆっくりと下がり、妙に含んだ男らしい声に変貌していった。
彼の手が乗る両肩からは、埋められない力の差を感じ…
ゆっくりと声が近づいてくる左耳からは、お互いの因縁を感じた。
「……治療法の提供、感謝する。」
「…っ!」
「やはり姉さんは凄いね…?
大胆で…洗練されている。 …それに、」
ギルトはジルの肩を掴んでいた手で、彼女をふわっと引き寄せた。
途端にジルの全身に鳥肌が立ち、彼女は背中全体にギルトの体温を感じながら上着をギュッと手繰り寄せた。
「…それに、…こんなにも美しい。」
「……ギル。」
「………会いたかった。」
「…!」
「会いたかったよ。…姉さん。」
ジルには見えていた。
カフェを取り囲む政府の者達が。
…それに、聞こえてもいた。
自分達を護送するための、車の音が。
ギュッ…!
ギルトは更に彼女を強く抱き、彼女にしか聞こえない程の小さな声で囁いた。
「……殺されそうになっていたのは、…僕らだ。」
「ッ!?」
「陛下は被害者ではない。……加害者だ。」
「~~っ、ハッ!!?」
その言葉に一気に怒髪天を突かれたジルは、バッとギルトの腕から這い出た。
…マントと上着だけが、彼の腕の中に残った。
「よくもそんな…戯れ言をッ!?」
「……戯れ言を宣っているのは姉さんの方だ。」
「~~ッ、よく聞きなギルト!!私は」
「何も知らない癖によくもそんな事が言えるなッ!!?」
「っ…、」
「誰も彼もが…被害者だッ!!
僕が…僕が何故…何故あんな…選択をっ、その選択しか無かったのだ…と!姉さんには…
姉さんにだけは知っていて欲しかったんだ!!!」
「ツ…!?」
ガンッ!!…とカフェの扉に打ち付けられたジル。
ギリギリと首にめり込むステッキを必死に押し返すも…、ビクともしなかった。
だがそんな中、彼女は足でブロックを探していた。
「…お願いだ姉さん。
僕に手荒な真似をさせないでくれ。」
「~~っ、……前任の…政府長官なら…!」
「…!」
「『己の行動の決定権は己にしかない』…と!
説教してくれんだろうよッ!?」
パカン…カチン!
ドオン!!ドォン…!!ドオオン…!!
ジルが足元のブロックを剥がしその下に埋まっていたボタンを押すと…、カフェの奥が爆発を起こした。それだけでなく、辺りの路面が連続で爆発した。
「な…!」
ガンッ! …ダッ!!
ギルトの気が逸れた隙を突きジルは脱出した。
辺り一面が爆発の影響で砂埃に包まれ、一気に視界がほぼゼロとなった。
「今だ急げ!!」
この隙に茂は窓から脱出した。
咳き込まないようにオルカとヤマトにマスクをつけさせ、はぐれぬように互いに手を繋ぎ、二階の窓から隣の家の屋根へと飛び移り、駆けた。
「ちょ…なんなんすかこれ!?」
「しっ!マスターが静かにって言ってたろ!?」
「で…でもさ!?」
ヤマトは酷く動揺していたが、突然茂が止まり自分の口を塞ぎながら抱えてきて…
『あ、これマジなやつかも』…と呼吸を鎮めた。
茂は塀に背を突け、表通りから聞こえてくる足音と話し声にじっと耳を澄ませながら、慎重に進んだ。
ギルトはむせ込みながらも狂喜の笑みを浮かべた。
辺り一帯が白い砂煙に覆われ、自分の部下とそうでない者の判別さえつかないこの仕込みに、親衛隊としてのジルは生きていると確信した。
「流石だよ姉さん!!」
碌に無い視界にそう叫ぶと…、ビュン!…と風を切る音がしてギルトはバッと後ろに飛んだ。
ハラ…と切れたジャケットにフッと口角を上げると、僅かに砂埃が落ち着き人影が見えてきた。
「……姉さんなら、逃げないと思っていたよ?」
その人影は、ジルだった。
細長いレイピアを両手に持ち構える彼女の水色の瞳は、真っ直ぐにギルトを見据えていた。
そんな彼女に、ギルトは体勢を整えサーベルを裏手で抜いた。
「…姉さんは親衛隊だ。
どれだけ年月が経とうが、…王を守る。」
「……分かってんなら構えな。
それとも、アンタの目的はオルカじゃなく私一人だけだっての。」
「うーん。…残念だけれどそれは違うかな?」
ヒュン!!…と次々に繰り出されるジルの攻撃をギルトは力業で弾いた。
ジルはその度に距離を取り、とにかく時間を稼いだ。
「やけ…に!、正直じゃねえか!?」
「僕は姉さんには真実のみを口にすると…!
そう誓った!のを…っ、忘れたのかな!?」
「その誓いがそもそも…っ、胡散臭え。」
「酷いな!?」
クルン…ドッ!!
「つ…!」
ジルの身のこなしはとてもしなやかで…、ギルトの攻撃は全ていなされた。
いつの間にか彼はゆっくり後退し、ついには左腹に強烈な蹴りを貰ってしまった。
「…流石だよ姉さん。」
『だが…』とギルトはニッと笑った。
砂埃のせいでその顔はジルには見えず、彼女はギルトに止めを刺す為、片膝を突く彼の前に立った。
「…………」
彼女はそっとレイピアを構え、口をグッと縛り…
ビュン…! …と刃先をギルトの胸に刺した。
ビリビリビリッ!!
「ツ…!? カ…ッ…!!」
だがその瞬間、レイピアを通じ体が痺れ激痛に包まれ…
彼女はギルトの上に倒れ込んだ。
ジルが刺したギルトの胸の辺りのジャケットは黒く焦げ、微かに煙が漂っていた。
「……痺れ石だよ姉さん。
…改良して、威力は規格外だけどね。」
彼は意識を失ったジルを腕に包み、『やっとだ』と強く強く抱いた。
その目はギュッと閉じられ、顔は歪み苦悶に充ちていた。
砂埃が晴れた世界で二人を見つけた政府の者達の目には、崩れた姫を必死に守った騎士のように…彼が見えた。
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