第182話 バグラー1
俺は第五地区で生まれた。
豊富な石材源である鉱山がそこかしこに存在し、五地区に住む殆どが鉱山に関する仕事に就いている土地だ。
勿論俺の親父も鉱山の男だった。
そして息子の俺も当然鉱山で働いていた。
気が付けばそうなっていたんだ。
物心ついた頃から遊び相手はピッケルやハンマー。
親父は無口で働き者だから、俺と遊ぶ時間は無い。
母親は知らない。親父からも聞いてない。
近所に同世代のガキなら居たは居たが、あまり話した事は無かった。
なんでか奴らは昼間は学校という場所に行くらしく、俺とは接点が無かったんだ。
朝から晩までカンカンゴトゴト。
起きたら飯食って、鉱山行って。
支給される昼飯を食って、鉱山入って。
終わったら無口な親父の跡ついて家帰って、親父がパパッと作る飯食って、親父が風呂に入ったら俺も入って、そして寝る。
これが毎日だ。
ゴッ! ガタガタ!
『ピッケルが幾らすると思ってんだッ!?』
親父の躾は厳しかった。
ピッケルを刃こぼれさせたり、物を失くしたら殴ってでも俺に分からせてくれた。
それにいつも金がどんだけ大切な物なのかも教えてくれた。
普段、朝から晩まで、多くても『行くぞ』としか喋らない親父が唯一沢山喋るのがこんな時だった。
『バグラー!?、バグラー…居る!?』
『?、なに?』
『…落ち着いて聞いてね。…あの…ね!?』
だが俺が10才の時、親父が死んだ。
崩落事故だった。
『お父さん…お父さん…!!』
俺は泣いた。散々泣いた。
布のかけられた親父からは錆びたような奇妙な臭いがしたし、布が外されることはついぞ無かったが、手を見れば分かったんだ。顔なんか見なくても。
『この死体は俺の親父だ』って。
葬儀のやり方も分からなかったが、連盟の上の人が葬儀をあげてくれた。
金について聞かれたがよく分からず、俺は家を大人に調べてもらったんだ。
なんでかこの時、大人は俺を別室に入れコソコソ話し込んだ。
まあ、壁に空いた穴から俺は話を聞いたが。
『嘘でしょ?、…二人で働いていたのよ?』
『だが貯蓄は2万円程度だった。』
『…アンタんとこの賃金形態はどうなってんだ。』
『うちは充分に出しているさ周りの家を見てみれば分かるだろ変な事を言わないでくれ!』
『…金遣いが荒かった印象は?』
『さあ、どうかしら。
バグラーだって稼いでいたし…。
でも、学校に通わせなって何度言っても無視されてしまっていて。』
『……賭け事か?、それか借用書は?』
『どちらにせよ、こんなのあの子には言えないよ。
……うん。簡易的な葬儀でいいなら、保険に入っていたことにして連盟から出そう。』
『…それはまずいんじゃないのか?
保険に入っていないのが連盟の人間にバレたらどうする。』
『だからって子供一人で…貯蓄も無しで。
…葬儀すらあげられないなんて、……』
『……』
大人の話はいつも小難しい。
親父は他の大人よりも特に無口だったから、俺には彼らが何を話しているのか理解出来なかった。
それでも金は足りたんだろう。葬儀は無事に終わった。
親父は連盟が管理している墓地に眠った。
ここで働き亡くなった男の墓が山ほどあり、俺は安心した。ここなら親父も寂しくないだろうと。
俺はそれから一人ぼっちだった。
一人で起き、食べ、働き、帰り、寝る。
それだけの日々。
だが異様な寂しさを感じていたのは最初の一週間程度だったような気がする。
ふと気が付いたんだ。『今までと同じだ』って。
それを理解した瞬間、俺は親父を見直した。
親父が俺を優しく起こしたりせず大して会話をしなかったのは、自分が不慮の事故で亡くなってしまったとしても俺が一人で立派にやっていけるように、と考えての事だったんだ。
鉱山は事故が多いから。
だから親父は俺が一人になっても生きていけるようにと、強く育ててくれたんだ。
…唯一不思議だったのは、金だ。
親父が死んだ事で俺は金も自分で管理しなければならなくなったんだが、なんでか毎月余るんだ。
…というか、『毎月色を付けてくれてる??』…と思う程、給料は高く感じた。
もしかしたら早くに親を亡くした俺を、連盟が気遣ってくれていたのかもしれないな。
『お疲れ様バグラー?』
『おーう。ああ腰いて!』
『大変だねっ?、…ねえ今夜はうちで食べない?』
