第183話 バグラー2
『落としましたよ?』
『ああどうも!』
ハットを受け取りかぶり男と目を合わせた途端、…俺の体は硬直し、動けなくなった。
『他所から来た方は躓きやすいのでお気を付けて。』
『………』
『…何か?』
綺麗なつり目、白い肌、シャープな輪郭。
低くもなく高くもない耳に心地いい声。
背筋がしっかりと伸びた立ち姿、賢そうな顔。
何よりも瞳から目が離せなくなった。
…こんなのは初めてだった。
俺よりよっぽど小さいのに、なんとなく迫力があるような…、不思議な男だった。
俺は初めて自分から仲良くなりたいと懇願した。
『……どうかされましたか?』
『ハッ!!、いや、えっと、すんません。』
『いえ。…では。』
『あああちょ…ちょっと待って!?』
『…何か?』
勢いで呼び止めた自分の気持ちが分からなかった。
だがどうしてもこのままサヨナラすんのだけは嫌だった。
『えっと!?、……め…メシでも!!』
『…何故です?』
『あの、ほら!、拾ってもらいましたし!!』
『…ああ!』
男がクスクスと笑うと尚更離れたくなくなった。
少しでもいいから、何か会話がしたかった。
『その程度で御馳走になんてなれませんよ。』
『でも!?』
『どうかお気になさらず?
困った時はお互い様。…と、言うでしょう?』
クスッと笑い去っていく姿まで魅力的に感じた。
惚けながらじっと背中を見送っていると、その男に別の男が駆け寄り合流し、二人は仲良く会話を楽しみながら行ってしまった。
俺は合流した男が、ひたすら羨ましかった。
その場所に憧れた。
その日から俺は三地区に通うようになった。
今度こそあの男と仲良くなる為だ。
だがなかなか会えず、心が折れかけた。
そんなある日、俺の三地区通いを耳にした連盟の事務の人からお使いを頼まれた。
『役所にこれを届けてほしい』と。
俺は快諾した。三地区の役所なんて王都からそう遠くもないし時折前を通るからだ。
『ふんふーん♪』
あの男に会えずとも、この街は歩いているだけで楽しい。
砂埃で体が汚れることもないし、あちこちにベンチもあるし、公園があるし、水道があるし。
『…こんなトコに住むのって、どんな気持ちなんだろうな。』
五地区以外に住んだ事の無い俺にとっては、余りにも未知で。
想像も付かなかった。
…だがしかし。
ガヤガヤ…!
『…スッゲー人。』
役所は穏やかで閑静で綺麗な街並みとは大違いだった。
椅子は全て埋まっているし、ひっきりなしにあちこちからスタッフが人を呼んでいるし。
道理でお使いを頼むわけだと深く納得した。
『えーっと。…ん?、受付は介さなくていい?』
お使いメモを開くとこう書いてあった。
『これを三階の一番奥にある『執務室』と書かれた部屋に持っていってね?
ノックしてちゃんと返事を待ってから開けること!
『五地区のミューラー連盟の者です』って言えば分かってくれるからね!、渡す相手は… 』
『…うみ…??』
名前は読めなかったが、取りあえず俺は逃げるように階を上がった。
なんせ人混みには慣れてなくて居心地が悪かったんだ。人の居ない階段に逃げただけでほっとため息を漏らした程だ。
『三階の奥…三階の奥~… お、ここか。』
コンコン!
ノックをするとすぐに返事があった。
俺はうちの事務員の真似をして『失礼します』とドアを開けた。
『!!』
『…どうも?』
『あんたは…!!』
『…… …あ。あのハットの。』
まさかと思った。衝撃的な再会だった。
まさか書類を届けた先の人物が、あの男だったなんてと!
俺はすかさず握手をしに行ったが、男は少し不思議そうに握手をしてきて、俺はやっと気付いた。
用件を伝えていなかったと。
『五地区のミューラー連盟から、書類を。』
『あ!、ああそうでしたか!
