第180話 妄言に拳を握り
ドオオオン…!
地面を伝い感じた振動に、バグラーは首を傾げ窓を開けた。
「…あーらまあ。派手にやっちゃって。
こんなんしたらオルカ怒るだろうが。」
そこら中で上がる煙に眉を寄せると、遠くにキラッと何かが光った気がした。
バグラーは目を凝らし、それがオルカだと気付いた。
彼は鉱山地帯の出身で、目がかなりいいのだ。
「おっいたいた!、あーんなトコに居たのかよ。
これじゃ見付からないわけだわな?」
バグラーは執行議会の三階から、のんびりと来た道を戻っていった。
彼は誰がどんな理由で暴れているのか、何も知らなかった。
オルカは王都に入り、愕然とした。
見える範囲だけでも相当な数の建物が倒壊し、そこら中に足から血を流す暴徒や倒れる制服の姿が。
皆、半ばパニック状態だった。
互いに仲間が切られていくのだから。
「つ…!!」
キイイイ…!
遠くで自分の心に応える懐かしい音が聞こえた。
…そんな気がした。
「こんな事を…して!!」
バラバラ…!
オルカは歯を食い縛り暴徒の剣を砕いた。
暴徒は更にパニックに陥ったが、制服側は勢い付き次々と暴徒を蹴散らした。
オルカはすぐに倒壊した建物に集中し、瓦礫を浮かせた。
ゴゴ…ゴ…
無数の瓦礫を同時に持ち上げるのは正直神経が磨り減った。
だが下敷きになった人が居るのかどうか、せめてそれを確認せねばこの瓦礫を放置など出来ない。
制服達はオルカの意図を瞬時に汲み取り、次々と上がる瓦礫の下に飛び込んだ。
(これでどうにか…なれば!)
教会も壊れていた。兄弟達の安否が気になった。
「っ、…ギルト!?、ギルト!!」
オルカはギルトの姿を探したが、見付からなかった。
バグラーの姿も見えない。
見えるのは、剣を奮う物と怪我人だけだ。
「うああ…!!」 「貴様ら!?」
「…!」
その時、自分の左側で悲鳴のような声が。
何かと見てみると、新手の暴徒が見慣れない武器を持ち王都に押し寄せていた。
オルカはイライラと暴徒を見据え、剣を砕こうとした。
「…!」
だが剣は応えなかった。
剣の心も、素材さえも分からず、オルカは目を大きく開け驚愕した。
ダダダダ!
「ま…待て!!」
彼等はニヤリと笑い、オルカをすり抜けていった。
制服はオルカを守ろうと、王都を守ろうと剣を交えだが逆に剣が折られ、斬り付けられた。
斬り付けられた者は血を吹き出し、あっという間に倒れてしまった。
「~~ツ!!」
切れ味が断トツな黒い剣に制服が次々と倒れ…。
オルカの怒りは怒髪天まで一気に上がった。
まるで自分の体が沸騰しているかと思う程。
「…っ、止めろ!!!」
そこら中の瓦礫を音石に変え、オルカは大声で怒鳴った。
その声は王都さえ飛び越え、響いていった。
「剣を捨てろ!!、両方だ!!」
『パニックに必要なのは、リーダーなんだ。
相手の気持ちに寄り添いながら、的確な指示をだしてくれる、リーダー。』
…柳さん。…僕に、出来るかな?
出来るかなんて分かる筈もない。
こんな事態を静めた事など一度だって無いし、決して自分は冷静ではない。
怒りに我を忘れてしまいそうだし、瓦礫を浮かせ続ける事にも集中せねばならないし。
…だが、やるしかない。
やらなければ、この戦いは終わらない気がした。
誰もがオルカを見ていた。
誰しもに神に見えているのに、誰もが争っていた。
…不毛すぎる。
オルカは制服も暴徒も、誰も彼もと目を合わせた。
そして先ず、対話を図ろうとした。
「君達の望みは何。何故こんな事をしているの。」
ギルトは目を大きく開けオルカの声に注目した。
遠くに居たからと安心していたのに、これだけ目立ってしまってはバグラーの目に止まるのも時間の問題だろう。
「クッ! …皆!、ここは任せた!
