第179話 命を与え命を奪う力

(まずいまずいまずい!!)



 ヤマトは焦っていた。

子供は完全に意識を失い、体温もどんどん低下していた。

ヤケクソに何度も何度も扉に体当たりを続けるが、扉が壊れる気配は無い。



ドンッ!! ドンッ!!



(つ、…でももうこれしか手が無い!!)



ドタバタ…!



(!、…なんだ?)



 急に外から足音が聞こえてきた。それも大量な気配だ。

ヤマトはやはりここが武器庫として使用されていたのだと確信を持った。そして更に焦った。

彼等が慌ただしく動いているということは、ここから新たな武器を持ち出しているのではと。



(クソ!!、俺が供給を断たなきゃいけなかったのに!!)



 悔しさに歯を食い縛ったが、自分の行動に後悔など無かった。

親子を見捨ててここを破壊するくらいなら、共に閉じ込められた方がマシだった。…と。



「こ…の!!、開け!!…この…!!」


「…制服様…。」


「きっと助かる!!、信じるんだ!!」


「っ、~~…!」


「きっと…きっとっ、…きっと…!!」



 母親の震える涙に、ヤマトも泣きたくなった。





ザ!



 イルは息を切らせ、愕然とした。

先程の化石の剣とは更に違う見慣れない剣が、青い扉の家から次々に運ばれていたからだ。

彼女はグッと口を縛ると、躊躇せずに立ち塞がった。



「貴方達!、何をしているの!!」


「!」 「…イル様だ。」


「その武器は何。…早く下ろしなさい。

でなければ貴方達は重罪よ!!」



 気高い名字持ちの言葉に誰もが足を止め、躊躇した。

だがバグラーとオルカの二大王の統治する世界を夢見る彼等は、盲目だった。

強すぎる崇拝が、正常な精神や判断能力を奪っているのだ。


だから彼等はイルを、普段は寵愛しているサファイア家の息女を…、敵と認識した。



「早く武器を置きなさい!!」


「…イル様?、貴女もすぐに分かります。」


「!」


「もっともっと豊かになった世界を…、貴女だって見てみたいでしょう!?」



 イルは見慣れない剣を持つ暴徒に囲まれた。

彼等は興奮に任せ、勢いで剣先を向けたのだ。


 イルは彼等を見据え、気付いた。

家の入り口から右に伸びていく…血に。



「っ、……随分と甘く見られたものね?」


「お願いですイル様、大人しく指示に」


「悪に屈してまで命を繋ぎたがる親衛隊など、一人だって居ないわ?」


「…お怪我をなさいますよ!?」


「怪我程度で私を止められると思うならそうなさい。」



 イルは平然と前に歩んだ。

余りにも平然と歩まれ、つい数名は後ずさってしまったが、意を決した男がイルに斬りかかった。



シュ…ドッ!!



 だが彼は返り討ちに遭った。

剣を避けたイルが男の腹に掌拳を叩き込んだのだ。



「貴方達を治す余力は無いわ。

怪我したくないなら今すぐ武器を放棄しなさい。」



 だが彼等は引けなかった。

彼等にとっては、武器を放棄するとはバグラーに見た夢を諦める行為なのだ。

盲目な彼等に、そんな事が出来る筈がなかった。



「ごめんなさいイル様!!」



 だが倒れたのは暴徒達だった。

 普段あんなに穏やかなで武術に特化していなく見える彼女だが、それは親衛隊の中での実力だ。

親衛隊として生まれ育ち鍛えられた彼女が、何の訓練も受けていない一般人になど負ける筈がないのだ。



ドンッ! ドンッ!



「!」



 イルは暴徒に勝利するとすぐに中に入り、頑丈な扉が激しく揺れ音を立てている事に気付いた。

床の血も扉の奥へと続いていそうなことから、イルは扉を叩いているのがヤマトだとすぐに察した。



「ヤマト!?、…ヤマトよね!?」


『!!、シスター!?』


「やっぱり!、…施錠。……鉄…?」



 ヤマトは『これぞ天の恵み!!』と急ぎ状況を伝えた。

怪我をした子供が居るが、扉が開かないのだと。



「どっかに鍵がある筈なんだ!!

…扉を閉めたのは女だった!!、そいつが持ってるかも!!」



 イルは玄関の方をチラ見したが、探す時間が惜しいと思った。

よって、余り使い慣れていない力を使うと決め、ヤマトに声をかけた。



「ヤマト?、少しの間静かにしててくれる?」


『へ!?、なんで!?』


「集中したいの。…お願い。」


『……分かった。』



 イルはにっこりと笑うと、ゆっくりと息を吐きながら鍵に手を翳した。

そして集中し、力を使った。

すると彼女の手から緑ではなく、茶色の光がボワッと光った。

 その光に曝された場所はどんどん錆びていき、あっという間に劣化してしまった。



(…… …そろそろかしら。)



カン!!



 イルは鍵を手刀で叩いた。

鍵はボロッと崩れ、イルはホッとして扉を開けた。



ガチャン!



「シスター!!」


「良かった無事だったわねヤマト!」



 イルは強くヤマトをハグした。

ヤマトは少し照れたが、すぐに子供を助けてくれないかとお願いした。

イルは子供の様子に目を大きくし、急ぎ床に子供を下ろさせた。



ぽう…



 イルの手から緑の光が出て、子供の腹を包んだ。

母親はボロボロと泣きながら、必死に子供に声をかけ続けた。


 ヤマトは家の外に出て驚愕した。

人の地面が出来上がっていたのだから。



(これシスターがやったのお!?)



『マジカッコよすぎ。』と拳を握ると、家の中に戻り武器を確認した。

やたらと黒く光る刀身は見たことがない素材に感じ、その数にも驚かされた。

リビングには同じ剣の入った箱が山ほど詰まれていたのだ。

とてもじゃないが、簡単に持ち運べる量ではない。



(どーすんのコレ。…家爆破する?

って一言で言ってもすぐにとはいかねえし。)


「…ヤマト!?」


「あ、なにシスター!?」



 呼ばれたので踵を返すと、イルは子供から目を離さずに告げた。



「貴方は王都に戻りなさい。」


「!、でもまだ武器が」


「私がなんとかするわ?

…けれどもう結構な数が出ていってしまったかもしれない。

あの剣はとても頑丈よ。下手すれば政府の物よりも硬く鋭いかもしれない。」


「!」


「私が倒した彼等は恐らく供給係。

…だとしたなら、彼等が戻らなかったなら怪しまれて新手が来てしまうかもしれない。

…あんな剣、加減も知らずに扱ったら途端に人が亡くなってしまう。

貴方は今すぐ王都に戻り、この剣を持つ暴徒を優先的に倒し、政府に警戒を促すの。」


「…っ、」


「…行きなさい。」



 彼女の傍らには、錆びた鍵が。

ヤマトは目を大きくし、彼女のもう一つの力に愕然とした。



「…まさかあの箱の剣を、…劣化させるの!?」


「あら。…気付いてしまった?

あまり人に知られたくはなかったんだけど。」


「無茶だシスター!」


「…ヤマト。」



 イルはヤマトに向き直り、『信じて?』…と笑った。

ヤマトは歯を食い縛り、一歩、また一歩とドアへと下がりながら、すがるように呟いた。



「…大丈夫なんだよな?」



 イルはまたにっこりと笑い、すぐに子供に向き直った。

そして笑顔のまま、強く声を張った。



「行きなさい!!」


「…っ!」



 ヤマトは口をぐっと縛り、勢いよく飛び出した。

その胸はただ不安に駆られていた。

あの子供は明らかに重症だ。きっと彼女は王都でも多くの人を癒していた筈。



「力、使いすぎてるんじゃ。」



『癒しの力は命を削るんだ。』

 ジルの言葉が恐ろしく脳裏に響いた。

だが、前に進むしかなかった。

イルを信じ、託すしか。





 イルは治療に集中しながら、ふと母親に剣を持つように促した。



「そこを持って?、そしてゆっ…くりと引いて?」


「つ!?」



 母親は震えながら、だが勇気を振り絞り剣を持った。

イルは優しく、『そっとね?、大丈夫よ?』と母親を諭し続けた。



ズ… ズル…



「いいわよ上手。私が治しながらだから痛みも無いわ?、大丈夫よ?」


「は…い!」


「…そのまま。ゆっくり。」



 剣が抜けた。

母親はグッタリと項垂れ、息子の腹に刺さっていた剣を遠くに投げた。


 イルは笑顔のまま、子供の治療を終えた。



「…はい!、治ったわよ?」


「ありがとう御座いますイル様!!」



 母親は勢いよく息子を抱きしめた。

温かな体温が余計に涙を溢れさせた。

 イルは親子を微笑み見守ると、すっと立って母親の腕を引き立たせた。



「家はこの近所なのっ?」


「は…はい。メインストリートの反対側です。」


「あらそうなのねっ?

だからこんな騒動に巻き込まれてしまったのね。

…可哀相に。痛かったわね?よく頑張ったわね?」


「本当にありがとう御座いましたイル様!!

なんと…なんとお礼を言えばいいのか…!」


「そんなのいいのよっ?

さっ!、送るわ?、ここは安全ではないから。悪いんだけど少しだけ走れるかしらっ?」


「勿論です!」



 イルは安全を確認しながら親子を引き連れ走った。

人気の無い街はただ恐怖に支配されて見えた。

 だがそんな街を走りながら、イルは常に笑顔で母親に話しかけ続けた。



「きっとすぐに目を覚ますわよっ?、大丈夫!

そしたらきっとすぐにお腹空いた!って、こっちの気も知らないで大騒ぎするわよっ?」


「…ふふ!」


「そしたら大好物をいーっぱい食べさせてあげてね?、そしてぐっすりと寝るの。

お母様もその子も、そうやって安心して寝れば、今日のことなんて夢みたいに思えるわ?」


「~~っ、…はい。…はい!」


「そっ!、笑顔は何よりのお薬よっ?

大丈夫よ何の心配も要らないわ?

明日はすぐに来るから!、そして明日はね?、今日よりもっと素晴らしい一日になるの!

…だから大丈夫よっ?」


「はい…!」



 彼女の朗らかな声に『大丈夫』と言われるだけで、それを信じられた。

震えていた心が彼女の笑顔に溶かされていくのを感じた。

 そして家に着く頃には、母親はどうにか笑えていた。



「助けて頂けただけでなく…送って頂いて!

本当に!、本当にありがとう御座いました!」


「そんなのはいいのよっ!、当然の事をしたまでだわっ?

さ。早く入って温かい物を飲んで?

ドアはしっかり鍵をかけるのよ?

シャッターも下ろして。

そうしていれば、あっという間に日常が戻ってくるわっ?」



 イルの輝くような笑顔に、母親は涙を落としながら笑顔を絞り出し、頭を深く下げてドアを閉めた。

そして鍵をかけシャッターを閉めようとすると、イルが外で手を振っていると気付き、またボロボロと涙を落としながらシャッターを閉めた。



…トサ!



 シャッターが閉まりきるまで手を振ったイルは、閉まった途端にその場に崩れた。

息は荒れ、汗が雨のように滴り落ちたが、彼女はすぐに立ち上がり、真顔で来た道を戻った。


そして大量の剣を前に、両手を翳した。



ボワ…!



 茶色い光が部屋全体を照らした。

途端に剣はみるみる内に錆び、箱を乗せていたテーブルは朽ちて倒れ、床石もボロボロと崩れた。

イルはその光をもっと広げ、家全体を包んだ。



「…そろそろね。」



 イルはそーっと家を出て、トン!…と扉を押した。

途端に家全体がガラガラと崩れ、朽ちた埃が舞った。

 イルはその光景を真顔で見つめると、すぐに王都へと駆けていった。


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