これはどうもご苦労様です。』
男は書類を受け取りにっこりと笑った。
ベストスマイル賞だと思った。
『わざわざありがとう御座いました。
…もしよければ休憩がてら、お茶でも如何です?』
『!、頂きます!』
『はい。ではどうぞそちらに座って頂いて。』
大きなテーブル、フカフカのソファー。
こんなの俺の五地区の何処にも無い気がした。
よく見てみれば執務室はスッキリと片付いていて、デスクの上にはファイルすら見当たらない。
うちの事務所なんて所帯感ではないが…、職場感剥き出しで書類もペンも溢れているのに。
きっと全て棚にしまってあるんだろう。
それだけで凄いと思ってしまった。
ものの数秒で奥のドアが開き、別の男がお茶を持って現れた。
その男は、あの男だった。
俺が憧れた、俺の理想の場所に鎮座する男。
『こちらどうぞ。』
『…どうも。』
『ではごゆっくり。』
その男はすぐに奥にはけた。
つい奥のドアをじっと見ていると、男は『お嫌いでしたか?』と訊いてきた。
何の事かと首を傾げると、男はお茶を指差した。
『…飲まれないので?』
『ああいや!、…頂きます。』
『…ええ。』
ゴクン! 『…!!』
コクン。 『…ふぅ。』
『ウマッ!?』
『プ!?アハハハハハ!!』
一口飲んだ瞬間に、反射のように勝手に口から出たんだよ。
マジでウマかったんだよその茶は。
男は余程面白かったのか、噴火したように笑った。
俺はやっと、こいつと普通に話せるような気がした。
『そんなに高級品でもないと思いますけどね!』
『いやいやウマイですよ!…ここの?』
『いえ、残念ながら。一地区の茶葉にミルクを入れたラテです。…お口に合ったようで…フ!、何よりです。』
会話をする中で俺はこの男の名前を知った。
『海堂』だ。これはカンジという一地区では珍しくない文字らしいが、俺は見るのが初めてだった。
『…え?、初めて?』
『俺の周りにはカンジの名前の奴がいなくて。』
『……そう…ですか。』
『ところで!、俺はバグラーっていいます!』
『突然ですねどうぞ宜しくバグラーさん。』
『俺は20才です!、海堂さんは!?』
『私は25です。…年下には見えませんね?
とても長身でスタイルが良くて。…羨ましいです。』
『こんなん岩掘りゃ一発っすよ!!』
『!?、アーッハッハッ!!』
素直に凄いなと思った。
俺よりたった五個上なだけなのに、こいつは役所のトップなんて努めて。…スゲーなって。
ここから俺達は知り合いになり、一ヶ月後には友人になり、半年後には親友になった。
あいつが五地区に遊びに来ることも、俺が三地区に行くこともしょっちゅうで。
あいつは知れば知る程に、欲しくなった。
ただそこに居るだけで世界はあいつの色になるんだ。
誰もがあいつを頼るのも納得だった。
だってあいつは答えるから。全てに。
誰にも出来ないような事を平然とやってのけ、そして笑うんだ。『出来ちゃったね?』って。
気が付けば俺の足は三地区に向かい、最高の時間にひたすら酔いしれた。
こんな日々が一生続くんだと信じた。
だがそんな日々は突然、終わりを告げた。
あいつに子供が出来たんだ。
『悪いねバグラー。海くんの面倒をみたいから。』
『今日も来てくれたんですね?、でもごめん。海くん少し具合が悪くて。』
『暫くは遊べません。すみませんね?』
…イライラした。
『子供が産まれた』。たったそれだけで俺の幸福は崩壊した。
しかもなんだあいつ。俺じゃなくツバメとは何処かに行くんだ。
車じゃなくても移動は出来んだろうが。
それに子供の面倒だのなんだの言うが、子供がそんな手間かかるもんか。
だったら世の親みーんなノイローゼだわ!
少なくとも俺は親父に手間なんてかけさせなかったぞ。そしてそれは間違っていなかった。
俺は親父のお陰で強く育ったんだからな。
…ったく。ああいうのを過保護っていうのかね?
ちょっくら分からせてやんねえとダメだな!
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