オルカ様の指示に従え!!」
ギルトはオルカの元に向かおうとした。
だがその進路を暴徒が塞いだ。
彼等としては、オルカが目立ってくれるのはこの上なく有難い事なのだ。
ギルトは暴徒に鋭い目を向けた。
そして黒い刀身の見慣れない剣に眉を潜めた。
「人を傷付けてまで…一体何がしたいんだ!!
何の理由もなく攻撃するなんて…!!」
オルカは音石を使い暴徒に問いかけた。
『何故なのか』と。
するとスッ…と一人が前に出た。
そして恭しくオルカに頭を下げた。
「私達は元第三地区アングラの者です。」
「……」 (知ってる。)
「私達は存じております。
貴方様とバグラーが、強い絆で結ばれた事を。」
「…!」
…は?
「彼には貴方が必要なのです。
そして貴方も、彼を必要とします。…必ず。
そしてお二人は手を取り合い、一つの大きな光としてこの国に君臨するのです。」
「…… …」
「その為の革命の血なのです。
…本当はこんな武器など持ち出したくはなかった。
けれど制服を着た者共は我々を暴徒などと呼び、ただ頭ごなしに押さえ込もうとするのみ。
…もし未来が垣間見えたなら、彼等は涙を流し私達に感謝することでしょうに。」
…何を言ってるんだ、この人は。
本気で言っているのか…?
意味不明な妄想で、それだけでこんな騒ぎを…?
暴徒は幸せそうににっこりと笑った。
オルカはその笑顔に鳥肌を立たせた。
「さあオルカ様。今この場で、どうか胸の内を国民にお伝え下さい。」
「………」
「そうすれば私達は攻撃をする必要がなくなります。
貴方とバグラーが固く握手を交わす姿に、全身全霊で拍手を贈るでしょう。」
二人の会話は拡張され、ギルトの耳にも届いていた。
だが彼はやたら頑丈な剣を持つ暴徒達に押され、オルカから遠ざかってしまっていた。
キン…! キイン!!
「ク、…貴様ら!、オルカ様は剣を収めろと仰っただろう!?」
「長官は武器を下ろしましたか!?」
「お前らが…切り付けてくるのに!、下ろせる筈がないだろうが!!」
キイン!!
相手の剣を弾き後ろに跳んだ直後、ギルトはハッと目を大きく開けた。
すぐ隣に、トルコとエリコが居たのだ。
トルコの燃えるような目と目が合い、ギルトは歯を食い縛った。
(こいつをこのまま逃がす訳には…!
だがこの手数を…彼等を巻き込まずに…なんて!)
オルカは唖然と目を大きくしたが、すぐに何処か遠くを見つめた。
感情が何一つ汲み取れないその顔に、恭しく頭を下げていた暴徒は立ち上がり、気遣った。
「…オルカ様?
ほら、どうなされたのですか?」
「……」
「もう直ぐにバグラーがここに到着する筈。
…貴方のお心を聞かせてあげて下さい?」
なんでこうなったんだろう。
確かに僕はあの日、彼の強烈な光を心地好く感じた。
だが彼等が感じているそれとは、全くの別物に感じる。
彼等は勝手に理想を妄想し、酔いしれ…、それが現実になると信じている。
…海堂さんの言ってた通りだ。
おかしいのはバグラーであり、バグラーではない。
本当にどうかしているのは、この人達だ。
「………」
「さあ、オルカ様…?」
彼等は止まると言う。僕がバグラーと組めば。
手を取り合うと宣言すれば、彼等は戦う必要が無くなると言う。
僕が?、バグラーと?、手を取り合えば…?