『いいのか助かるよ!』
それから七年経つ頃には俺も立派な鉱山の男になっていた。
なんでか背がグングン伸びて…伸びすぎて成長痛がハンパなかったが、背が高くて悪いことはないような気がした。
遠くまで見えるし、頭数個分飛び出てるから人を探すのも楽だし、探されるのも楽だし。
何よりもここじゃ、長身でバキバキの男はモテた。
子供の頃は話したことが無かったような同世代の子達も積極的に話しかけてくるようになったし、誰もが笑顔で会話してくれるから…、俺も話すのがどんどん好きになっていった。
ガキの頃の喋らなかった生活を思い出すと、スゲー暇だったなと…、今では思う。
『あらいらっしゃいバグラー久しぶりね?』
『どうもお邪魔します!』
五地区は優しい奴が多い。
誰の家に遊びに行っても嫌な顔一つされないし、飯をご馳走してくれるし、時折プレゼントまでくれる。
それは家庭の中だけでなく、職場でもそうだった。
『お前デカくなったなあ!』
『毎日体痛くてキツイっすよ。』
『支給の飯だけじゃ足んないだろ。
…ほれ食うか?、唐揚げ。』
『マジで!?、いいんですか!?』
昼を食べる食堂はいつも賑やかで。
誰もが何かをくれて、楽しい話をしてくれて。
仕事は正直体力勝負で大変だったが、俺は幸せだった。
幼い頃の食堂はもっと殺伐というか、疲れきった人しか居なかったような気がしていたのに。
…親父は人と食べなかったからな。
俺が知らなかっただけなんだろうな。
『なあ、バグラー?』
『んー?』
『明日オフじゃん?』
『んー。』
『…どっか遊びいかね?』
『…へ?』
忙しくも楽しく毎日を消化する中、転機が訪れた。
同じ連盟で年も近いこいつが『遊び』に誘ってきたんだ。
こいつも顔が良くてスタイル良くて、モテてたなあ。
…顔なら負けるが、肉体と背なら負けねえ💢!
って勝手に一人でいきり立ってたっけか!
『…遊びに?』
『?、うん。』
『……遊ぶ。 ……なあ?』
『さっきっからどしたの。』
『遊ぶ…って、どうやんの?』
『……嘘だよな。』
本当さ。『遊びに誘われる』どころか、『遊ぶ』って概念自体俺には無かったんだから。
だがよくよく思い出せば、よく聞いた台詞だった。
『こないだ四地区に遊びに行ってきてね?』
『三地区ってデートには一番いいんだって!
すっごく街並みが綺麗なんだってさ!』…だの。
確かに耳にはしていたが、自分に照らし合わせた事が本当に無かったんだ。
そいつは苦笑いしながら、『じゃあ教えたる』と待ち合わせ場所と時間を言ってきた。
俺はマジで楽しみでウキウキと帰った。
『……って、お前さあ💧』
『?、なんだよ。』
いざ時間になり合流すると、開口一番に呆れられた。
俺がいつもの作業服だったことについてらしい。
確かにそいつはなんかカッコ良かった。
『…まあ、丁度いいのかもな?』
『?』
『取りあえず服でも見に行こうぜ?』
行ったのは三地区だった。
王都を抜けて近道して辿り着いたそこに、俺はとんでもない衝撃を受けた。
『…すっげー。キレーだなあ!』
『ハハ!、うちとは大違いだよな?』
その街並みの美しさに、もう…感動して。
なんか世界が茶色くないし、岩は転がってないし。
なんか歩きやすいし、家を型取るブロックは白いし青いし緑だしベージュだし!
とにかく、本当に同じ世界とは思えない程美しかった。
なんか道行く人もオシャレだし。
もう本当に…、とにかく別世界としか思えない衝撃だった。
俺はそれから遊ぶのが好きになった。
ただ働いていただけの生活から遊びにも行く生活になると、尚更毎日が楽しく感じた。
オシャレってのも覚えた。リスペクトしたのはやはり三地区のオシャレだ。
そして俺が20才になった、ある日。
カツン! 『おっとと!』
俺は三地区に遊びに行き、床石のレンガに躓きハットを落としてしまった。
…コロコロとまあ器用に転がりやがって。
…パシ。 パンパン。
だが転がるハットを男が止めてくれた。
それだけでなく彼はハットの埃を払い、手渡してくれた。
『落としましたよ?』
『ああどうも!』
…これが、海堂との出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます