第184話 バグラー3

俺は海堂に『過保護だ』と教えてやる為に三地区に向かった。

夕方六時。この位の時間なら、最近のあいつなら役所を出るか家に帰った頃だろう。


メインストリートを歩いていると、役所からそう遠くない公園に偶然にも海堂を発見した。

あいつはベンチに座る奥さんの前で、ツバメと共に息子に噴水を見せていた。


俺は余計にイラついた。

それは別に、俺が居ても出来ることだよな?



『海堂!』


『…!、おやバグラー、どうされました?』



奥さんは軽く俺に会釈してきた。

一地区出身と言うだけあって、どことなく海堂と似た雰囲気の顔だった。



『ちょっとお前に話があってよ?』


『?、はい。…ツバメ?』


『よーしおいで海くーん!』



海堂は息子をツバメに渡し、俺と向き合った。

…息子を見たが、少しも可愛くなかった。

むしろブサイクだ。…コレをなんでこんな可愛がれるんだ?、頭おかしいんじゃねえのか?



『あのよ!、お前過保護だぜ!』


『…おやあ。世の親全てを敵に回す言い方を。』


『あのなあ真面目に聞け!

俺の親は俺を猫可愛がりなんてしなかったし!、自分が死んでも俺が立派に生きていけるように会話さえ自粛し、強く育ててくれた!

言葉じゃなく行動でなんでも教えてくれた!

俺は学校なんて一度も行ったことないけどな!?、立派に働いて食っていってる!そうだろ!?

親父は俺に身を持って強さを教えてくれたんだ!

俺は今!、それで良かったと心から思ってる!

じゃなきゃ俺は親父が死んだ後、ちゃんと生きていく事なんて出来なかったってな!』


『…!』 『!』 『!』


『それなのになんだお前は!

すぐ『海くん海くん』てよ!?

そんなんじゃ子供がヤワくなんぞ!』



なんでこいつらは微妙な顔をしていたんだろうか。

俺のお説教が耳に痛かったんだろうか。

…いや、なんか違う気がするんだよな。

よく分からないことは多いが、この時のこいつらの気持ちは今でもよく分かんねえ。



『子供ってのはちゃんと強いんだぞ!

お前はそれを分かってない!』


『…バグラー?、言いたいことは分からなくもないですが、産まれたばかりの子供はね?、とても』


『ハア!!、仕方ねえな俺が証明してやるよ!』


『…え?』



グイッ!!



『な…!?』


『ちょ…ちょっと!?』


『あなた…!!』



俺は息子の足を掴み上げ、宙ぶらりんにして見せた。

こいつらは大袈裟にも顔面蒼白で慌てた。

…ったく。お前が過保護だから全員過保護になっちまってるじゃねえか。



『息子を返しなさい!!』


『子供は強いんだよ!』



ボチャン!!



『ツ…!?』


『キャアアアア!?』


『貴…様ッ!?』



俺が息子を噴水に落とすと、海堂は噴水に飛び込み息子を抱き上げた。

奥さんは叫び、海堂が抱き上げた息子を受け取り、激しく俺を睨んだツバメに隠されるように走っていった。



『ハァ…!、ハア…!』


『ったく。ほれみろよ!、お前の過保護が伝染して』


『…るな。』


『ん?、なんだよく聞こえねえよ。』


『二度と顔を見せるな。』


『…!』



俺は耳を疑った。

今しがた『子供は頑丈なんだ』と突き付けてやったってのに、『二度と顔を見せるな』?

…なんでそうなる。

それになんだその顔は。…そんなに怒るなよ。

俺はお前の事を思ってだな!?



『違和感なら感じていたんだよ。

…君の言動や行動の節々から。』


『?、何の話を』


『君は歪だ。』


『…はーあ?』


『社交的で、そんなナリなのに接しているとなんとなく可愛く見えて、放っておけなくなる。

…だが、それだけ。それだけだ。』


『おいおい。あんまりじゃねえか?』


『君の全てに同情するよ。』



ザバ…!



『君の歪の正体は今しがた知った。

…ならばそれはもう、矯正不可なものだろう。』


『おい、さっきっから何言ってんだ?』


『君は親から貰ったものを愛だと言うが、……』


『?、そうだ愛だ。それも最上級のな?』


『……それは、愛ではない。』



ザッ… ザッ…



『…いや、少なくとも君よりかは愛を知っていたのかしれない。

…いいかバグラー。赤子は泳げないんだ。』


『…ハア!?』


『それどころか、立つ事すら出来ない。

寝返りさえ上手く出来ず、顔を枕に埋めて寝れば死ぬ。』


『!!』


『……お願いだ。大事にはしない。

だからもう二度と、僕に顔を見せないでくれ。』



この時俺は間違いに気付いた。

まさか赤ん坊がそこまで弱い生き物だなんて知らなかったんだ。

これはすぐに謝らなければと思った。

こいつが怒るのも納得だ。



『悪かった海堂!!』


『……』



ザッ… ザッ…



『マジで、そんな弱いなんて知らなかったんだよ!』


『……』



ザッ… ザッ…



『なあ!、悪かったって!!』



ザッ… …ザ。



あいつが立ち止まり、俺はほっとした。

俺の謝罪が届いたと思ったんだ。


だがあいつは振り返り、他人の顔をして言ったんだ。



『知らなかったでは済まされない事もあるんだ。』


『!』


『問題は『知らなかった事』ではない。

…その行動が、君の全てだ。』



こうしてあいつは俺から去っていった。

また謝ろうと三地区に行こうとしても、門番に止められた。

王都の門以外から入ろうとしても駄目だった。


俺はその日から、三地区に入ることを禁じられたんだ。



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