第25話 その日のこと

カ…チャ……



 塔の頂で海堂とオルカが様々な話をする一方で、ヤマトは静かに廊下に出た。

気配を殺し音を出さず、ソロソロと人目を気にしながら歩く彼は一見寝間着を着ていたが…、その下には普通の服を着ていた。


…カチャ…


 ゲートのドアをそーっと開けると、常駐している見張りの人間が静かに本を読んでいた。

ヤマトはうーん…と目を細めたが、眠そうに瞼を擦りながら普通にゲートに入った。



「……… …ん?」


「ふぁぁ~… ……ん?、あれ間違えちゃった。」


「ふふ!…迷路みたいで迷いやすいよね?」



 見張りの女性は優しく笑い、苦笑いしながら水を飲むヤマトに大丈夫?…と声をかけた。

ヤマトは眠そうにしながらも大丈夫と答え、初めてゲートに入った時に使用したドアを開けた。



「なんか、…なんでオルカが追われなきゃなんないのとか、考えちゃうけど、………

でも、海堂さんも皆さんも優しいんで、平気す!」


「…そっか。…明日には色々と説明されると思う。

でもきっと大丈夫だよ?…ね?」


「はい! …ありがとーっす!」


「はいはいお休み?」



 罪悪感を振り払いながらヤマトはドアを抜けた。

『だましてスンマセン』…と小さく心で呟くと、意を決した顔で廊下を急いだ。


 廊下は昼と同じ程度の明るさなのに…

夜という独特な静寂が、余計に暗く見せた。



(…確かこの廊下を真っ直ぐで、…そんで左で!)



 バッ!…と角を曲がった瞬間、ヤマトはハッと目を大きくした。

地表へ続く階段の入り口に…茂が居たのだ。



「…っ!」


「…………」



 廊下に背を突け腕を組みながら、茂は目を細めヤマトと目を合わせた。



「……どうした?」


「…あ……いや、……迷って!」


「…そうか。」



 ツカツカと茂が歩み寄ってきても、ヤマトは萎縮して動けなかった。

じっとうつ向くヤマトの襟をクイッとめくり、茂は『やはりな』と無言で腕を組んだ。



「………だと、思ったんだ。」


「……」


「…部屋に戻るぞ。」


「つ…!」


「!」



 バッと腕を振り払ったヤマトの必死な顔に、茂は少し目を大きくした。

ヤマトはキッと上目に茂を睨み付け、地表への階段を指差した。



「マスターも…ここの誰も動けねえなら!」


「……」


「俺がアネさんを助けに行く!!」



 子供一人、恐らくは王都に連れていかれただろうジルを救出…など出来る筈もない。

だがヤマトは本気だった。

ジルが心配過ぎて居てもたってもいられないのだ。

それに彼は怒っていた。『なんで誰も動いてくれないんだ』と。

と同時に恐れているのだ。…ジルを失うことを。

そして茂はそんなヤマトの行動を読み、この場所で張っていたのだ。



「……ヤマト。」


「なんで誰も助けに行ってくんねえんだよ!?

オルカがあんな…なに!?契約!?…までしたのにどうして誰も」


「聞け…ヤマト。」


「ここの人間なんか信用できるかよ!!

なん…なんで…オルカが追われてんだよ!!」


「…ヤマト…」


「あいつが…っ、何をしたってんだよッ!?」



 不満と不安が決壊し、涙ぐみながら茂が伸ばす手を拒絶するヤマトに…、茂は言葉が出なかった。


彼とオルカにとっては、本当に突然全てが崩れてしまったのだ。

茂にとってはいつかは来るかもしれない未来の一つでしかなかったとしても…

彼等にとっては本当に突然日常が破壊されたのだ。


どれだけ不安なのかなんて…計れはしないだろう。


それなのにヤマトは、そんな不安で仕方ない胸中の中、それでもジルを助けようと行動を起こした。

 その勇気と愛情が例え無謀だとしても、普段おちゃらけて明るい彼のこんな決断に、胸が熱くならない筈がなかった。



「なんでオルカ…自分が追われてる…なんて!!

なんでそう思ったのかすら俺には分かんなかったよ!…でも!、…でもっ、もしそうなんだとしたらあいつはこっから出せねえじゃん!!