「……はは。」
「?」
面白くなさすぎて、笑えるよ。
「馬鹿じゃないの。」
「…!!」
「人を、無関係な人を散々傷付けて。
一方的に切り付けて、殺しておいて。
よくそんな都合の良い事が言えるね。」
ここは…平和な国だ。
僕は日本に行ってそれを知った。
僕が生まれてから15年世界は混沌としたけれど、僕はそんなカファロベアロしか知らなかったけど。
本当はここは、豊かで平和な国だった。
執行議会の地下だけで牢屋が事足りるんだから。
本当は保安官は人に信頼される仕事だったんだから。
政府は権力争いをする事もないし、国民を第一に考えて、動いて。
人々は常に助け合い、笑顔で。
そう、まるで、幻でも見ているかのようだ。
ここは『人間が理想とした、争いの無い世界』。
…でも僕は知っている。
ここは『造られた世界』。
オーストラリアを媒体にした…、人類の理想郷。
…何故こうなったのか。
何故人工物であるこのカファロベアロが理想郷になったのか。
…それはきっと、ここを作った人々がそう願ったからだ。
戦争に、飢餓に、差別に…
うんざりしていたんだ。人類は。
だからオーストラリアに取り残された人々は、せめてここだけは…と、ここを理想郷となるべく作り変えたんじゃないだろうか。
僕はここに帰ってきてから、そう痛感したんだ。
オルカは眉を寄せ侮蔑を表し、怒りに震える手を掲げた。
黒い剣の正体の解読なら、もう終わった。
「合金…か。」
「つ…!?」
「溶かして混ぜて。また溶かして混ぜて。
そうすれば僕が支配できない石になる。
…と、思ったんだよね?」
「オルカ…様!?」
「甘いよ。…元まで辿り着けたなら、僕の声は届く。」
オルカは宙を握った。
途端に黒い剣は粉々に砕け散った。
暴徒達は焦り、『まさかそんな!?』と声を上げながらオルカに懇願した。
『お願いです』『分かってください』『貴方のためなんです』。
それらは一層で助けを求めてきた声よりも、もっと身勝手で救いようの無いものに感じた。
「…因果応報。」
「オルカ様…!!」
「自分がどんな罪を犯してしまったのか。
それを理解するまで話しかけないで。」
ゴゴッ…!!
暴徒達は地に落とされた。
制服は綺麗に地上に残ったが、暴徒達の足の下だけが綺麗に抜け、落下した。
オルカは穴に蓋をすると、愕然と生き埋めにされた彼等を見ていた制服に苦笑いした。
「全部終わったらちゃんと出すよ?
だから空気穴、踏まないであげてくれる?」
「あ、…はい。」
オルカはニコッと笑うと、騒ぎが続いている右方向に顔を向けた。
化石の剣も黒い剣も全て砕いた。
左側と正面の暴徒も片付いた。
残るは右側の暴徒だけだ。
「ようオルカ!」
「…!」
だが踏み出そうとしたオルカに、手を上げ声を掛けてきた男が。バグラーだ。
親しげに笑顔でこちらに歩いてくるバグラーに、オルカは目を大きく開けツバメの言葉を思い出した。
『奴とまともに対峙してはなりません。』
だが、動けなかった。
味方など一人も居ないのに、脱獄をしたのに、バグラーは平然と悠々とこちらに歩いてきた。
その辺に怪我人が溢れているのに、瓦礫が散乱しているのに、裸足で靴を履いているかのように平然と歩いてきた。
「貴様…!?」
「!、待って!!」
ゴッ!!
バグラーに気付いた制服が斬りかかったがバグラーは見もせずに長い足で蹴りを入れ吹っ飛ばした。
オルカは危険すぎる存在に、誰もに『動かないで!』と命令した。
牢から出た姿を、悠々と歩いてくる姿を見て理解したのだ。
この男は、危険だと。
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