…だったら俺が…俺が助けに行くし!!」


「………」


「~~っ、なんで何も言ってくんねえんだよ!?」


「…!」



『いつまでもガキって。

それじゃオルカが可哀相だろうが。』



「心配じゃねえのかよ!?

…犯罪者扱いになっちまったらっ、アネさんどうなるか分かんねえのに!!!」



 息を切らせるヤマトに、茂はグッと目を瞑った。



「……お前に何が出来る。」


「っ!!そんなん…分かんねえ…けど!?」


「助けるなんて口にするだけなら容易い。

…碌に喧嘩もしたことがない癖に、訓練も受けた事もないのにどうやってジルを助ける。」


「ッ、……それ…は、」


「ジルが正確には何処に居るのかを知ってるか?

…そこにどうやって侵入する?

牢なら鍵を奪取せねばならない。…それは誰から?

誰かの個室に居るのならその部屋に入らねばならない。…どうやって?」


「~~っ!」



『分からないだろう?』…と茂はヤマトと目を合わせた。

 その目が余りに鋭く感じ、ヤマトは思わず一歩下がってしまった。

だがその逃げを許さぬように、茂はヤマトの腕を掴んだ。



「……だからそれは、俺の役目だ。」


「!!」



『だからお前が行く必要はない』

『お前にはお前にしか出来ない事がある』。

 そうヤマトを諭すと、茂は自然に微笑んだ。



「だから、…もう寝ろ?」


「………」


「…ほら行くぞ。」



 ポンと背を促され、ヤマトは小さく頷いた。





「………って、なんでっすか(笑)!」


「…心細いかと?」


「そんなガキじゃねえっすよ!」



 部屋に連れ戻されたまでは良かったのだが、何故か茂は帰らずにヤマトの傍らに居座った。

何かと聞いたら『一緒に居てやろうかと?』…なんて返されたものだから、ヤマトは寝間着に着替えながら思わず突っ込んだのだ。

 だが茂は本気なのか、ベッド際で首を一捻り。

ヤマトは苦笑いしながら取りあえず横にはなったが…、眠れる筈もない。

ありとあらゆる緊張が緩む筈もない。



「てか、マスターも寝なきゃじゃん?」


「…俺は眠らずとも数日は動けるように訓練を受けている。」


「嘘じゃん(笑)!?」


「嘘ではない。」


「…ゼッテー嘘だし!」


「嘘ではない。…俺もジルも、そう訓練された。」


「…え…?」



『明日にもオルカに説明するが…』と、茂は宙を見つめ足を組んだ。

ヤマトは突然、本当に突然茂に全幅の信頼を預けられたような気がして…、妙に興奮した。



「…なんというか、…現状を説明するには長くなってしまうんだが、……… …まず…だな。」


「……」


「…オルカは王家の末裔だ。」


「…… はい!?」


「そしてオルカの母、先代の王を殺害した犯人が…

現在の政府長官、ギルト・フローライトだ。」


「…!!」




……じゃあアネさんは、…王様を殺した…奴に…




「……順を追って話すとな?

俺とジルとイルは『名字持ち』だ。」


「えええっ!?」


「名字持ちは分かるな?

この世界で四家にだけ許されたフルネーム。

その内の一つは王家だが、…他三家は王族警護の親衛隊として、かつては王宮で働いていた。」



 目から鱗どころではない衝撃にヤマトは瞬きさえ忘れ、茂が嘘を吐いているとしか正直思えなかったのだが、茂は真剣に話している。

『え、じゃあこれマジなの?』

『いや、…えええ!?』…と眉を寄せようが、茂の説明は続いた。



「俺の本名は…   ……」


「…?」


「……ジルとイルは姉妹で」


「ハアッ!?」


「待てちゃんと繋げるから。」


「…え、………エ!?」


「落ち着け。聞け。」



 茂は、ジルとイルは『サファイア家』の姉妹だと話した。

そしてギルトの『フローライト家』、自分の『コランダム家』、この三つの家が王家の『ダイア家』を守護し、政治の中心に居たと聞かせた。



「……そ、…じゃ、……なんで…」


「…ジルとイル、それにギルトは兄弟のように育ちとても仲が良かった。

ジルが一番年上で…、三つ下にギルト。更に二つ下にイル。…と、年頃も丁度良くてな?

俺は彼等よりかなり年上で、兄弟というよりかは兄貴分、先輩のようなものだった。

…故に、彼等に武や教養、親衛隊として必要なものを教え与えたのは他の誰でもない俺自身だ。

…三人共とても勤勉家で優秀だった。

特にジルは武に長けていてな?

そこらの男では彼女には勝てないだろう。

…イルは優しすぎて武には向かなかったが、代わりに癒しの力を持っていた。

…ギルトはとても賢く武にも秀でていて、何よりも親衛隊としてフローライト家としての自覚と、王への忠誠心が一際強かった。

そんな彼等の成長を見るのは俺の喜びであり、言い替えれば良い手本であれと自律するのに最適な存在でもあった。」


「…………」


「俺も彼等も、浮浪者など存在しない…

塩辛い水が降らず地震も起きない…

そんな平和がこの先もずっと続くと思っていた。

だが、…15年前の大晦日の朝。

陛下のいらっしゃる理の間を開けたジルとイルは…

……… 」


「…なに。」




ゴロゴロ…!


『つ!?』 『!? キャアアッ!!!』




 理の間を開けた二人が見たのは…

サーベルを振りかぶったギルトと、その剣に切断され転がった…女王の頭だった。


 女王の首からは吹き出すように血が溢れ、首と同じに切れてしまったエメラルドグリーンの髪と共に、彼女の体は世界の理の下にパタンと横たわった。

 穏やかな表情をする女王の生首はジルを見つめ止まり、イルは顔を塞ぎながら叫び声を上げた。

 だがジルは呼吸を荒くしつつも、女王の亡骸が未だに抱くオルカを見詰めていた。



『~~ッ…どうし…てッ!!!』



『何故』『どうして』。

そう叫んだのはジルでもイルでもなく…

女王を殺害したギルトだった。


彼は返り血を浴びたサーベルを握り続ける腕で頭を抱え、『何故なのですか』『どうして』と、膝を突き声を震わせ叫び続けた。

 だがすぐにオルカの泣き声にハッと顔を上げ、ピタッと停止した。

それを見たジルは『まずい』と反射的に飛び出した。



…カ…チャ…


『…貴様…さえ…』


『つ…!、ギルトッ!!!』


『貴様…さえっ、生まれてこなければ…ッ!!』


『だ…!』



『間に合わない』『オルカも殺される』

 伸ばした手の先でギルトがサーベルを振りかぶった瞬間…



グラグラッ!!


『!?』 『な…!』



 突然感じた事の無い揺れを地面から感じ、ギルトはバランスを崩し膝を突いた。

だがジルは揺れに足を取られながらもオルカを抱え、イルの腕も引き走って理の間を出た。




「これが大崩壊を引き起こした女王殺害事件だ。

…この時はまだこの揺れに名前さえ無かった。

後程『地震』と名付けられたが、未だそのメカニズムは判明していない。」


「……」


「初めて塩辛い水が空から落ちてきたのもこの時だ。水は三日落ち続け、建物を倒壊させる程の地震が幾度も起きた。

その影響なのか、地下の用水路が溢れ地下は水没。

川は氾濫し多くの家屋を飲み込んだ。」


「……」



 そして、ヤマトの家族は亡くなってしまった。



「…俺はあの日、家族と共に第一地区の外周に視察に赴いていた。

そこで、…川の氾濫に巻き込まれ、………」



 茂の家族も亡くなってしまった。

静かに話す茂の言葉に、『痛みばかりだ』とヤマトは思った。



「ヤマト。王家とは何もかもが特殊で特別な存在だ。」


「…そうなの?」


「ああ。寿命だって俺達とは全然違う。」


「…どんくらい?」


「少なくとも150年と言われている。」


「ハアッ!?」


「15年前に亡くなられた女王も、200才だった。

だが見た目は若く美しい女性のままだった。

…彼等は法石と呼ばれるクラスター型の石をその身に宿し産まれてくる。

産声を上げたその瞬間…、まるで祝福の様に色とりどりの光が大気中から集まり、赤子の胸に吸い込まれ…、体内から法石が出てくるんだ。

血の一滴も流さずに、傷跡も残さずにな。」


「………」



 ヤマトは愕然と話を聞きながら、驚愕しつつもどこか納得もしていた。

『やっぱりあいつは特別だったんだ』…と。



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